第十二戦 ミリーの探し物
砦を奪われ、駐屯していた部隊が壊滅的打撃を受けた町は、住民総出で移住することとなった。
移動する住民の護衛には、移住先の駐屯部隊と、移住元にわずかに残っていた部隊……アルス達、422部隊が担当することとなった。
二日かけて、無事すべての住民を送り届け終わったアルス達は、移動手続きや補給が終わるまでの間、入れ替わりで休息をとることになった。
「おーい、ミリ助いるか?」
アルスは、ミリーがARMsの補修、整備のために借りている町工場を訪れていた。
工場の主と目が合い、会釈して中を覗き込む。
しかし、どこを見てもミリーの姿を見つけることは出来なかった。
「親父さん、うちの整備係が来てるはずなんだけど、どこいるか知らねぇか?」
「ん?おお、ミリーちゃんなら、今日は探し物があるとかで来てないぞい」
マジか……と思いつつ、アルスは仕方がないので他の用事を終わらせようとリグレッタに電話をかけようとしたところで、
「あ……いや、ミリ助がいねぇってことはリグも休みか。仕方ねぇ、帰るか」
と親父さんに挨拶をして、その場を立ち去ろうと振り返ると、そこにはリグレッタが立っていた。
「ん?あれ?リグがいる…………」
「お兄ちゃん、それはこっちのセリフだよ。お兄ちゃんは今日は演習の予定じゃなかったの?」
リグレッタは半眼になって、ここに居るはずのないアルスに問いかける。
それに胸を張ってアルスは答える。
「そんなの午前中に全員ぶっ倒して終わらせたに決まってんだろ」
リグレッタの脳裏に、アルスに倒されて山積みにされた騎士たちが浮かぶ。
「威張ることじゃないからね……」
「へいへい……ミリーならいねぇぞ。リグもそれが目的だろ?」
「え?ミリーさん居ないんですか?……一人で何してるんだろう…………」
「休日だから遊びにでも行ってるんだろ」
そして、ミリーが居なかった為、二人で基地に向けて帰路につくことにした。
◇◇◇◇
「ぶうぇっくしょん!……花粉症でもないのに鼻がムズムズするです~…………」
鼻をすすりながら、ミリーはバックから一枚の紙を取り出した。
そこには、簡単な街の地図に、いくつかの印が付けられていた。
印のついた一つは、今ミリーの訪れている孤児院である。
「ごめんくださいです~」
ミリーが扉を叩くと、しばらくして一人の女性が出てきて、対応してくれた。
応接室に通され、女性と入れ替わるように壮年の男性が入ってくる。
「お待たせしました。院長のソランと申します。本日はどういったご用件でしょう?」
「初めまして、ミリー・スタンバットです~。ちょっとお伺いしたいことがあるのですけど~…………」
「お伺いします。どうぞ」
「ありがとうです~……わたし、生き別れの兄を探してるのですが~。年齢は15~16歳くらいで、私ぐらいの歳の妹がいるんですけど~、あ、因みにわたし今年で14歳です~」
「そうですか、生き別れのお兄さんを……それは大変ですね」
院長のソランはそう言うと、目を伏せ、何かを考えているようだった。
そして顔を上げると、ミリーに向かってこう告げる。
「すみません、その年頃の子は皆、女の子ですね。孤児院を去った男の子もいますが、残念ながら妹がいるというお話は聞いたことがありません。」
「そうですか~……」
ミリーは残念そうに肩を落とす。
もともと駄目元ではあったが、やっぱり幾ばくか期待があったために、落胆せずにはいられなかった。
ミリーの様子に申し訳なく思ったソランは、深く頭を下げると
「お力になれず、大変申し訳ありません。ミリーさん、あなたがお兄さんと再会できることを、心よりお祈り申し上げます」
そう言って、ソランは祈りを捧げるように手を胸に当てる。
