5 分かれ道

進んでいた森が終わると、次の森までは数キロほど離れていた。一行は仕方が無く固まって、身を隠す物のない平原を歩いた。


「リョウさん、あれ」


亮の側を歩いていたアレッサが、亮の鎧の裾を引っ張りながら囁くと、街道の方向を指さす。


亮が指された方向を確認すると、街道脇の木立に、栗毛の馬に乗った人物が身を隠すのが微かに見え。鈍い金属の煌めきから、武装しているのが見て取れる。


「ルイス閣下。あの木立に誰か隠れてます。馬に乗って武装したのが、たぶん1人」


「この前の奴か……。距離は十分にあいているが、少し急ごう」ルイスは木立に一瞥をくれ言う。


一行は足早に進み。木立の人影は、監視しているだけなのか動くことはなく。

森に入ると、戦いに慣れていない者は大きく息を吐いた。


「なんで私達がここにいるのが分かったんだろ?」


「我等はかち故、日に進める距離などたかがしれている。馬で先回りして、張っておればいずれは見つかろう」


「ああやって我々を見張って、増援が来るまで見失わないようにしているのだ」


ニカイラの後を引き継いだルイスが、苦々しく言い捨て。どうにかして監視を逃れたいと、眉間にしわを寄せて呟く。

とはいっても相手は馬である。引き離すなんて出来ないし、倒そうとしても、すぐに逃げられるだろう。

唯一可能な事は、馬では進みづらい森を行く事と、闇夜に紛れる事ぐらいしかない。


難しい顔をしながら歩くルイスを見ながら。亮は追跡をどうにかしなければ、まずい状態なのだと悟り。なにか手はないかと、自分も知恵をしぼった。


「もっと街道から離れてはどうです?」


相手は街道から見張っているのだから、そこから見えない場所まで離れればいい。


「そうしたいのは山々なんだが……」


とうぜんだが、こんな単純な事をルイスが見落としているはずもなかった。亮へと向きかえると、街道と逆を指さす。


「この森を抜けた先の平原は風の聖域なんだ。結界のおかげでニカイラ殿とアレッサ以外は入れない」


亮は、森をさまよっていた時に辿り着いた水の聖域で、精霊が亮の進入を疑問に思っていた事を思い出した。実際に体感したわけではないが、ルイスの口振りから同属性以外 (亮は例外だが) 入れない結界ではあるようだ。


「風霊平原の聖域結界とデュロット河の隙間を縫うように街道が作られているんですよ。今いる辺りがもっとも隙間が狭い地域だと思います」


アダムは、風霊平原の聖域を中心に円状に広がる結界と河の位置関係を、指で虚空に画いた。


「つまり、もう少ししたら街道から離れる事も出来るんですね」


結界の外周に沿って街道から離れる事が出来るはずだ。


「まぁ、一応そうなりますね」


なんとも歯切れの悪い返答に皆が視線を送る。

そこで声を上げたのはルイスだった。


「本来ならそうなるが、今は少し事情が違っていてな」


「どういう事なんですか?」


「もうすぐ河が終わるんだ。そこで去年から街道が変わったんだよ」


河の終わりは海だ。

街道が海沿いに続いているならば、そこはエニグスの発生域。とても通行は出来ないだろう。だが、海から離して新たな街道を引くにしろ、側には風の結界がある。


「つまり、新街道は結界沿いって事ですか……」


亮の問いにルイスは苦笑いを浮かべ頷いた。


その日の夕暮れ。幾つかの小さな森を抜け出すと、正面に件の新街道が横たわっていた。


突貫工事で作られたのであろうその道は、整備がいまいちで、正規の街道と違って土を盛ってはおらず平坦。地均しもおざなりで、目に見えて凹凸がある代物だ。

今度はこの新街道沿いの森を進むのだと一行が歩き出すと、それを止めるようにルイスが声をあげた。


「皆に相談があるのだが」


ルイスに促され、少し森の中へ引き返すと輪になって座り、ルイスの言葉を待つ。


「このまま新街道を進まず、旧道を行こうとおもうのだが」


驚きに亮は思わず声を上げ、目を丸くする。アレッサとアダムも似たような反応をしていた。


「でも海岸沿いなんでしょう? エニグスが出るじゃないですか」


「それは確かにそうだが、利点もある」ルイスは手早く木の枝で地面に地図を描く。


「新道は即席に作られたために森や丘を避けるように作られているんだ、それに途中にある岩山を迂回するため距離が長い」


ルイスがアダムを見ると、アダムは「1日程度長いです」と控えめに言った。


「それにこちらなら追っ手をまく事も出来るだろう?」


「でも、エニグスが出るんですよ?」


亮の訴えにルイスは腕を組んで唸る。


「リョウ殿はエニグスにあったことは?」


亮は黙って頷いた。ロンベット村での出来事は鮮明に思い出せる。


「エニグスの習性では餌の無い場所ではそれほどの数は出ない。餌の場所を知らせるのか翌日には数十倍の数になるが、新街道が出来てだいぶ経っている。今出るのはたいした数ではないはずだ」


