4 悩み進む
食事を終え、西への行軍は再開された。
森の中を進むと、どうやら小さな森だったようで。すぐに森を抜ける。次の森が近かったので、周囲を警戒しながら1人ずつ走った。
亮は走って森に入り終えると。雲が晴れ始めた空を見上げながら、何が納得いかないのか、その考えをまとめる。
太陽の輝石はセヴァーを救う重要な物で、それを運ぶのは王子。どちらも国にとって大切な物であり、それを狙うのが自国民であるとは想像し難い。
もちろんまったく無いとは言えないが。太陽の輝石には狙われるいわれは無さそうであるし。王子も第4王子で、直接王位継承権に係わるとは思えないから。そこまで固執する理由が見当たらない。
他国の刺客が、ルドガープの国力を落とすためというのがもっともしっくりくる。
もちろんこれらは、2人が嘘を言っていないという前提での話だ。騎士でも、王子でもないと言うなら。話が変わってくる。
結局何もわからないのだと、亮は苦笑して。全員が渡り終えたので、また森を歩き始めた。
日が落ちても、一行は、しばらくのあいだ森の際をすすむ。
太陽の輝石が力を失うリミットが迫り。森を進むことで落ちた移動速度を、少しでも取り戻したいそうだ。
2時間ほど歩いてから、森の中で小さな焚き火を起こした。焚き火の周囲を囲むように土を盛り、光が見えづらいようにする。
食事をとった後は、アレッサとリオを除く4人が交代で見張りに立ち。眠ると。
翌朝はまだ日の昇らない内から移動を再開した。
日が昇ってくると、一緒に気温もあがってきた。
天候は晴れ。
風はほとんど無く、森の中はさらに風が通らない。日差しが無いのが救いだが、荷物を背負って道無き道を行くのは、かなりの運動量だ。
亮は、さんざん森を歩いてきた身だが。以前よりも鎧分重くなっているし。さらに金属を使用しているため、通気性などというものは考えられていない。
明け方までは、前面をぴったり合わせていたマントも、いまや背中まで開け放ち。鎧の襟元を開き、風を送る。
亮の着るブリガンダインは、その構造上、普通の服のように前面で留めているので。胸についている革のベルトを外せば。前をはだける事はできるが。
襲撃を警戒して、そこまでする気にはならなかったし。全身を鉄板で覆ったルイスが、文句の1つも言わないので。亮も我慢していた。
「そろそろ騎士団領を抜けて、レアリード領に入りますよ」
無言の面々にアダムが言った。
「騎士団領内では白凰騎士団が警備にあたっていたが、ここからはレアリード領兵の管轄になる。みんな気をつけていこう」
だからといって地形が急激に変わる事などもちろん無く。相変わらず平原で、小さな森を何度か渡って。
太陽が頂点へと達したのを見計らい、昼食をとることにする。
「あっと、もう水がないですね」
「森にいるのだ。探せば水もあろう」革袋を逆さに振るアダムを見て、ニカイラが動き出した。
「ああ、ちょっとまって」
試したい魔法があり、亮はニカイラを呼び止めた。目を閉じて呪文を詠唱し。地面に手を置き魔法を解き放つ。
頭の中で自分を中心に光の円が広がっていき。光が通った後に幾つかの光点が残る。
その中でもっとも近い光点の方向を指さした。
「あっちに水がありますね」
≪水作成≫は未だ1人分も作れずに昏倒しかねないが。≪水探知≫ならば楽に使える。
亮の指し示した方向に10分ほど歩くと、果たして水源はあった。
「……泥水だね」
土色に濁った池を前にして、アレッサが呟く。
流石に水の性質までは教えてくれないのか。それとも使い方の問題か。
「オッケイ、オーケイ。やってやりやすよー」亮はヤケ気味に腕を捲りながら進み出た。
ペットボトルに泥水を汲み取り、静かに呪文を唱える。
今までの練習で、呪文は一言一句、一音一節を間違いなく唱えるのが重要だとわかっていた。時間は掛かっても慎重に、何度も唱えれば。その分疲労が少ない。
詠唱が終わると、ペットボトルの口をつかみ。輪にした指が口に沿うようにする。
ペットボトルを傾け、鍋に水を注ぐと。出てきた水は泥水ではなく澄み切っていた。
鍋とポットを充たし。息をついてペットボトルに残る濃度の増した泥水を捨てる。
初めて使ったが、≪水浄化≫は少々骨が折れた。
「どうよ?」
「珍しい入れ物であるな?」
「そっちですか!」
げんなりと肩を落とす亮の肩を、ニカイラは笑いながら叩く。
「いやすまぬ、すまぬ。助かったぞリョウ殿。やはり旅をする上で、水の章印はありがたいものだ」
ニカイラの当たり前のような口調に。どうやら章印と、使える魔法の種類は一緒のようだと、亮は確信した。
前日と同じように、火の章印を持つリオは鍋を加熱しているし。同じ火のサラは火の矢を放ち。風のアレッサは音を操った。
何となくそうではないかと思っていたが、やはり制約の影響で別属性は使えないらしい。
だが例外があった。ニカイラの言い様から、この例外は異質な物だと感じる。
亮は黙って自分の右手の甲をさすりながら。自らが異邦人であると改めて思い知らされた。
「あの、閣下。すこしよろしいですか?」
アレッサが、うやうやしくルイスに話しかけたのは。昼食を終え、歩き出した直後だった。
亮に話しかける時とまったく違うアレッサの様子に、ルイスは少々面食らったみたいだが。年に似合わぬしっかりした態度に、すぐに感心したように頷いた。
「セヴァーにいる、ステラ:カナカデスさんをご存じでしょうか? 」
「なるほど。ステラさんとは、カナカレデス殿のことだったか」
名前を間違えていたアレッサは、少々頬を赤らめ。覚え込ませるように、カナカレデスと2度、口の中で繰り返した。
「カナカレデス殿は騎士団の要請で、エニグスの研究をしているよ」
「会うことは出来ますか?」
「問題ないだろう。何かあるようなら、私が口利きしよう」
「ありがとうございます!」
騎士団と共にいるステラを知っているということは、ルイスが白凰騎士だというのを、それなりには信用できる。2人のやりとりを聞いていた亮は、納得したように頷く。
そんな様子を見たニカイラが、亮に近づいた。
「如何した?」
「いえ別に。ルイス……閣下は、本当に白凰騎士なんだなと」アレッサがやっていたので一応閣下をつけた。
「疑っておったか?」
「あ、いや。まあ、何となくしっくりこないんですよね。騎士かどうかじゃなくて、なんというか全体的に」
「ふむ、腑に落ちんか……」そう言うとニカイラは、喉仏のような出っ張りの皮を摘み。指で弄ぶ。
「白凰騎士団といえば、近隣で知らぬ者のない勇名を誇る。それはルイス殿の腕を見れば、容易に頷けよう。その騎士が9人も倒される刺客とは、いかなる手練れであろうかな」
確かにと小さくつぶやき。亮はルイスが10人でリオを護衛している姿を想像した。
完全武装の騎士の一団を倒すなんて。並みの野党では、3倍の数でも難しい気がする。あまり多いと目立つだろうし。連携のとれない寄せ集めでは、さらに頭数を集めなければならなくなる。
切り崩すには。相当な手練れが、それなりの人数必要だろう。だがそんなもの、そうそうは揃えられるものじゃない。
亮の中で、敵はルドガープと敵対する国の部隊で固まった。
「少しは合点がいったかな?」
「ええ、少し」諦めたように笑う。
「なれば、もう1つ」
ニカイラは1本立てた指をクルクル回した。
「休憩所で襲われた時、太陽の輝石は8日目。ならば、ザルパニの時点で6日目」
先ほどより真剣な口調なのが気になり。亮は唾を飲み込むと黙って続きを聞いた。
「ザルパニにいた時点で、残りは9日ほどあったのだ。ザルパニから白凰騎士の本部たる騎士総本館まで馬なら1日。白凰騎士ならザルパニで馬を徴用するなど雑作なかろう」
つまり、馬でザルパニから騎士総本館を往復するのに2日。
それからセヴァーに向かって4日の、計6日。
残り9日だったのだから、3日余裕がある事になる。
「本部に戻って、新しい護衛部隊を編成する時間があった……」
「いかにも」
そもそも、自分達の領地内でコソコソと身を隠し。乗り合い馬車になんて乗る事からしておかしい。
「いったいどうして……」
街で姿を見られたくなく、騎士総本館に戻る事もできない。ルイス達には、まだ謎が残っているようだ。
結局疑問がまた増える事になり。亮はうんざりとした様子で頭を掻いた。これはいっそ本人に聞こうかと思案する。
「ニカイラさんは、あまり気になっていないみたいですね」
「うむ。知り得たところで、やることが変わる訳でもない故な。我は休憩所で刺客を斬っておる故」今更後には引けないと、笑う。
それはその通りではあったが。ニカイラはそうであっても。戦う力を持たない亮たちは、そこまで単純にはいかない。
亮は、聞き忘れていた、もっとも重要な事の確認だけはしておく事にして、ルイスに近づく。
「すこし良いですか?」
「なにかな」先頭を進む騎士は、にこやかに応えた。
「セヴァーまでたどり着けたら、身の安全は保証されますか? 俺達はたぶん、この後も旅を続けなければならないんです」
延々と追いかけ回されるとなると、実質旅することなど出来なくなる。
「それは問題ない。殿下がセヴァーにつけば、奴等は我々を狙う理由が無くなるはずだ。それに、あの街にはエニグス対策のため白凰騎士団の半数程が駐屯している」
「そうですか、すこし安心しました」
口を衝いて出そうになった質問を飲み込み、歩みを遅らせルイスから離れる。
ルイスが白凰騎士だというのは嘘ではないだろうから、セヴァーにいる白凰騎士団を頼ることは出来るだろう。
とにかく敵さえ何とかしてくれるなら、何だっていいし。
疑心暗鬼を広めるくらいなら、亮1人が頭を悩ませている方が皆のためだ。
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