第十三戦 国を治める者達
そこは神の御足もと、神に国を任せられた者たちが集う場所――――帝国の首都、その神城の一室に、十二使徒が集う。
十二人の実力者達が、それぞれの顔を隠すように白いフードを深々とかぶり、一つの円卓を囲んで席についている。
「戦況は芳しくありません。未だなお、押され続けているのが現状です」
「巫女の不在は早くなんとかせねばなりません」
「今ならば神も、我らに新たな英知を授けてくださるだろうに……」
壮年の使徒達はそう言って、実績の伴わぬ現状に歯噛みする。
その中にはもちろん若い使徒達もいるのだが、誰も口をはさむことなく沈黙を保っている。
もちろんフレインも、その中の一人だ。
(……神頼みとは、人としての矜持はどこかに置いてきましたか…………)
半ば呆れ果て、フレインは並んで座っている壮年の使徒達をフードの下で睨みつける。
その時だった。
使徒の一人が立ち上がり、円卓に一本のナイフを突き立てる。
「……汝等も腑抜けたものよ。元より軍事を預かるのはそなたらであろう?であれば、その積はお主等の不徳の致すところではないかのぉ?」
そう言って、鋭い眼光で壮年の使徒達を黙らせる。
その様子を見ていたフレインは、流石に見ていられないと立ち上がった使徒を見た。
「エクセリード、そこまでにして頂きたいのですが、今日なんのために使徒が一堂に会したのか、ご理解されているでしょう?」
フレインにそう諭され、エクセリードと呼ばれた使徒……ティリア・エクセリードは大人しくナイフをテーブルから引き抜き、席に座りなおした。
それを確認して、フレインはティリアと入れ替わる様に立ち上がると
「すでに話には聞いていることと思いますが、今一度確認を取らせて頂きます。本日お集まりいただきましたのはほかでもありません。『天の剣』に関する報告と、今後の対応に関する議決を執るためであります。敵の手より『ダインスレイヴ』が失われ、我らの『天の剣』が敵に奪われ既に十五年の月日が経っております。そしてようやく、『天の剣』の所在を掴みました」
おお!、とそれぞれ感嘆の声を上げると、フレインは続ける。
「我らの『天の剣』は、逆賊の都、天都に保管されているようです」
今度はその声に、なんということだ……と、悲嘆にくれる声が口々に漏れ聞こえてきた。
それも仕方のないことであった。
天都は元々帝国の一部であり、今は独立し、離反した者たちが治める反逆者の都なのだから。
帝国より流出した技術を独自に発展させ、その軍事力を王国側に寄与する形でこの戦争に参戦している。
なにより恐ろしいのは、そこから排出される兵士達にあった。
「コルセウスよ、あとは妾から」
ティリアはそう言って立ち上がり、フレインは頷いて席に着く。
そしてティリアは円卓の周りを回るように歩き始め、話を始める。
「調べたのは妾の直轄である『
「今こそ我ら使徒が一丸となって、逆賊の都に攻め入り『天の剣』を奪還するべきでは?」
「あの要塞にか?面白いことを言うのぅテルレント。『天の剣』無きいま、我らの神器も動かぬ。神器なくしてあの要塞を落とすのは骨が折れるとは思わぬか?仮に攻め落としたとして巫女様がおらねば剣は応えぬぞ」
テルレントの問いに、ティリアは冷たくそう言い放つ。
「しかし、その情報を入手できたということは潜入は出来たのだろう?ならば、内側から切り崩すことも可能ではないか?」
テルレントはそう言って、円卓に並ぶ者たちに問う。
返ってくる反応は様々だ、それならばもしや……とか、確実ではない……など、それぞれが受け持っている立場により、意見は異なっていた。
そんな中、フレインは指で円卓を叩き、皆の視線を集める。
「……皆さんお忘れではありませんか?あの国は我々からすれば化け物の巣窟。要塞内部にどれほどの戦力を内包しているかわかりません」
そのとおり……とティリアもフレインの意見に同意し、パチンッと指を鳴らすと資料を持った文官がそれを配り始める。
それは天都の人物の名簿だった。
「それを見るがよい。そこに書かれている者たちは、すべて我ら使徒に及ばないまでも、その粒子掌握量は将官クラスに匹敵する……そのような者たちを相手に、どれほどの犠牲を強いることになるかのぅ?帝王よ、
ティリアがそう問うた先は、広間の一番奥。
「…………まだ時ではない。英雄の来訪を待て」
円卓から離れた玉座に、その声の主は座っていた。
神託を受ける巫女の一族の長にして、今現在この帝国の最高権力者。
帝王レオル・ストロア。
帝王レオルの重い一言に、一様に押し黙って目を伏せる。
それを見ていたティリアは、口の端をつり上げ凶悪な笑みを浮かべているが、それに気付いている者はいなかった。
たった一人、フレインを除いて…………。
◇◇◇◇
「すみません団長、少々よろしいでしょうか」
「ん?なんだ」
そこはリンゼルハイン王国第六師団駐屯基地、その師団長の執務室であった。
執務室を訪れたブラウンは、レガートに一枚の書類を手渡した。
「カグヤさんの事なのですが、専用ARMsの支給申請の打診などのお話はお聞きになっておりませんか?」
ん?……と思って、レガートは書類に目を落とす。
そこにはカグヤの名前で書かれた申請書が確かにあった。
「いや、何も聞いてないが?」
「やはりそうでしたか……筆跡がカグヤさんのものと違っていたので、おかしいとは思っていたのです。団長が聞いておられないということは、これは一体どなたが作成されたものなのでしょう…………」
そう言って首をかしげるブラウンに、レガートは
「カグヤ自身に聞いてみればよいだろう?」
「それもそうなのですが、おかしいのですよ。カグヤさんは現在、帰還途中で別れて王都に行っておりますので、このような書類を作成する暇はなかったはずです」
そう、砦を他の部隊に任せた後、カグヤは姉と共に王都へ向かうことになり、そのまままだ帰って来ていないのである。
「つまり、何者かが勝手にこの書類を作成したということか?」
「あるいは、頼まれたのか」
その時二人の脳裏に浮かんだのは、おそらく同じ人物であっただろう。
◇◇◇◇
「へくちっ!」
ギガントARMs輸送艦の艦長室で、カグラがドレスを片手にくしゃみをしていた。
なぜカグラがドレスを手にしているのかというと
「さあ、カグヤ。これを着てみろ」
「待ってくださいまし御姉さま、なぜ私がドレスを着なければいけませんの?」
「そんなの舞踏会に出るからに決まっているだろう?言ってなかったか?」
あっけらかんと告げる姉に溜息を漏らしつつ、カグヤは額に手を当て天井を仰ぎ見た。
「聞いていませんし承諾した覚えもありませんわ……」
「そうか、それはすまんな。だが、舞踏会でいい男を見つければ、お前の曇りも少しは晴れるだろう」
何を言っているのだろうかと思いつつ、ドレスをとっかえひっかえしているカグラの思惑に思い当たる節がないカグヤは、怪訝な表情で妙にウキウキしている姉を見つめていた。
「あの小僧に懸想しているのだろう?そんな男など、すぐに忘れられるような男をわたしが見繕ってやるぞ」
はた迷惑な勘違いだった。
さらに
「ああ、言い忘れていたが、お前に専用ARMsを持たせる手筈が整ったから、あとでそこの書類に目を通しておけ」
「ちょっとお待ちくださいまし、手筈が整ったって……私、申請を出した覚えがないのですけれど…………?」
「当たり前だ。お前の誕生日プレゼントに私が用意したのだからな。少し早いが……誕生日おめでとう、カグヤ」
カグラはなんと、自分の財布を傷めずなおかつカグヤが今もっとも欲している物を用意してみせた。
そのことにカグヤは言い知れぬプレッシャーに胃を痛めつつ、恐らく今頃謎の申請書類の許可が下りていることに首を傾げているであろう団長に心の中で謝罪する。
「さあ!『ありがとう御姉さま!』と姉の胸に飛び込んでくるがいい!」
「そういい話で終わらせませんわよ御姉さま!暴走するのもいい加減にしてくださいまし!」
そう、カグヤが姉を恐れる一番の理由……それは、周りを顧みない重度のシスコンであるからだ。
無駄に権力を持っている分さらに質が悪い。
「暴走?何を言っている。わたしはお前のために動いているのだ。それは分かるだろう?」
駄目だこれは……とカグヤは最終手段に打って出る。
「わかっていただけませんのね……仕方がありませんわ。御姉さまが反省するまで、これから帰るまで私は一切口ききませんわ!」
「にょ!?」
カグヤの言葉に反応して、カグラが妙な声を上げたかと思ったら、糸の切れた人形のようにパタリと倒れこんだ。
それを見て少なくとも王都につくまでは放置しようと心に決め、艦長室を出る。
すると目の前に、見知った顔が視界に入り込んでくる。
「お?カグヤっち!こんなところにいたのか、捜したぜ」
「サリーさん、どうしてこの船に?」
そこにいたのは衛星班長のサリーであった。
まさかこっちに来ているとは思わず、カグヤは目を見開いて驚きを見せる。
「いや、王都で催される舞踏会に出席しろって親に言われてさ……王都に戻るって聞いて乗せてもらったんだよ」
「舞踏会に?」
舞踏会に招待されているのは有名貴族や領主、経済界の重鎮、軍事の中枢を預かる
