9 隠密行軍

「しばしこのまま進んで距離を稼いだなら、森に身を隠して夜を待とう。足を取る物も無し、人の身でも月明かりで歩けるはずだ」


「そうだな、日が落ちてからの方が見つかる事もなくなる」


ニカイラの提案に乗り、森の中で夜を待ち。簡単な夕食と仮眠を取って月光の下を歩き始めた。


ニカイラの言うとおり、足下を多少気にすれば歩くのには困らない。

反面、周囲の状況などはいまいち掴めないが、それは相手も同じであろうし。見つけられないというならば、むしろ此方に有利だ。なにより、ニカイラの赤外線視覚があるので、夜間行動は極めて有効だった。


しかし全員昨晩はあまり寝ていないし、連日の野宿で子供達に疲労の色が見え、無理は出来ない。アレッサの足下がおぼつかなくなってきたので、数時間で切り上げ、再度林に入って夜を明かした。


「後、どれくらいで着くんですか?」


朝になり、朝食を取りながら亮が尋ねる。


「正確には分かりませんが、午後には到着出来ると思います」


アダムの答えを受け、亮は腕を組み今日の行程に思いを巡らせる。


「どうやって街に入ります? 門の警備は相手も気を配ってますよね」


「普通に門から入れば大丈夫だろう。レアリード隊や民に殿下の到着を知らしめれば、敵も手がだせなくなる」


「なるほど」


「だが、時間的に我らの到着時期だとは知られていよう。道中の警備は密になっているだろうな」


「それじゃあ、昨日みたいに夜に進めばいいんじゃないですか? 夜に進んで明日の午前中に着くように」


「そうもいかないようです」そう言ったのはリオだった。「恐らく結界に近付いたせいでしょう。太陽の輝石の消耗が思ったよりも激しいんです、もうあまり余裕がありません」


「では運を天に任せるとしようではないか」


そういって歩き出したニカイラの後に、亮は苦笑いを浮かべながら続く。


森を抜け、見上げた空には、ちらほらと雲の姿が見え。今日は一雨くるかもしれないと、誰かが呟いた。


「隠れるんだ!」


数時間歩いた所で、ルイスが声をあげた。

一行は素早く草むらに身を隠し何事かとルイスに視線を向ける。


「人影だ大人数がこちらに歩いてくる」


言われた方向を見やると、1キロ程先の木立の脇に複数の人影見え。確かにこちらへ歩いてきていた。数は十数人はいるだろう。


「気付かれましたかね?」


「そんな素振りは見えなかったが。木立の影から出てきた瞬間に隠れられたはずだ」


人影は一行が隠れる草むらから100メートル程離れた場所で、しばらく輪になって話し合っていたようだが。その後半分が集団から離れて引き返していった。


「残ったのは6人ですか? 早くいなくなってくれませんかね」


そんな亮の思いは届くことはなく。あろう事か集団は火を起こし、昼食の準備を始めだした。


「うわぁ、マジかよ……」


「装備はバラバラだがしっかり武装している、おそらく傭兵だろうな。クラウディオに雇われたか」


「どうします、このまま居座られたら身動きとれませんよ」


見張りに回されたのであろう傭兵達は、見晴らしの良い地点に陣取っており。見つからずに草むらから出るのは不可能だった。


「戦うしかあるまい」


「6人ですよ? それにさっき帰った一団も戻って来るかもしれない」


「それはそうだが、やらねばなるまい。時間が惜しい故な」


「今回は奇襲も出来ませんし。もし逃げる奴でもいたら2人では対処しきれないと思うんです」


亮はこの道のプロの意見に反発するのはおこがましいかと思ったが、意外にもニカイラは「一理ある」と、顎を撫でながら頷いた。


「しからば、いかがする?」


反論するからには何か案を出す必要がある。亮は傭兵達を睨みながら、彼等をやり過ごす方法を考える。


「あの高台からしばらく降りてもらえればいいんですよね。何かで注意を引けないでしょうか……」


自分の持ち物に頭を巡らせて、ある物を思い出し。目立たないように気を使いながら鞄をあさり、小さな皮袋を取り出した。


「宝石をばら撒いて、拾い集めてもらうというのはどうでしょう?」


