3 旅の仲間
「先ほどの奴等に、馬を奪われた。ここからは歩かなければならない」
それはただ単に、移動手段を奪われただけではなく。この先もこちらを見逃すつもりが無いということだ。
男の説明に小屋の中に残った面々に落胆の表情が浮かぶ。
御者にいたっては、頭を抱えて膝から崩れ落ちたが。こちらは、馬を奪われた事が大きい。
「して、これより如何する? 彼奴等が何者かは置いておいて。一刻も早く動いた方がよかろう。ザルパニに戻るか、あるいはセバーに進むか」
「距離的にはどうなんです? 4日の行程のいま2日目ですし」
全員の視線が御者に集まり。御者は怖ず怖ずと焚き火の側の地面に、簡単な地図を描いた。
「ザルパニからセヴァーまで、歩きなら11日程度の工程です。今いるのはその中間からややザルパニより。ザルパニには5日、セヴァーまで6日程かと……」
地図を描き上げ、全員を見渡す。
「セヴァーがあんな事になって、この街道を使う旅人はほとんどいません。そんな事もあって、馬車も今回を最後にしばらく休む事になっています。どちらかに向かって歩くしかありません」
「その事なんだが」
純白のエナメル加工が施された甲冑を身に着け終えた男が、申し訳なさそうに声をあげた。
「我々には、どうしてもセヴァーに向かわなければならない使命があるのだ」
男の促しを受け、少年が今まで被っていたフードを脱ぐ。
年の頃はアレッサより少し上ぐらいだろうが。その精悍な顔つきから感じられる雰囲気で、幾ばくか大人に見える。
ダークブロンドの髪には綺麗に櫛目が通っていて、あらためて育ちの良さがうかがえた。
少年がマントの中から革の袋を取りだし、その口を開くと。途端に暖かな光が溢れ出す。
袋に入っていたのは、真紅の宝石が螺旋状に巻き付けられている、拳大の透明な宝玉で。
その中心からは常に光が発せられていた。
「太陽の輝石といいます」
年甲斐に合わない落ち着いたその口調に、亮は初めてアレッサに出会った時を思い出した。
「光の精霊器に、古代のウィザードが炎の力を加え、太陽光と同じ光を放つようになった特殊な魔道器で。私達はこれをセヴァーに運んでいるのです」
発せられる光はすごいものらしく、夜の町をまるで昼のように明るく照らすとか。
「なるほど。エニグスは日中出てこないからか」
亮が指を鳴らして言うと、2人は頷いた。
「この輝石を使えば、セヴァーは安全になるはずだ」
「ですが問題があります。光と炎の力が制約の元で打ち消し合い。特殊な台座の上でなければ、半月程でその力を失ってしまうのです」
精霊結晶がそうであったように、別属性に触れられると無力化する。
精霊結晶ほど極端ではないが。
もし力を失ってしまうと、回復させるにはやはり精霊に頼まなければならない。
「この太陽の輝石は、王都で精霊に力を戻され。既に8日が経っている。力を失う前に、セヴァーにある灯台に運ばなければならないのだ」
「それ故、我等の力を借りたいと?」
「有り体に言えば、そうなる」この先を2人で切り抜けるのは難しいらしく、男ははっきりと頷く。
「期待には応えよう。もちろん報酬はもらうぞ。我は傭兵故」リザードマンはニヤリと笑い、グレイブを肩に担いだ。
「俺達はどうする?」亮がアレッサにたずねる。
「ついて行った方がいいんじゃないかな? 私達だけじゃ襲われたらどうしようもないし」
アレッサの表情には怯えが見え。改めて自分の失敗を悔やんだ。
「まあたしかに、関係なくても皆殺しするって言ってたな」
そんな亮の表情を見たアレッサが、不意に笑顔になり。手を叩いて声をあげた。
「それに、トカゲさんはタダで助けてくれるんでしょ?」
「うむ、報酬はこの御仁が出してくれる」
なぜか固く握手を交わすアレッサとリザードマンに。張り詰めていた小屋の中につかの間の笑いがうまれた。
必要な荷物を準備し終えると。急いで小屋を出発する。
御者の意見は聞いてもいなかったが。流石に1人で抜ける気は起きないのか、黙ってついてきた。
小屋から出るさい。表の死体を見て、男とリザードマン以外はその惨状に顔をしかめたが。亮ほどの反応ではなく。
亮は、何の躊躇いも無く人を殺す、先ほどの戦いといい。この世界は死が身近にあるのだと感じた。
一行は街道までは出ずに、街道を横目にして、できる限り点在する森の側を歩く。