恐らく幹部候補だろうとカグヤは思っていると
「ああ、これでも俺っち、貴族だからさ!」
「………………………………………………………………………………………え?」
今日一番のサプライズを受け取ったカグヤは、ついに思考停止状態に陥るのであった…………。
◇◇◇◇
ドレスを着てカグヤは舞踏会会場へサリーと共に入って行った。
何故サリーと共に入場したのかと言えば、共に来るはずだった姉が再起不能であったことと、男を隣に置いて入場すれば、他の男たちを牽制できるとサリーに言われたからだ。
本当なら舞踏会に来なくてもよかったカグヤだが、姉の部下に代わりに仕事をしてきてほしいと言われ、再起不能にした責任もあり、出席を余儀なくされた。
隣を歩いているサリーが小声で
「綺麗だぜ…………」
と囁いてきたが、知らんぷりを決め込んで黙って歩く。
だがそれが逆に、周りにいた男性陣の心をくすぐったのか、幾つもの熱い視線が自身に注がれていることにカグヤは気が付いた。
「……あの、何故皆さん私を見ていますの?」
やはり場違いだっただろうかと、カグヤは小声でサリーに問いかける。
すると、サリーから帰ってきたのは思いもよらない答えだった。
「あのねカグヤっち……自覚ないみたいだから言っとくけど、今この会場にいる女性陣の中で一番若くて指折りの美人だからね…………」
「お世辞は結構ですわよ。私は……」
「いや本当だから。もう少し自覚して動かないと面倒な男が寄ってくるから注意してね……まあ、そんなに目立ちたくないならいい方法があるよ」
ゴニョゴニョとサリーはカグヤに耳打ちすると、カグヤは指示された通りにサリーの腕に手をまわした。
するとどうだろう、先程までのカグヤに対する熱い視線が嘘のように消え去り、代わりにサリーが嫉妬と憎悪の視線を独占した。
「…………サリーさん、死にたいんですの?」
「あはは……これも計算の内……なんつって…………」
そう言いながら、ぷるぷる震えているサリーであった。
そんなこんなしていると、正面の舞台上に一人の男性が現れる。
国王の補佐と宰相をしている男性だ。
新聞に出ているのをカグヤは思い出し、彼を見る。
「これより、国王陛下による舞踏会の開催します!初めに、国王陛下よりお言葉を承りたいと存じます」
舞踏会会場となったパーティーホールで、宰相の声が響き渡ると、皆一様に口をつぐんである一点を見る。
「第五代アストライア・リンゼルハイン陛下、ご入場!」
その言葉と共に開かれる入り口から、言い知れぬ気配が会場を支配してゆく。
そして現れたのは、細身の壮年の男性……白髪交じりの赤い髪に、厳格な面持ちの、まさしく『王』と呼ぶに相応しい見た目と風格であった。
メディアに顔を出さないのでカグヤは初めてその姿を見る。
その傍らには、カグヤの学生時代の友人で、今は序列騎士第二位を務める懐かしい顔もあった。
右目が翡翠色で、左が金色のオッドアイに、人形のような愛らしい顔立ちをしていて、自分に似た天都特有の漆黒の髪を持っている。
あまり感情を顔に出さない分、妙に毒舌だったのを思い出した。
(……ヒカリさん)
カグヤがヒカリを見つめていると、そのことに気が付いたヒカリがカグヤを見て瞼を閉じ、分かるかわからないかぐらいのお辞儀をした。
同じようにカグヤが返すと、ヒカリは正面に視線を戻した。
それから国王に付添う形で舞台に上がり、その後ろで待機する。
国王は皆に注目され、一度ホール一面を見回した後、羽織っていたマントを払いのけ声を上げる。
「皆の者、今日はよくぞ集まってくれた!今宵、宴を催したのは皆を労い、互いの交流を深める一助となればと我が企画したものだ。踊るもよし、食事に太鼓をうつもよし、旧交を温めるも、新たな絆を結ぶもよし……それぞれが有意義なひと時となるよう、是非に楽しんでくれ!さあ、宴を始めようではないか!」
その宣言と共に、再び会場には騒がしい喧騒が戻ってくる。
そうして国王が舞台から降りると、次々に我先にと彼の元に挨拶に訪れる者達で溢れ返ってしまった。
その中にはサリーも混ざっていて、すぐに彼の番が回ってきた。
「本日はこのような素晴らしい舞踏会にご招待いただき、大変うれしく存じます。ウォード家の者を代表いたしまして、厚くお礼を申し上げます」
と、普段とはうって変わり、普段の彼ならば間違いなく舌を噛みそうな台詞をスラスラと述べる様子を見ると、本当に貴族なのだと納得できる。
まだサリーの挨拶が続いていると、カグヤに透き通るような声がかかる。
声の方に振り返ると、そこにはヒカリがいた。
「カグヤさん、お久しぶりです。訓練学校以来ですね」
「ええ、お久しぶりですわヒカリさん。あれから立場もずいぶん変わったというのに、覚えていてくださるとは光栄ですわ」
「そうですね……学生時代に友人と呼べる人はあなたしかいませんでしたから、忘れようもないのですが…………」
そう言ってヒカリはうっすら影をのばし、それを見ていたカグヤは『相変わらず友達少ないのですわね……』と汗を流した。
そして話を逸らすように、カグヤは国王の方を見ると
「それよりも、ここで私とお話をしていて大丈夫ですの?こちらには陛下の護衛で来ているのでしょう?」
「大丈夫ですよ。信に置けるかどうかはともかく、ここに陛下の首を獲れる強者はいませんので。襲い掛かった瞬間に返り討ちに会うでしょう」
と、さり気なく周りにいる者達に牽制をかける。
彼女の言葉を横から聞いていた者達の中に、僅かながら反応した者達もいたが、特に我関せずとヒカリはカグヤと話を続ける。
「まあ、今に始まったことではないので問題ありません。こちらはともかく、カグヤさんこそ陛下に挨拶をされなくてもよろしいのですか?」
「私は長くなりそうなので、ある程度落ち着いてからお伺いいたしますわ」
「そうですか」
そう言うと、ヒカリは国王に向けて歩き出す。
その背中にピッタリ付いて、耳元で何かを囁いた。
すると国王は振り返り、カグヤに向けて歩き出す。
ヒカリが気を聞かせてくれたことに気が付いて、カグヤは慌てて跪く。
「お気を使わせてしまい大変申し訳ございません、私は本日不在の月詠 カグラの名代として参りました。実妹のカグヤと言うものです。お気を害されましたならば謝罪させていただきたく存じます」
「おお!お主が話に聞くカグヤか!ふむ、気にする必要はない。こちらの方が重要だと我が判断したまでの事、構わぬ、立ち上がるがよい。膝を付いていては、せっかくのドレスに埃が付こうというもの」
「寛大な御心に感謝します」
そうしてカグヤは言われるままに立ち上がると、それを確認したヒカリが近くにあった扉に向かう。
そして扉に手を掛け
「長くなるのでしょう?でしたら、こちらでゆっくりお茶でも飲みながらの方がよいでと思いますよ」
「そうだな……カグヤよ、ついて参れ」
「かしこまりました」
そして連れられるままに会場を後にすると、すぐ側に位置する部屋に案内される。
部屋の中にはメイドが待機していて、この部屋があらかじめ用意されていたものだとわかる。
恐らく、会場では出来ないような話をするために用意されているのだろう。
全員が席について、ヒカリがメイドにお茶の用意を頼む。
そして徐に、国王陛下の後頭部を叩いた。
「ぐほっ!」
(陛下の頭を殴りましたわ!?)
突然の事にカグヤは混乱していると、普段は無表情のヒカリがすごい不機嫌な顔で国王を睨みつけていた。
「突然なにをするのだヒカリよ!?」
「何をするのだ……ではありません。本来の目的を忘れて煽てられてデレデレしていたのはどこのどなたですかクソ爺」
さらにはクソ爺呼ばわりである。
カグヤは何が起こっているのか目を点にして二人のやり取りを見ているしかなかった。
「いやしかしだな……ものには順序というものがあって、ああいった場では受けねばならんのだ……国王として…………」
「言い訳は結構です。あぶり出しはほかの者にさせていますから問題ありませんが、もともと序列騎士の空席を埋める為、幅広く人を集められる舞踏会を催したのではありませんか。それなのに何を悠長に挨拶を受けているのです。本来なら自ら抜きんでて、特別扱いしている風を装って引き立てることで周りの不満を抑え、スムーズに
「いや、流石に嘘は……」
「嘘も方便です。大体、あの場に有望な騎士など彼女以外いなかったではありませんか。ほか貴族の護衛は格好ばかりの三流ばかり、まさかそれも見抜けないほどに
それでも国王は必死に反論しようとするものの、先回りされたように着地点を潰されてゆく。
そしてとうとう何も言い返すことが出来なくなった国王は
「…………すまぬ」
項垂れてぼそりと呟いた。
そしてその隣でスッキリしたのか、ヒカリは肌を艶々させながら呆然としているカグヤに頭を下げる。
「御見苦しいところをお見せしてすみません。クソ爺があまりに無能だったものでつい…………カグヤさん?」
返事のないことを不思議に思ったヒカリが頭を上げると、そこには茫然自失したカグヤが彼方を見て現実逃避している姿があった。
カグヤ、本日二度目の処理落ちである。
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