4 冒険者

少女は建物の一角、辛うじて今だ原型を保っている場所にある、分厚い鉄枠で縁取られた、重厚な扉の前でしゃがみ込んでいた。


「地下への入り口ってこれだよね、たぶん」


そう言って扉をしばらく調べると、お手上げといったポーズをとりながら、後ろに立つ男の方に振り返った。


「これは駄目だね、鍵穴に鉛が流し込んである」


男は、後頭部を掻きながら少女と場所を代わると腰のメイスを手に取り。両手で構えて、扉の木の部分にバットの様に打ち込んだ。


「流石に数百年持ってる木製品、強化されてんな。ぶっ壊すにゃ、二日はかかんぞ」痺れた手を降りながら、微かにささくれ立った表面を見つめる。


それを聞いた少女は、明らかに面倒くさそうな表情を見せ。「んじゃ、頑張ってねー父さん」と、プラプラと焚き火の側まで歩いて行った。

父と呼ばれた男は泣きそうな顔になって、「明日からだ、明日!!」と、此方も焚き火の側に腰を下ろした。


そんな様子を物陰から伺っていた亮は、喜びと焦りと、複雑な心境で唸る。長らく独りで森を進んできてやっと出会った人間で。しかも話している言葉が明らかに日本語。これは、すぐにでも助けを求めたい所だ。

しかし二人が明らかに冒険者であろう事が問題で。勿論、野党や怪物に比べれば遥かにましではあるが。二人が明らかにこの遺跡を調べに来ているのはまずい。


亮の中で、冒険者といえば、命を懸けた何でも屋といえる職業で。魔物退治や村の用心棒、さらに遺跡を探索して宝探しをするような者たちだった。


目を閉じて息を落ち着けると、精霊結晶は少し下に感じる。これはもう、この遺跡の地下にあると見ていい。遺跡を探索に来たのであろう彼らが、地下に降りるのは当たり前で、そこで精霊結晶を手に入れてしまったら取り返すのは難しいだろう。

かといって、二人の目を盗んで独りで地下に降りるのは不可能であり。勿論追っ払うなんてもってのほかだ。


しばし悩んだ後、覚悟を決めて斧をベルトの後ろに挿す。頭の中で出来うる限りのシミュレートをして、深呼吸を一回。物陰から二人の前に姿を現した。


「えーっと、すみません、ちょっといいですか?」


言葉が通じるなら交渉してみようという、大博打である。

勿論、突然の闖入者に二人は驚き、一瞬緊張の色を見せたが。相手が、ほぼ非武装の男だとわかると、立ち上がって武器を構えるまではしなかった。


「脅かさないでよ……、あんた誰?」少女が険のある目を亮に向けた。


「えっと、亮って言います。見ての通りの旅人です」


「 そんな変な格好の旅人がいるわけないでしょ!」


最もな意見である。かなりの軽装だったし、そもそも服装がおかしい。

今にもくってかかりそうな少女を「まぁそんなにいきり立ちなさんな」と、なだめ、男が口を開いた。


「んでぇ、その旅人さんが。こんな遺跡くんだりに何の用だ?」


「実はとある事情で、この遺跡にある、あるものを持って行かなければならなくて」


「残念、入り口はとーぶん、開かないわよ」少女が茶化す様に言った。


「そのようですね。でも実は私、その扉をすぐに開けられるんです」


「どうやってさ?」


「まあちょっといい方法を知ってまして。そこで相談なんですが。扉を開ける代わりに、私が欲しい物を一つ頂けないでしょうか?」


「あのね、そんなの呑める訳ないでしょ」


少女は一笑に付したが、男の方はそうでも無いようだ。この思いがけない珍客を楽しむかのように、身を乗り出すと。髭深い顎をなでる。


「確かにほっといても俺たちゃ下に下りる。そしたらおまえさんが必要な物を、俺らが持ってっちまう。それならいっそ取り引き出来ねえか……ってか?」


取り繕っても仕方がないので、亮は素直に頷いた。


「しかしよ。おまえさんに働かせるだけ働かせて。俺らが約束、守らねぇかもってのは考えねぇのか?」


「考えましたけど、少々込み入ってて。まぁそこは、一か八かって奴です」


それを聞いた男は、豪快に笑う。


「こいつは余程の事態らしい。こっちぃ来な。話によっちゃ、考えなくもない」


少女が不満げに何か言いかけたが、無駄だと感じたのか、何も言わなかった。そんな少女の様子が気になったが。亮は二人の側まで行くと、焚き火の側に腰を下ろした。


「俺ぁ、グンナロ。グンナロ:エヴァン:ガストラーダ。こいつはサラだ」


「……サラ:ウォーカー」


亮が不思議そうな顔をすると、そう言う反応に慣れているのかグンナロは、すぐに察したらしい。


「別に親子ってぇ訳じゃねぇんだ。まぁ、親代わりってやつだ」


あぁ、なるほどと納得して、亮は姿勢を正す。


「 改めて。私は亮です、亮 駿河」


「リョウ:スルガね、変わった名前だな?」


「自分で決められる訳じゃないですから」


それを聞いたグンナロは「ちげぇねぇ!!」と、大いに笑った。


「どうでも良いじゃん、そんな事ー」サラが面倒くさそうに言う「あんたが欲しい物って何なの?」


「精霊結晶です」


グンナロが「ほう」と呟く。表情は変わらず楽しそうだが、瞳の奥に鋭い光が宿る。


「何、精霊結晶って?」


サラの問いかけに、グンナロはいささか大袈裟に腕を組む。


「精霊の肉体みたいなもんだ。肉体を持たない精霊が世界に降り立つ為に作った憑代、つうか器だな」


「凄いの?」


思わぬ大物の気配に、サラの食いつきが先程までと違う。反面、亮は知らなかったとはいえ、迂闊だったと悔やんだ。


「おうよ、精霊の力を受けられるぐらいだからな。しかも魔導器と違って純精霊産だ」


それを聞いて、サラが「わお」と手を叩く。


「一か八かと言ったが、割と分のある賭けじゃねぇか。さあ勝負だ、何の精霊結晶だ?」


最早、諦めていた亮にグンナロがいよいよ楽しそうに尋ねてきた。サラはその意図が掴めないのか、キョトンとした視線を父に向けた。

亮はグンナロの質問の意味を必死に考える。分が悪くないと言うなら、まだ答えいかんでは望みがあるようだ。

精霊に種類があるとすれば、ゲームなんかでもよくある、地水火風の四大属性しか思いつかない。

ならばあの泉で出会った精霊は……


「……水です。水の精霊結晶」


グンナロがゆっくりと右手の手甲を外す。その手には鉄灰色の、亮とは違う形の章印があった。


「俺ぁ、鋼だ」


続いてグンナロはサラにグローブを外すように促すと。サラは良く分かっていないようだが、言われたようにグローブを外す。

そこにあったサラの章印は真紅。


「炎だけど?」


「おめでとさん!!」


二人を置いてけぼりにして、グンナロは豪快に笑うと。状況を掴みかねているサラの頭を、グンナロが乱暴になでた。


「制約だよ、制約。自分の加護精霊以外の力は行使できねえ。子供だってわかっぞ」


それを聞いた亮は、たしかに精霊が制約がどうの言ってた事を、おぼろげに思い出した。

サラはグンナロの手を「うざったい」と、払い退けると口をとがらせ言った。


「別に私らが使うわけじゃなし。どっかの好事家にでも売っ払うだけじゃん」


「そこいらの魔導器って訳じゃねぇんだ。純精霊産つったろ? 触るどころか、動かせもしねえんだよ、加護が無きゃ。動かしただけで、ただの石ころになっちまう。しかも、力を蘇らせるには、持ち主の精霊の所まで持って行かなきゃならねぇときてる」


「何それーっ!!」思わずそう叫ぶと。サラはがっくりと肩を落とした。だが、すぐに何かを思いついたようで、顔をあげる。


「んじゃさ、水の章印持ちをつれて来ようよ。それなら大丈夫でしょ?」


グンナロは諦めない娘の姿に、溜め息をつく。


「こっから近くの街道の村まで四日だぞ。そこに居なけりゃ、リ=ヴェラまで八日、馬でも二日だ。そんだけあったら、リョウ一人で取ってくるだろ」


「じゃあじゃあ、ここはこいつをふんじばッて……」


割と本気の目に、亮がたじろぐ。


「幼気な旅人に乱暴を働くなんて、野党だ野党。それに他の冒険者の仕事を邪魔すんな」


「旅人なのか冒険者なのか、はっきりしてよ」


「どっちにしろ手ぇ出さねえんだから、いいだろ……」


どうにかならないかと、考えを巡らすサラを。グンナロが「諦めろ」と諭す。


「しかしまぁ、気軽に渡す訳にもいかん代物ではある。はいどうぞと差し出して、戦争でも始まったなんていったら目覚めが悪い」


そう言ったグンナロは真っ直ぐ、亮の瞳を見つめた。


「賭けに勝ったのにすまんが、理由によっちゃあ、渡す訳にゃ行かねえ」


「それなら心配にすることないです。精霊に頼まれて取りに来たんですから」


それを聞いた二人は目を丸くした。


「精霊にあったの、何で!?」


何でと聞かれれば、知らずに聖域に入り込んだからだが。異世界人だから、結界に気付かなかったとは言いたくない。

その部分は語らず。塔から森を抜ける時に水が無くなり、致し方なく聖域に入った事にする。


「それじゃあ、水と引き替えに精霊結晶持って行くの? 馬鹿じゃない!?」


「いや、俺も精霊結晶なんか知らなかったし。その時は命の瀬戸際だったんだ……だったんですよ」


馬鹿と言われ、少し頭に来て地が出た。


「デュポアール山の西の森を抜けようとした時点で大馬鹿よ!」


「……海岸線は化け物が出て無理だったんです」


「化け物だって?」


亮は塔で出会った化け物の事を詳しく説明した。

地面に化け物の絵を書くと、グンナロはエニグスという名前を口にする。


「近年、ランサスやルドガープの西海岸に現れ出した化け物だよ。海岸線の街が群に襲われ、両国とも騎士団まで駆り出して退治に躍起になってるって話だ」


「せっかくだから、海見たかったのにね」


「良いんじゃねぇか、傭兵ぐらい雇ってんだろ。金にはなるぞ」


「ここの財宝で、ゆっくりしに行くの!」


このままでは、どうでも良い親子喧嘩にでもなりそうだったので。折られた話の腰を、亮が修正する。


「それで、被害は酷いんですか?」


「ん、あぁ。ランサスにゃ西に港町が一つしかないんで、総出で護ってるよ。ルドガープにゃ、泣く子も黙る白凰騎士団が居るからな。今のところは問題ない」


「そうなんですか」


「だが、海路の方はすでにめちゃくちゃだ。それに護れる範囲も限界がある。お偉方は、小さな漁村なんざは護る気ないからな。それに少しずつだが数も増えてるらしい」


亮は打ち捨てられた漁村を思いだし。あんな村が数多くあると思うと、胸が痛んだ。


話をしていたら、いつしか日が落ちてきた。

昼食を抜いていた亮の腹の虫が鳴き、グンナロが飯にしようと笑う。


メニューは、固焼きの黒パンに肉の燻製、乾燥豆のスープ。

ご馳走になるだけというのも気が引けた亮は、鞄から魚を取り出し。この魚の名前はラウドなのだと教えられた。

干物は、ほぐしてスープに入れられ。亮にとってはうれしい、久々の真っ当な食事となった。食器を持っていない事をサラに怒られても、気が悪くならない。


鎧を脱いで、帆布地の長袖姿になったグンナロが、黒パンをナイフで傷つけ、叩き割ると亮に放る。


「ありがとう御座います」


「それ、なんとかなんねえか?」


固焼きパンのパンとは思えぬ固さに驚いていた亮は、「え、はぁ……」と、間抜けな返事をかえす。


「その妙にかしこまった言葉遣いだよ。明日は一緒に潜るんだ、他人行儀はよそうや」


「えーっ、こんなのと一緒に潜るの!?」


同く鎧を脱いで、瓦礫の上であぐらをかくサラに、グンナロがパンを放った。


「んじゃ、誰が精霊結晶持ってくんだよ?」


「勝手にやらせりゃいいじゃん」


それを聞いたグンナロが、わざとらしく指を組み。片膝をついて、天を仰いだ。


「おおぉ……精霊よ。我が娘はなんと心の狭い事でしょう。願わくば、広い心と豊かな胸をお与えください」


「胸関係ないじゃん! 鎧着けるのに邪魔だし!」


顔を真っ赤にしてサラは反論した。確かに身体のラインの分かりづらい服装であっても、そのスレンダーさは見て取れる。

動揺したサラは「あんたも、見てないの!!」と、視界に入った亮に、黒パンを投げつけた。パンにあるまじき衝撃を受けた亮は、腹を抱えてうめく。


「いってえな、見てねえだろ!!」


抗議する亮をサラは無視して、黙々と食事をかきこむ。そんな娘をグンナロは楽しそうに見ていた。


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