第十四戦 求められる資質
メイドが持ってきたお茶を一口飲んで落ち着いたところで、ヒカリは国王を小突いて話の続きを促す。
「まあ、楽にしてくれて構わん。こやつもこんな感じだからな。さて、聞こえてたとは思うが、わしはお前さんを
「願ってもないお話ですが、私には……」
「カグヤさん、ここには私達以外いませんので、言葉遣いに気を配る必要はありませんよ」
そう言ってヒカリは再び国王を小突くと、国王は慌てたようにうんうんと頷いて肯定してみせた。
カグヤも納得して頷き返すと、肩の力を抜いて
「では、お言葉に甘えて……私にとっても願ってもないお話だとは思うのですけれど、私はまだ一部隊の指揮をするので精一杯ですし、師団レベルの指揮をするのは自信がありませんわ」
そう正直な思いを伝え、二人の反応を見る。
二人は暫し考えに耽ったあと、それぞれに考えを提示した。
「序列騎士だからと言って、師団長の役職に就く必要はありません。現に私は護衛騎士をしていますが、部下はいませんし」
「そうだな。お主がそう思うのであれば、序列騎士に着いた後も今の部隊に居ても構わんだろう。レガートならば、よい見本になる。それにあそこにはヴィル……ブラウンがおるだろう?」
「はい、ブラウンさんでしたらうちで参謀をされていますわ」
「人の動かし方は奴に学ぶとよい、何せあれは私の自慢の友人だからな」
え?……とカグヤは目を見開いて驚いた。
それもそうだ、ブラウンは元は敵国の人間であり、その素性はあの『戦律』と恐れられた軍師なのだから。
国王と接点があるとはどうしても思えない。
「ご友人……?」
「ああ、奴は古くからのわしの友人よ……共に戦争を終わらせると誓い合った仲だ…………」
そう言って黄昏始めた国王の脇腹に、ヒカリが肘鉄をお見舞いする。
「ぐほっ!?」
「話が脱線しかけてますよ……今回カグヤさんが舞踏会に来られたのも、こちらがカグラさんを焚きつけて連れて来ていただいたのです…………なぜか本人が欠席してますが…………」
そう言われて、今頃部下に宿舎に運ばれているだろう姉を想像し、ヒカリに申し訳ないと心の中で詫びる。
そうしていると、脇腹を抑え苦悶していた国王が、痛みが落ち着いてきたのか顔を上げる。
「あやつが無茶な作戦をレガートに押し付けたと聞いたのでな。そっちの手回しに時間を取られて、ヒカリから推薦のあったお主に対する根回しが遅れてしまってな……このように急な話になってしまったのだが…………」
「あの私……序列騎士になれるほどの功績を上げた覚えがないのですけれど?」
本当に身に覚えがなかった。
あるとしても、第六師団への転属前に撃破スコアを更新したくらいで、それ以外には何もない。
先の砦攻略戦でも、目立った戦果はなかったはずだ。
「それに関しては問題ありません、クソ爺があることないことでっち上げますので。それに、カグヤさんの最大粒子掌握量はすでに現行のARMsでは持ちこたえられないでしょうし、幸いにも本人から専用ARMsの支給申請も来ていたので、理由としては問題ないと思うのですが?」
「ええっと……非常に言いにくいのですけれど、その申請書…………御姉さまが勝手に書いて出したようなのですけれど…………」
「でしたら、いらないのですか?」
「いえ、必要ですわ」
カグラが即答すると、決まったと言わんばかりに国王が立ち上がり、部屋の入口に向かって声をあげる。
するとそこから現れたのは、この国の宰相である男性だった。
「聞こえていたなバドック。明日、任命式を行う。手筈を整えよ」
今ので決まってしまったのかと、カグヤは目を白黒させて国王と宰相の顔を交互に見ながら思っていると、ヒカリが察したようにコクンと頷いてカグヤを見る。
「口上はいかがなされますか?」
「お前に任せる。天都からの出向の身の上だ、幾ばくか世間にも知られている人物故、その上で相応しいものを用意してくれ」
「かしこまりました」
未だ混乱の収まらぬカグヤをよそに、そう言ってバドック宰相は手を鳴らし、それを合図に数人のメイドが部屋に入ってきた。
そして年長者と思しきメイドがカグヤの前に膝まづくと
「御召し物の採寸を行います。こちらへ」
まさか採寸の準備まで出来ているとは驚きだ。
カグヤは妙なところに関心を抱きつつ、メイド達に連れられて部屋を後にする。
部屋に残された三人は、暫しの沈黙の後
「陛下、彼女に撃滅兵装を持たせるおつもりで?」
「いや、わしはカグヤがそれを望んでおるとは思っておらんからな。代わりに最高性能のARMsを下賜するつもりだ…………バドック、お主も知っておろう。彼女が不殺を掲げたと…………」
「存じております。まるでカグラ様とは正反対…………あのお方を彷彿とさせる、慈愛に満ちた瞳を私めも感じ取ることが出来ました」
バドックのその言葉に、いち早く反応したのはヒカリであった。
「だからこそ、私自らが推薦したのです。あのARMsを……お婆様の意思を受け継ぐに相応しいお方は、彼女以外にはいないのですから」
「そうですか……あのARMsを…………」
バドックはヒカリの言葉に、かつての光景に思い耽る。
国王も同じだったようで、同様に亡き妻を思い出し、瞳を閉じた。
(お前との約束は必ず守る……)
◇◇◇◇
採寸を終え、詳しい日程を決めた後、カグヤはヒカリと共に舞踏会会場へ戻っていた。
するとそこで、思いもよらぬ光景を目にすることになる。
「いや~皆さん落ち着いて、順番に……」
そこには女性陣に囲まれたサリーが嬉しそうに鼻の下をのばしていた。
「とうとう幻覚が見え始めましたわ……」
そう言ってカグラは眉間を抑えていると、隣にいるヒカリが徐に
「ウォード家の方ですか、彼ほどの貴族ならどんな方でもお近づきになりたいでしょうね」
「そうなんですの?」
「カグヤさん、相変わらずそう言ったところに疎いのですね……仕方がありません。彼はウォード伯爵の嫡男です。跡目を継げるのが彼だけなので、貴族の女性にとっては縁談を持っていきたいのでしょうね。あとは自分の娘に縁談を持っていくにもちょうどいい年頃ですし、格好の餌ですね」
カグヤはそれを聞いて、人は見た目(性格)によらないなと思い、サリーをほんの少しだけ見直した。
そしてふと、カグヤはあることを思い出しヒカリに質問を投げかける。
「そういえば、ヒカリさんは陛下とどのようなご関係ですの?」
「書いて字のごとくです。それ以上はあまり詮索されない方がいいですよ」
そう言ってヒカリはカグヤに釘を刺すと、では……と言って会場の喧騒の中へ入って行った。
一人残されたカグヤが呆然としていると、どこからともなく若い男性が詰め寄ってくる。
それも一人ではない。
「ヒカリ様とどのようなご関係なのか」とか「どちらのご出身で?」とか「よろしければご連絡先を……」など、質問攻めにあってその対応に追われるのであった。
姉の代わりに仕事をしに来たはずなのに、結局まともな仕事にはならなさそうだった。
その仕事とは、ヒカリと同様に陛下の護衛を務めることで、それもこっそりとである。
そうして、踊りの誘いを受けたりもしたのだが、結局誰とも踊ることはなく舞踏会を終えることとなった。
「今日は散々でしたわ……」
半分は自分が蒔いた種とは言え、精神的に疲れ果てたカグヤであった。
◇◇◇◇
そして舞踏会も終り、姉の待つ宿舎に戻ると、姉は悪夢にうなされていた。
「……カグヤ……お姉ちゃんは…………お姉ちゃんは…………」
いろんな意味で重症である。
「起きてくださいまし御姉さま……御姉さま!」
「……は!あれは夢か!カグヤがお嫁に行ってしまうところだった」
なんという夢を見ているのだろうこの姉は……と思いつつ、カグヤは姉が起き上がるのを待ってから、舞踏会で起きたことを話した。
流れで序列騎士に任命され、明日任命式があること。
なぜか多くの男性に言い寄られ身動きできなかったこと。
そして結局舞踏会なのに一度も踊らなかったことだ。
それを聞いたカグラは、目を点にして
「は?カグヤが
「ええ、そう言っておりましたわ」
「あの小娘……いつも表情が読めないとは思っていたが、今回はそういう腹づもりだったとはな……」
そう言って、カグラは爪を噛む。
まんまとヒカリの策に乗せられた形となり、カグラは腸が煮えくり返る思いでカグヤに向き直る。
「とりあえず事情はわかった。お前も早々に休め、明日は早いぞ」
「わかりましたわ。お休みなさいまし、御姉さま」
カグヤはそう言って部屋を出る。
そしてレガートにも帰りが遅れる事を伝えておかなければならない為、その足で外線電話の設置されているロビーに向かう。
その途中、酒に酔ったサリーが側仕えと思しき人物に介抱され、部屋に入って行くのが見えた。
「しまりがありませんわね……」
サリーの様子を見て、カグヤは呆れながらロビーへと再び向かうのだった。
◇◇◇◇
『はい、こちら第六師団詰め所管理人室です。ご用件をどうぞ』
カグヤが詰め所に電話を掛けると、すぐに管理人が出た。
時間的には就寝しているかどうかという時間だ。
「夜分遅く失礼します。私、第六師団副師団長のカグヤです。レガート師団長にお取次ぎ願えませんでしょうか?」
『声紋……確認しました。今取り次ぎますので、しばしお待ちを…………』
そうして少しすると、レガートの声が聞こえてきた。
『私だ……ブラウンから先程報告を受けた。大変なことになったな』
「ええ、お陰でくたくたですわ」
『ハハハッ!だが良かったではないか。これで少しは自由に行動出来るようになる、この間の敵……アルスとも同等に戦えるくらいの兵装を下賜されるだろう』
カグヤは……?と、何故レガートが彼の名前を知っているのか、疑問に思った。
「なぜ、彼の名をご存じですの?」
『ん?ああ。あいつの部隊には前に一度、空母一隻を駄目にされてな。その時に奴と対峙し、一本取られたことがあった。あいつの事はよく覚えている。ギラついた目をして、まるで何かにとり憑かれているようだった。そして何より、あの剣……完全には使いこなせていないようだったが、あれは間違いなく撃滅兵装クラスの代物、生き延びれば我々の脅威となる可能性が高い』
「そんなことが……、団長。お願いがございますの」
レガートは『なんだ?』と、固唾を飲み込んで意思を固めているカグヤに問いかける。
どこまで言っていいのか、どうすれば納得してもらえるのか、カグヤは迷いながらレガートにその望みを告げる。
「アルスさんは……彼の事は、私にお相手させてくださいまし!」
『……なにか、考えがあるのか?』
そう聞いてくるのは当然だろう。
いかに序列騎士となったからと言って、そう易々と師団の戦闘行動に支障をきたすことは出来るはずもない。
だからこそ、それ相応の理由と建前がなければいけないのだ。
「ありますが、この電話でお話は……ですが、戻ったら必ずお話しますわ」
『わかった。では戻り次第、その件は話し合いの場を設けるとしよう。それはそうと、私は任命式典には間に合いそうにないのでな、代わりにブラウンと護衛に何人か迎えをそっちに送る』
「え?構いませんわよ、そちらもお忙しいでしょうし、私はサリーさんと共に戻りますわ」
それを聞いたレガートは、溜息を漏らしながら、呆れた声音でカグヤに教える。
『馬鹿者……いいか?序列騎士は曲がりなりにも貴族という扱いだ。正確には騎士公だが……貴族である以上、送り迎えがあるのは当たり前、さらに護衛や側付きを付けずにそう言った式典に出るのは言語道断だ。特にお前は序列騎士、騎士公の最上位にして軍の根幹をなす存在になったのだ。そんな適当な事が許されるはずもないだろう』
「あはははは…………そうでしたのね」
『向こうと文化が違うとはいえ、ここまで理解していないとは……』
サリーは一体何をしていたんだ……という呟きがカグヤには聞こえていた。
そしてカグヤは、己の無知に頭を抱えたくなる。
ヒカリにも言われたが、こっちの貴族文化は強さ=立場の天都の文化では理解しがたいものがあり、『強い者に護衛は不要』というのが天都の一般常識だ。
長年こっちにいるが、未だに理解と思考が追いつかないのが現状だ。
『まあ、それは追々ブラウンにでも教えてもらうといい』
「申し訳ありませんわ……陛下にも、ブラウンさんに教えていただくように助言をされましたわ」
『なんだと!?』
レガートが素っ頓狂な声を上げ、カグヤはそれに驚いて一瞬受話器を放してしまう。
再び受話器を手に取ると、その向こうから今度は大慌てのレガートの声が聞こえてきた。
『いいかカグヤ!それは暗にブラウンを配下にしろと言っているんだ!』
「え?でも、そのような口ぶりではありませんでしたけれど…………」
『いやそれは問題じゃない……問題は、お前さんがその言葉にどう答えたかだ』
そう言われてあの時のやり取りを思い出す。
確かあの時、自分はこう答えた。
「そうさせていただきますわ……と答えましたわね…………」
『……仕方ない、ブラウンを呼ぶからそのまま待っていろ』
はい……とだけカグヤは答え、必死にブラウンへの言い訳を頭の中で考えていた。
幾つか考えが浮かんだものの、どのみちろくな結果になりそうもなかった。
そうしていると、ブラウンが電話に出て、運命の時は訪れる。
「あの!申し訳ありませんわブラウ……」
『大丈夫ですよカグヤさん、おおよそ何が起こっているのか把握できましたので』
そう言ってブラウンは、まず落ち着くようにとカグヤを宥めると、落ち着いた口調で話を続ける。
『恐らく、ですが。悪いのはカグヤさんではありません。私があなたと同じ部隊に配属された時から仕組まれていたのでしょう。陛下の考え付きそうなことです』
「仕組まれていたとは、どういうことですの?」
カグヤにはまったく見当がつかなかった。
それをブラウンも悟ったのか、丁寧にカグヤにも分かりやすく解説していく。
『私はカグヤさんと同じ部隊に就くまで、軍師として陛下の補佐をしておりました。ヒカリさんが序列騎士になった頃、私はヒカリさんに後を任せ、前線に戻ろうと思い、陛下に進言したことがあったのです。『新たな序列騎士を探すため、各地の部隊をこの目で見て回りたい』と……その願いはすぐに聞き入れられました。ヒカリさんの紹介で、カグヤさん……あなたのいた部隊を紹介されたのです』
「ヒカリさんが?」
『ええ、恐らくその時から、陛下とヒカリさんはあなたに目を付けておられたのでしょう。そして、私の能力が一番に発揮できる場所に据えることが出来ます。まったくもって、隅に置けないお方です。ですのでカグヤさん、お気になさらず、私をお召し抱えください』
そう言ってブラウンは、静かにカグヤの返事を待つ。
対するカグヤは申し訳なくて、でも嬉しくて、何とも言えないような気持になる。
だからこそその気持ちに応えねばならないと、カグヤは決心してその言葉を紡ぐ。
「……よろしくお願いしますわ、ブラウンさん」
『こちらこそよろしくお願いいたします、カグヤ様。誠心誠意、粉骨砕身……この老骨、全力をもって主様にお使いさせて頂きます』
そうして、ようやく一つの問題が片付いた。
その後カグヤは、ブラウンと明日の予定を話し合った後、電話を切って自室へ向かって行った。
◇◇◇◇
――――翌日。
カグヤは朝早くに、王都の正門でブラウンの到着を待っていた。
すると程なくして、過剰装飾ともとれる車がやってきた。
その後ろにはもう一両黒塗りの車が同伴している。
いやまさか……と、カグヤはやってきた車の中を凝視する。
その運転席には、先日自身の従者になったブラウンの姿が見えたのだった。
「あの車は一体なんですの……」
そうしている内に、車はカグヤの側で停車して、中からブラウンが下りてくる。
そしてカグヤの側までやってくると、いつもの丁寧なお辞儀を披露してみせた。
「カグヤ様、大変長らくお待たせしました。さあ、お乗りください。詳しいお話は移動しながらで良いでしょう」
そう言いながらブラウンは後部座席の扉を開け、カグヤに乗るように促した。
「ありがとうございますわ」
そうしてカグヤが乗ったことを確認して、ブラウンは扉を閉め運転席に戻る。
カグヤはブラウンが運転席について早々、疑問を口にした。
「こちらの車両はどうしましたの?」
「これは団長の持っていたものをお借りしてきました。幾ら序列騎士とはいえ、軍用車で来るのは憚られたもので、急遽お借りさせていただきました。許可は取っております。さて、式典まで時間も残されていません、とりあえずは任命式での立ち振る舞いからご説明いたしましょう」
「ええ、お願い致しますわ」
そうして始まった貴族のマナー講座は、王宮に着くまで続くのであった。
カグヤは頭に詰め込むので精一杯だったのは、言うまでもない。
◇◇◇◇
「カグヤさん、お待ちしていました…………大丈夫ですか?」
王宮でカグヤを出迎えたのはヒカリであった。
しかし先のマナー講座の影響でそれどころではないカグヤは、心ここにあらずといった面持ちで返事をする。
「あ……ヒカリさん…………大丈夫ですわ…………大丈夫…………」
あまり大丈夫ではなさそうだった。
ヒカリもブラウンに教育されていたため、その厳しさはよく分かっていた。
唯一ヒカリが知らないことと言えば、城門からここに来るまでの間にという超スパルタであったことぐらいだ。
そしてカグヤの背後からブラウンが現れ、ヒカリを見て会釈すると
「ヒカリさん、お久しぶりです。この度カグヤ様の側仕え兼、教育係となりましたブラウンです。つかの事お伺いしますが、どこまで計画通りなのか、お伺いしても?」
「やはりバレていましたか……一応言っておきますが、カグヤさんを推薦したのは私ですが、ブラウンさんを嵌めたのはクソ爺ですので苦情でしたらそちらにお願いします」
「わかりました。後でアストライアに問い詰めるとしましょう」
そう言ってニコリとブラウンは作り笑顔をして、楽しそうに顎を指でなでる。
ああ、これは……と、怖いくらいニコニコしているブラウンを見て、背筋に悪寒が走る。
そしてヒカリは話を逸らそうと
「とりあえず、カグヤさんのお召し替えをしなければいけませんのでこちらに……」
「わかりました。カグヤ様、こちらに……」
「わかりましたわ……」
カグヤは未だ不確かな足取りで、二人の後を付いてゆく。
そして用意された序列騎士としての制服に着替える頃には、頭の中を整理し終えて、ブラウンのもとに戻ることが出来た。
序列騎士の制服は真っ白で、必要最小限の装飾と、王国所属の証である金色の剣と盾が刺繍されていた。
しかしまだ終わりではない。
この後には任命式があるのだ、ここからが本番である。
「カグヤ様、よくお似合いです」
「大変よく似合っていますよ」
更衣室から戻ったカグヤを出迎えたブラウンとヒカリは、そろって賛辞を贈る。
「お二人とも、ありがとうございますわ」
そう素直に受け取って、三人揃って謁見の間へと向かう。
そうして謁見の間の入口辺りに差し掛かったころ、声がかかる。
「おはようカグヤ。よく似合っているな」
「おはようございます、御姉さま。お褒めにあずかり光栄ですわ」
声の方に振り返ると、そこには序列騎士の制服に身を包んだ姉・カグラがいた。
「お前が序列騎士とは、わたしも鼻が高い。その責務に見合うよう励むことだな」
そう言い放って、カグラは謁見の間に先に入って行った。
「よい御姉様でいらっしゃるようですな、カグラ様は」
ブラウンの一言に、カグヤは眉間に皺をよせ溜息をつく。
それはそうだ。
人前ではああしてきっちりしている癖に、人目がなくなると瞬く間にシスコンに早変わりするのだからたまったものではない。
そんな事とはつゆ知らず、ブラウンとヒカリは不思議そうにカグヤをみる。
カグヤは、憂さを晴らすように顔を振ると、謁見の間に向けて歩き出す。
「私達も参りましょう」
◇◇◇◇
「これより、
バドック宰相の言葉と共に、式典は始まった。
そのままバドック宰相の口から、身に覚えのない功績がズラリと並べられ、末席にいたカグヤは顔を青ざめる。
(ハードルがどんどん上がっていきますわ!?)
それだけに留まらず、さらにその実力までも上方修正され、今にも逃げ出したい気持ちにかられる。
そう思って周りの反応が気になりこっそり辺りを見回すと、出席していた序列騎士が皆、笑いを堪えてぷるぷる震えているではないか。
(何故皆さん笑っていますの!?)
そうカグヤが内心で驚いていると、バドックに名前を呼ばれた。
「……
「はっ!」
その声に従い、カグヤは正面に構える国王へ歩を進め、その前に膝まづく。
それに合わせて国王は剣を抜き、正面真っすぐに剣を伸ばす、そして
「月詠カグヤ、汝の度重なる功績とその人徳を評して序列騎士の称号と地位を与えるものとする。さらにその将来の働きを、このリンゼルハイン王の名のもとに集う一振りの剣の証として、ARMs『ヴァイスフリーデン』を下賜する。その平和への思い、慈悲の心をもって剣が振るわれんことを私は切に望む」
それはまるでテレシアのようだと、カグヤは俯いたまま思っていた。
そして出来るのなら、そうありたいと望んでいる自分もいることを、その時初めて自覚したのだった。
「許す、おもてを上げよ」
そう言って、国王は剣を鞘に納めカグヤを見る。
顔を上げたときには、カグヤの迷いは振り切れていた。
その蒼い瞳を見た国王は、この時確信した。
ヴァイスフリーデンを……妻の遺志を託すことに、間違いはないと。
「この任、引き受けてくれるか?」
「謹んで、この大任、お引き受けさせていただきます」
そうして無事、式典は終わりを迎え、ここに序列騎士十三位月詠カグヤが誕生したのであった。
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