5 頼りなき出発

天井に走る格子状の梁をみながら、空腹を抱えて床に寝るのは始めてだと思っていた。

しかしよく考えれば、今置かれているすべての事柄が、頭にを付けるだけで始めてだらけになる。

そして、この世界の事などまだ数える程しか理解していないのだと気が付けば、急にうんざりしてきた。


文句を言うべき相手も居ないので、湧き上がる怒りの持って行きどころも見つからず、ただ悶々とため込むばかりだ。


むしゃくしゃが止まらず、身を起こして胡座をかく。自分がこの世界にやってきたのは、地下の魔法陣のせいに違いない。それは、この塔の住人が作った物であろうし、結局この塔の住人のせいで自分はこんな目にあっているのだ。

それなのに、当の本人は、塔を離れどこかに出掛けていて、帰ってくる見込みもない。見つけだして兎に角文句の1つも言ってやりたい。


「つか、元の世界に帰らせろーーーっ!!」


鬱憤を晴らすかのように吠えると、そのまま大の字になって寝転がる。

元の世界に帰る。それが最終目標。

そのためには、この塔の住人を見つけるか、同じような魔法使いを見つけだす必要がある。


目標は決まった。

兎に角準備をし、ここを出て人里を見つけだす。

それが、第1目標だ。


そうと決まれば行動あるのみ。扉はもう数日保つだろうが、そんなにここに居座る必要もない。情報も欲しいし、とにかくさっさと人里に降りたい。


窓を開け、森に目を凝らして村の灯りでも見えないかと探す。目を皿のようにしてくまなく見渡しても、それらしい灯りは見受けられず。

むかついて、下でキャンキャン五月蠅い化け物に、机に置きっぱなしになっていた球根のようなものを投げつけた。

外れて地面に落ちた球根に、塔の周りをうろついていた2匹が飛びついて行く。何でも喰うんだなと、少し感心して。五月蠅いから窓を閉めた。


椅子に腰かけ、ここを出るときに持って行く物を考える。どれほどかかるかわからないので、水は多めに持って行きたい。入れ物が少なく、ペットボトルと、ビニール袋ぐらいしかないのが痛い。

火打ち石と鍋、ポットにナイフ。それと一応、斧。斧とナイフ以外は、鞄に入るだろう。


ロープはたぶんいらない。ロウソクをあるだけ、さっき見たマント。

書庫の本で使えそうなもの、特に地図が欲しい。読めないかもしれないが、特徴的地形があればわかるかもしれない。


釣具、竿はいらないが、針と糸はあればありがたい。


そして、もっと食料が欲しい。明日、もう一度集落を探そう。


こうして考えを巡らせていると、だんだん眠たくなってきた。たぶん夜もだいぶ遅い。明日は早くに起きる事にして、今夜は眠る事にする。

見れば暖炉の炎がだいぶ小さくなっていて、寝る前に薪を足そうと見やれば、もう細かい物しかない。亮は億劫そうに立ち上がると、バリケードの所まで木材を取りに下りた。


二階に差し掛かった所で、異変に気付いた。化け物の鳴き声が五月蠅すぎる。


急いで駆け下りると、扉を引っ掻く音が昨晩の比ではなく。格子窓やノブの鍵穴からは、何かが蠢いている事しか分からない程に化け物が集まり、折り重なっている様だ。バリケードは、大量の化け物に押され軋む音を響かせている。


「なんだよいったい!!」


亮は急いで三階へ駆け上がると、窓から入り口を見下ろす。そこには、入りきらず入口から溢れ出した十数匹の化け物が、甲高い鳴き声をあげながら、それでも中に入ろうと殺到していた。


