2 襲撃の夜
今日の休憩小屋の扉には、節が抜け落ちた穴があいていて。
そこから雨に冷やされた外気が、笛の音を思わせる音をたて、吹き込んできた。
亮は扉の前に陣取った事を後悔する。季節柄、寒いとまではいかないが。扉に息を吹き付けられているきがして、少々気に障った。
変わらぬ食事を終え。焚き火の明かりが揺れる天井を見上げながら、雨音に耳を傾ける。目を閉じれば。雨粒が屋根を叩く心地良い雑音が、子守歌代わりに。亮をすぐさま夢の中へと誘う。
だが、不意に。亮は現実へと無理矢理引き戻された。
右手に刺すような痛みを覚えて、目を覚す。どうやら寝返りをうった拍子に、尖った石に強か打ち付けたようだ。
手袋をしていたため、怪我はしていなかったが。しっかり目が覚めてしまった。
目だけで辺りをうかがい、時間を推し量る。
雨音がしていない事から、それなりに眠っていたのだとは思う。他の面々は眠っているようで。手を入れられていない焚き火が、かなり小さくなっていた。
面倒ではあるが寒いも嫌なので。亮は薪を足そうと、身を起こす。
その時、目の端を微かな煌めきがかすめた。それは扉の方向で、そこには光を反射するようなものなど無い。
怪訝に思い、扉に顔を寄せ。節穴があったのを思いだしのぞき込むと、息を飲んだ。
人影が数人。
薄曇りの空からの微かな月光のもと、なにやら顔をつき合わせているのが確認出来る。
観察していると、微かな雲の切れ間から月が顔を出し。人影が手にした白銀の剣が鈍い光を放った。
亮は自身の楽観を怨んだ。
野党という事も考えられるが。もし目的とする人物を狙っている集団であれば、関係者は例の二人組とみるのが妥当。
とにかく知らせてみようと、出来る限り音をたてないように、剣士風の男に近づく。
男は亮が近付く気配を感じたのか、かなり間がある段階で目を覚ました。
亮が指を口にあて、静かにするよう促し、続けて扉を指し示すと。男はすぐに何かを察したのか。厳しい表情を浮かべ。
長剣を手に取り、滑るような動きで扉に張り付いた。
こういった動きの端々から、この男がただ者では無いのが垣間見える。
節穴を覗いた男は、小さく悪態をつき「もう来るとは」と吐き捨てた。
「やっぱりアナタの関係でしたか。あれは何者ですか?」亮が小声で訪ねる。
「君には関係のない相手だ」
取り付く島もなく男はそう言い、少年を起こしに行ってしまい。亮もそれ以上は追求出来ず、諦めて残る全員を起こすことにする。
「何事か?」
此方も気配を感じたのか、リザードマンが身を起こしていた。亮の説明を聞くと、同じように扉まで行って表を確認する。
「6人で、あるな」
「見えるんですか?」
この闇の中では、亮には数人の人影にしか見えなかった。
「我等は、熱を見られる故な」
赤外線視覚。亮の世界でも一部の爬虫類がもつ能力だ。
「して、奴等は何者であるか?」
リザードマンの問いに、男はまたも関係ないと返す。
「それは重畳。我等は何もせずとも、見逃してもらえるようだ」
それを聞き、男の表情が渋いものに変わる。
「それは無いだろうな。恐らくは生かしておく気はないだろう」
「なれば、関係は大いにあろう」
リザードマンは立て掛けてあった自分の武器を取り、穂先に被せられた革のカバーを外す。
それは槍ではなく、大振りのナイフを取り付けたような武器で。包丁状長柄武器、グレイブと呼ばれるものだった。
「すまないな」男は武器を担ぐリザードマンに、申し訳なさそうに言った。
「かまわん。それよりも相手は多数、いかに切り抜ける」
どれほど腕の差があろうと、数で劣れば無傷で切り抜けるのは至難の業だ。
ましてや今回。敵は全員が剣を持ち、此方は鎧を身に着ける暇はない。
「相手は油断しているだろう。≪閃光≫の魔法で機先を制する」
「おお、光の章印か」リザードマンが嬉々として笑う。
亮は表の様子を見ながら、確かにこの闇の中に長くいる人間に、閃光は有効だろうと思った。
後は早さの勝負だ。奇襲と閃光から立ち直られる前に、いかに数を減らせるか。
手勢は多いに越したことはない。閃光で無力化された人間ならば亮にも容易に倒す事が出来るかもしれない。
しかし、いざそのシーンを想像するに。無抵抗な人間に向かって剣を振るうという事が出来そうになかった。
「すみませんが、俺は足手まといになると思うので……」
2人が扉の前に陣取ると、亮は男に自分の盾をさしだす。
リザードマンは両手を使う武器だったし、自前の鱗に防御効果がありそうだ。反面、男は詰め物をした厚手のチュニックに片手剣だけなので、盾が必要だろう。
