第4章
1 トカゲと少女
英雄達は、ついにヴェヴィナを嘆きの崎に追い詰めました。
ヴェヴィナは船で海に逃げ出し、英雄達は追いかける事が出来ません。
そこでネスレイドが進み出て、1人でヴェヴィナを追いかけます。
マーメイドのネスレイドはすぐさま船に追い付き。
嵐の槍で振って激しい嵐を起こすと、ヴェヴィナの船を壊しました。
ネスレイドは、海に落ちたヴェヴィナと戦います。
ヴェヴィナには、踏みつけた物を妖魔に変える足がありましたが。海の中では何も踏めません。
ネスレイドはヴェヴィナのまわりをグルグル泳ぎ。何度も槍で突きました。
そして、いよいよ海の底が近づいた時。ついにヴェヴィナの胸に深く槍を刺し。ヴェヴィナをやっつけました。
ですが、ヴェヴィナは最後の力で刺さった槍を掴むと。ネスレイドを海の底に押し付けて、踏みつけてしまいました。
ネスレイドは、陸に戻り。
仲間に自分が妖魔になることを教えると、そのままどこかに行ってしまいました。
英雄記の本を読み上げたアレッサが、黙って亮が書き終わるのを待っている。
亮は、これは以前、村で聞いたロンベットの祭りの話しであろうと。その挿し絵に目をやった。
挿し絵には。青いマントをつけた下半身が魚の女性が青と緑の三つ叉槍を手に、金色の長い髪を靡かせ。渦巻く海の中で、怪物と戦う絵が描かれている。
怪物は馬の首の所から、人間の上半身が出ているような。いわゆるケンタウルスが近いが。その足は馬のそれではなく、人間の足で。それも6本あった。
破壊の腕、アンドレオスとの闘いで。ドワーフの戦士、グリング:ブロンズを失った五英雄は、船を求めて港町に入る。
そこにはヴェヴィナの軍勢が待ちかまえており、彼らはそれと戦うのだ。
ヴェヴィナとの闘いは結局ネスレイド一人で行うことになり。グリングと同様、相討ちという形で決着が着く。
しかし、明らかに生き残れはしなかったグリングと違い、ネスレイドの最後ははっきりと描かれていない。
先のページを流し見しても、ネスレイドが出てきている様子は無く。亮は、ネスレイドがその後、どうなったか気になったが。この話しはかなり一般的なようなので。気軽に聞いて、知らないと思われるのは避けたい。
知らないと不味い事でもなしと諦め。書き取りを再開する。
だが始めてすぐ、退屈そうに足をぶらつかせるアレッサが目に入り、苦笑いとともにノートを閉じた。
「いっせーのーせでもやるか?」
亮が学校にいたころ、かなり暇な時にやっていた簡単なゲームで。
首を傾げるアレッサにルールを説明すると、彼女にもすぐに理解できたようだ。
数戦をこなして、勝率は五分といったところ。
やはり1対1では逆転が起きづらい印象がある。
「これって、2人じゃなくても良いんだよね?」
亮は頷きながらも、その質問の裏にある。現状で人数を増やしたいという意味に、顔をひきつらせた。この場にいる人員には限りというものがあるのだ。
「トカゲさんもやりませんか?」
やっぱりと、顔を覆う亮をよそに、アレッサは期待に満ちた瞳でリザードマンを見上げる。
瞑想でもするかのように静かに目を閉じていたリザードマンは。片目をあけてアレッサを見ると、フムとひと声。
「期待に応えよう」
やるのかよ。亮は心の中で1人突っ込む。
それからしばらくの間、妙に乗りのいいリザードマンを加え。亮にとってやけにスリリングなゲーム大会が続き。
亮は精神をすり減らし、散々な勝率で幕を閉じた。
主要な街道沿いには、所々に旅人が自由に使ってよい休憩小屋が設置されている。
大体は、古い土壁に、少々雨が漏る簡素な板張りの屋根の粗末な代物ではあるが。井戸が掘られた場所もあり十分快適と言えた。
この施設。旅人や商人が多く使う事から、野盗等の恰好の的ではあるのだが。国境線沿いにあるこの街道は警備が厳しく、十分な安全性をほこる。
そんな休憩小屋の中に、大型の厩が併設されたものがあり。それは乗り合い馬車ギルドが建てたもので。
乗り合い馬車が夜をあかす為に、馬車の1日の運行距離にあわせて建てられている。
亮達も夕方には小屋にたどり着き。中央に焚き火がたかれた土間に入ると、みんな思い思い場所に腰をおろす。
馬を厩に留めてきた御者が、全員に食事を配った。基本的に食事は1日朝夕の2食。しかも変わらず不味い。
アレッサは配られた豆のスープに、鞄から出した塩漬け肉を入れた。塩気と肉の旨みで、味気のないスープが格段に美味しくなるのだ。
アレッサは、さらにひと塊を切り出すと、リザードマンの皿に入れる。
「なんで俺だけ……」味のないスープを啜りながら、亮がぼやく。
「リョウさんは、最下位だったからです」
アレッサは振り向き、笑顔でそう言い放つと。なぜか残りの乗客にも勧めだす。
リザードマンが疑問の眼差しで亮を見たが。
亮は「1位のやることは絶対ですから」と、肩をすくめてパンにかじりついた。
食事を終えればする事もなく、早々に眠る。正しくは、暗くてなにも出来ないから寝てしまう。
ロウソクは意外と高価で、明かりを維持するのは大変なのだ。
亮は、森をさまよっていた時に染み着いたようで、夜明け前に目覚めるようになっていた。
はじめの内は違和感をがあったが。この、日の出と共に目覚め、日の入りと共に眠るという、自然に合わせた生活リズムを。最近では、むしろ人間らしいと感じるようになっていた。
朝食を取って、表に出ると、今朝は雨は降っていなかったが。空は暗い灰色の雲に厚く埋め尽くされ、今にも泣き出しそうだ。
明け方まで降っていたのであろう雨が残した、大きな水溜まりを避けながら、全員が馬車に乗り込み。今日も退屈な1日が始まった。
決まりがあるわけでもないのだが、全員が昨日と同じ席に座り。馬の蹄が刻む心地良いリズムと、車輪が地面をとらえる雑音を聞きながら。亮は黙って周囲の景色を眺める。
西へと向かう街道は、遮る物なく真っ直ぐに続いていて。その右手。方角でいえば北側を見ると、数キロ先に川が見えた。
朝日を反射した光の帯の先は、湿原で。灌木の小さな森がいくつも広がり。草の緑と水の銀色のマーブル模様が延々と続いていた。
変わって、南側は何の変哲もない平野。微かに起伏のある新緑の平地に、小さな森が点在している。
湿原は珍しい地形なのでしばらく観察していたが、流石に数時間続くと飽きてくる。欠伸をかみ殺し、仕方がなく勉強でもしようかと鞄に手をのばした。
「あの……ごめんなさい」
不意にアレッサが消え入るような声で言った。胸が締め付けられるような物言いに、全員の注目が集まる。
いったい何の事かと無言の視線を返す亮に、アレッサが続けた。
「だって、ほら。ザルパニまで行ったら、テシュラに帰るって約束したでしょ?」
深刻な雰囲気に身構えていた亮は「なんだそんな事か」と、詰めていた息を吐き出した。
「分かってたから、気にすんな」
「そうなの!? 忘れてるって思ったから、勢いでついてきたのに」
亮は一瞬理解が出来ず。アレッサの顔を見ながら記憶をたぐる。
「ああ、昨日の朝ね。やけに張り切ってると思ったら、そういうことか」
「え、じゃあ。分かってたって、何を?」
「いや。テシュラに戻るって話を聞いた時から、フランクさんに会うまでついてきそうだなと。何となく」
「そこから!? もー、ぜんぜん信用してくれてない」
アレッサは、亮の腕を掴み。揺さぶる。亮はあらがう事もなく、されるがままに揺れながら応えた
「いやさ。着いてきてるじゃない、実際さ」
「それはそうだけど」
拗ねたように唇を尖らせるアレッサに、亮は初めて勝てた気がする。
「実に仲の良い兄妹であるな」リザードマンが笑いながら言った。
「あ、いや。兄妹ではないです」
「おお、そうであったか。いや、人間の顔はそこまで細かく見分けられんでな。てっきり兄妹かと思ったわ」
午後になると、曇り空が本領を発揮して。その身に半日ため込んだ水分を、容赦なく大地に降り撒き始めた。
乗客はいそいそと屋根に巻き上げられた帆布の覆いを下ろして、雨を防ぎ。その鬱陶しい空模様を、怨みがましく見上げる。
そんな想いと裏腹に、そのまま雨足は強まっていき。馬車は夕刻、休憩所に着くまで、大粒の雨に打たれながら進んでいった。
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