第十七戦 師弟

 強襲作戦が思いもよらぬ成果を収め、さらに巨大変異生物の討伐を成し遂げたアルス達は、新聞やニュースに取り上げられ、敗退が続いて落ち込み気味であった民衆に、またとない吉報を届けることとなった。

 特に巨大変異生物を見事成し遂げたアルス、ロウ、ティリアは一躍時の人となり、帝国内でその名を知らない人はいないほどにまでなっていた。

 そのせいもあって、珍しく長期休暇を貰った422部隊のメンツは、どこに行くでもなく基地の中で過ごしていた。


「踏み込みが甘いでござる。あと姿勢が歪んでいるでござるよ!縮地と素振りからやり直しでござる!」


 基地の訓練所の一角、畳の敷かれた区画で、ロウの厳しい声が響き渡る。

 その傍らでは、ダメ出しをされ、言われた通りに大人しく従うアルスの姿があった。

 そこに、柔道着に着替えたミリーが顔を出す。


「お待たせです~」


「ああ、ミリーも来たでござるな」


 ロウは待っていたと言わんばかりに、ミリーの元に歩み寄り、道着の乱れている部分をササっと手直しすると、にっこりと笑って説明を始める。


「さて、ミリーはまず基礎からやるでござる」


「基礎ってなにをやるのです~?」


「まずは準備運動、それから筋力トレーニングをして、仕上げに柔軟体操でござるな。はそれからでござる」


 それを聞いて、ミリーは嫌な予感にさいなまれつつ手を上げる。


「あの~……ってどこまでやるです?」


「もちろんまで」


 ロウは屈託のない笑みを浮かべて、そう告げる。

 その笑顔を見て、ミリーは全身から冷や汗が出るのが分かった。

 これは危ない、と…………


「工程の人間ですので最後までする必要はないかと思うです~…………」


「何を言っているでござる?」


 次の瞬間、ロウの顔に凄みの掛かった影が落ちる。


「隊長にも徹底的にと頼まれた故、キッチリ免許皆伝まで面倒見るでござるよ」


「ひぃ~!」


 死の宣告である。

 ミリーは助けを求めるようにアルスに目を向ける。

 アルスと視線が合った。

 しかしすぐに逸らされて、修行に戻ってしまう。


(……見捨てられたです~…………)


 ミリーはガックリと肩を落として、諦めたように意を決してロウに向き直る。


「とりあえず何からすればいいです~?」


「まずは準備運動として腕立て、腹筋、背筋百回と、スクワット百五十回にランニング十キロでござる」


(準備運動の概念が吹っ飛んだです~!)


