第8話 卜部季武 ③
「さて、話がだいぶ横道へと逸れてしまいましたが、これで君を日本ここへと呼び寄せた理由が、わかってもらえたのではないでしょうか?」
「ちょっ、ちょっと待って!化物退治なんて、俺なんかじゃとても────」
身を乗り出しての必死の訴えも、季武に「まぁまぁ」といなされてしまうと、それ以上は言葉にならなかった。
「もう遅いですよ。君自らが、進んでこれに志願したことになってるんですから」
「────は?」
言われたことの意味が解らず、遥はさらに「え?」と重ねた。
「ですから、仇討ちのつもりで志願した結ちゃんの代わりに、君が一足先に志願したことになっているんです」
「じょ、冗談でしょう!大体、謎の姫とか鬼道とか、今、初めて知ったばかりの自分に、そんなこと出来るわけが無い!」
期待通りの反応を愉しむかのように、季武は、やや口元をほころばせた。
「もちろん、そうです。君には、出来るわけがないですね」
「ちょ、ちょっと、まさか────」
「だって遥くんがやらなきゃ、結ちゃんがやることになるんですよ?あんな
出来ないでしょう?と、重ねて季武は問いかけてくる。
確かに遥がこの話を蹴ったら、渡辺家は残った見鬼、渡辺結を「代表」として、戦いの場へと送り出すことになるだろう。彼女自身が志願しているのだから、尚更である。
「だから、僕が機転を利かせて、こう言ったんです」
────
「しゃら しゃら」と、
「結ちゃん、感動して泣いてましたよ。いやぁ、若いっていいですよねぇ、初々しくて」
遥は、固まったまま声も出ない。
季武は遥の肩をポンポンと叩きながら、「よっ最高!」とか、「カッコイイ!」とか、「いい男!」とか連発している。
「だから、言ってませんって、僕……」
遥は、肩を震わせながら言った。
「そんなことは分かってますよ。それより、ちゃんとそういう風に、口裏合わせといて下さいよ?」
どうやら彼は、とことん「我が道をゆく」タイプの性格らしい。
遥が言葉に詰まった、そのタイミングを見計らったように、携帯の呼び出し音が鳴り響いた。遥のではない。ということは、もう一人の男のものだ。曲名は、「オモチャの行進曲マーチ」である。
「ちょっとお待ち下さい」
そう言って電話に出た季武の顔は、数秒後には、笑み崩れてだらしなくなった。電波を通じて繋がっている相手と、甘い言葉を交わし合っている。
遥の口から、深い吐息がもれた。
「すいません、急に、外せない用事ができました」
携帯をしまいながら、ニヤけた顔の主は、遥のほうを見ようともしない。
「ヒマだよ、ヒマヒマ、超ヒマ~────とか、聞こえましたけど?」
流し目、半眼、嫌味たっぷりに、遥が言う。だが別に、遥には季武を止めだてしよう、という気はまったく無い。自分としても、もう一刻も早く、この場を去りたい気持ちで一杯なのだ。
「いや~」
季武が言う。何が「いや~」だ、と遥が思う。
「じゃあ、そういうわけだから、これ」
季武が取り出したこれとは、いかにも「歴史」を感じさせる古びた刀剣であった。きらびやかな装飾が、随所に施されている。
「何です?これ」
問う声には、警戒が多分に含まれていた。それなのに、遥は差し出されたその刀から、目が離せない。
────何だろう、これは……
日本刀は一種の美術品と言われるが、この刀は────何というか、とにかく「綺麗」なのだ。それも、見つめていると、だんだんと罪悪感を感じてきてしまうほどに。
「君用の武器です。名は
とりあえずこれを、と、季武は遥の手をとり、由緒正しき鬼殺しの剣、童子切安綱をその手に握らせた。
受け取った瞬間、遥の手の中で、まるで身じろぎでもするかのように、剣が一瞬、ブルッと震えた。
「?」
────気のせい、だろうか?
「あまりに暴れるようでしたら、手を放しちゃって下さいね」
季武が、面白そうな顔で囁ささやく。
それは一体、どういう意味なのかと遥が尋ねる間もなく、季武が「はいっ!」と柏手かしわでのように手と手を音高く打ち合わせた。終了、のつもりらしい。
「じゃあ、また改めて連絡するから。しかし何だね、渡辺の本家も、何ていうのか怠慢だよね。君のこと、つい最近まで、わからなかったなんてさ。まぁ実際、
はやり立つ心を早口の中に紛らせ、季武は遥の背中を押しやりながら、さっさと追い出しにかかっている。
広い畳敷きの部屋を出て、遥は、長い廊下を季武に「押される」形で歩いていく。途中、使用人と思おぼしき何人もの人々と行き会ったが、皆、二人に会うと深々と一礼して
玄関まで辿り着くと、季武自らがしゃがみ込んで、左、右の順番で、素早く遥の両足に靴をはかせる。否応無しとは、まさにこのことである。
二人そろって外に出ると、遥を迎えに来たときと同じ黒塗りの外車が、運転手つきで
「では、頑張って下さいね。次に鬼道が開くのは約三週間後、ちょうど秋分の日ですから、お忘れなく」
遥はせめて、窓を開けて悪態の一つもついてやろうかと思ったが、初老の運転手に心底すまなそうに謝られてしまうと、それも出来なくなってしまった。
季武が、にこやかに手を振る。それを合図とするかのように、車がゆっくりと走り始める。カナカナという
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