2 魔法使いの塔
ショックを受け、フラフラと塔の中に戻る。
1階で唯一残った椅子を起こして、崩れるように腰をおろした。
うなだれ、両手で頭をかき。
しばしの間、頭を抱える。
だが、どんなに考えても、現状に至った理由が見つからない。
亮の知っている物語の中では、主人公が別の世界や時間に行くことに、何らかの要因があった。
それは、自分の意志であったり、他者からの召喚であったりと様々ではあるが。
少なくとも、状況を理解でする為の手掛かりはあった。
だが、今、亮がおかれている状況は。
明らかに人が住んでいない、それも居なくなって数年ほどは経っている塔に、知らぬ間に来ていたというだけ。
亮は思わず大きく溜め息をついた。
喉がカラカラな事に気が着き、先程コンビニで買ったジュースを思い出す。
先程、外に出た時に取り落としており、小さく息を吐いて、億劫そうに取りに出た。
袋の中には、1.5リットルの紅茶と炭酸飲料。少し考えて炭酸飲料の蓋を開けると、コップも無いのでそのまま飲んだ。
混乱する頭のせいか、味は一切感じなかったが、気を紛らわせる意味を込めて、喉に流し込む。
飲みながら椅子の所に戻る途中。
上階へと続く扉が目に入り、立ち止る。
もし、ここが異世界と呼ばれる場所で、それがファンタジーと呼称されるようなものであるならば。その状況で魔法陣に塔となると、塔の住人が魔法使いである可能性が高い。
自分が目覚めた地下室にあった魔法陣。おそらくはアレが、この世界にやってきた原因であろうと考え。
原因であるならば、それをもう一度使えば元の場所に戻れる可能性もあろう。
塔の上階で、その手掛かりが見つかるかも知れない。
幸い上階への扉は無事であり。地下室は荒らされていなかった事から、上階も破壊はされていないと思われる。
炭酸飲料を4分の1程を一気に飲むと、袋にもどし。椅子の側に置いてきた鞄を一緒に持って、2階への扉に向き合う。
扉には地下室と違いノブが付いており。回してみれば、案の定鍵が掛かっていたが。
例の薬でノブごと溶かし落とし、蝶番が錆び付いた扉を押し開けると。
上へと続く、薄暗い螺旋階段へと歩を進めた。
階段の明かりは、たまに開けられた長方形の小窓だけではあるが、歩くのに不自由しない程の光量は確保してくれていた。
しばらく上っていると、右側に2階の部屋であろう扉が現れ。
階段はまだ続いているので、3階もあると思われる。
亮は少し上を気にしたが、扉に手をかけた。
先程と同じノブつきの扉だったが、今回は鍵は掛かっていない。
部屋は殆ど真っ暗で、窓が無い様子。
だが、室内から漂ってきた古いインクの香りに、中の様子は想像するに容易い。
ポケットからスマートフォンを取り出して照らすと、果たして幾つもの本棚が照らし出され。
棚に並ぶ数々の本が、自分達こそ、この部屋の主であると主張していた。
亮は、様々な色の本の森に踏み入れると、僅かに埃が舞い上がる。思ったよりも少ないのは、ほぼ密閉されていたおかげだろうか。
奥に置かれた小さな机にも、うっすら、わずかばかり積もっているだけだ。
机には、火がついてない蝋燭と起きっぱなしの本が1冊。
本の表紙の文字は。地下で見つけた薬瓶のラベルにあった文字と同じ言語と思われるが、読めないので判断がつかない。
試しに本を開いてみると、やはり亮には読めない文字で書かれていたが。
しかしながら、一緒に美しいカラーの挿絵も画かれており、本の内容を推測する事は出来た。
挿絵は、下半身が魚の馬や、魚の様な人間、船を襲う大蛸などで。
本がいわゆる海獣について書かれた物であると分かる。
亮の居た世界でも。古代中世と、これら海獣が実在していると思われていたため。この本が、ここが異世界である証拠とはならないが。
平然と置かれている状況は興味深くもある。
他の本を調べようと、本棚に目をやったが。
手に取った本は文字ばかりだった上。他をと本棚を1つ流し見た時点で、背表紙の見知らぬ文字達に思わず溜め息が漏れた。