「なんと」ニカイラが目を見張った。


「問題は投げる隙を作るにはどうするかと、どう宝石に気付かせるかですが」


「勿体無い。クォーター銅でも良いんじゃ……」アダムがしみじみ呟く。


「コインだと、ぶつかり合った時に大きな音が出るかもしれないですし」


亮もこれは流石に勿体無いと思うが、これしか思いつかなかったのだ。


「光を当てて宝石が煌めけば気がつくと思います、私が≪光線≫の魔法で照らしますよ」


リオが亮の側までにじり寄ってきて囁いた。


「殿下のお手を煩わせる事はありません、私が照らします」


「甲冑を着ていては目立って仕方がありません。ルイスは逃げ易い位置で待機していなさい」


ピシャリと言い切られ、ルイスは珍しく情けない表情で、鎧を軋ませないように覆ったマントに注意しながら離れていった。


気付かせる目途は立って、後は宝石を投げる隙だが。亮はアレッサを手招きして呼び寄せる。


「アレッサ、あいつら全員に《空耳》の魔法は掛けられるか?」


「ん~、ちょっと遠いけど多分大丈夫。何を聞かせるの?」


「まぁ、ちょっとまて。やっちゃって大丈夫ですか?」


亮が一同に確認をとると、ルイスとニカイラは頷いて応えた。

ロンベットの廃屋で見つけた、傷んだ皮の小袋に宝石を少し入れ。残りと一緒に握り込む。


「アレッサ、さっき帰った奴らが遠くで何か言っているような音を頼む。不明瞭な男の声で内容はいらない」


「わかった、やってみる」


アレッサは詠唱を始め。人数と距離のせいか、以前、亮に掛けた時の数倍の時間を使って魔法を放つ。

一瞬の後、傭兵達は一斉に仲間が帰っていった方向を見つめだした。微かに聞こえる声の出所を探るように目を凝らしている。


亮はその瞬間を逃さず、立ち上がって宝石を投げた。

運動は得意な方なので遠投はお手の物。宝石は煌めきながら放物線を描いて50メートル程離れた場所に散らばった。


「もう見る影も無いですが、大丈夫ですか?」


宝石は、もはや何処にあるかも分からなくなって。すこしやりすぎたと感じた亮が、冷や汗まじりにリオに尋ねる。


「大丈夫です、あの周辺に広げて放ちますから」


「それじゃあお願いします」


亮はリオにその場を譲ると、アレッサを伴い、荷物を持って逃げ出す準備をした。

空耳からしばらくたって、傭兵達が落ち着いてきた頃。リオが手を宝石の落ちている地面に向けて、≪光線≫の魔法を放つ。

陽光下に指向性の高い光線は肉眼ではとらえられないが、宝石に光が当たり乱反射する煌めきが見えると、確かに光が発せられているとわかる。


傭兵達を注視していると、こちらを向いて座っていた1人が煌めきに気がついたのか、おもむろに立ち上がり。宝石のある方へとゆっくりと歩き始めて。

そんな仲間の様子を見ていた残りの者達も、同じく煌めきに気づいたのか興味深そうに仲間の姿を見守る。


リオが魔法を放つのを止めて程なくして、1人が「宝石だ!」と、仲間に向けて見つけた石を掲げると。残って成り行きを見守っていた者達も、色めき立って我先にと高台から駆け下りてきた。


亮達は気付かれないように草むらから這い出すと、林の影に入って傭兵達からは見えないようにその場を離れた。


「やりましたね」リオが少し興奮気味に言う。


「殿下の魔法のおかげです。それとアレッサもありがとう、助かった」


「やっと皆さんの役にたてたよ」


亮に頭を撫でられながら、アレッサは照れたように笑った。


「しかし、見事に引っ掛かってくれたものだ。いささか滑稽であったな」


「やっぱり勿体無かったですけど……」


「まだ言いますか、俺のなんだからいいでしょうもう」


「きっと、アダムさんも簡単に引っ掛かっちゃうね」


それを聞いたリオが思わず吹き出し、それが呼び水になって一行は笑いに包まれた。


「あまり騒ぐと、奴らに聞こえるぞ」


そういうルイスだったが、それは決して咎めるような口調ではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る