第11話 外道の鬼追い ①

  何の変哲へんてつもない、小さな廃材置き場。

  辺りはずっと静かで、特に、何かが近づいてくるような気配は感じられなかった。

  虫の囁き、風の流れ、星々の瞬きにさえ、乱れは、全くと言っていいほど無い。

  それはこの世界に、この世ならざる異分子の存在が混じっていないことを意味していた。もし混じっているのなら、それらの動きに必ずや「乱れ」が生じるのだ。見鬼の五感は、それらを敏感に感じ取るのである。

「────ってことは、あの二人、あれだけの量を、たった二人でさばききったってことよね?」

 全長二メートルを超える長大な薙刀なぎなた、「骨喰ほねばみ眞守さねもり」を握る力をゆるめながら、坂田さかた皐月さつきは、「法形ほうぎょう」と呼ばれる薙刀術の基本的な構えを崩した。

  ふぅ、と小さく一息つき、表情もゆるむ。自分が寄りかかれる仲間の存在は、やはり嬉しいのだ。彼女の最初の戦いは、彼女一人だけだったのだから。

  皐月は、背後にいる鈴子のことを肩越しに返り見た。彼女を護らねばならない家の見鬼たちにとって、これは共通する癖のようなものだ。だが、目と目が合うと鈴子は決まって、萎縮したような表情と仕草で、戸惑うように視線を逸らすのである。

「え?何────?もしかして、私そんなに怖い顔してた?」

「え?あ……」

  鈴子はと慌て戸惑い、またも萎縮したようにゴニョゴニョと答える。

「あの、そうじゃなくって、その────」

  皐月の前だけに限らず、源鈴子は七歳も年下の由良に対してさえ、よく同じような態度を見せる。

  そういう態度をとるのも、とられるのも好きではない皐月は、少し不機嫌そうに唇を噛んだ。さらに何かを言いかけた、その時────

「ねぇ、さっきから気になっているんだが、姫君を護る守護者ガーディアンが、君一人だけ、というのはどういうわけだい?」

  声は、突然聞こえてきた。

  若い男の声である。

  皐月と鈴子は驚き、二人同時に、声のした方を見た。

  すると、五、六メートルしか離れていない所で、二十代後半とおぼしきスーツ姿の男が、微笑を浮かべながらこちらを見ている。

  声と同時に、男はそこに立っていた。

  皐月にも鈴子にも、そんなふうにしか思えない出現のしかたであった。

  男の手には、少し前に「鬼道」からやって来た鬼────うさぎほどの大きさの、小鬼の首が二、三個、ぶら下がっている。かたわらに、よく似た姉妹らしき顔立ちの少女を左右に従えていて、男の右側に立っている少女のほうが、背が少し高い。

「確か、碓井うすい家の末っ子も参加していると聞いていたんだが……姿が見えないね」

  男の言葉を代行するかのように、左右に立ち並ぶ、小学生か中学生くらいの姉妹────に見える二人が、きょろきょろと辺りを見回す。

  皐月は骨喰ほねばみ眞守さねもりを構え直し、警戒心もあらわに、眼前の三人を睨みつけた。相手は間違いなく見鬼であり、しかも、明らかにこちらのことを知っている様子である。

「この格好は、仕事ビジネスの帰りでね」

  などと照れくさそうに笑うあたり、男は、自らの余裕を見せつけているようでもあった。

「それ、貴方あなたがやったの?」

  視線で、男の手がつかんでいるものを指し示しながら、皐月が問う。

「ええ、まぁ。100匹近くいたんですけど、全て始末は着けました。だけをわざわざ持ってきたのは、こちらに害意の無いことを分かっていただこうと思いまして」

「……見鬼なのね」

「はい」

  男は、変わらずにこやかな笑顔で答えた。だが、油断なんてもっての他だ。 皐月は、改めてそう思った。だいたい見鬼なんて、巷ちまたに、そうゴロゴロと溢れているものでは無い。由緒正しき鬼退治の家柄である坂田さかた家や碓井うすい家でさえ、現在は一人ずつしかいないのである。