「ありがたく使わせてもらうよ。君は扉の前で牽制していてくれ」男が微笑みながら僅かに頷き、盾を身に着ける。
亮は2人の突撃の邪魔にならないように扉の脇に寄り、剣の柄に手をおいて戦闘に備えた。
男が≪閃光≫の呪文を唱え始め。その詠唱をしている間、リザードマンが穴から表を確認する。
「30歩だな」
「10歩まで近づいてきたら仕掛けよう」詠唱が終わり、魔法を維持しながら男が言う。
亮とリザードマンは頷きを返し、静かにその時を待った。
リザードマンが指を3本、見えるように立てると。ゆっくりと1本を曲げる。
「20歩」
亮は急に時間がゆっくりになったように感じていた。ほんの数分が永遠にも感じられ。手にはじっとりと汗をかき。唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。
リザードマンの手が再度動く。注目を集めるようにひらひら動かし、ゆっくりともう1本指を曲げていく。
そして力強く1を示すと、すぐさま扉を開け放った。
その瞬間、小屋にいる全員が瞼を固く閉じる。
直後、強烈な閃光が発せられた。
それはほんの一瞬ではあったが、目を閉じていても眩しいと感じる程の光量で。直視していない亮が、目を開けたときに、微かに靄が掛かっているように見えるほどだ。
2人の行動は早かった。
閃光が発せられた直後、先ずはリザードマンが表に飛び出す。右手にグレイブを持ち、3本足でリザードマン特有の這う姿勢をとり、走る。
閃光で見当識を失った敵の前で、グレイブを両手に持ち替え。
走った勢いに、立ち上がる勢いをのせて突き上げると。敵は防御する事もなく、強烈な一撃を受け。呻き声をあげて、身体を2つに折った。
すぐさま穂先を引き抜き、近くにいたもう1人と向き合う。
リザードマンがグレイブを上段に構えると。閃光を免れたらしいその敵は、奇襲のパニック状態から怯えた表情を浮かべ。身を守るため必死に盾を頭上に掲げる。
リザードマンはそれを見て、大きく踏み込みながら構えを落とし。穂先の逆側、石突きを振り上げた。
敵の予想に反した下からの攻撃は、その顎を強かに打ち。掲げた盾も弾き飛ばす。
グレイブは、大きく振りかぶり肩にかつぐような構えになり。リザードマンは、間髪を入れず1歩退きながら振り下ろし。その穂先を敵の頭の鉢に叩き込んだ。
男も閃光を放ったあと、リザードマンに続いて飛び出していた。
リザードマンが向かったのと逆に走ると、長剣が鞘走り、朦朧とする敵の胸に突き入れ。手首を捻り、傷口をえぐり広げてから引き抜く。
流れるような動きで、すぐに次の敵に向かい。近くで手当たり次第に剣を振り回している敵の右腕を切り落とし、その額を叩き割る。
男は、ここまでの一連の動きを1呼吸でやってのけると。大きく息をつき、リザードマンの動きを目の端で確認する。
そこに閃光を受けなかった敵の1人が、パニックから混乱し。奇声をあげて斬りかかってきた。
男はその攻撃を盾で容易に受け流すと、がら空きのその背中に長剣の切っ先を埋め込んだ。敵は口から血を吐きながら数歩よろめき、泥の中に崩れ落ちる。
「あと1人は?」男が声をあげる。
「森に逃げ込んだ」
リザードマンの言葉をうけ、男は小屋から100メートルほど離れた場所にある森を見やった。
しばらく睨んでいたが、追撃は危険と判断したのか。
倒れた敵のマントで剣身を拭ってから、剣を鞘におさめた。
亮は扉の側で、唖然とその様子を眺めていたが。血の海に横たわる無数の死体に吐き気がこみ上げ、目を背けて。小屋に入った。
「早々に、この場を離れた方がいいだろう」小屋に帰ってくると、男がそう言った。「倒したのは寄せ集めの野党か傭兵だった。肝心な奴を捕り逃したらしい」
「仲間を連れて帰ってくると?」
「可能性はある」
その時、厩で馬の嘶きが上がった。
先ほどと同じ3人が表に出ると、厩から半狂乱になった馬が飛び出してきたところで。その最後尾では。馬に乗った男が、松明を片手に馬達を追い立てている。
馬が逃げるのを止めようとしたが、手綱もつけていない裸馬を抑える事など出来ず。そのすべてが闇の中へと走り去ってしまった。
「してやられたようだな」リザードマンが落ち着き払って、まるで他人事のように言う。
森に逃げ込んだ敵は、密かにこの機会をうかがっていたようだ。
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