4 テシュラ

案内された部屋は宿の2階で、広さはあまりなく。簡易寝台を入れたら、後は荷物で大体のスペースが埋まってしまった。


「まだ日が暮れるまで少しあるね」


アレッサが、はめ殺しのガラス窓から空を見上げて、誰にともなく呟く。部屋に向きかえると。窓辺から離れて、簡易寝台に腰掛けた。


「近くで買える物を見に行こうよ」


荷物の整理をしていた亮は「そうだな」と呟くと、アレッサの隣に腰掛け。空いているベッドを指さしながら、笑顔で見つめる。

しばらく見つめ合った二人だったが。アレッサが観念したように息を吐き、ベッドに移った。


「必要な物は地図と、武器。後は食料」


指折り数えながら。ベッドの縁に座って、足を揺らす少女を見た。


「それと、アレッサの服」


アレッサは喜びに目を輝かせると。押し倒すような勢いで、亮に抱きつく。


「さっすが、お兄様! 大好き!」


「なんかお嬢様口調になってるぞ!」


そもそも兄ではないのだが、そこまで頭がまわらない。幼いとはいえ女の子に抱きつかれ。慣れない亮は恥ずかしがって、アレッサをひき剥がした。


「敬意を表しました」


満面の笑みを浮かべたアレッサに手を引かれ、空にしたリュックを持って、一階に下りる。

カウンターに座る店主に、先程あげた品を取り扱う店を尋ねると。

地図や服は商店街を。武器は職人街を教えてもらった。商店街は街の反対側らしく、片道一時間近く掛かる。

行けない事もないが、買い物の時間を考えると少々足りない。


「悪いけど、今日は職人街に行く」


「はーい」


アレッサも店主の話をきいていたので、機嫌を損ねることもなく。二人ならんで、職人街にむかった。


職人街は街の南門と商店街の真ん中あたりにある。中央の旧市街地を囲む胸壁つきの壁を迂回しながら、二十分ほど歩くと。商店とも、工房ともとれる店が建ち並ぶ区画についた。


鋳掛け屋が鍋を叩く、軽快な音を聞きながら。金床に短剣というわかりやすい看板を見つけ中にはいる。

作業場と店舗が一体となった鍛冶屋では。壮年の鍛冶師が、弟子と共に真剣な眼差しで黄金色に輝く鉄と格闘していた。

周囲で雑用をこなしていた、亮と変わらぬ年代の若い弟子が、亮達に気がつき。カウンターまで走ってきた。


「いらっしゃい。何をお探しで?」


「旅に出るから、護身用に武器を買おうと思って」


「それならウチで正解だ。ウチは、周辺の兵隊さんに武器を納めてる店だからね」


気のいい店番に促され、二人は物珍しそうに、陳列された作り置きを眺める。刃物が専門らしく、棚には剣や槍が並び。日用品は、ナイフが数本あるだけだ。


亮は許可をもらって、刃渡り七十センチほどの剣をひと振り手に取る。途端に手首にかかる負担に驚いた。

1キロ半しか重量はないが、その長さゆえに数倍に感じる。サラのカトラスをまがりなりにも扱えたのは、その刀身が短かったからだろう。


剣を棚に戻し。代わりに短い剣を見せてもらう。刃で切断する刀は、扱いの悪さをサラに怒られたのを思い出して除外。叩き斬る剣を選ぶ。


手に取った剣は重量こそ先程の長剣と大差ないが。五十センチほどの剣身は格段に扱い易い。シンプルな革張りの鞘から引き抜くと、磨かれた白銀の剣身が姿をあらわす。肉厚な剣身は、中程がわずかにくびれるようなカーブを描き。切っ先は鋭く長い。


「そいつは東方の造りの一品ですよ」


店員の言葉におざなりに頷く。亮はその美しさをすっかり気に入り、このショートソードを買うことに決めた。

健康なゲーム少年である亮は、例に漏れず、剣などの武器に憧れがある。ましてや自分の剣となれば尚更だ。

何度も抜き放ちたい衝動を抑え。それでも自然と顔はほころぶ。


アレッサに他を見に行こうと急かされ、我に返り。

さすがに、街中を剣を片手にうろつくのはマズいと思い、外すと。

砥石などが入った簡単な手入れ道具をサービスでもらったので。剣と一緒にリュックに入れた。


鍛冶屋を出て、はす向かいにある工房に鎧らしき物があるのを見つけ。

中を覗いていく事にした。


どうやら革細工の工房らしく、防具も取り扱っているようだが。新品の防具の需要は少なく。鎧は、一つ一つ使用者の身体にあわせないといけないため、ほとんど作り置きがないそうだ。

買うには、注文をとってのオーダーメイドという形になるらしい。注文から最低五日近くかかるとの事で、そんなには待つ気はない。


いま作り置かれている物から選ぶ事にして。2枚の皮の間に小さな金属板が挟んで鋲留めした、ブリガンダインを選び。亮には少し重いが、我慢することにする。

微調整のため、胸囲や肩幅を計ってもらい。棚で埃を被っていた、革張りしていない、木肌の円形盾を買う。


明日の今頃受け取る約束をして、店を後にし。宿へと戻った。


ついた頃にはすっかり日もくれ。宿の1階にある食堂で、2人は顔をつきあわせて夕食をとる。


「そういえばさ」チーズをかじりながら、亮が言った。


「フランクさんってどんな人?」


「えっとね……」


アレッサは、スプーンの先端をくわえながら。まるでそこにフランクがいるかのように、誰もいない空間を見つめる。


「おじいちゃん……かな」


亮の頭の中に。わかりやすいローブを着た、髭の長い老人が想像された。


「頭がすごい良くて。文字も、フランクさんに教わったし。いろいろ本も置いて行ってくれた」


「いい人なんだな」


「村のみんなは恐がってたけどね」そう言うアレッサの声には、微かな寂しさが混じっていた。


「アレッサは怖くなかったのか?」


「はじめはね。でも、わたしがすっごく落ち込んでた時に、魔法を見せてくれたんだ。わたし、すごい感動してね。次の日から魔法を教わりにいったの」


「使えるの、魔法?」亮は少し驚く。


アレッサは笑みを浮かべると、小さく呪文を呟き始めた。ゆっくりと、1音1音を確実に発音し、慎重に詠唱する。指で切る印も、同じくはっきりと動かす。


亮の耳元に虫の羽音が聞こえだした。その耳障りな音に、亮は手で払って虫を追い払おうとするが。いくらやっても一向にいなくならない。それどころか、逆にその数を増やしていく。