ルイスは地図上の旧街道を指し示す。


「海岸線沿いの旧道は2日で抜けれる、エニグスの相手は1晩だけでいい」


「いざとなれば南の岩山に退避すればよかろう、そう気を張る事もあるまい」


ニカイラはかかと笑い亮の肩を叩いた。


ルイスとニカイラに押し切られる形で旧道行きが決まり。新街道を密かに横断するため、この場で日が落ちるのを待つことになった。


闇に紛れて道を渡り、小1時間ほど旧道沿いに進んだ森の中で野営をする。


すっかり怯えてしまっているアレッサを倒木に座らせ、その傍らに亮も腰をおろす。アレッサは亮にピッタリと身を寄せると、その手をとって堅く握った。


「そんなに心配するなよ」


そういって髪を撫でたが、亮も今回はあまり楽観的にはなれなっかった。

もちろん利点云々は理解出来るが、エニグスの群れと対峙した身としては、どうにも足がすくむ。


見回せばアダムも似たような感じで。平常なのはルイスとニカイラだけだ。リオはリオで難しい顔をしているが、これは別の悩みに思える。


アレッサがいつの間にか寝入ってしまい、堅く握った手を離してはもらえず困っていると。夜の見張りをルイス達が肩代わりして、今晩、亮は免除となった。

みんな幼いアレッサの事は気にしているようだ。


翌日は追っ手の心配がなくなり、歩くものが無くやや荒れた街道を堂々と進む。

歩きやすい道に速度もあがるが、朝から空には雲一つ見当たらず、日中は暑くなりそうで。楽な1日にはならないかと、亮は内心毒づく。


2時間ほど進めば、思った通り日差しも強くなり始めたが。その頃には河と湿地が終わり、一行は海岸線に出ていた。


朝から亮の手を離そうとしなっかたアレッサが、小さく感嘆の声を上げる。

久々に海を見る漁村生まれの少女は、微かに瞳を潤ませ、陽光に煌めく海面に魅入っていた。


怯えが無いわけでもないだろうが、望郷の念が勝っようだ。亮が繋いだ手をしっかりと握り直すと、アレッサもその手を強く握り返した。

互いに顔を見合わせ微笑むと、また歩き始める。


いよいよ気温は上昇しはじめたが、爽やかな海風がそれを感じさせず、今までになく快適に進めた。


だが、吹き付けているのは紛れもなく潮風。日が暮れる頃には、髪の毛は目も当てられない事になっているだろう。

ルイスのプレートアーマーも手入れが大変だと、亮はぼんやりと考えていたが、それは自分も同じであると気がつき苦笑。

今日の休憩所に井戸があることを願った。


夕暮れが近づく頃には、南方に灰色の岩肌をさらす低い山が横たわるのが見え始めて。岩山と街道の間には、岩山の裾野に添うように延々と林が伸びていた。


いまだに休憩所にたどり着けず、一行は少し歩く速度を早め。空が茜に染まり始めた頃になって、ようやく街道から南方の林へ続く細い道を見つけた。


塩害から小屋を守るためか、休憩所の小屋は林の中に建てられていて、しばらく人の手の入っていなかった小屋はかなりくたびれているようだ。

少し傾いた粗雑な扉を開けると、中は埃にまみれで。天井には蜘蛛が好き放題に自の住処を張り巡らしていた。


日も落ち掛けていることもあり、一行は手分けして掃除と料理を済ませる事にし、亮は料理にまわった。

有り難いことに井戸が備え付けてあり、ホッと一息。


「海水を浄化しなくてすみましたね」


亮と同じ料理担当のリオが、珍しく年相応の笑顔をみせる。


「こんな時間帯に海辺はぞっとしませんよ」


「ぞっとしないんですか?」


リオが不思議そうな眼差しを亮に向けた。亮もそれを受けて、自らも違和感を感じ始める。


「なんでですかね……自分の故郷では、ぞっとするをこういう言い回しをするんですよ」


「確かに少し変わっていますね、リョウ殿の故郷ってどこなんですか?」


話の流れでは普通こうなるだろう。亮は少しお茶を濁しながら思案を巡らした。


「伊豆っていう海辺の小さな所ですよ」


アレッサも知りませんと付け足し、町とも村ともつけない。

秘密にしてもよかったかもしれないが、こちらでは小さい村など名の知れぬ場所は多いだろうし、これでも問題ないだろう。


「それより良いんですか王子様がこんな事を……」


話を変えようと手を止めた亮が、薪と格闘する止ん事無き身分の少年をみて、思わず訪ねる。


「大丈夫ですよ、僕はこういうのに慣れているんで」


何でかと口を開こうとする亮に、もう1人の食事担当のアダムが険しい目線を必死に送っているのに気がつき「そうですか」と、言及するのをやめた。


会話が止まり、夕食も出来上がって、なんとなく気まずい沈黙が訪れる。


亮は居心地の悪さから黙って日が落ちていく空を見上げていた。嫌になるくらい赤い空が、今日はこれからが本番だと訴えているように見えた。

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