7 精霊結晶
階段を下った先は小さなホールで、空気がひんやりしていた。正面に、通路がまっすぐ続いているのが見え。ほかに道は無さそうだ。
壁面にはモルタルが塗られていた形跡が微かに見て取れ。この遺跡の過去の姿をかいま見せてくれた。
先を照らすランタンの明かりが、ホールの床をきらきらと輝かせている。近付いてみれば、それは水だとわかった。
水があるのはホールだけではなく。地下二階のすべてが、大量の水に浸かっているようだ。
「こりゃなんだ?」水際でグンナロが呟く。
試しに足をつけてみても、ただの水としか思えない。しかし水位は膝まであって、歩く事にかなり体力が必要そうだった。
「こっからは、俺が前に行くよ」
亮が進んで水に入ると、サラが慌てて止めに入る。
「ちょっとまって。なんでそうなんの?」
「足下が見えないからだよ」足下をカンテラで照らすと、乱反射して水中の様子が分かりづらい。「俺は鎧を着てないから。穴とかあっても泳げばいいし」
しっかりとした理由に、サラはぐうの音も出ず。助けを求めるようにグンナロを見る。
「そいじゃ、いっちょ頼むぜ」
期待に反して、気軽に許可したグンナロに、サラが非難めいた視線を送るが。グンナロは気がつかないふりをした。
水の中を苦労して進んで行くと。通路の途中に扉があった。両開きの大きな扉は、下部が水没していて。この水が設計によって張られているのではないと教えてくれた。
扉の中はかなりの広さがあったが。かなりがらんとしていて。めぼしい物は何一つ見つからず、早々に部屋を出ると先に進む。
通路を更に進んで行くと行き止まりになっていて。石の台座と、両手で何かを掲げ上げる女性の石像がある部屋にでた。
部屋の壁際には装飾の施された柱が立ち並び、壁面にはいくつかの彫刻が彫られ、この部屋が重要な施設であることがわかる。
その中心にある石像が高々と掲げる手の中には、青く輝く宝石が輝いていた。
「あれが精霊結晶?」
サラの問いかけに、亮は困惑しながら首を横に振る。
「あれじゃない。結晶はあっちだ」亮は感覚のままに壁を指さす。
サラはフムと石像に近付き、慎重にその手元を調べた。
「分かりづらいけど。これは罠だね、うん」宝石を外すと何か起きそうだと、口をへの字に曲げて、像から離れた。
次に、亮が指さした壁を調べると、彫刻の一つが動く事に気がついた。それがスイッチになっていて、壁の一部が滑るように開いていく。
そこは小さな祭壇のある部屋で。その奥には台座が据えられ、吸い込まれるような深い青の石が安置されていた。
台座からは常に澄んだ水が溢れ。床に広がる水面に注がれていく。
「やっぱりそうだったか」グンナロの呟きに視線が集まる。「こんな川からも遠い場所に作られた砦だってえのに、表に井戸が無いってのが不思議だったんだよ。精霊結晶から水を獲てたんだな」
「すごい力……。近付くのですら息が詰まる。触るなんて絶対無理」
サラはそう言うが。精霊の力だろうか、亮にはそのような力は一切感じられなかった。
二人を置いて普通に近付く、水流に苦戦しながら台座にとりつき、石を摘み上げる。するとすぐさま水が止まり。部屋に静寂が訪れ。後に残ったのは、波が壁に砕ける微かな音だけになった。
「なんか急に楽になった」
「台座から外されて、力を解放してねぇからじゃねぇか?」
サラはなるほどそうかと頷くと「精霊結晶見せて」と、亮に駆け寄る。その途中で何かにつまずき、危うく転びそうになった。
文句を言いながら確認すると。水中から引き上げたものは、白骨かした腕だった。
その腕には、宝石を散りばめた豪奢な金のブレスレットで。グンナロが受け取り調べると、古代ベテシュの金細工だと分かった。
「それじゃ、この人がベテシュの王!?」
色めき立って調べたが、見つかったのはいくつかの装飾品で。王家の証をなにも身につけておらず。この骨は、王族ではなく貴族だと結論づけられた。
「ひょっとしたら、この貴族が砦に来たっていうのが。後々、尾鰭がついて。王族、秘宝って事になったんじゃ?」
「うわ! あーりーえーるー」サラはがっくりと肩を落とした。力が抜けすぎて、危うく水中にへたれこみそうになる。
「まぁいいじゃねぇか。これでもかなりの値打ちもんだ」
「はぁ……。うん、そうだよね」一応そう言ったが。あからさまに元気がない。
「それじゃお天道様の元へ帰ろうや。飯食わねぇでいたから、腹減っちまった」
その時、待ってましたとばかりに、亮の腹の虫が盛大な鳴き声をあげた。そのタイミング良さに、三人から笑いがこぼれる。
ひとしきり笑うと。一行は探索を終え、来た道を引き返していった。
遺跡から表に出ると。闇に慣れた目を射る眩しさに、目を細める。太陽は頂点を過ぎ。三分の一ほど傾いていた。
