第十六戦 空を駆ける閃光

 その瞬間、何が起こったのかアルス自身にも理解できなかった。

 覚えているのは大岩が自分を追い抜いた瞬間に、イグニッションブースターに全力でマギカ粒子を注いだのだが、追い抜けるはずのない大岩を追い抜き、気が付いた時には粒子フィールドで大岩を受け止めていたのだ。

 普通、あれほどの質量をもつ物質を受け止めることは不可能なはずだが、現実にそれをやってのけた本人が一番に驚いていた。


「今……俺がやったのか…………?」


 アルスの前から土煙が晴れ、ようやく自身が置かれている状況に気が付いた。


「これは……!」


 それは、目に映っているだけでもわかる、尋常でない程のマギカ粒子。

 黄金に輝くそれが、自身の周りを渦巻いているのだ。

 それだけではない、そのマギカ粒子が次々にアルスの身体に流れ込んでいる。

 その度にアルスは身体が軽くなる感覚に合わせ、力がみなぎってくるのが分かった。


「今ならいける」


 そんな確信がアルスにはあった。

 眼前に迫る巨大な蛇を睨みつけ、アルスはデュランダルを構える。

 そんなアルスを、背後から見つめる者が一人いた。

 メリナダだ。


「……ダメだアルス!」


 その声がアルスに届くことはなく、アルスは蛇に向かって飛び出して行った。


「はぁぁあああああ!」


 アルスは蛇の正面から、その額に向かってデュランダルを振り下ろす。

 弾かれると思っていた一撃は、決して深くはないがその頭に確かな爪痕を刻んだ。


「まだ足りねぇ!」


 そのままの勢いで空へと上がる。

 蛇もアルスに狙いを定めたようで、頭を起こし、アルスを追ってその巨大な口を開き飲み込まんと迫る。

 だがそれが叶うことはなく、アルスは上空で器用に旋回し、続けざまにその胴体を切りつけた。

 その一撃は甲殻を切り裂き、肉を抉り、その痛みに蛇が巨体をうねらせ暴れまわる。


「久しぶりの刺激でビビってんのか?だがなぁ……!」


 さらに力が増している事に、アルスは実感しながらデュランダルの柄を握りなおすと、暴れまわる巨体の間を縫うように飛び回り、その都度デュランダルで切り裂いてゆく。

 立て続けにその身を切られた蛇が悲鳴にも似た雄叫びを上げ、ついには地面に倒れこんだ。

 そこに、ようやくたどり着いたティリアのARMs部隊が強襲をかける。

 幾重にも爆弾を投擲し、その爆発が追い打ちをかけた。


「待たせたのぅ……ほぅ、あの坊や中々やるではないか」


 ティリアはロウのいた側に降り立ち、一人奮戦しているアルスを見てそう言った。

 ロウもティリアを認め、それに応えるように言い放つ。


「あれは無茶が過ぎるでござるよ。無事帰ったら説教でござるな」


「はて?もしやお師様、新しく弟子を取られたのかのぅ?」


 お師様とは、もちろんロウの事だ。

 ロウはこの国へ来た頃、一人の女の子に生きるための術を教える為、弟子として側に置いていたことがあった。

 女の子にはは高い身分の両親がいたが、幼くして両親を失い、両親の残した遺産も形見も、すべてを失い路頭に迷っていた。

 そんな彼女を、それを知ったロウが捨て置けるわけもなく、弟子として引き取り育てたのである。

 その女の子こそ、今や十二使徒に名を連ねるティリア・エクセリードなのだ。

 だからこそ、ロウが言った『帰ったら説教でござるな』という意味を、昔を思い返しながら確認したのである。


「まだ先週の事でござるが、いずれは弟子にするつもりだったでござるよ。予定より早まっただけでござる」


「なるほどのぅ。では、妾は弟弟子が死なぬようにサポートでもするとしよう。フッ、どのみち後で死んだ方がマシと思う目に合うであろうが……」


 そう言って飛び回る自分の部隊を尻目に、ティリアは飛行ユニットを分離して駆け出そうとする。

 すると、そこでロウからストップがかかった。


「待つでござるティリア。先にあの部隊を下がらせるでござる」


「ん?なぜかのぅ?」


「今のアルスに近づいたら、マギカ粒子を全部持っていかれるでござるよ。そうなる前に、下がらせておくでござる」