「そんな怖い顔で睨まなくたって────季武すえたけは、君たちに何も話していないんだな」

「へぇ、季武のことも知ってるんだ」

  多少、声が裏返った。

「君のことも、そして、君の横で隠れるようにちぢこまっている、姫様のこともね」

「あなた、もしかして────」

  言いながら、皐月が眼光に力を込める。それを合図とするように、手の中の骨喰ほねばみ眞守さねもりが好戦的な気を発しはじめた。

「あんたたちが、五番目の鬼追い、ともえ一族?」

  相手が見鬼である、という時点で、もっと早く思い当たるべき事であった。渡辺わたなべ坂田さかた碓井うすい卜部うらべに続く五番目の一族でありながら、10年ほど前、源家とたもとを分かった、「鬼」の血を引くと言われている一族のことを。

御名答ごめいとう

 男が、目を細める。

「季武は、我々のことをどんな風に君達に伝えている?『鬼の子孫』?それとも、もっと単純に『裏切り者』とかかな?君達とは、何百年にも渡り共闘してきた間柄だというのに」

「でもそれは、10年くらい前まででしょ?それも、巴一族あんたたちのほうから一方的に離反したって聞いてるけど?」

 皐月も負けずに、笑顔で応じる。ただしこちらは、あからさまに目が笑っていない。男の両脇で、かしこまるように立っている二人の娘たちが、「まぁ、酷い」とでも言うように、お互いに顔を見合わせあった。

「正確には、12年と3ケ月だね。僕は子供の頃、まだ赤子だった君のことを、抱き上げてやったこともある。でもお姫様のほうは、どうしてもこうが抱かせてくれなくてね」

  洸という名前が出た途端、皐月の表情が目に見えて揺れた。

「もしかして、洸さんのこと知ってるんですか?」

  叫ぶように発したのは、皐月ではなく、守られるようにその背後にいた鈴子だった。

 それを受けて、男の態度がうやうやしいものへと変わる。どうやらともえ一族の男は、いまだ「姫様」には敬意を払うことにしているらしい。

「これは姫様。私がお答えできる範囲のことでしたら、何なりと、どうぞ」

「洸さんに、何があったの?あの嵐の夜、洸さんに一体、何が起こったんですか?私、何もわからないから、誰に訊きかれても、何も答えてあげられないの!もし知っていることがあるのなら、教えて下さい‼︎」

  喋るというより、必死にくし立てる様子の鈴子に、男は意外そうに、目をさせた。すぐに気を取り直したように、余裕のある笑みをたたえる。

「姫様────それは貴女あなたが気にすることでも、ましてや、責任を感じることでもありませんよ?」

  思わせぶりな口調と、演技しばいがかった身振りと手振り。その言い回しを、「何か知っている」と感じ取った皐月が、骨喰ほねばみ眞守さねもりを男に向けながら恫喝を加える。

「教えてもらう必要なんて無いわ。力ずくで聞き出せばいいんだから」

「勇ましいですねぇ。坂田さかた権蔵ごんぞう────君のお父上は、君が男でなかったことを、さぞ悔やんだことでしょうね」

  男の顔に、先程までとは別種の微笑が浮かぶ。それはある種の誘惑に満ちていて、人の感情を逆撫でする、薬物めいた力をもっていた。

「このっ……!」

  男の言葉が終わりきらないうちに、皐月は男に斬りかかっていった。

剛力ごうりき無双むそうで知られる、坂田家の見鬼────それが、もし男であったなら、洸もさぞや頼りにしただろうに」

  後方へ後方へと跳びすさりながら、ともえ一族の男は挑発をやめない。皐月が鈴子から一定の距離をはなれたところで、示し合わせていたように、残り二人の巴一族が動いた。うやうやしく、鈴子のもとへと近づいてゆく。

「あ……」

  何歩か下がると、鈴子の背中に、何かの廃材の山があたった。これ以上後退あとずさることの出来なくなってしまった鈴子は、泣きそうな顔で、目の前の二人を、右、左と交互に見つめた。そして、それから観念したように、弱々しく、その場へとへたり込んでしまう。

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