街道は敵に見つかり易いうえ、逃げ場がなく。森の中をはぐれず、集団で歩けるほど月明かりは出ていないし。何より森を進む事で速度を落とすのを嫌った。
森からの奇襲にもリザードマンの赤外線視覚で対応出来るこの位置を進むのは、現状でもっとも有効な方法だろう。
とはいえ、湿地が近いからか、水捌けが悪いのか。
森の脇には妙にぬかるんだ地面が続いており、不意に泥が深い場所を踏んで足を取られたりと。あまり気を抜けない。
日が出るまで誰も声をあげずに黙々と歩き。十分な光が差してきた頃合いに森に入って、朝食を兼ねた休憩をとる事にした。
「ああ、火を起こすわけにはいかないのか」
追われている身で焚き火の煙をあげるのはよろしくない。仕方なしに、御者が食事の用意を始めると。
少年が「それなら私が」と進み出る。少年の従者が何かを言いかけたが、少年は笑顔と片手で制した。
水を張った鍋を地面に置くと、手をかざし呪文を唱える。
少しの間をおいて、鍋の当たる地面が見る見るうちに乾いていき。鍋から湯気があがりだした。
御者と少年が作ったスープを飲みながら、全員が輪になって座る。
「さて、そろそろ自己紹介でもしようではないか。皆このまま名も知らずに進む気もあるまい?」
リザードマンはそう言うと立ち上がった。
「ニカイラだ。傭兵をやっておる。セバーには仕事の口を探しに行くところだ」
ニカイラは、よろしくと言いって座ると。隣にいた亮を見た。
全員の注目を浴びて。鼻先を掻きながら、亮は立ち上がる。
「リョウ:スルガです。えっと、旅人……かな。この子とセヴァーに人探しに」
亮に示され、アレッサは慌てて立ち上がった。
「アレッサ:フェルランドです。ステラさんという人に逢いに行きます」
2人が座ると、次は御者だ。
人の良さそうな顔の、髭をはやした男は。緊張の面持ちで立つ。
「あの、アダム:ロスです」
それだけ言うと急いで座る。
彼に限らず、この場で素性をあかす必要は無い。
それでもニカイラが自分について一言くわえたのは、残る2人に暗に説明を求めたからだ。
その2人の片割れ。鎧を着た男が立ち上がった。
「ルイス:フィリップだ。正確にはルーイッシュ:フィーリプ:マセラ:カイール」
そう言うと、マントを開き。鎧の首もとから鎖で繋がれた白銀の護符を引き出す。
それには、燃え立つ鳥が刻まれていた。
「白凰騎士団の一員だ。この方をセヴァーまで護衛をしている」
ただ者ではないと思っていたが、騎士だったかと。亮は微かに驚きの声をあげた。
ルイスの言葉を聞き、少年が立ち上がる。
「私はリヴァー:ジュード:フェニックス。リオと呼ばれています」
その名前に、アダムが息を飲んで目を見張った。
そんな様子に気づいたリオは、一瞬瞳を閉じ。はっきりとした口調で続けた。
「ルドガープ王国、第4王子です」
予想を超える大物に、どよめきが走る。
各々驚きをあらわにするなか。亮はいよいよ不味い事になったと、冷や汗を流した。
「それじゃあ、あいつらは王族を殺す気だったのか?……ですか?」
「そもそも彼奴等は何者であるか?」
立て続けの質問に、リオは少し困ったように眉をひそめる。
「よくはわかりません」
「理由は分からん、だが、やつらは我々を襲撃してくる。王都を出るときには10人の騎士が護衛についていたが、今は私1人だ」
「太陽の輝石を狙うにしろ、王子様を狙うにしろ。どちらにしろ非道い」
丁寧に話そうとして、アレッサの口調が以前のものに戻っていた。
亮がその不安げな少女を安心させようと。そばに寄り、頭を撫でる。
「しかし、どうしてまた王子様がわざわざ?」
素朴な疑問だ。そもそも騎士団だけで運んだ方が問題が少ない。
「それは仕方がない事なんです。太陽の輝石に触れられるのが、私だけですから」
リオはそう言うと手袋を外した。
その右手には白銀の章印。そして左手にはサラと同じ真紅の章印が刻まれている。
どうやら珍しいらしく。それを見たアレッサが「すごい、双印だ」と、驚いた。
「輝石と同じ。光と炎の章印をもっているのは私だけでしたから」
つまり王子を狙う事は、同時に太陽の輝石を狙う事と同じのようで。それだけでは、敵の狙いがいったい何なのか、まったく見えてこない。
どちらにしろ襲われる事にかわりはないが。亮は何だか腑に落ちない気持ちだった。
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