そんな亮の様子にアレッサが笑いだし。途端に羽音が消えた。


「≪空耳≫の魔法です」笑いをかみ殺して言う。


「なんとも、うざったい魔法だな」


亮は実際体験してみて。使いどころは、意外とありそうではあると思った。これといった例は思いつかなかったが。


「他にも≪空気操作≫とか、≪風起≫こしとか。まだいくつか教えてもらったんだ」


「じゃあ、フランクさんは、アレッサの師匠なんだな」


アレッサは小さく唸りながら、しばし考え込むと。首を横に振る。


「やっぱり。お友達って感じだよ」


目上の人が友達というのは、亮にはいささか理解し難い話だったが。嬉しそうに友と呼んだアレッサを見ていると。それもなかなか良いものだと思った。


翌朝は朝食をとって、商店街へと向かう。人通りの多い場所なので、鞄は亮のバッグにした。口がこの世界に無いファスナーなため、スリなどの心配が少ないと思った。


旧市街の壁を怨めしそうに見上げながら、小一時間歩く。

旧市街は住民以外の立ち入りが制限されているため、突っ切れば二十分で済むところを、回り道しなければならない。


そうしてたどりついた商店街は、東門から旧市街までをまっすぐ繋ぐ目抜き通りで様々な商品を列べた店先で、店主が威勢のいい声を張り上げている。


人で溢れかえるとまではいかないが、大勢の買い物客が歩いていて。

荷物を抱えた職人や、巡回中の衛兵の姿もある。たまに荷車が石畳を鳴らしながら、人をかき分け進んでいって。一瞬の轍をつくった。


「あそこなら地図あるよ」


アレッサが指さしたのは、こぢんまりとした佇まいの店舗。わかりやすい、開いた本を模した看板が掛かっていた。


店内は本棚で埋まり、薄暗く。インクと煙草の臭いが漂う。本に埋もれるように、パイプをふかしながら本を読む。店主であろう鉄灰色の髪をした初老の男に近づく。


「あの……、地図はありますか?」一瞬出かけた、すみませんを飲み込んで亮が尋ねる。


店主は片眼鏡を直し、億劫そうに立ち上がると。部屋の奥から、いくつかの丸まった羊皮紙を持ってきて。様々な縮尺の地図を、店主がボソボソと説明してくれた。


そんな中から、グンナロに見せてもらった地図と同じ物をえらぶ。

リベリア半島地図と呼ばれたそれは。南東から北西に伸びる大きな半島の地図で。ランサス王国の一部、ルドガープ王国、バニエスタ王国の三国の地図だ。


他の地図を店主が仕舞いにいってる間。亮はなんとなしに、側の棚にあった鮮やかな本を手に取る。


「英雄記だね」表紙のぞき込んでアレッサが題名を教える。「たぶん文字を習うための本だよ」


「いいね。俺、文字覚えたいんだ」


アレッサは「お教えしましょう」と、胸をはり。顎髭をいじる仕草をしておどけた。


価格はあわせて銀貨二枚。かなり高いが、値引きはしてくれなさそうなので、あきらめて払った。


昼過ぎ。客足の少なくなった食堂で、作戦会議をかねた昼食にする。

亮はグレイビーソースに浸かったローストビーフをほおばりながら。地図を睨むアレッサがザルパニを見つけるのを待った。


「あったよ。ここ」


アレッサが指さした場所は、このテシュラからそうは離れていない。直線距離で、南東に十日もいかない場所だ。だがそこまでたどり着くのには、少々問題がみてとれた。


今いるテシュラの街は、半島の上半分を治めるランサス王国の街で。国の南西の端に位置している。

南西の端ということで、そのすぐ南には国境線がひかれていて。ザルパニは国境を越えた先。半島南部を縦に二分した西側の国、ルドガープ王国の中にあるのだ。


さらには、国境に添うように川が流れており。その川が二つに枝分かれして、三角州をつくりだし。テシュラの南方から、ザルパニの北部に広大な湿地帯が広がっている。


「まずは東に九日の街。それから南下して四日でザルパニだな」


「その、湿地帯って、迂回しなきゃだめなの?」


森と海しか知らない少女は、買ったばかりのブラウスにソースを飛ばさないよう、慎重にローストビーフを切りながら尋ねた。


「どうだろう。でも一面の泥だぞ、たぶん。道も無いだろうし」


湿原に野盗はあまりピンとこないが。湿原の怪物については何とも言えない。


「泥はイヤだね、うん」


「どちらにしろ三日程度しか変わらないんだ。安全な道を行こう」


アレッサは「そうだね」と、頷いたが。少しして、そういえばと食事の手を止める。


「街道には、街と街を繋ぐ馬車が出てるって聞いたことあるよ」


「それってどこで頼むの?」


「わかんないよ。街の入り口じゃない?」


食料を買う前に見に行ってみようと。亮は、皿に残ったソースをパンでこそぎながら思った。

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