 そう言ったのと同時、アルスに最も近い距離を飛んでいた騎士が、急激に失速して小高い岩の上に不時着するのが見えた。


「…………確かにあれでは足でまといにしかならんな。仕方ない、『我が部隊に告げる。今すぐその場を離れ、地上にて待機せよ』…………これでよいかの?」


「十分でござる」


「左様か。であれば、妾達が手助けに行くしかあるまい」


 そうティリアが言うと、ロウも飛行ユニットを取り外し、二人で同時に岩山を駆け降りる。


「ついでに腕が鈍っていないか見るでござるよ!」


「お手柔らかに頼むぞ、お師様!」


 そうしてアルスが引きつけている蛇の懐に入り込み、二人して刀を抜いた。

 抜刀の勢いのまま、アルスがつけた傷をなぞる様に切り裂く。

 浅い傷口を抉られ、蛇が三度のたうち回る。

 そして二人が来たことに気が付いたアルスは、二人の姿を確認して合流しようと蛇の身体を切りつけながら二人の側に降り立つ。


「アルス、よくやったでござる!」


「ああ、俺にもよく分からんがどうにか間に合った」


「褒めるのは後にしてくれんかのぅ……今はこやつを始末するのが先ではないか?」


 そうして三人は互いを背に武器を構えると、蛇が蜷局を巻き始め徐々に視界が覆い隠されてゆく。


「押しつぶすつもりのようでござるな」


「させんよ!」


 ティリアは蛇の腹の内を勢いよく切りつけ、分厚い甲殻をいとも容易く切り裂いた。

 次の瞬間、蛇が大きく体勢を崩し、その隙に三人は外側へと飛び出し、蛇は地面に倒れ落ちて土煙を上げる。

 アルス達が着地するのと同時に、パキンと甲高い音がアルスの耳に届いた。

 音の方を見ると、訝しげな表情を浮かべ、中程から折れた刀を見るティリアの姿があった。


「やはり折れおったか……形だけの模倣品ではこの程度といったところかのぅ」


「予備はあるでござるか?」


「小太刀ならあるがのぅ。これも模倣品ゆえ心もとないといったところかの」


 ティリアは懐から小太刀を取り出し、迷いなく抜き構える。

 それを見て、ロウは逡巡したのち、アルスに向き直って


「アルス、今の状態でデュランダルはどれほどの出力を出せるでござるか?」


 そう問われたアルスは、無限とも思えるほどに身の内から湧き出る力の総量を図りかねていた。

 ただ、一つ言えることはある。

 それは今の自分が、この力をコントロールするのは難しいということである。


「たぶんだが、コクーンに接続した時ぐらいは出るはずだ。問題は……」


 そう言ってアルスは、視線をイグニッションブースターに向ける。

 イグニッションブースターは過剰出力の影響でボロボロだった。

 どれと同様に、デュランダルもその影響でずいぶんくたびれてしまっている。


「一発打ったらぶっ壊れる……失敗は出来ねぇぞ…………」


「…………分かったでござる。であれば、拙者とティリアで蛇を引き付けるでござる。アルスはその間に、あの谷間に向かうでござるよ。拙者達がそこに誘い込むでござる」


「了解……合図は任せたぜ師匠!」


 それを皮切りに、それぞれ飛び出して行った。

 ロウとティリアは起き上がってきた蛇に向かって、アルスは指示されたポイントへ向けて飛翔する。

 蛇がアルスの方に向かおうとするのを、ロウが攻撃を加えながら巧みに誘導してゆく。

 ティリアも大地を駆け、ロウに合わせてその進路を阻む。

 岩山の山間にアルスが消えたのを確認すると、ロウとティリアは蛇を誘導するべく一か所に集まり、蛇と距離を保ちつつ共に駆け出してゆく。


「上手くこちらを敵視してくれたようでござるな」


「頭に血が上っておるようだのぅ、これなら後は誘導するだけでよいかの」


 ロウとティリアが走り始めた頃、アルスはデュランダルを構えてマギカ粒子を一点に集めていた。

 高濃度のマギカ粒子を注がれたARMsの動力源であるマギカ結晶体が太陽のごとく煌めき、そこから生成された導力がデュランダルに注がれる。

 あっという間に容量一杯になったデュランダルは、今にも噴き出さん勢いで光の刃を揺らめかせていた。


(今にも爆発しそうだ、早くしてくれよ師匠!)


 そう思いながら、必死にデュランダルの制御をするアルス。

 だが、その思いとは裏腹に装着しているフレスヴェルグの各所が悲鳴を上げ、掌握したマギカ粒子とは別に全身から導力の光が噴き出し始めた。


「一分も持たねぇぞ!早く…………!」


 そう叫んだ次の瞬間、山間を抜けてロウとティリアが巨大な蛇を引き連れて現れる。

 そしてアルスに向かって駆け出してくると、それに釣られて蛇もこっちに向かってくるのだった。

 それを見てアルスは、デュランダルを正面に構え、その時を待つ。


「急げ!もう抑えきれねぇ!」


 その声に反応して、二人は大地を蹴り、一瞬のうちにアルスの両脇を通り過ぎる。


「今でござる!」


 待ってましたと言わんばかりに、アルスは抑え込んでいた力を開放する。


「デュランダル・セイバー!」


 蛇がアルスを飲み込もうとその口を広げ、凶暴なアギトが襲い掛かるのと同時、それは一瞬のうちに膨大な光の刃にかき消された。

 硬い甲殻を纏っていた蛇は、切り裂かれるのではなく、その巨大な光に消し飛ばされ、それでも収まらぬ光の奔流が空を駆ける。

 しばらくして光がようやく収まった後には、ほんの僅かに残された蛇の亡骸と、それと共に大地を抉った破壊の痕跡が残されているのだった。

 巨大蛇の討伐を確認したロウは、それを成し遂げたアルスに目を向ける。

 先程まで身に纏っていたマギカ粒子は消え去り、その手に持つデュランダルは基礎部分を残して壊れてしまっていた。


「アルス、本当によくやったでござる」


 そう声を掛けたのと同時、アルスは力なく倒れこみ、一言


「ARMsが壊れやがった……重い…………」


 そう言われよく見ると、ARMs各部に導力を行きわたらせるベルトが光を失っていた。

 仕方ないと言わんばかりに、ロウは肩をアルスに貸して立ち上がらせると、コクーンとの通信を開いた。



◇◇◇◇



 アルス達が奮戦を終えてすぐの事、コクーン艦橋に取り残されていたリグレッタとミリーは動力を再起動するためにコクーン動力室で問題を洗い出していた。


「う~ん……どこも問題ないですね~」


 一通り点検を終えたミリーがそう言うと、次の瞬間、動力炉が何気なし動き出した。


「動き出したよミリーさん!」


「なぜ動き出したです!?いやなんで今まで動かなかったですか!」


 リグレッタが歓喜の声を上げ、ミリーが意味が分からんとばかりに頭を抱えた。

 それからすぐに、リグレッタが持ってきていた通信機にロウから連絡が入る。


『聞こえるでござるか?こちらロウ、変異生物の討伐完了……全員無事にござる』


 その報告を聞いたリグレッタは、喜びのあまり飛び上がってミリーの手を掴んで


「やった!やったよミリーさん!いまあの蛇やっつけたって……全員無事だって!」


 そう言って嬉しそうに飛び跳ねていた。

 突然テンションの高くなったリグレッタにあっけにとられるミリーだが、状況を理解したようで、両手で万歳するように持っていた工具を後ろに投げ放った。


「やったです~!」


――――ガシャン!

 その音と共に再び動力炉が停止する。

 ミリーの投げ捨てた工具がクリティカルヒットしたらしい。


「…………Oh…………」


 ミリーは静かに、動力炉の修理に戻るのだった。



◇◇◇◇



 それからしばらくして、コクーンに帰ったアルスとロウを出迎えたのはメリナダとガレッタだった。

 出迎える二人を見たアルスは、親指を立てて笑うと


「……全員、守り抜いたぞ」


 そう言って安堵したのか、地面にへたり込んで心底疲れたと言わんばかりに溜息をついた。

 満身創痍でそう言い放ったアルスを見て、メリナダは目を見開いて驚きの表情を浮かべると、へたり込むアルスの前にしゃがみこんで、深く息を呑んだ。

 そして


「…………よく……生きて戻った」


 そう言って、手をアルスの頭に置いたのだった。

 アルスは何か言い返そうとするが、メリナダの浮かべる、今までに見たことのない笑みを見て、その気も失せてしまう。

 その様子を見ていたロウとガレッタも、釣られて笑みをこぼす。

 その時、四人に不意に声がかかる。

 先程まで一緒に戦っていたティリアだった。


「久しいの、姉様」


「久しぶりですティリア。元気そうで何よりです」


 そう答えたのはガレッタだった。

 その様子を見ていたアルスは疑問を浮かべ、何気なしに聞いてみる。


「ガレッタ先輩も知り合いなのかよ。師匠と知り合いなのは話の流れでなんとなくわかったが、どういう関係なんだ?」


「こいつは422部隊の元メンバーだ」


 それに答えたのは、目の前にいるメリナダだった。

 メリナダは立ち上がりながら、ティリアを見ると、会議の時のような言葉遣いではなく、普段話しているように話しかける。


「久しぶりだな、気が付けば私より出世しているし、驚いたぞ」


「驚いたのはこっちだがのぅ。久しぶりに同じ戦場になったかと思えば、お師様と姉様以外ひよっ子というではないか?さすがに肝が冷えたぞ……しかし、実力だけは折り紙付きのようで安心したの」


 ティリアはアルスを見て、怪しげな笑みを浮かべる。

 しかしアルスはそれどころではないようで、もうどうでもいいと言わんばかりに空を仰いでいた。


「そうでもないさ。実力があっても経験が圧倒的に足りない。アルスもそうだが、ほかの二人も似たようなものだ…………噂をすれば、来たぞ」


 メリナダが指し示す先、そこにはコクーンから出てくるリグレッタとミリーの姿があった。


「ミリー、動力炉の補修は済んだのか?」


メリナダの問いに、ミリーは頭のたんこぶを抑えながら


「ちゃんと終わらせたです~……おや?見ない方です~」


「お兄ちゃ…………え?ティリア様!?」


 ティリアと一度作戦会議で顔を合わせているリグレッタは素っ頓狂な声を上げ、それをミリーは不思議そうに見ていた。

 メリナダはそんな対照的な二人に、溜息を漏らしつつも、こちらに来るように手招きをする。


「紹介する。こちらはティリア・エクセリード、今は十二使徒の一人をやっている、この部隊の元メンバーだ」


「ティリア様、先程ぶりです」


「ミリーというです~よろしくです~」


 畏まるリグレッタに、マイペースなミリーという温度差のある対応に、ティリアは頬を掻きながら


「リグレッタよ、そう畏まらんでもよいぞ」


「ですが……」


「なに、この場には我らしかおらん。そう言った場でもないからのぅ」


 そう言って二人の頭を撫でると、ティリアは微笑んで二人に


「精進するのだぞ、可愛い後輩たちよ」


 そう言って手を戻すと、今度は側でへたり込んでいるアルスに向き直り、チョップをその頭にお見舞いする。


「何を腑抜けておるか!」


「なにしやがる!」


「お主がいつまでも下手っておるからだろう?お師様に弟子入りして、妾の弟弟子となったからには容赦はせぬからのぅ。ほれ、早くたつのかの」


 それを見ていたほかの面々は、一様に同じことを思った。


(((扱いの差がひどい……)でござる)です~)


 アルスは渋々立ち上がると、すごく気だるそうに溜息をついた。

 それを側で見ていたミリーが、アルスのARMsを見て顔を青ざめる。


「ひぃー!なんでそんなボロボロになってるですー!!」


 アルスのARMsは、塗装が剥げ各所が歪み、イグニッションブースターに至っては下半分がどこかに吹き飛んでいた。

 その手に握られたデュランダルは、マギカ結晶体を残して金属の大部分が消え去っており、剣の体をなしていなかった。


「あ?そりゃ限界を超えた出力で稼働し続けたからだ。お陰であの蛇ぶっ倒せたんだからいいだろ」


「駄目ですよくないです睡眠時間返してです~!」


 ミリーはアルスの襟を掴み、ガクガクと恨みを晴らさん勢いでアルスの頭を揺らし捲くし立てた。

 抵抗する気力もないのか、アルスはなされるがままぐらぐら揺れていた。

 そこにリグレッタが仲裁に入ろうとするが、なかなか上手くいかないようだった。

 そんな三人を尻目に、ティリアはメリナダに向き直る。


「一つ頼みたいのだがの、戻る前に妾を船まで送ってくれぬか?」


「ああ、構わない。早く戻りたいのなら、カタパルトで打ち出してもいいが?」


「いや、急いではおらんから大丈夫かの。それに…………テレシアの事も聞きたいしのぅ……」


 そう小声でメリナダに告げると、後ろで騒いでいる新人三人組を見た。

 メリナダも察したようで、同じように小声で、分かったとだけ返す。

 そしてメリナダは全員に聞こえるように声を張り上げ


「帰るぞお前達!いつまでそうしているつもりだ!」


 そう言って、皆を引き連れてコクーンへと戻って行った。

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