多すぎるだろと、内心毒づき。斧を手にして階段を駆け下りた。


二階に入ると携帯のライトで照らしながら、手近な本棚から本を掻き落とす。そして、空になった本棚をなるべく大きくなるように、斧で破壊した。


その木材を一階まで運んでいって、バリケードを補強する。

一式分運んで、バリケードが強化出来たら、切り出しておいた細長い木材の先端を鋭くなるよう削り、格子窓から見える何かに突き立てる。

寒天に突き刺したような手応えと共に、悲鳴に似た鳴き声が発せられたが、その声はすぐに他の鳴き声にかき消され。化け物達の勢いも変化は見られない。


亮は必死になって何度も何度も杭を突き立て、少しでも勢いを削ごうと奮闘する。

だがそうしている内にも海から新たな化け物が増え続け。

亮が疲れ切った身体を三階で休ませる事が出来たのは、結局夜が明けてからの事だった。


翌朝は身体が痛くて目を覚ました。どれほど寝ていたか時間を知ろうと、スマートフォンを探してポケットをまさぐる。

少しして、携帯を二階に置いてきた事がわかっても、悪態もつかず黙って身を起こした。


喉がカラカラで、水の入ったペットボトルに手を伸ばすが、止めてポットの湯冷ましを飲み干す。

暖炉まで来たついでに、くすぶる炭に紙をくべて火を点し。鍋に沈んでいたカブを一口で頬張った。


凝り固まった身体を伸ばし、よしと気合いを入れる。

ロウソクは既に燃え尽きていたので、引き出しからあるだけ取り出して、1本に火を着けると。スマートフォンを取りに行こうと、書斎へと向かった。


置きっぱなしだったスマートフォンを拾う。一晩中ライトを起動し続けていたらしく、すでに電池が切れていた。断末魔も聞けなかったと、小さく笑い、ポケットにしまった。


一階まで下りて、ゴテゴテとしたバリケードを外す。

扉を開けると、生臭さを感じるほどの、強烈な潮の香りに顔をしかめる。壁中に化け物の表面のぬめりが染み込んでいるようだ。


扉は目に見えて薄くなっていて、昨晩もったのは奇跡に思えた。もし今夜、昨晩以上の数が押し寄せるのであれば、あっさり突破されると思われる。

昨晩は多少の猶予があると思っていたが、これは準備を急ぐ必要がある。


もう一度二階に戻り、片っ端から本を開いていく。

小一時間ほどかけてすべてを調べたが、望んでいた本は見つからなかった。


書斎の椅子に座って一息つきながら、引き出しのロウソクと紙束を取り出しておく。

地図でもあればと期待したが。地図があったとしたら、住人が既に持って行かれているのは当たり前だと、途中で気付いてはいた。

それでも探したのは、一縷の望み以外のなにものでもなく。

残念ながら、この本の山の中から、地図が書かれたページを探し出せる程の時間はすでになかった


ロウソクと紙束を持って三階に戻ると。おもむろにパンツ以外の服を脱ぎ、ぬるま湯で濡らしたボロ布で身体を拭き。ひとしきりサッパリしたところで、セーターだけを着た。


鍋とポットのお湯を窓から流し捨て。コンビニ袋に入れて縛ると、鞄にしまう。

一緒にロウソクと紙束、火打ち石と火打ち金、塩の瓶。それからポケットの携帯を放り込んで、階段脇に置いた。


その上に、Tシャツとコートを乗せて。タンスを物色すると、小綺麗な灰色のシャツを探し出して積み上げる。クローゼットのマントも取り出すと、窓から乗り出して埃をはたいて、それも雑に畳んで重ね置いた。


忘れ物が無いかをしっかり確認したら、ベルトに斧を差し込んで。

最後にベッドからシーツを引っ剥がす。

もうもうと巻き上がる埃から逃げるように階段まで来ると、荷物を抱えて階段を駆け下りていった。


ぬめる床に注意しながら塔を出て、さあ行こうかと、なんとなしに塔を振り返った。

とにかく、ここの住人か、それに準ずる魔法使いを見つけだす。それには、と考えた所で、一つのアイデアが閃いた。

鞄からロウソク数本と、ペンとノートを取りだし三階まで駆け上がると。くすぶっている暖炉の火でロウソクに火を着け、今度は地下まで下りた。


金属台を魔法陣からどかして、ロウソクを周囲に立てると。全形が浮かび上がった魔法陣を、ノートに克明に描き写した。

これを魔法使いに見せれば、元の世界に帰るためのヒントを与えてくれるかもしれない。この場所に帰ってくる事は無いだろうから、出来る事はやっておくべきだ。

描き終えると、いよいよ塔を去る時だ。一本だけを残してロウソクを片付け、火が消えないよう気を付けながら、塔を後にした。


井戸までやってくると、まずやったのが洗濯。Tシャツと塔で見つけたシャツを水で洗って、木の枝に引っかけておく。

次に荷物を置いて、漁師の物置だった地下室へと向かうと。ロウソクの灯りを頼りに暗闇の中を漁って、無事な釣り針と糸束を見つけ出した。


必要と思った物は集まったので、残るは食料だと。シーツとペットボトルを持って畑へ。

再度、時間をかけ。端からくまなく捜索して、新たに数本のカブを掘りだした。


水で洗ったカブをシーツに包んで、風呂敷のように背中に背負う。残る荷物を持ちやすいようにと工夫を凝らしながら、どちらに行こうか考えた。

人里を探すなら、海岸線沿いを行って漁村を探すのが確実だろうが、あの化け物が出るので却下。

河口でもあれば、川を遡るというのが川魚や水にも困らず良いのだが。塔から見た記憶では、見える範囲で川は無かった。

河口を探して海岸線を行くというのであれば、漁村を探すというという事と変わらない。


結局、海岸から離れるように、森を突っ切るしかないと結論づけ。街道や川にぶつかるまで真っ直ぐと、なんとも行き当たりばったりな作戦をたてた。


シャツがそこそこ乾いてきたようで、畳んで鞄に詰め込むと。ついに準備が完了。先ずは森の奥、ひときわ大きい山を目指す事とした。


野菜の詰まったシーツを担ぎ、鞄とコートとマントを肩に掛け。手には水の入ったコンビニ袋と、同じく水の入ったポット。ベルトに薪割り斧と、調理ナイフを差し込む。


ポケットからスルメを取り出し、一つ口にくわえると、決意の表情を持って薄暗い森へと分け入っていった。

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