第十八戦 現在がある理由
兄……士狼が出奔したのは、カグヤが六歳になった時だった。
「お兄様、今度はいつ帰って来るんですの?」
幼い声音が響き渡る。
目の前にいるのは、優しく、そして寂しそうな表情を浮かべた士狼であった。
そして士狼は、いつものようにカグヤの頭を撫でると、そのまま踵を返してどこへなりと去っていってしまう。
(……ああ、これは夢ですわ…………)
明晰夢を見ていると、そう直感したカグヤは、起きなければと思いつつも、まどろみに身を任せてしまう。
それもそうだろう。
大好きだった兄との、それは最後の思い出なのだから…………。
◇◇◇◇
その日、カグラはヴァイスフリーデンを身に纏い、国境沿いに現れた偵察部隊を捕らえていた。
近くの基地に後を任せ、帰路に着くためヴァイスフリーデンで空へ上がる。
アストライアに下賜されたARMs、ヴァイスフリーデンには翼がない。
代わりに六機のスラスターが備わっており、スラスターそれぞれにマギカ粒子結晶が取り付けられている。
メインフレームにも粒子結晶が使われているため、ヴァイスフリーデンには全部で七つのマギカ粒子結晶が使われていることになる。
その最大出力は小さな町の数か月分の導力に匹敵し、導力喰いで有名なギガントARMsですら遠く及ばない。
形成される粒子フィールドの強度も、他のARMsのそれよりも遥かに強固だ。
そしてそんな、明らかに人の手に余るほどの性能のヴァイスフリーデンを扱えるカグヤは、アストライアとヒカリが見込んだ通りの実力を持っていたということだ。
「ようやく慣れてきましたわ。今まで誰にも使われなかったのも納得できますわね」
しかしお陰で、カグヤは自身の目標である不殺を貫くことが出来ている。
それは嬉しい反面、
そう思った時、通信機から自身の従者となったブラウンの声が響く。
『カグヤ様、今よろしいでしょうか?』
「ええ、いま帰還しているところですわ。なんですの?」
『はい、ヒカリさんから任務が終わりましたら道すがら王都に寄ってほしいとのことです。なので、カグヤ様はそのまま王都の方へ向かわれてください。丁度団長も王都の方に行っておられますので、帰りは団長と共にお戻りください』
「わかりましたわ」
そう言って通信を切ると、カグヤは進路を王都へ向けて変更し飛び去って行った。
◇◇◇◇
王都に着いたカグヤは、基地にヴァイスフリーデンを預け、一人王城へと向かう。
基地の人間が送ってくれると申し出てくれたのだが、それは断った。
そして道すがら、王都の様子を見回りながら、カグヤは思う。
街の様子は平和そのもので、今も戦争中とは思えない程の賑わいを見せている。
それはアストライアや宰相のバドック、その他の大臣たちが国民生活に影響が出ない様に細心の注意を払っているからだ。
戦争が始まった百年前当初は、戦場が大きく移り変わっていた時期であり、王都も三度に渡り移っている。
それが安定したのは、三十年前だと言われている。
それは現在の国王、アストライアが即位した頃らしい。
跡目のいない国王が未だに強権を振るっていられるのは、国民から絶大な支持を受けているが故でなのである。
そうしてしばらく歩いていると、カグヤは王城へたどり着く。
門番の騎士に取次ぎを頼むと、騎士がヒカリを呼びに白の中へと消えてゆく。
そして騎士が戻ってくると程なくして、ヒカリが城の中から現れた。
「急にお呼びたてしてすみません。二週間ぶりですね。その後、いかがですか?」
「ええ、ヴァイスフリーデンの方にも慣れてきましたし、一人での任務が多くなったくらいですわ」
「そうですか。今日は久しぶりに稼働を開始したヴァイスフリーデンの整備をしようと思いまして」
「整備?ヴァイスフリーデンの整備は王都でないと出来ませんの?」
普通のARMsでないことは分かっていたが、それほどまでの難物だとは思っていなかったカグヤは、目に見えて驚いた表情を見せる。
それに表情を変えることなく、ヒカリは静かに頷いて
「はい、正確には王都と言うより、私にしか整備できないので」
「ヒカリさんが整備しますの!?」
「……何故それ程驚かれるのですか…………?」
それはそうだ。
カグヤが知る限り、ヒカリの工学の成績はカグヤより悪かったのである。
因みに、カグヤもそこまで成績が良かった方ではない。
そのヒカリがARMsの整備をするというのだ、驚かない方が無理がある。
「いえ……失礼しましたわ」
「とにかく、一度使用状況を確認したいので……ヴァイスフリーデンは今どちらに?」
「基地の方に置いていますけれど」
「案内をお願いできますか?」
「ええ」
そしてカグヤは半信半疑のまま、今度は二人で来た道を戻って行くのだった。
◇◇◇◇
ヴァイスフリーデンを置いている基地にまでやって来たカグヤとヒカリ。
将官が出迎えに来ると言うので、丁重に断ると、二人はヴァイスフリーデンを預けている倉庫に向かった。
「ここですわ」
カグヤに案内され、ヴァイスフリーデンのもとを訪れると、ヒカリはヴァイスフリーデンの各所を見て回り、具合を確認する。
「……」
ヴァイスフリーデンに目立った故障はなく、これと言って修理が必要な個所は見当たらなかった。
それを確認したヒカリは立ち上がると、カグヤに
「大丈夫なようですね。思っていたよりしっかりとメンテナンスされているようですし……何か不具合などありましたら、私の方まで持ってきてください」
「ええ、そうさせていただきますわ。第六師団の整備班の方では触れない部分もあるとお聞きしていましたので、助かりますわ」
「いえ、お気になさらず」
そしてヒカリは徐に時計を確認すると、カグヤに向き直り、頷くようにしてこう言った。
「……時間も余りましたし、どこかで食事でもいかがですか?」
「ええ、構いませんわよ」
そうして、昼食を取ることに決めた二人の元に、ある人物が訪ねて来た。
軍議に出席していたレガートである。
「ここにいたのか、カグヤ。ブラウンから連絡があって探してたんだ」
「団長、こちらにいらしてたんですのね」
「レガートさん、お久しぶりです。軍議の方は終わったのですか?」
「ああ、久しぶり。少し前に終わったが……どうしたんだ?」
レガートの言葉に、ヒカリは眉をひそめて若干不機嫌そうな顔をすると、レガートが不思議そうにそう尋ねた。
ヒカリが不機嫌になった理由は、軍議に出席していたアストライアが城に戻るからだ。
ヒカリの仕事は王城でのアストライアの護衛なのである。
そうなれば当然、ヒカリは城に戻って仕事に戻らなければならない。
カグヤと昼食を取ろうとしたタイミングでこれである。
不機嫌にならない方が無理な話である。
「……クソ爺、少しはタイミングを考えてほしいですね…………」
悪態をつきつつも、ヒカリはカグヤに向き直ると、軽く頭を下げた。
「すいませんが、そう言うことですので私は王城に戻ります。食事はまたの機会に」
「気になさらないでくださいまし、それよりも早く行かれたほうが良いのではありません?」
「ええ、そうさせていただきます。それでは……」
それだけ言うと、ヒカリは駆け足で王城の方に向けて走り去っていった。
それを見送るカグヤに、頃合いを見てレガートが声を掛ける。
「カグヤ」
「なんですの?」
「聖戦の森での話は聞いているだろう?先の会議で、私達の師団が『ダインスレイヴ』探索の任に着くことになった」
「!」
それを聞いたカグヤは息を呑んだ。
聖戦の森は、カグヤにとって転機となった場所だ。いい意味でも、悪い意味でも。
そして『ダインスレイヴ』は、この国の象徴であり、この戦争の切り札となる剣の形をした神滅兵装である。いつ、どこで、誰が何の目的で作ったのかは定かではないが、唯一神を滅ぼせると言われている、人が扱える最強の武器の一つである。
ただし、その剣を扱えるのは国王アストライアを含めたリンゼルハイン王家の血を引き、ダインスレイヴに選ばれた者のみだという。
「基地に戻ったら作戦会議をすることになる。ブラウンを呼んでおいてくれ」
「わかりましたわ。私もヴァイスフリーデンを引き取り次第戻りますわ」
「ああ、わかった。それでは、私は先に戻る」
「ええ」
そうしてカグヤはレガートと別れ、ヴァイスフリーデンを預けてある基地に急いで引き返していった。
