5 フィロ=レ=ベルナ

食事の後は、グンナロ達の冒険譚を聴いて過ごす。グンナロの語る少々脚色された物語には。ゴブリンやトロールといった、亮の知る怪物の名前も出てきて。幻想だった生き物が実在しているという証言に、興奮する。

それと同時に、この世界についての様々な情報も知ることが出来。非常に貴重な話でもあった。


夜に入って早々に沈んだ四つ目の月が、また夜空に顔を出した頃。頬杖と共に、うんざりとした視線を送っていたサラが、遂に耐えきれなくなったか、大あくびと共にマントにくるまって横になった。

それをきっかけに、二人も眠る事にして。見張りもいらないということなので、亮は安心して眠りにつく。


翌朝一番に起きたのは亮だった。ここ数日についた癖か、はたまた背中に当たる瓦礫の欠片のせいか。日が昇る前に目を覚ましていた。焚き火に薪を足して、水を張ったポットをかけておく。

二人が起きると、パンとスープだけの軽い朝食をとり。いよいよ遺跡に潜る事になった。


「ほら、あんたの出番」


鎧を身にまとったサラに急かされ、鞄から鉄を溶かす薬を取り出して、扉に向かう。もはや手慣れた感じで鍵ごと溶かし落とすと、二人から拍手が起きた。


「なにそれ凄い、欲しい!!」


「じゃあ、あとで分けるよ。もう、あんまり無いけど」


「本当に!? ありがとう!」


サラが初めて笑顔を向ける。今までの不機嫌な表情から一転して、不意に見せた少女らしい仕草に、亮は少しドキッとする。動揺を悟られまいと、錠前が壊れているか確認するふりをすると「ちゃんと壊れてる」と、いらない報告をした。


グンナロが扉を開けると、長らく動かしていない蝶番が盛大な悲鳴をあげた。

現れたのは地下に続く階段。漆黒の闇に包まれ。解放と同時に外気を吸い込み、まるで亡霊の呻きのような低く長い風切り音を奏でる様に。亮は思わず唾を飲み込み、初めて危地に飛び込む事に緊張を感じはじめる。


一行は荷物を整理して。グンナロとサラは兜をかぶる。更に、グンナロは大きめの円形盾を。サラは、中型の円形盾を手にした。

亮には、ロープと六本の松明、油など色々な物が入ったリュックが渡され。それに鉄を溶かす薬と、手持ちのロウソクも入れて背負うと。一応、斧をベルトに差し。手にはランタンを持った。


獣に荒らされるのを防ぐため、食料などの荷物は階段の踊り場に下ろされ、扉が閉められた。

踊り場から扉を見上げると、溶かし落とした穴から外光が煌めいている。その僅かな光源の元、サラが何やら呟き、指でおざなりに複雑な印を空に切ると。突然、亮の持つランタンに火が灯った。


「すげ……」


間違いなく魔法という物であろう。さも当然といったように使われた奇跡の技に、亮は感嘆の声を上げる。


サラは、そんな亮に、「これくらいの魔法は使えるわよ」と呆れたような目をむける。

「俺ぁ、魔法はからっきしだがな」と笑うグンナロ。亮も当たり障り無いよう「俺も」と同調しておく。


「そりゃ、水の章印持ちが魔法使えたら、水に困ったりしないわよねえ」と、溜め息をつかれた。


少し気になる言葉だったが、ひょっとするとややこしい話しになるかもしれない。この場は黙っておく。


階段を降りると小さなホールに出て、そこから三方に通路が伸びていた。中央の通路は若干広く、3メートル程の幅がある。左右に続く通路はそれよりやや狭い。


二人が亮のリュックから松明を二本取り出し、サラが火を着けると。黄昏色の光の輪が広がり。壁に三人の影が踊る。だがその光の届かない場所は、今だ闇のヴェールが覆い。亮には、その闇もまた微かに蠢いているように見えた。


「実際動いてんのさ」何気なしに呟いた亮の言葉に、グンナロが答える。「死の気配が強ぇ。死気は光じゃ見えねえが、こんだけ濃きゃあ、闇の中なら動きが見える」


闇の中なら見えるというのは、亮には理解しがたい話であったが。微かに揺れる闇を見ながら、これはこういう物と、納得させる。

三人は細い通路の一つに進み。サラが先頭を、亮、グンナロとその後に続く。こちらは精霊結晶に近付いていないが。亮はなにも言わなかった。


「先を照らして。あと、あんまり光を直視しないで」


松明より、ランタンの方が光の指向性が高い。それでも見通せる範囲など、たかが知れており。闇に目を慣らしておいた方がいい。


石を組んで補強してある壁は所々でひびが走り、壊れて土が流れ込んでいる場所もあった。天井には蜘蛛の巣が張り、歩く度に埃が舞い上がる。辺りに充満するカビ臭さと相まって、亮はクシャミや咳を何度か呑み込んだ。


幾ばくか進むと、天井が崩れ、通路は塞がってしまっていた。「まぁ、こんな事もあるさ」と、グンナロは笑い。三人は引き返す。

その道すがら、亮は、ふと気になった事があった。


「そういえば、この遺跡ってなんなんだ?」


「フィロ=レ=ベルナ、抗魔戦争時代に造られたっていう、リベリア四砦の一つよ。……きっと」


「確証無いんか……」


「村の猟師が偶然見つけたんでな、王国の調査隊も入ってねぇから確証がねぇ」そういって、グンナロが肩をすくめた。「とはいえ歴史書の記述を見るに。今も使ってる、フィロ=ヴィオルと、フィロ=レ=バクーナとの位置関係から外れちゃいねぇと思うぜ」


亮は。なるほどと、うなずいてはみたが。なんとなくしか理解仕切れていない。


「歴史書によりゃ。魔王軍に滅ぼされたベテシュの王族が、海を渡ってランサス王に庇護を求めに来たって話があってだな。その王族とわずかな護衛がこの砦に入った後、魔王軍に包囲されて。脱出も出来ず、砦はひと月で陥落したそうな」


一行は階段の所まで戻ってきた。改めて、もう一方の小道は進む。こちらは聖霊結晶に近づいている気がする。


「だが、魔王軍はベテシュの王族の事なんぞ知っちゃあいなくって。一行が持っていた王家の秘宝なんかは、未だに行方がわかっていねぇんだ」


「それがいまだに、ここにあるって?」


思わず、疑うような眼差しを向けた。流石に素人の亮でも、そんなにうまい話があるとは思えない。それを受けたグンナロは。苦い顔をして、鼻先をかく。


「まぁなんだ、流石にそこまでは期待しちゃねぇよ」


「あるわよ、きっと! 夢がない話してないで緊張感をもって!」


サラが振り返るや否や、ピシャリと言い切って、また前をむく。グンナロは亮の耳元で「話を聴いてからずっとこんな感じでな」と囁いた。


入り口が封印されていた事と、精霊結晶がいまだに存在していることから。自分たちより前に、この遺跡に入った者がいるとは考えづらい。冒険者としては、このような遺跡に期待をもつのは、当然の反応かも知れない。


進む通路の脇に扉が一つあった。簡素に作られたその扉はすでにそのほとんどが朽ちており、扉の隙間から中の様子を確認して、中に入る。

そこには扉と同じく朽ちた家具と、人間の骨が横たわっていた。

亮は思わず息をのんだが。歴戦の冒険者ふたりは、流石に気にしていない。


グンナロが部屋を一通り見て回って、白骨の側まで行く。小さく祈りの言葉を呟いて、その頭骨を踏み砕いた。


「なんであんな事を?」


「死気が濃いからな、起き上がって来られてもこまる」


亮はスケルトンと呼ばれる、動く骸骨の事を思い出した。


「やっぱり、アンデットがでるのか?」


アンデットとは亡霊などの死者に属する怪物の総称で。昨晩のグンナロ話から、こちらの世界でも使える言葉だと知っていた。


「だろうよ。何せ古戦場だ。騎士の霊やら、わんさといるだろ」不安げな亮の背中を乱暴に叩く。


「心配すんな。古すぎてゾンビやグールはいねぇだろうし。金属も錆びて使えねぇだろうから、スケルトンも素手みてぇなもんだ」


豪快に笑うグンナロをよそに部屋を調べていたサラが、真面目な顔でやってくる。亮のリュックに見つけた何かを放り込み、カラカラと音が鳴る。


「そんなのは確かに問題ないけど。ゴーストなんかは気を付けた方がいいよ。あいつら実体ないから、私たちが盾になれないからね」


「そんなの出会ったらどうすんだよ」


「武器は効くからその辺は速攻で仕留めるって感じかな」


理解できず、亮は混乱する。しかし当のサラは。探索が終わったと、部屋を出て行ってしまった。

釈然としないままその後に付いていくと、そんな様子に気づいたグンナロがちゃんと説明してくれた。


「あいつらは精神に攻撃してくんだ。んで、こっちの攻撃も精神を使うんだが、ぶっ叩くのが手っ取りばえぇ。攻撃したって意識が攻撃なのさ」


「それじゃ、武器も素手も同じって事?」


「まぁ、一応そういう事だ。実際は武器の方が効くんだ、これが」


武器の方がダメージを与えたと意識し易いという事だ。素手が剣撃より強いと思い込んでいる奴は、その限りではない。


「それと、銀や魔導器は実際に効果が上がるし。炎や光も効くな」


いつの間にか精霊結晶のありかを通り過る。まだ下にあるようなので何も言わないでいると。

そのうちに、最初に下りてきた階段下のホールと造りが同じ部屋に出た。

三人が部屋に足を踏み入れると。低く唸るような音が響き、片隅に転がっていた人骨がカタカタと震える。

すぐさまグンナロとサラは、松明を床に放り捨て。自分の武器を構えた。


骨が二組の人型に組み上がり、ゆっくりと起き上がる。動く骸骨スケルトンだ。


亮はかろうじて叫ぶのを押し留める。それはスケルトンがいると覚悟していたからで、それでも身体は緊張にすくみあがっていた。


「リョウを頼む」と言いのこし、グンナロがスケルトンに向かって駆け出す。犬のうなり声のような雄叫びをあげながら、盾を構えて突進すると。スケルトン達に盾ごとぶつかった。

重量の軽いスケルトン達は、グンナロの突撃を受けきれず。大きくバランスを崩す。そこに体重をかけた一撃を振り下ろした。


重い鋼の塊が、前頭骨から顎までを容易に砕き、削り取る。すぐさま右に振り抜いて。胸骨と背骨をまとめて砕いた。


右から噛みついてきたもう一体を、厚い鉄の腕あてで打ち返し。そこに盾を叩きつける。突き出された鋼の縁が顎骨を砕き、首にひびを入れると。振り上げたメイスが頭を打ち上げ。天井に当たった頭蓋骨が、音を立てて砕けた。


戦いは一瞬で終わり。頭部を失ったスケルトンが、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちると。グンナロが小さく息を吐く。


亮は初めて見る本気の白兵戦に呆気にとられていた。何より衝撃的だったのが盾の使い方だ。

亮の感覚では、盾は防具でしかなく。武器として使っても大した効果は期待できない物だったが。武器以上の重量をもつ盾は、バランスこそ悪いが十分に凶器足り得る物だと思った。


「ちょっと父さん! 二体いたんだから、二対二でやれば良かったじゃんさ!」


非難がましく詰め寄るサラに、グンナロは「おお怖い」と、茶化すようにいう。


「リョウに良いところ見せようとしたのを、邪魔してすまねぇなぁ」


サラは無言で、鎧の無い腿の裏を蹴飛ばす。脛あて付きの蹴りは相当効いたらしく、グンナロは悲鳴をあげて。しばらく壁に手をつき、痛みを堪えていた。

そんなグンナロを無視して、サラは亮に「大丈夫?」と声をかける。亮は頷くと、無理矢理笑顔を作って返した。


亮は正直自分を情けなく思っていた。猟師の地下室でエニグスに襲われた時には出来た事が、今は出来ない。

生き残ると、立ち向かうでは心のベクトルが違うようだ。


「そんなに気にせんでいい」いつの間にか復活していたグンナロが、亮の頭を乱暴に撫でる。「まずは逃げなかった自分を誉めてやれ。納得いかねぇ事は、追々直しゃいいんだ」


亮の気持ちは晴れなかったが、それでも少しは楽になった。


「サラなんてなぁ、初めてゴブリンに遭った時は……」サラの蹴りが再度火を吹く。

同じ場所を狙われたグンナロは、呻きながらうずくまった。


「なにを落ち込んでるんだか。別にあんたに戦えなんて言ってないんだし、気にするだけ無駄よ」


「そりゃそうだけど……」


それはその通りなので、その先が続かない。そんな様子に、サラは小さくため息をつく。


「追々直せばいいって言ってたでしょう、その機会はすぐよ」


亮が顔をあげた。


「この遺跡にいる怪物があの二匹だけのはずないじゃん」


亮はかろうじて「そうだな」とだけ呟く。外で待っているかと聞かれれば、はっきりと首を横に振った。

怖かろうが何だろうが先に進むと、覚悟を決める。


まだスケルトンや、ひょっとしたらゴーストもいるかもしれない。考えると足のすくむような事だが。それでもその瞳には、微かな決意の炎が燃えていた。


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