 もはやそれがトレーニングと呼べまいかと思いつつも、口には出さないミリーである。

 そして休日に自分をここへ送り込んだメリナダを呪うのであった。

 ロウは急かす様に手を叩いて、ミリーが大人しく腕立て伏せを始めたのを見て、アルスの元に歩み寄る。

 そして一心に木刀を振るうアルスに、ロウは告げる。


「止め!……やはり、全身の筋力に偏りがあるでござるな」


「偏りって言われてもなぁ…………」


「まあ、自ずと直っていくでござろうが、重心が安定していないのはどうにかしたいでござる」


 そう言ってロウは、倉庫へ向かって行くと、長い木の棒とバケツ二つに、長タオルを二つ持って戻って来た。

 そして棒をアルスの肩に水平に当てると、タオルを両肩に回して棒を固定する。

 何をするつもりだと疑問に思っているアルスを他所に、ロウは最後に水を入れたバケツをその棒の両端に掛けた。


「バケツの水を零さない様に、今日一日過ごすでござる。もちろん、このまま素振りは継続するようにするでござるよ」


「マジかよ…………」


 アルスは絶望した表情を浮かべ、ミリーを見る。

 すると、ミリーは既に小鹿のように腕をぷるぷる振るわせながら腕立て伏せをしていた。

 そしてミリーと目が合うと、ざまぁみろと言わんばかりに失笑して、腕が限界を迎えたらしく、床で顔面を強打してのたうち回っていた。

 助けにならないと判断したアルスは、ロウが見守る中、大人しく木刀を再び降り始めるのであった。



 ◇◇◇◇



 それから休みの間、アルスとミリーはロウの厳しい修行に明け暮れ、休み前と比べると一皮剥けたようで、幾らか余裕のようなものが生まれ始めていた。


「ひぃ~!もう私は十分ですぅ!免許皆伝なんていらないです解放しやがれです~」


 ただし、メンタルは置き去りにされていた。

 強くなるための目標があるアルスはともかく、そんなものが微塵もないミリーに至ってはその厳しい修行によってトラウマが植えつけられつつあった。

 ロウがミリーに教えたのは柔術であったのだが、小柄なミリーは、まずその足りない筋力を補わなければいけなかった。

 最初こそ腕立て伏せなどの一般的な内容だったのだが、そこからどんどんエスカレートし、最終的には柔術の型に合わせて石像を持ち上げるといったことをしていた。

 それでも、デュランダル以上の重さの剣を音速で振り切れと言われたアルスに比べれば、可愛いものであったが…………。


「諦めろミリー、分かってんだろ?」


「分かってても全身が逃げろと危険信号を発して来るです!これ以上は命の危険が迫っていると…………」


「どうしたでござるか?」


 所用で少し離れていたロウが、銅像を持って戻って来た。

 銅像には道着が着せられており、それが一体誰の為に用意されたものなのか一目でわかる。


「ランクアップしたです~……」


 絶望してミリーが畳の上で四つん這いになった。

 そんなミリーを哀れに思いながら、アルスはロウに視線を戻すと、銅像の反対側に青い刀の形状をした物が握られていることに気づく。


「師匠、それはなんだ?」


「隊長から預かって来たでござるよ。新しいデュランダル……デュランダルセカンドと言うそうでござる」


 ロウはデュランダルⅡをアルスに突き出しながらそう言うと、そのままアルスに手渡した。

 アルスはデュランダルⅡを受け取り、そして鞘に納められたそれを引き抜く。

 するとそこから現れたのは、粒子結晶体で作られた刀身だった。

 アルスは反射的にマギカ粒子を掌握すると、それをデュランダルⅡに流し込む。

 オーバードライヴを経験した今のアルスは、以前とは比べ物にならない程に粒子掌握量が上がっている。

 ほんの少し流し込んだつもりだったが、あっという間に刀身を金色のマギカ粒子が

満たす。


「…………まだ余裕がありそうだな」


「隊長殿に訓練がてら耐久テストをするように言われたでござるよ。だから今回は、それを使って拙者と試合をするでござる。マギカ粒子は使わない様にするでござるよ?暴発すると道場が吹き飛ぶでござるからな」


