5 決死
騎士の瞳が輝くのが見えた。獲物を狩る野獣の目。
それに反応して亮は魔法を発動、左手を盾ごと振り下ろす動きの後。剣を振りかぶって跳び出した。
亮と同時に動き出していた騎士が、長さを生かして亮より一瞬早くレイピアを突き出す。が、その瞬間、突然両目に水が入り視界を塞いだ。
レイピアの軌道がブレる。
生まれた一瞬の隙に、亮は振りかぶった剣で、鎧のない無防備な胴体に一撃しようとその腕を振り下ろした。
だが、踏み切った左足の力が不意に抜ける。その場に倒れ込むように剣を振るい、胴体までは届かない。
レイピアの切っ先は亮のこめかみを掠め。振り下ろした剣は、騎士の伸びた右腕に食い込んだ。
石畳に突っ伏す亮の脇で、取り落としたレイピアが跳ね、転がる。
その音で我に帰った亮は、とっさに側に立つ騎士の足に向かって剣を振った。腕だけの横なぎの威力はたかが知れていたが、革のブーツを切り裂いて足に手傷は負わせた。
ショックに呆然としていた騎士も、それを受けると小さく苦痛に声を上げて倒れ込み。地面を転がって亮から離れ。
その間に亮は近くの壁まで這っていくと、壁を支えに立ち上がる。
肩で息をしながら、ゆっくり起き上がる騎士の様子を見ていた。
純白のマントは、地面を転がった際の泥水を吸って白い部分の方が少ないほど汚れ。ダラリと力無く下げられた右腕は朱に染まり。その瞳には怒りの色が見える。
「よくもやりやがったな、このガキィッ!」
「よくはやってねぇよ」小さく呟く。
《水操作》で髪に溜まった雨水をまとめて落としたのは良かったが。魔法の疲労と、左腿の怪我が相まって踏み込めなかった。
右腕を封じたのは不幸中の幸いとも言えるが、あの一撃で決められなかったのは大きい。もう疲労困憊だったし、左腿から下の感覚は痛みしか感じなくなっている。
亮は素早く辺りを見渡し、すぐ側に狭い路地があるのを見つけると、残りの作戦の1つ。最後の賭に出ようと覚悟を決めた。
「殺す、殺してやる!」レイピアを左手で拾った騎士が吠える。
「それ、さっきから言ってるじゃん」
亮は馬鹿にするようにそう言いながら、壁に手を突き、ゆっくりと路地に近付いた。
「どこに行くつもりだ!」
「もういいだろ、見逃せよ。俺らの勝ちだし」
騎士は怪訝そうに眉をひそめる。返事こそ無いが、亮を見逃すつもりも無いようで。傷ついた足を庇いながらも後を追ってきた。
双方足に怪我しているが、やはり亮の傷の方が重い。普通に逃げたのでは、すぐに追い付かれるだろう。
「今頃は逃げた仲間が港に着くさ。いるんだろレアリードの騎士が」
「それがどうした。港でエニグスと戦っている騎士達が、一介の民草の為に動くとでも?」
一笑に付す騎士を、亮は逆に鼻で笑って、路地の脇に立った。
煉瓦造りの建物に挟まれる路地は、人1人分ほどの幅で、長さは7、8メートル。2階建てどうしの隙間は薄明かりの恩恵すら得られず、完全な闇にも思えるほどに暗い。
「一介の民草? 不敬も甚だしいな」
ルイスの真似をしたが、用法は合っているだろうか。そんな事を一瞬考え。亮は自分の落ち着きように少し驚く。
「恐れ多くも、ルドガープ王国、第4王子に向かって」
「なんだと!」
「顔を見てないんじゃ仕方ないか。まぁ気にするな」
「まさか、あの、フードの……」
騎士は身を震わせ、歯を軋むほどに噛み締める。目はいよいよもって、怒りで血走り。傷ついた右手ですらも拳を握った。
亮は頃合いと見るや、路地に跳び込む。壁に手をつき、足を引きずりながら闇の中を進み、半分ほど来た頃に振り返る。
騎士もすぐ側まで迫っていた。
亮は剣を振りかぶると、迫ってくる騎士に向かって思いっきり投げつける。
騎士がとっさに壁に張り付くと、剣は虚空を飛び去り。石畳に落ちる澄んだ音だけが響く。
「この闇の中で逃げ場所を減らせば当たるとでも思ったか馬鹿め!」
騎士が勝ち誇って叫ぶ。その声は、怒りよりも嘲りの色が濃く。また、歓喜にも似た響きが混じる。
「逃げる事も出来ず、武器まで失った。もう何も出来まい。なますにして……」
騎士に言葉を遮るように、亮はマントを外して投げつけた。
暗くて状況判断が遅れた騎士は、これをレイピアで突いてしまい。雨に濡れて重くなったマントが覆い被さる。
すぐさま剥ぎ取ろうとするが、突き刺したためにマントが鍔飾りに絡んで、少し手間取り。騎士が解放された頃には、亮は背を向けて路地を進んで、出口に差し掛かっていた。
騎士が慌てて走り出したのを目の端に捉えながら、亮は路地を出てすぐに右へ。そこで立ち止まり、振り返って路地に向けて構える。
間をおかずに足音が迫ってきて、タイミングを見計らって踏み出し。騎士の顔が姿を現した瞬間。渾身の左ストレートを放つ。
勝利に気がゆるんだ騎士は完全に虚を突かれた。レイピアの反撃も出来ない零距離から、重い盾が側頭部をとらえ、脳を大きく揺らす。
亮はありったけの気合いで足を踏ん張り、もう一歩踏み出して腹部にもう一撃。
強制的に息を吐き出されたような呻き声とともに、前屈みになったその後頭部に、腕から外して両手で持ち直した盾を振り下ろした。
騎士の目が白く反転して、石畳に崩れ落ちる。
亮は倒れ込むように壁に寄りかかり、俯いて喘ぐ。力無い手から盾が滑り落ちた。
多少、息を整えて、足下で横たわる騎士を見やる。
こいつは気絶しているだけで、いずれは起きてくる。
亮自身も、もう立っているのがやっとで、いつ気を失うともしれない。そうなる前になんとかしないと、先に動けるようになるのは騎士の方だろう。
身体を探って、ナイフは荷物と一緒に街の外に置いてきたのを思い出す。
騎士のレイピアを使おうとも思ったが、堅く握りしめてて離さず、今の亮では取れそうにない。
亮は悪態をついて、剣を拾いにいこうと路地を戻り出した。
たかが数メートル先の出口が、遥か遠くに感じる。引きずる足の感覚はもう無く、まるで泥の中を歩いているかのように身体が重い。
襲ってくる目眩と眠気に耐えながら路地を抜け。やっと落ちている剣を見つけた。
拾い上げようと身を屈めた時、力が抜けて、そのまま前のめりに倒れ込む。
起き上がろうとするが、もはや四肢に力は入らず。これはまずいかもしれないと、どこか他人事のように思った。
地面が冷たくて気持ちいい。
もう寝てしまおうかという時。突然、目に入る家並みの奥が明るくなり、屋根越し輝きが広がる。
朝でも来たかと思ったが、すぐにリオの仕業だと思い直し。
勝利の証に微かに微笑み。
呻きながら仰向けに寝返り、空を見上げる。
ああ、雨は上がってたのかと、気付き。
意識が途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます