3 精霊の導き
何とか夜まで歩いて焚き火の前で足を見ると、マメが潰れたらしく、見るも無惨な状況だった。
シーツを細く切り取って、包帯代わりに巻いておく。長めにとって、一緒に足首も固定した。こちらも痛みが酷い。
慎重に進むようになって、歩き方こつというか。負担の少ない歩き方が解ってきてはいたが。如何せん、それ以前に負担を掛け過ぎていた。
残りのスナック菓子を胃に流し込み、足を休ませるため極力動かさないよう眠りにつく。
翌朝は、まだ足が痛かったので、出発を少し遅らせたが。それでも歩き出したらすぐに痛みが走り、苦痛に顔を歪ませながら進む。
昼にはチョコレートを少し食べ、休憩を長くとった。最早、食料と呼べるものは無く、道すがら食べられそうな物を探してはいるが。亮には、野草なんてまったく分からないし、きのこは危険過ぎる。
午後になって、奇妙な感覚を感じた。正確には言い表せないのだが、纏わりつく何かが晴れたというか、霧から抜けた感覚と表現するのが一番近いかもしれない。
良くは解らなかったが、立ち止まっているのはかなり疲れるので先に進む。解明する力も頭の回転も、今の亮には無かった。
それからしばらくして、地形が平坦な物に変わっていき、格段に歩き易くなった。小さな勾配を繰り返さなくて良いことに感謝しながら、夜までに中々の距離を稼ぐ。
焚き火を前に座り、目を閉じて精霊結晶在処を感じる。少し近くなっていると感じるが、昨日との感覚の差から、まだ半分もきていない距離だろうと思われた。
つい出そうになった溜め息を飲み込み、ネガティブになるのを自制する。落ち込むのも無駄に疲れるというものだ。
拗ねるようにマントにくるまった、その時、暗闇に藪をかき分ける音が響く。亮は跳ね起きると、斧を構えて闇を睨んだ。
闇の中に金色の双眼が亮を見つめている。焚き火を見つめていた目が闇に慣れると、それが鹿に似た動物であると分かり、詰めていた息を吐いた。
勿論、鹿みたいだから草食というのは、亮の世界の話で。この動物が無害とは分からないが。
亮が声を発すると、跳ねるように闇へと消えていった。
「脅かすなよ……」
げんなりと崩れ落ちながらも。体格も良かったあの鹿は、かなり食い扶ちが良かっただろうと一人笑うと。空腹を抱えて草の上に寝転がり、夜空を見上げる。
動物の出現は、なんだか吉報のようにも感じていた。
本当に吉報っだたのかは分からないが。翌日、亮の眼前に、幅5メートル程の川が姿を現した。
「───っ、ぃよっしゃぁぁーーっ!!」
心の底から沸き上がった叫びだった。
足下には2メートル程の崖で、その下の川は水が暗く深みである事が分かる。対岸は低く、砂利地だった。泳ぎには自信がある亮だが。川の水は冷たく、飛び込むのは危険だし。なにより荷物を濡らす気も無い。
降りられる場所を探して下流に向かった。精霊結晶に近付いてはいるので、抵抗はない。
目印にしていた山を背にしている事に気が付き、頭の中に地図を思い描く。
最初は山に向かい。川にぶつかった方向から見て、泉からは山を右手に進んでいた。そして今、山を背にしていると言うことは、この川は海に向かっている。
川が海に向かうのは当たり前なのだが、自分がコの字に進んでいると思うと、少々馬鹿らしく思えてくる。
少し歩いて、砂利の川岸に降りる。砂利の感触に足は飛び上がるほどに痛んだが。平たい場所を選んで水辺まで進み、靴を脱ぎ、足を川に浸ける。傷に染みたが、冷水で冷やされる気持ちよさが上まって、ほっと息を吐いた。
水中には魚の影がいくつも見え、川魚に毒があるという話を聞いた事がない亮は、どうにか捕まえられないかと考えを巡らせた。
釣り針はあるが、空腹だし餌を探すのも億劫だしで。手っ取り早い方法を模索する。
水の勢いが穏やかな所を探し。水中をのぞき込んで、岩影に隠れる魚を確認する。石場から持てうる限り大きな石を持ってくると、魚が隠れている岩に全力でぶつけた。ぶつかった衝撃で水中に衝撃波が走り、岩影にいた魚達が気絶して浮かび上がってくる。
この世界で禁止されているかは分からないが、日本では禁止されているガチンコ漁だ。
三匹の魚を捕らえ、岩場に戻る。
落ちていた枯れ枝を集めて火を起こすと。はらわたを取った魚を枝に刺し、火にかけた。焼けるのを待つ間、流石に薪は足りないので仕方がなく森から薪を集めてくる。
歩きたくはないので、かなり多めに拾ってきた。
石の配置を変えて、平坦にし。座りやすくした頃には魚も焼きあがって。しばらく嗅いでいなかった油の焦げる香りに、しびれを切らし。背中からかぶりついた。
白身の川魚らしい、油の少ない淡泊な味だったが。旨い。振りかけた塩加減もちょうど良く、その旨味を引き立てているし。
魚が、煎った胡桃を思わせる独特な香りを持っていて、香りでも楽しませてくれた。
あっという間に三匹平らげ。久々の満足感を味わう。
食料確保のため、今日はここで泊まる事にして。今度は余裕も出来たこともあり、日が暮れるまで釣り糸を垂らした。
夜、満腹になった喜びを噛みしめながら、明日からの計画を練る。
精霊結晶まで結構近付いたとは思うが。それでも数日はかかりそうなので、採れる内に食料は多く確保したいところだ。
しかしながら、生ものなので、干物にでもして保存性を高めるのに時間がかかってしまう。
悩み抜いた結果、明日一日、この場に留まる事に決めた。
精霊結晶を手に入れても、死んでしまっては意味がない。精霊も分かってくれる事を祈った。
翌日、丸一日を魚捕りに費やし。それを、枝を組んで作った網に乗せて干物にしておく。
見よう見まねに近い方法ではあるが、港育ちの経験が生きる。
翌朝、準備をしっかり済ませ、揚々と動き始める。久々にペットボトルを水でいっぱいにし、昼飯用に魚をぶら下げて、川を渡り、崖を登る。
一日休んだ事で足の具合もだいぶ良くなり、森の中を軽快に進む。歩き方が改善された事で。丸一日歩いても、それほど酷い痛みには襲われず。一日の移動距離は塔を出たばかりの頃に匹敵した。
川を出て三日目の昼頃。亮は精霊結晶を、いよいよ近くに感じていた。
勢いのままに、昼食はとらず、一気に目的地を目指す事にして先を急ぐ。すると鬱葱とした木々が突然晴れ、巨大な石造りの壁が現れた。
長方形に切りそろえられた大岩を重ねた壁は、厚さが1メートル以上あり。おそらく以前は相当な高さを誇っていたであろう。
しかし今やその壁も、半ばまで崩れ落ち。全面を、苔と蔦に覆われている。崩れて積もる瓦礫が、半ば土と同化している様から、崩れて相当な年月が経っていると思われた。
見渡すと、そんな壁の名残が森の中を真っすぐ貫き進んで行っている。殆ど崩れているため、本来の規模は分からないが。
木々に埋もれて消えていくまで、優に数百メートルは続いていそうだ。
壁の前には、此方も殆ど自然に帰ってはいるが、壁に沿った土に溝が続いており。おそらくは外堀で。この壁は外敵を防ぐ防壁だったのであろう。
防壁を抜けた先には、此方も殆ど崩れた建物が見え。大量の瓦礫と樹木が絡まって、複雑な色合いを醸し出していた。
感覚では、精霊結晶は近い距離にあり。こんな遺跡としか言いようのない場所に精霊結晶はあるようだ。もし瓦礫に底に眠っているとなれば、人力、しかも一人の力ではどうにもならないだろう。
想像以上の厄介さに、亮は思わず溜息と共に空を仰ぐ。すると遺跡の中から一筋の煙が上がっている事に気が付いた。
このような場所で自然に火の気が立つとは考えにくい。何かしら、火を扱う者がいるのかもしれない。
思わず駆け出しそうになる。だが、ファンタジーが題材のゲームをプレイしてきた経験がその足を止めさせた。
こんな人気の無い場所で、焚き火をしている存在とは、いかなる人物か。遺跡といえば、ゲームでよく見る冒険者といわれる職種の人間を想像できるが。
同時に野党や山賊といった類の集団だったり、知能のある怪物という線もある。
亮は緊張の面持ちで堀を越え。建物の間を、足音を殺して煙の方に進んで行く。
少し進むと、煙りが上がっているのがは、一番大きな建物の中心からのようで。その建物は、重要な棟だったのか丈夫に作られており、壁面が多く残っている。
外壁に張り付いて、砂利を踏まないように注意しながら。壁が崩れている所まで忍び寄る。
崩れた壁の隙間から中の様子を伺うと、天井が抜けた大きな空間に焚き火が燃え。その近くに、二人の男女がいた。
男は、髪は黒髪のざんばらな短髪で、年は40代に見える。背は亮より少し大きく、ガッチリした骨格にみっしりと筋肉がついた、髭面の男だ。
マント越しではあるが、全身を鎖の鎧に身を包んで。その腰には、棒の先に鋼の重りを付けた打撃武器、メイスをぶら下げていた。
女は、赤みがかった茶色い髪をポニーテールにした、亮と同年代の少女と言ってもいい年頃で。背もそんなには変わらないだろう。
目の荒い鎖帷子を身に纏っているが、こちらは男より軽装で。所々が革製になっている。
武器は刀身が60センチほどの、カトラスと呼ばれる大振りで反りの浅い曲刀だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます