第十五戦 オーバードライブ
「新たな命令が下った」
422部隊のメンバーが揃った艦橋で、メリナダが皆に告げる。
それは艦の補修やARMsの修繕が終わってすぐの事だった。
一人ミリーだけ、徹夜明けで非常に眠そうにして舵を握っていた。
「今回は中規模船団による、敵巡回部隊の撃破だ。ほか多数の地方の部隊も来る予定だ、そこに我々も組み込まれる形となる。集合地点で作戦会議を行う手筈となっているため、現地に着いたら私はリグレッタと共に会議に向かうことになる。お前たちはその間準戦闘態勢で待機となるが、何か質問はあるか?」
メリナダがそう言うと、真っ先にリグレッタの手が上がる。
「地方から部隊を集めるということですが、基本的にこの作戦の指揮権はどちらにあるのでしょうか?」
「いい質問だ。ただ急遽集まっても烏合の衆でしかないからな。指揮権は戦艦アスタロトに乗船してくる使徒の一人、ティリア・エクセリードが握っている。一癖も二癖もある部隊を連れてくると聞いているが、それ以上は何も伝えられていない」
わかりましたと言って、リグレッタはさっそくモニターに向かって作戦を立て始める。
そしてそれを見ていたアルスは、メリナダに
「それで、ぶっ潰す敵の数は分かってんのか?」
「わからん。その時その時で巡回している数に変動が見られるようだが、おおよそコクーン二隻から六隻といったところのようだ」
「えらく幅があるな……」
そうだな……と言って、メリナダは考えに耽るが、特に何か心当たりがあるわけでもない。
しかし、この時なにかが頭に引っ掛かり、それが何かを必死に考えていた。
その横で艦橋の外をアルスが眺めていると、ポツポツと雨粒が窓に付き始め、外はあっという間に大雨となった。
「乾燥地帯で雨とは珍しいな……」
アルスはそう思って、雨で遠くが見えなくなった荒野を眺め、拳を握りしめた。
◇◇◇◇
集合地点には、すでに幾つかの部隊が到着していたが、話に聞いた戦艦はまだ来ていないようだった。
各部隊のコクーンは一つのテントを囲むように停船し、そこに422部隊のコクーンも習う様にして停船させる。
その艦橋でメリナダとリグレッタはポンチョをかぶり、アルスとガレッタに留守を頼み、テントに向けて出て行った。
残されたアルス、ガレッタ、ミリーと箱は、妙な静寂に包まれ、雨音だけが艦橋に響き渡る。
そんな中、限界に到達したミリーが操舵にもたれるように気を失った。
皆が一斉にミリーを見ると、箱が
『ご臨終』
すかさずガレッタが箱に廃棄処分の札を貼る。
『やめてー!』
「一緒にご臨終しておきなさい……そういえばアルス、先週辺りからこの箱に師事を仰いでいるそうですね」
「ん?ああ、あのギガントARMsをぶっ倒すためにな……あれは力押しじゃ絶対に勝てねぇ。先輩の剣があれの足を切ったのを見た。叩き切ったんじゃねぇ、切ったんだ……だから俺も、あれを使えるようになりてぇんだ…………」
「そうですか……ロウは向こうでは天才と呼ばれていたそうです。険しい道のりでしょうが、頑張ってください」
『筋はいいよ』
箱から垂れ幕が下がるが、誰もそれを見ている者はいなかった。
アルスは外を見ると、雨は止み、先程とはうって変わって日差しが差し込んできていた。
「よくわかんねぇ天気だな……」
◇◇◇◇
「待たせたのぉ……皆揃っているようじゃな」
そう言ってメリナダ達各部隊長の待つテントに入ってきたのは、若い女性であった。
翡翠色の髪をなびかせて、最奥に設置された帝国の旗の前に立つ。
「さて、これより軍議を始める。此度の作戦、ただ巡回しているコクーンの撃破が目的ではないのは、一部の者も気付いておろう。公表はされていないが、この荒野一帯で正体不明の襲撃が相次いでおってな……」
「それが、敵の仕業だと?」
ティリアの声にそう問うたのは厳つい面持ちの男だった。
その問いに答えるように、ティリアは扇子を取り出しその男を見ながら
「妾はそう見ておるが……妾の部隊の役割は密偵と内部からの陽動、暗殺が任務でのぉ、それを総動員しても何も掴めなんだ。そこで、此度の作戦でその襲撃の全容を暴こうと思っての」
そう言って、ティリアはそれぞれの顔を見渡してゆく。
そんな中、一人考えに耽る少女に目が留まる。
「見ない顔じゃな、まさかその歳で隊長ではあるまい?」
「私の部隊の
メリナダがリグレッタを紹介すると、ティリアは面白そうにほくそ笑む。
「なにか考えがありそうじゃな?構わぬ、申してみよ」
「はい。これは憶測ですが、いま示された襲撃ポイントと巡回ルートを見てください。これは地図上ではわかりにくいですが、実際の衛星写真と照らし合わせると、一つの共通点が浮かんできます」
リグレッタは持参した航空写真を地図の上に重ね、同じポイントに印をつけてゆくと、さらに別に区分けするように線を引いてゆく。
「印をつけたところは襲撃のあった地点、そして線を引いたところは浅いところに岩盤がある部分と、地下深くまで粘土層になっている部分の区分けになります」
「ほう」
そこまで説明されたティリアは何かに気が付いたようにそう感心していると、メリナダも何かに気づいたようで静かに頷いて状況を見る。
「そして襲撃のあった地点と敵が巡回しているルートは、どちらも粘土層に集中しています。これらの情報から推測されるパターンとしましては、ひとつ、敵が地下に基地を建設し、このエリアのどこかにコクーンが出入りできるほどの入口が存在している。ふたつ、これは難しいですが、コクーンを輸送できるほどの地下での移動手段を持っている。みっつ、レーダーに認識されない超高高度からの攻撃」
「ふむ、最初の二つは分かるが、三つめのだといささか道理が通らぬのではないか?粘土層でのみ攻撃する意図が分からぬし、敵もそこだけに絞って巡回をする理由がわからぬ」
「それは恐らく、攻撃手段を悟らせないための、証拠隠滅を行うためだと思います。例えば、数少ないミサイルでの攻撃だと、どうしてもその残骸が残ります。ですが、それが破片が出ないものであれば、攻撃と同時に地中深くに隠すことは不可能ではないと思います。巡回しているコクーンからの情報をもとに目標を設定することで、より正確に狙いを定めることが出来ます。メリナダ隊長、どう思われますか?」
リグレッタはそうメリナダに疑問を投げかける。
技術的な面において、ここにいるメンバーの中で彼女以上に詳しい人間はいないだろう。なにせデュランダルを作り、コクーンを独自に改造し、高性能ARMsを自力で作り上げる技術を持っているのだから。
「そうだな……技術的観点から見れば、不可能ではない。鉄の杭を遠方から射出して、正確に狙った場所に打ち込むのは十分に可能だ。鉄の塊なら、破片が出てもそれと気づくのは難しいだろう。問題はその鉄の杭をそのまま地中深くに突き刺すとなると、出来るだけ垂直に、かつかなりの高度を確保しなければならない。重量も必要だ。レーダー範囲どころか、今の技術ではそれを可能にする高度までそれほどの重量物を打ち上げるのも難しいだろう」
「あるとすれば、何かしらの新兵器。といったところかのぅ……いや、さすがはコルセウスの子飼いよ、優秀な部下をもって羨ましい限りだ」
そう言ってティリアは、広げられた地図を扇子で叩くと、決まったと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「では、作戦を申し渡す」
◇◇◇◇
作戦配置に着いたアルス達422部隊は、合図を待って岩陰に待機していた。
ARMsはすぐに出られるように甲板上に待機させ、その時を待つ。
『別部隊が敵を視認しました。戦艦の砲撃を合図にARMs各員は出撃、上空に留意しながら遠方に気を配り、指示があるまで戦闘は極力控えて状況把握、報告に徹してください』
通信機からリグレッタからそう指示が出ると、カタパルトが甲板上に立ち上がる。
そして程なくして、砲撃が開始される。
それに合わせて、ガレッタとロウが先にそれへ上がり、続いてアルスがカタパルトに立つ。
「アルス・ヴィアイン。『フレスヴェルグ』出るぞ!」
そしてアルスが空へ上がると、あとを追う様にコクーンも発進する。
コクーン艦橋から敵コクーン船団を視認すると、通信が入る。
『こちら南側!岩山が戦艦になったぞどうなっている!』
「戦艦だと!?」
メリナダは驚いて通信回線を開き、上空にいるARMs各員に叫んだ。
「聞こえるか?岩山が戦艦になったと、報告が入ったが、そちらから確認できるか?」
それに答えたのはガレッタだった。
『戦艦が一隻、北側からアスタロトに向かって接近しています。ところで岩山が戦艦になったとはどういう…………!?いけません!光学偽装です!アスタロト前方に二隻!』
そう言われ、アスタロトの構える方を見ると、そこにはどこからともなく現れた二隻の戦艦がアスタロトと対峙していた。
「作戦変更だ、救援に向かうぞ!」
そうしてメリナダは舵を切ると、それに呼応してアルスから通信が入る。
『先行して敵を叩くが構わねぇな!』
『拙者も先行するでござるよ!』
二人のその声に、メリナダは頼むと言って、ガレッタにはコクーンに戻るように指示を出す。
「ミリー、砲撃戦の準備だ。リグレッタは他に敵が潜んでいないか索敵を頼む」
「「了解」です~!」
二人はそれぞれ、指示された役割を全うするべく準備を始める。
ミリーはレールガンの立ち上げと専用弾頭の確認を、そしてリグレッタは周辺のレーダースキャンを行う。
(偽装ということは、迷彩の元になった岩山が存在するはず……戦艦を覆い隠せる岩山は限られている。小さい岩山を読み取って展開すると迷彩が荒くなってしまう。なら、大きな岩山のスキャンデータを抜き出して、回転、反転して類似候補を設定して、そこから候補を絞り出す……)
膨大な計算をコンピュータに指示すると、あっという間に候補が絞り出される。
通常のコンピュータではまともに計算することも困難だが、メリナダがリグレッタの作戦サポートのために作り出したそれは、その程度の計算なら難なくこなす程の性能を持っている。
ARMsの計算システムを流用し、その核にはマギカ結晶体を使用している。
そのため、その使用にはマギカ粒子を掌握する能力が必要となる。
つまりはリグレッタの為の、リグレッタにしか使いこなせない、彼女の為だけに作られたARMsなのだ。
「出ました!コクーンを中心に二か所!ミリーちゃん!」
「撃て!ミリー!」
「待ってたです~!」
ミリーはすぐに指定された岩山を続けざまにレールガンで打ち抜く。
するとレールガンが撃ち込まれた岩山から、本来なら上がるはずのない黒煙が立ち上る。
そして次の瞬間、そこから光学迷彩を解いて戦艦が現れた。
「ひぃ~!?二つともビンゴです~!」
最悪だった。
これで暴いたものも含めて五隻もの敵戦艦がこの場にはいるのだ。
戦艦アスタロトに連絡を取ろうと、メリナダは通信回線を開こうとコンソールに手を伸ばした。
その時だった。
「巨大な熱源反応……これは、地中からです!」
リグレッタが叫び声を上げると、次の瞬間、こちらに向かっていた二隻の戦艦が何かよく分からないものに弾き飛ばされ、一瞬のうちに大破炎上する。
そして土煙で隠れていたその巨体が姿を現す。
「蛇?」
そこに現れたのは、巨大な蛇だった。
しかし蛇と呼ぶにはあまりに異形であった。
頭から中程にかけてが巨大な甲殻に覆われ、尻尾の先端にはハンマーのようになった鱗の塊が付いている。
メリナダはそれを知っていた。
「まさか……粒子変異生物!?これほどの大きさなど聞いたことないぞ!」
マギカ粒子によって突然変異を起こした生物をそう呼んでいる。
ただ、メリナダの言う通り、これほどの変異を起こすことは滅多になく、それ故に目の前にいる生き物がどれほど異常か理解できるだろう。
そして必死に計算をしていたリグレッタが声を上げる。
「対象の生物分析終わりました!推定全長1500メートル、先程戦艦を引き飛ばしたのはあのハンマーみたいな尻尾による攻撃です!」
「ちっ!即時後退、アルス達を呼び戻せ!戦艦アスタロト聞こえるか!」
大急ぎで戦艦との通信を開き、メリナダは声を大にしてモニター越しに現れたティリアにそう叫んだ。
『何用かの、こちらは戦艦三隻を相手に忙しいのだがのぅ』
「戦闘どころではない、映像を送る、これを見ろ!」
『……なんの冗談か、妾の見間違いでなければ、戦艦を吹き飛ばして居るようじゃが…………』
ありえないものを見たとばかりにティリアは、映し出された蛇を見てこう言った。
『………竜の類か…………お主等は時間を稼げ、妾が向かう故、とにかく逃げよ!』
そうして通信が切れるのと同時に、メリナダは舵を切る。
それと同時だった。
蛇がその体躯を岩山に巻き付け、まるで閉め千切るようにして岩山を大地から切り離した。
切り離した巨大な岩が大地に転がると、蛇は身体を鞭のようにしならせ、その特徴的な尻尾でその岩を弾き飛ばした。
それを見ていたリグレッタは、咄嗟にそれが一キロ離れた場所で戦闘している戦艦たちを狙った攻撃だとわかる。
「アスタロト後退してください!攻撃が来ます!」
『こちらアスタロ……』
通信が繋がった直後、鉄を引きちぎる轟音がリグレッタの耳に届いた。
乱れる映像に、リグレッタは最悪の事態が脳裏をよぎる。
『こちらアスタロト!なんだ今のは?大きな岩に敵戦艦が吹き飛ばされたぞ!』
「先程報告に上げた蛇です!こちらは今からティリア様の指示に従い、蛇を引きつけつつ時間を稼ぎます。そちらは敵艦と連絡を取り、一時停戦を呼び掛けてください」
『いや……それが、先程の攻撃で敵艦はすべて轟沈した。我々も動こうにも、余波を受けて横転してしまった。ティリア様の部隊がそちらに向かっている、すまないがそれまで持ちこたえてくれ』
それを聞いて、リグレッタは絶望して肩を落とす。
「そんな……」
コクーンを走らせながら、リグレッタの様子に気が付いたメリナダが
「リグレッタ?あちらはどうなっている、報告を……」
「……無理です」
「なに?」
リグレッタから信じられない一言が、諦めと共に零れ落ちる。
続けてリグレッタは
「戦艦アスタロトは横転して航行不能、敵艦に救援を求めようにも先程の岩で全滅したそうです。何より…………敵がこの辺りを巡回して、光学迷彩を使ってまで待ち伏せをしていたのは恐らく……あの蛇を討伐するためです」
リグレッタの言葉をきいたメリナダは、ようやく今が最悪の事態に陥ったのだと理解した。
あれだけの戦艦を集中配備するのはどう考えてもおかしいとは思っていた。
しかしその疑問も、あの蛇を見れば納得するというものだ。
そして甲板に待機していたガレッタから最悪の報告が入る。
『例の蛇がこちらに向かい始めました。指示をお願いします』
死のタイムリミットが近づいていた。
メリナダはミリーとリグレッタに
「後部甲板の火砲を使え!少しでも時間を稼ぐんだ!リグレッタはアルス達とティリアの部隊と連携を取れるように航行ルートを算出しろ!」
「は、はいです~!」
「わかりました!」
「ガレッタ、大規模変成式を用意しろ!有効範囲に入ったら自身の判断で撃て!」
『了解です』
各々にそう指示を出して、メリナダは後部カメラの映像をモニターに出す。
蛇はまだ距離があるが、徐々にその距離を詰めて来ていた。
あまり時間は残されていない。
その時、こちらに向かってきたアルス達から通信が入る。
『追いついたぞ!なんだってんだあの怪獣は!』
『変異生物でござるか……災害級とは面倒でござるな……』
◇◇◇◇
眼下を這いずり回る巨大な蛇を見て、アルスは固唾を呑んだ。
隣を飛ぶロウも、その姿を見て苦い表情をしていた。
「あれほど巨大化するとは……一体どれほどのマギカ粒子に晒されればああなるのでござるか…………」
それは、粒子変異生物を幾つも相手にしてきたロウですら見たことがないほどの大きさだった。
粒子変異生物とは元々、マギカ粒子の変異性に耐性のない動植物が、突然変異を起こす事で、自然界の法則から逸脱した存在となる現象だ。
それが古来より言い伝えられる、魔物や悪魔、妖怪といった類の超常現象の原因ではないかと言われている。
空気中のマギカ粒子の濃度が上がり続けている近年、変異生物の発生件数軒並み上がり続け、凶悪化している状況にある。
それを知っているロウだからこそ、地を這うそれがどれほど異常な存在なのか理解していた。
「砲撃?」
炸裂音と共に、蛇の身体から黒煙が上がる。
しかし、黒煙が晴れた後に目立ったダメージは見受けられなかった。
「なんつう硬さだよ……」
アルスはそれを見て、冷や汗を流す。
そうしていると、通信機からガレッタの声が響いてくる。
『二人とも、そこを退いてください。巻き込まれますよ』
その声に二人は反応して、左右に分かれ進行を続ける蛇と距離をとる。
アルスはそれから、遥か先を行くコクーンを望遠カメラで捉える。
「なんだありゃ……魔法陣?いや、飾りか?」
コクーンの後部甲板では、ガレッタが魔法陣のような光る帯を回りにただよわせ、杖状の粒子兵装を両手に構えている。
『いきます……ライトニングテンペスト・破城槌!』
そう唱えた直後、一度は晴れたはずの空に分厚い雲がかかる。
雷が鳴り始め、そう思った次の瞬間、ひときわ大きな雷が蛇に降り注いだ。
約十秒、青白い閃光が辺りを支配する。
蛇はその間、雄たけびと共にその巨体をよじらせ、辺りの岩山に全身を打ち付けのたうち回り、土煙で姿が見えなくなってゆく。
そして雷が止み、静寂が辺りを支配する中、アルスは焦る気持ちを抑え、土煙の中を観察する。
「…………冗談じゃねぇぞ」
そこには、巨大な影が土煙の中を蠢いてるのが確認できた。
土煙の中から這い出た蛇はコクーンを見つけると、先程自身が暴れた際に出来た大岩を器用に尻尾で持ち上げる。
何をするつもりか察したアルスは次の瞬間、イグニッションブースターでコクーンへ急ぐ。
「師匠、先に行く!」
「頼むでござるよ……拙者は時間稼ぎを…………」
先を行くアルスを見送り、ロウは刀を抜いて蛇の眼前へ躍り出る。
しかし、ロウが高速機動に入るよりも早く、蛇はその大岩をコクーンに向かって投げ放った。
「まずい、避けるでござる!」
あっという間に大岩がアルスを抜き去り、コクーンへ向かってゆく光景がアルスの視界に入る。
「なっ!?」
それを見た瞬間、アルスの脳裏にあの時の事が甦る。
岩に押しつぶされたテレシアを、助けられなかったあの時、間に合っていれば助けられたかもしれない。
自分が指示通りに動いていれば、最悪の状況には至らなかったかもしれない。
そうでなくても、だまし討ちを受けるようなことにはならなかったかもしれない。
(間に合わないのか……また……)
最悪の事態に、リグレッタとミリーは前のめりになり、メリナダは間に合わないと分かっていつつも、必死に舵を切って避けようとする。
ガレッタは全力を放った後で、苦々しく迫りくる大岩を睨みつけていた。
(……失うのは…………もうたくさんだ!)
次の瞬間、大岩がコクーンに直撃し、土煙がその姿を覆い隠す。
それを遠目に見ていたロウは、急いで土煙の立ち上る側まで飛んで行く。
滑空時間ギリギリなこともあって、ロウは近くの岩場に着地して、様子を見る。
そこで初めて、ロウはアルスの姿が見えないことに気が付いた。
「まさかアルスまで巻き込まれて…………あれはっ!?」
突如として、土煙を払うように金色の光の帯がその中から伸びてくる。
そして土煙の払われたその場所に、緊急停止したコクーンと、尋常でない程のマギカ粒子を掌握しているアルスの姿が目に入る。
皆の無事に安堵すると同時に、アルスの異常な姿を凝視して冷や汗を流す。
「…………まさか、至ったでござるか」
◇◇◇◇
衝撃とともに緊急停止したコクーンの中は、思った以上に静かだった。
そんな中、ミリーは涙目になって鼻水をすすりながらも、復旧したシステムを立ち上げていた。
「急ぐです~!早くしないとアレが来るで……す……?」
次の瞬間、再びシステムがダウンした。
それどころか粒子動力炉までもが停止していた。
暗くなる艦橋に、金色の粒子が漂い始める。
「これは……」
メリナダがそう言うと、ミリー同様作業を再開したリグレッタが報告を入れる。
「コクーン動力炉停止!予備導力入ります!…………え?なにこれ……」
その報告を共に聞いていたミリーは、もうダメです~!と涙腺を決壊させうつ伏せになった。
「何があったリグレッタ?報告を……」
「お兄ちゃん……フレスヴェルグの出力数値が計測限界値を超えています!」
「なっ!?…………では、この光はまさか!」
メリナダは艦橋を飛び出し後部甲板に出ると、目の前の光景に絶句した。
辺りは金色に輝く粒子に包まれ、その光が作り出す渦の中心に、アルスがいた。
「これをアルスが……アルスが『
メリナダがその光景を見るのはこれが二度目だった。
一度目はメリナダの亡き夫が、最後に見せた奇跡の光景。
そして二度目は
「お前まで……私を置いてゆくのか…………」
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