(……なにか、嫌な予感が致しますわ)
そう思いながら走り去るカグヤの姿を、物陰から伺う人影があった。
◇◇◇◇
場所は変わって、帝国某所、王国と同様にダインスレイヴの反応を検知した帝国軍は慌ただしく騒ぎ立てていた。
そんな中で唯一、マイペースに訓練場で修行に勤しんでいる二人の姿があった。
アルスとその師匠、ロウである。
「さあ、出撃ギリギリまでやるでござるよ」
「マジかよ……」
ロウは、仕上げと言わんばかりに根詰めてアルスに修行を施していた。
素人目にはよく分からないが、今が一番大事な時期だという。
修行内容も、実剣を用いた本格的なものになっており、アルスの身体のあちこちには浅い切り傷が無数に刻まれていた。
ロウを相手に幾重にも切りかかり、弾かれては切りかかり……そして反撃を受け浅く斬られるという事を繰り返している。
「ちっとも一撃入れられる気がしねぇ……っよ!」
「簡単に出来たら修行の意味がないでござるからなぁ……」
以前に比べれば、アルスの動きは格段に良くなっていた。
身体の芯がブレることもなくなり、刃の運びもスムーズにこなせるようになった。
正直ロウの思惑以上の成果であったが、その為か若干自信喪失気味であったりする。
(……もう一年もしないうちに追いつかれるかもしれないでござるよ……)
そう思いながらアルスの振るう木刀を片っ端から叩き落していると、呼び出しがかかる。
『422部隊は第四ドックに集合、出撃準備に入ってください』
その放送を聞いて、二人は手を止めて互いに目配せすると、木刀を所定の位置に返却して、その場を後にした。
◇◇◇◇
それから六時間後、アルス達は聖戦の森の手前まで来ていた。
作戦会議を終えたアルスは、コクーン甲板に上がり幾つもの岩が切り立つ聖戦の森を睨みつけるようにして見ていた。
それはそうだ、アルスにとってあの場所は、忘れたくても忘れられない出来事があった忌むべき地なのだから……。
「……ダインスレイヴを手に入れて、俺が戦争を終わらせてやる!」
もし、ダインスレイヴが伝説通りの武器であれば、戦況は一変する。
今回アルスに与えられた役割は、先行してダインスレイヴの捜索と回収。
仮に敵と遭遇、ダインスレイヴが敵の手に落ちた場合は、交戦しそれを奪取することである。
「見てろよテレシア、俺がお前の代わりにこの戦争を終わらせてやるからよ」
その時、アルスは何かに気が付き、眼下に広がる森に視線を移す。
(……なんだ……今誰かに見られていたような…………)
しかし森という事もあって、特に何かを見つけることは出来なかったアルスは、後でリグレッタに警戒する様に伝えればいいと思い、コクーン艦内に戻っていった。
◇◇◇◇
聖戦の森のリンゼルハイン王国側に、第六師団の旗艦『スレイヴ』が迫っていた。
その艦橋では、師団長レガートをはじめとした師団幹部が作戦会議中だった。
「ダインスレイヴの位置は特定できそうか?」
そう言ったのはレガートだ。
気を急いでいるように聞こえるが、それも仕方がない事だろう。
失われた国の象徴を回収するという大役を仰せつかったのだから、逸る気持ちもわかる。
その気持ちを慮ってか、ブラウンが
「こればかりは現地に着いてみないと何とも言えませんが、今や聖戦の森は敵の領土……ここまでは上手く来ることが出来ましたが、森に入れば敵と高確率で遭遇することになるでしょう。まずは森の制圧を優先し、ダインスレイヴの捜索は最初は少数で行うつもりです。反応を掴み次第、カグヤ様率いる第二部隊に捜索に出ていただきます」
「わかりましたわ」
「師団長には制圧部隊の前線での指揮をお願いいたします」
「わかった、それでいくとしよう。第二部隊以外は出撃準備!コクーンに乗り換え先行する!」
「「「「「「ハッ!」」」」」」
レガートの号令と共に、各々の持ち場に戻って行く。
カグヤもいつでも出撃できるように、スレイヴの甲板に向かう。
それを見送ったレガートは、ブラウンに険しい顔を向ける。
「ブラウン」
「はい、なんでしょう?」
「奴等は来ると思うか?」