 アルスはロウの言葉にハッとして、マギカ粒子を開放する。

 そして感触を確かめるように軽く一振りすると、ブンッといい音を立て、そのまま流れるような動作でデュランダルⅡを鞘に納めなおした。


「えらく軽い感じがしないでもないが、悪くねぇ」


「なら、さっそく始めるでござるか。ミリーはこの『銅像無敵君』を相手に背負い投げ百本から始めるでござる」


 ロウはそう言って、四つん這いのままのミリーの目の前に銅像をドスンと置くと、ミリーの襟首をつかんで立ち上がらせる。


「今度こそ死ぬですぅ……主に全身の筋肉が…………」


 ミリーは悲壮感を漂わせつつ、大人しく銅像無敵君と相対するのであった。

 そんなミリーを他所に、アルスとロウは真剣を手に相対する。

 アルスはデュランダルⅡを抜き正面に構え、ロウは居合の構えで腰に据えた刀の柄に手を掛ける。

 そしていつものように、アルスから踏み込んでそれは始まった。

 アルスの初撃をロウは軽々といなすと、そのまま肉薄する様に距離を詰め、アルスを吹き飛ばす。

 しかし、アルスは身体を回して勢いを殺すと、そのままロウへ向けてデュランダルⅡを振り上げる。

 だがそれもいなされ、続けて連撃を仕掛けるアルス。

 少し前には見せなかった流れるような連撃は、もはや目で追うのも難しい領域にまで至っていた。

 しかしロウは、アルスの剣戟のことごとくを叩き落し、隙間を縫う様にアルスの服を切りつけて行く。

 幾ら劇的に上達したといっても、アルスの剣戟では未だロウに傷一つ付けられないのだ。


「チィッ!」


 苛立ちを覚え、アルスは剣戟の速度をさらに上げる。

 しかし、まだ遠く及ばない。

 さらに速度を求め、デュランダルⅡを一心に振るう。

 だが


「流れが雑になっているでござるよ!」


「なっ!?」


 そう告げられた次の瞬間、デュランダルⅡがアルスの手を離れ、勢いよく宙を舞った。そしてアルスは、そのまま糸の切れた人形の様に床に倒れこんで


「全然追いつかねぇ……」


 そう言って床に這いつくばって肩で息を整えていた。

 そんなアルスを他所に、ロウは飛んで行ったデュランダルⅡを回収し、アルスの元へ戻るとぽつりと呟いた。


「……もう少し型の練習を増やした方がいいでござるな…………」


 そして、離れた場所で銅像を投げようと必死になっていたミリーはと言うと


「チェスト!………ようやく一回です~」


 投げた銅像の横に並ぶようにパタリと倒れこんだ。



 ◇◇◇◇



 その日の夕方、任務再開の前日ということで、422部隊の面々はコクーン艦橋に集まっていた。

 休日の間、他の部隊の演習に参加していたリグレッタとガレッタが最後に艦橋に入って来たのだが、その二人の目に飛び込んできたのは死屍累々な光景だった。


「……皆さん瀕死ですね」


「休みの間に何をしたらこうなるのでしょうね……」


 アルスとミリーは椅子に座って『全身が……筋肉がぁ……』と呟きながら突っ伏しており、メリナダは立っているものの、目の下にクマをこさえて顔面蒼白である。

 ロウはいつもどうり箱に入っているため、どういう状態かは判断できなかったが


『いらっしゃーい』


 そう垂れ幕を下ろして二人を出迎えていたので、大丈夫なようだ。


「ロウ、これはどういうことですか?」


『アルスとミリーは修行でダウン中。隊長はフレスヴェルグの改修とデュランダルⅡの作成で連日徹夜』


 そう説明を受け、ガレッタは深くため息をついて


「本日は解散、全員さっさと休みなさい…………いいですね?」


 有無を言わせぬ勢いで、ガレッタはそう全員に告げた。

 リグレッタも傍らで半目を開きながらウンウンと頷いて同意する。

 そしてガレッタが気絶寸前のメリナダを介抱している横で、リグレッタはミリーを揺すって立ち上がらせようとする。


「ほら、ミリーちゃん立って、お部屋で休もう」


「イタタタ、無理に動かさないでです~……全身の筋肉が悲鳴をあげてるのです~…………」


 本当に辛いようで、ミリーの動きはとてつもなくスローであった。

 ナマケモノといい勝負である。


「休日の間に工程への出禁さえ喰らわなければこんな事にはならなかったです~」


 そう恨み言を漏らすミリー。

 そう、元々ミリーの体力を上げると言われていたが、本当の所は、メリナダがフレスヴェルグの改修とデュランダルⅡの作成で目が行き届かなくなることから、野放しになったミリーがまた変な事をしないようにする為であった。