グンナロとサラは早々に鎧を脱ぎ。その重量から解放されると、大きく背筋を伸ばす。
三人は少し饒舌になっていて。地下に置いた荷物を表に運びながら。亮は何となく、文化祭の後夜祭を思い出していた。
くすぶっていた焚き火を、松明の炎で再度燃やし。遅い昼食をとる。
それから夕食までの間。炎の前で、くつろぎながら、中であったことを語りあった。
夕食後は流石に疲れたのか口数も減って。
サラがうたた寝を始め。グンナロは苦笑を浮かべながらそっとマントをかけると。今日の戦利品を勘定する作業に戻る。
その様子を見た亮も、声には出さず手を挙げてグンナロにおやすみと伝えると、眠りに落ちた。
翌朝。亮の目覚めは、最悪に近いものだった。全身の傷が痛み始め、またしても目覚めたのは一番最初だ。
痛みで寝返りをうたなかったのか、身体が重い。
昨日と同じようにポットを火にかけ。邪魔にならない所で身体を動かし、固まった筋肉をほぐす。動かす度にじんじんと痛んだが、我慢する。
二人が起きてくると、朝食の準備を手伝い。ゆっくりと朝食をとった。
「あぁそうだ、サラ。使ってない小瓶か何か無い?」
「無いこともないけど、なにすんの?」
「こいつを分ける約束してたろ」鉄を溶かす薬の瓶を振る。
サラは、そうだそうだと呟きながら鞄をあさって、似たような小瓶を取り出し。蓋を開けて臭いを確かめと、それを放る。
亮はそれに薬の半分を移し、きつく蓋をして放り返した。
「ありがと」瓶を手に可愛らしく笑う。
亮は、いえいえと、笑顔を返し。薬をしまうと、グンナロの方を向く。
「グンナロ、地図があったら見せてくれないかな?」
「おう、いいぜ」
気前よく応えて、リュックから古そうな羊皮紙に書かれた地図を取り出す。
グンナロが指さした現在位置は、広大な森林地帯の中で。1日で歩ける距離を聞けば、海まで西へ三日程度の位置だ。
地図から目を上げ、亮が泉のある方向を指さし、方角を訊ねる。「南、ちょっと東より」とサラが周囲の地形を見て判断した。
つまりは南南東。距離は四日程度。その近くの村や町はと地図をにらむ。
「この周辺、書き写していい?」覚えるのを放棄した。
許可をもらい、ノートにボールペンでざっと書き写す。
「うわ、良い紙! 妙な物いっぱい持ってるね」
「まぁね」
現在地から、南南東に四日の位置に泉の印を書き込み。
泉から北北西に進んで来たのなら、塔からは東に進んでいた事になる。泉から西へ四日の海岸線に廃村があるはずだが、何も書かれてはおらず。グンナロに訊ねると、村の位置までは細かく書かれていないらしい。
そんなものかと納得し、印を書き込む。
泉から近い町は、南に五日程度。森の終わる場所にあり。これが一番近い。書かれている文字が読めないので、名前は分からなかった。
「ここが一番近いか……」
「テシュラね」
「俺たちゃ、北の村に向かうからお別れだな」
そう言えば、村まで四日と言っていた事を思い出す。
そこまでくっ付いて行くという手もある。村で食料を補充できるだろうし、休憩もできるだろう。
しかし、村まで四日、そこから泉まで八日となる。あまり精霊を待たせるというのも、怖い気がした。
名残惜しいがここでお別れだ。
亮は手製の地図をしまうと。気合いと共に亮は立ち上がる。マントを羽織ると、鞄を肩にかけた。
「なんだよ、もう行くのか?」
「出来るだけ早くっていう約束なんだよ」
諦めたような笑顔でそう言うと、改めて二人に向き直り。姿勢を正して、この優しい冒険者達に深々と頭を下げる。
「ありがとう御座いました! お二人のおかげで精霊結晶が手には入りました。この御恩は忘れません!」
それを受けた二人は、しばしお互いに見つめ合い。突然、腹を抱えて笑い出した。
「なーにいってやがる、お前さんもしっかり戦っただろうに?」
「あれは、グンナロ達だけでも切り抜けられただろ。でも、俺は独りじゃ絶対駄目だった……」
「それがどうした」
そう言うと、亮の頭を乱暴に撫でた。
「お前さんは、俺らが望んでいた以上の事をやってのけて、助けてくれたんだぜ。胸を張る事こそあれ、卑下する事なんかねぇよ」
グンナロが、撫でていた手を下ろし、頭陀袋を差し出す。亮が困惑しながら受け取り、その口を開けると。固焼き黒パンが顔を出した。
「これからまだ歩くんだ、必要だろ。しっかり働いたんだ。仲間にゃちゃんと分け前を渡さなきゃな」
「ありがとう、グンナロ」固く握手を交わす。
「サラも元気で」
「元気でね。無理すんなよぅ」
亮は頭陀袋を担いで歩き出す。
グンナロ達は、遺跡を出るまでその後に続く。
「またどこかでねー」
小さく手を振るサラに。亮は大きく手を振り返した。
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