レガートが言う奴等とは、アルス達の事だ。
「わかりません……ですが、遭遇すれば総力戦を強いられるでしょうな。彼らの戦力は間違いなく脅威……それに、カグヤ様はアルスという少年に釘付けになるでしょう。そうなれば例の二人を師団長で抑えていただかなければならなくなります」
それを聞いたレガートは、険しい顔のまま顎を撫で、意を決したように
「……撃滅兵装を準備させておけ、泥は私が被る」
「……わかりました」
もしもカグヤがアルスと和解したとしても、ダインスレイヴを敵の手に渡すわけにはいかない。
あの二人を相手に手加減は出来ないだろう。
間違いなくどちらかが命を落とす。
そうなった時、間違いなくあの二人はまた拗れてしまう結果になるはずだ。
しかし、そんなことはさせない。
「私も行く、後は頼んだぞ」
(……見守っていてくれ、アイシャ)
そしてレガートは、前線で指揮をするべく艦橋を後にした。
◇◇◇◇
甲板上でカグヤは、戦艦スレイヴから出撃してゆくコクーン達を部隊員と共に見送っていた。
それを見送ったあと、カグヤ達はARMsを身に纏い、いつでも出撃できるように態勢を整える。
「因果なものですわね……」
そう一人呟いていると、不意に後ろから声がかかる。
「よう、カグヤっち!みんなが緊張で胃を痛くしてるってのに、何一人で辛気臭い顔してんのさ」
陽気な声音で話しかけたのはサリーだった。
「失礼ですわね、物思いに耽っているとおっしゃってくださいまし……それはそうと、サリーさんこそ医療班の方を置いてこんなところで何をしていますの?」
「なにって、みんなに胃薬持って来たんだよ」
そう言って、サリーは持っていた医療カバンから胃薬を取り出してその場にいた全員に配りだした。
どうやらカグヤの部隊はみんな胃が弱いらしい。
「ほい、カグヤっちの分」
「私は結構ですわ」
あらそう……と、何事もないように胃薬をしまうサリーを見て、カグヤは聖戦の方へ向き直りながら
「覚えてまして?あの場所で、私達は隊長を失い、敗走する羽目になりましたわね」
「忘れるわけないっしょ……負傷した隊長を置いて、俺等だけ逃げちまったんだから……助けられたかもしれないのに…………」
サリーはそう言って、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、拳を握った。
衛生兵であるサリーにとって、怪我人がいるのに見捨てなければならないというのは、あれが初めての経験だった。
それが如何に辛い思いであったのか、本人以外には知りえないだろう。
「……申し訳ありませんわ、今話す事ではありませんでしたわね」
「いいさ、あの経験がなかったら、俺っち多分、自分の道を決められなかっただろうしさ……」
「自分の道……ですの?」
「ああ、俺っち本格的に医者になって、家を継ぐよ。どんな怪我も病気も治せる医者を目指す……だからってあんまり無茶すんなよ、カグヤっち!」
そう言ってサムズアップするサリーを見て、カグヤは一瞬驚きの表情を見せ、そしてやさしく微笑むと
「ええ……サリーさんのお世話にならなくて済むよう、努力しますわ」
そう言って、流れる黒髪を手で梳いた。
その姿はとても色っぽくサリーの瞳に映った。
「あ、ああ……」
サリーはバツが悪そうに頭を掻くと、バッと勢いよくカグヤに背を向ける。
「んじゃ、そろそろ持ち場に戻るわ。じゃあな、カグヤっち」
「ええ」
サリーを見送り、カグヤはもう一度聖戦の森の方を見やる。
そして胸元から血の滲んだお守りを取り出すと、テレシアの冥福を今一度願った。
託された思いと願いを胸に、カグヤはもう一度あの地を訪れる。
不思議と決意にも似た感情が沸き起こり、それは内に渦巻く後悔と懺悔を別のものに変えてゆく。
(二度と同じ過ちは繰り返しませんわ……ねぇ、テレシアさん。今ならきっと、手が届きそうな気がすると思いません?)
そう思って見上げた空に、一羽の鳥が高く飛んで行くのが見えた。
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