いくら睨んでいても、亮に解読出来るはずもなく。挿絵だけでも、じっくり調べるとなれば相当の時間を要するだろう。
ここは一旦置いておいて、上階を調べようと部屋を後にした。
薄暗い階段は、次の階の部屋の床にたどり着くと同時に途切れた。
外観の高さから、4階建てぐらいを想像していた亮だったが。階ごとの空間が多かったのであろう。
最上階は階段がない分、今までより広い部屋であり。これまた、今までより大きな窓が4つある。
跳ね上げ式の木蓋の隙間から線状の外光が漏れ入り、床に四角い光の図形を描いていて。薄暗いながらも、部屋の様子を見るのに充分な明るさだ。
部屋には、ベッド、クローゼットそして本棚が2つ。
長らく火の入っていないであろう暖炉の脇には、簡素な木箱が二つ積み上げられ。
壁には棚が付けられていて、小瓶や石ころが並び。
フックには皮袋や、乾いた奇妙な草がぶら下げられていた。
机の上に、出しっぱなしの乳鉢やフラスコ、妙な形のガラス器具達。
乱雑に置かれた様々な小瓶や、草、小石が散乱し。
それらは亮の中の魔術師や錬金術師の研究所像とピッタリ一致した。
外光をもっと入れるため、亮が窓を1つ押し開けると。
どうやら外の木々より高い所まで上っていたらしく。
眼前には、延々と続く深い森が、まるで毛足の長い絨毯のように広がっていた。
これは外の様子がよく分かると、足早に隣の窓を開けに行くと。勢いよく窓を開いた眼前に、広大な海原が広がる。
耳を澄ませば波の砕ける音が聞こえ、水面が陽光を受けてキラキラと輝く様さまに目を細めた。
勿論、大きさの把握なんて曖昧で、これは湖かも知れないのだが、亮の長い港町生活によって培われた勘が、この水原は海であると認定する。
先ほど外に出た時には、海がこんなに近いことに全く気が着かなかった。
いまでも波の音は微かにしか聞こえないので、下の階では木々遮っているのだろう。
しばらく海を眺めていると、焦る心が落ち着いていくのがわかる。
一つ大きく息をついて、他の窓を開きに行く。
結果、この塔は深い森の外れ、海岸線にの側に建っていることを確認すると同時に、塔の近くに気になる物を見つけた。
海岸線沿いに木々が無く、開けた土地があり。そこには幾つか建物のような物がぽつりぽつりと建っていて。
浜辺には船であろう物が、引き上げられ並んでいるよう見えた。
遠目に見ても、その殆どがボロ家であるのが見て取れたが。
明らかな集落であり、孤独感に苛まれていた亮は、思いがけない人間の匂いに心踊らせた。
亮は嬉々として窓から離れる
しかし、すぐに少し止まって考えると、集落の見える面の窓をとじた。
炭酸をまた一口飲み、荷物と一緒に部屋の隅に置くと。
すぐさま階段を下り始める。
部屋の捜索は後回しに、あの集落に行ってみようというのだ。
表に出ると、塔を見上げてながら周囲を回り。
3階の窓が閉まっている面まで来たら、塔を背に歩き出す。
森に入ると、時々振り返り塔を確認しながら進む。
塔が見えなくなってからは、なるべく右によるように歩いた。
最低でも海にたどり着いたなら、浜辺を進めば集落にはたどり着けると思ったからだ。
森に入る時には、未知なる動植物を思い、いささか緊張した亮だったが。
森の雰囲気は、そんなに違和感があるものではなかった。
鳥の囀りも聴いたことがある気もしたし。
咲いている花も、何処かで見たような気がした。
しかし、亮は自身の感覚など当てに出来ない事を解っていて、深くは考えない事にした。
どうせ、鳥の鳴き声や花など、良く知られた物以外は、どれを見聞きしても同じように感じる質だ。
そんな事を考えていたら、不意に森から抜けた。
どうやら崖に遮られ、森が終わったらしい。
亮が心配していた程方向は間違っておらず、少し先に目的の集落があるのが見えた。
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