 放置すると何をやらかすか分からないからである。


「ミリーちゃん、少しは自重した方がいいよ……」


「なして?」


 事情を知っているリグレッタは、暗にミリーに告げてみるが、どうやら伝わらない様だった。


「ではリグレッタ、私は隊長を連れていきますので後はお願いします」


「わかりました」


 リグレッタの返事を聞き、ガレッタは微笑んでメリナダを連れ艦橋を後にした。

 そして残されたリグレッタは、ようやく立ち上がったミリーに肩を貸し、続いて艦橋を出ようとした時だった。

 ミリーと同じようになっているアルスから声がかかる。


「……悪ぃリグ、ミリーの後でいいからこっちも頼む……」


「うん、わかった。とりあえずミリーちゃんを送り届けてくるから……」


 『待っててね』と言おうとしたところで、箱の中からロウが飛び出してきた。

 そしてアルスの側に歩み寄り、樽を担ぐようにしてアルスの身体を持ち上げると


「アルスは拙者が送っていくでござる。リグレッタはミリーの方を頼むでござるよ」


 そう言って、ロウはアルスを抱えたままさっさと艦橋をあとにした。

 リグレッタが突然の事で呆然としていると、傍らのミリーがボソリと


「鬼コーチが修行以外で箱から出たです……」


(……鬼コーチなんだ…………)


 ミリーの言葉に肝を冷やすリグレッタなのであった。



 ◇◇◇◇



「着いたでござるよ」


 ロウはそう言って、アルスをベットに寝かせると、傍にあった椅子に腰かけた。

 ベットで横たわったままのアルスは、首だけをロウに向けて尋ねる。


「なあ、師匠」


「何でござるか?」


「俺、あとどれくらいで師匠と肩並べて戦えるようになるんだ?」


 それは当然の疑問であった。

 ロウに弟子入りしてからと言うもの、毎日同じように心身ともに疲れ果てるまで修行に励んできた。

 この休日は特に密度が濃く、傍らで同じように修行していたミリーとは比べ物にならない程、濃密な修行をしていたのである。

 銅像や石像を相手にするよりも、ロウという達人を相手に修行を重ねるということは、アルスにとって『鉄の壁を素手で壊せ』と言われているようなものだった。


「……実感がわかないでござるか?」


「いや、そうじゃなくてよ……」


 ロウの言葉に、アルスは自身の手を見て呟いた。

 実感がないわけではない。

 以前と比べ、剣の振り方から力の入れ方……足運びから有効的な構えや戦術、ありとあらゆることが、それまでのアルスでは簡単に至れなかったであろう次元の戦闘技術だ。

 だが、ロウと言う目標が目の前にいるのに手が届かないこの虚しさは、簡単には言い表せれなかった。

 そんな思いを言ってか知らずか、ロウは語り掛けるようにアルスに問う。


「……アルスはどうして、そこまでして強くなりたいのでござるか?やはり復讐を果たす為でござるか?」


「まあ、それもあるけどよ……」


 アルスは一拍置いて、言葉を紡ぐ。


「それだけじゃねぇ……俺はテレシアの遺志を継ぐ…………いや、継げる様になりたいんだ。遺志を継いで、ちゃんとそれを果たせる様に、果たす為に強くなる。リグやミリー……隊長にガレッタさん、それに師匠も。大事な連中が誰一人欠けることなく、この戦争を終わらせる為に……その先を生きていく為に…………!」


 それを聞いて、ロウは驚いた。

 それは仕方のない事だろう。

 今までのアルスからは思いつかない考えを聞かされ、内心ホッと胸を撫で下ろす。

 この時ロウは、アルスがまだ憎しみに囚われているようならば、師弟関係を解消するつもりだった。

 しかしアルスは、ロウの予想を超えた、芯の通った思いを聞かせてくれた。

 それだけで、今は十分だった。


「……そうでござるか。なら、それを果たせる様、今後は拙者の持つ全てをアルスに叩き込むでござるよ」


「お手柔らかに頼むわ……任務に支障が出ない程度にしてくれ」


 そう言って苦笑いをするアルス。

 今はまだ、何もかもに折り合いを着けた訳ではないだろうが、その思いが根底にあるのなら、いつかテレシアが語っていたアルスの姿に戻ることが出来るだろうと、ロウは思った。

 そして


「覚悟しておくでござるよ」


 そう言って、優しく微笑んだのだった。

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