5 乗り合い馬車の日
アレッサの読みは当たっていた。
食事を終えてやってきた東門前の広場には。四頭引きの大きな四輪馬車が止まっていて。数人の乗客らしい旅人が降りてきている。
亮たちは、客を降ろしたばかりの馬車に近づき。馬の側でしゃがみ込む御者に話しかけた。
「あの。これって別の街まで乗せていってくれる馬車ですか?」
馬の蹄をチェックしていた御者が顔をあげる。
「そうだよ。あんたどこか行くのかい?」
「ええ、ザルパニまで行きたいんです」
「ならちょうどいい。こいつがザルパニ行きの馬車だ」ニヤリと笑う。
「ザルパニ直通なんてあるんだ」
思ってもいなかった朗報に、亮達は顔を見合わせ喜ぶ。
御者に詳しく話しを聞くと。亮の地図にはない街道が一昨年に完成したそうで。
ザルパニまでは三日、明日の朝に出発して三日後の夕方に着く。
料金は、ひとり四半銀六枚。料金の中には、移動中の水と食料代も含まれているとのことだ。
日の出と共に受け付けを始め。
定員の六名が集まるか。頃合いをみて、御者の判断で出発。予約は出来ない。かなり大雑把だが、時計がないので仕方がないだろう。
御者に礼をいって、二人は、その場を後にした。
乗り合い馬車で食事が出るのなら、食料を買う必要は無いので。商店街の用事もなくなった。
宿にもどる途中、寄り道をして職人街に立ち寄り、昨日、鎧を頼んだ防具工房を覗くと。少し時間が早かったのだが、鎧の手直しは終わっていた。
「けっこう重いな」
鎧の入ったずっしりと重い麻袋を渡され。亮がぼやく。職人は、着込めば軽く感じると笑い。簡単な手入れの方法を教えてくれた。
テシュラですべきことを終え、宿で荷物を整理する。
明日は朝が早い。乗り合い馬車に乗るため、日の出の1時間前には宿を出たいところだ。
二人は早々にベッドに入り。いまだ暗いうちにアレッサに起こされた亮は、ほんの一瞬しか眠った気がしなかった。
アレッサは宿屋暮らしで朝に強い。亮が起きる前に、昨日買った空色のスモックに着替え、出発の準備を終えていた。
アレッサが律儀に部屋を片付けているあいだに。亮は鎧を着込み、剣を吊す。その重さに顔をしかめながら、マントを羽織って。さらに荷物を持った。
「準備いい?」
盾を差しだしながら、アレッサが尋ね。亮は苦笑いを浮かべながら頷き、受け取る。
防具職人が言ったように、手で持つより着込んだほうが軽くは感じるが、重い物は重い。
剣が一キロ、鎧が七キロ、盾は三キロ。動けないとまでは行かないが、地味に効いてくる重さだ。
一階に降りると、宿のカウンターでは店主が眠たそうに頬杖をついていた。
「お部屋をありがとうございました」
「もう出かけるのかい? テシュラは比較的、治安が良いけど。さすがに暗いうちは止めておいたほうがいい」
心底心配そうな店主に、亮達も夜の街の危険を理解した。
「でも、馬車には確実に乗りたいもので」
店主はふむと一考を巡らし。ポンと手を打つ。
「それじゃあ。大通りを真っ直ぐいって、旧市街の門番に事情を説明しなさい。きっと通してくれる」
「なにからなにまで、ありがとうございます」
店主の言うように、夜の街というのは昼間とまったく違う表情を見せた。
微かな月の光と、まれに掲げられた松明の灯りだけでは。通りを覆う深い闇を照らすには不十分で。石畳を行く二人の足音がヤケに大きく聞こえるほど静かなのに。
辺りには人間の生活の息吹が溢れている。
亮は初めて森の中で野宿した夜を思い出していた。気を抜けば野獣に襲われるような感覚。
微かな抑止力を期待して、マントの前を開き。自分が武装している事を周囲に知らせ、足早に進んだ。
二人は言われたように大通りを旧市街まで行き、門番に事情を説明する。
やや腹の出た気の良い門番は、気前よく通してくれて。
旧市街を抜けれたので、予定よりだいぶ早くつけた。
二人は悠々と馬車に乗り込み、銀貨三枚を渡す。
日が出て一時間ほどで乗客が六人になり。
御者の合図と共に、ゆっくりと馬車が動き出した。
── 遠い昔 ──
強い力を持ったウィザードが、自分を魔王と呼び。世界を壊そうと沢山の魔物を連れて攻めてきました。
魔王は四匹の強い魔物をつくりだし。
魔物の軍隊をまとめる、四魔将にしました。
不安の瞳、プリズマ。
破壊の腕、アンドレオス。
狂気の翼、エルング。
混沌の脚、ヴェヴィナ。
の四匹です。
世界に暮らす人達は、力をあわせて戦いました。
それでも魔物はとても強くて、どれだけ頑張っても四魔将にはかないません。
そんなとき、精都ヴァレンチカに五人の戦士が現れました。
人間の剣士、ウィリアム:バーネス。
エルフの弓使い、シュテイン:エル:シュトルバ。
ドワーフの戦士、グリング:ブロンズ。
マーメイドの女王、ネスレイド。
リザートマンの戦士、エングス:リュメロ:ルルオン。
教王ベネディクトゥノス七世は、精霊に祈りを捧げ。五人に精なる武器を……。
「──って、誰これ?」
英雄記の本を読み上げていたアレッサが、眉間にシワを寄せながら顔をあげる。
アレッサが読み上げていた内容をノートに書いていた亮も、釣られて顔をあげ「知らんがな」と、突っ込んだ。
馬車に揺られながら。二人は暇な時間を、亮の読み書きの勉強にあてていた。
「私が知っている話しだと。始原の魔女セイラムが各種族の王に武器を作らせて。自らが見出した戦士に使わせたってなってるよ?」
「そいつは、ヴァレンチカ精教会が作った本だからだよ」隣に座っていた商人風の男が言った。
「精教会はウィザードがとことん嫌いなのさ」
「だからって物語を変えちゃうなんて……」
アレッサは酷く憤っているようだったが。亮はそれほど気にならない。
話し自体に思い入れが無いというのもあるが。権力者が都合の良いように書物を改竄するのは、よくある話しだからだ。
怒りながら、他に変えられた場所がないかと本を眺めていたアレッサが、急に静かになる。
「どうした?」
「なんか気持ち悪い」
顔が真っ青になっている。どうやら馬車に酔ったようだ。亮が笑いながら、手のひらにある酔い止めのツボを教え。とりあえず指で押してろと、頭を撫でた。
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