ミリーも合わせるように祈りを捧げ、ソランに礼を述べる。
「……ありがとうです~。ほかの孤児院も回ってみるです~。今日は突然の来訪にご対応頂き、誠にありがとうございますです~」
そうして、ミリーはソランの孤児院を後にして、次の孤児院を目指して歩き出す。
「次は手がかりだけでもあるといいのですが~」
◇◇◇◇
「お兄ちゃん!」
コクーンで昼寝していたアルスの元に、リグレッタが訪ねてきた。
その声に飛び起き、アルスは何事かと辺りを見回した。
時刻はすでに夕方六時を回っている。
そんな様子を呆れながら見ていたリグレッタは、嘆息しながらアルスに尋ねる。
「こっちにミリーさん戻ってないですか?電話にも出ないですし、工場の方にも戻ってないらしくて、隊長が探してました」
「寝てたからわかんねぇな……艦橋の方覗いてみるか?」
「はい」
そして二人で艦橋に行くと、そこはもぬけの空で、片隅に箱が鎮座している以外には何もなかった。
「ロウ先輩が見てるかもしれねぇな」
そう思って箱に問いかけるが、何の反応も返ってこない。
不思議に思って、アルスは箱の蓋を開けて中を覗き込む。
すると、そこには『ハズレ』と書かれた紙が入っているだけだった。
「…………後でガレッタ先輩に報告しとくか」
「ほどほどにしてあげてね」
邪悪に笑うアルスを見て、リグレッタはロウの身を案じる。
それから二人は相談の末、ミリーを探しに夜の街に繰り出すのであった。
◇◇◇◇
箱を留守にしていたロウは、この町に居を構えるこの帝国の実力者で、友人の家を訪れていた。
その相手とはこの国の軍事の要、十二使徒に名を連ねるフレイン・コルセウスそのひとだった。
薄幸の美青年を思わせるその容姿からは、一騎当千の猛者だとは想像もできないだろう。
「待たせてすまないね、ロウ」
応接の間で待っていたロウの元に、ずいぶん遅れて訪れたことに謝罪をしながら、ロウに対するようにして席に着いた。
「かまわぬでござるよ。随分忙しいのでござろう?目の下にうっすらクマが出来ているでござる」
「あはは……まあ、最近は戦況もよくないからね。貴族の仕事と使徒としての役目に板挟みにされてるよ」
「なるほど……では、手短に済ませるでござるよ」
そう言ってロウは、懐から資料を取り出しフレインに渡すと、概要を話し始める。
422部隊の人員の入れ替わりから、現状の戦力分析。
敵兵力の増力具合に、
それから
「もう、ここに居られるのもそう長くないかもしれないでござる……」
ロウはそう言って目を伏せる。
それに何かを察したフレインは、顎に手を当て呟くように尋ねる。
「そうか……ところで、あの方はお元気かい?」
「元気にしているでござるよ。お陰で、拙者の肩身が日に日に狭くなっているでござる」
「ははは……、人の婚約者を盗った報いだよ。精々噛み締めたまえ」
「酷いでござるなぁ」
フレインは皮肉をしつつ、羨ましそうにロウを見る。
二人は互いに笑いあって、懐かしそうに天井を見上げる。
「あれから十五年か」
「そうでござるな……あの子が大きくなるはずでござる」
「あの方とあの子の事、しっかり頼んだよ。我が
「言われるまでもないでござる。拙者にもしもの事があったら、皆の事よろしく頼むでござるよ。
二人は拳を合わせ、幾度となく繰り返された誓いを、今一度交わすのだった。
◇◇◇◇
「あ~……空振り三振です~掠りもしなかったです~…………」
夕方の公園で一人、ミリーはブランコに揺られながら沈み込んでいた。
町中の孤児院を回り、兄の手がかりを探していたが有力な情報は得られなかった。
自身の最大の身体的特徴である銀色の髪の毛、こんな髪色はそうそう居ないので、少しは手がかりが得られるかととも思ったのだが、そうそう上手くいくはずもない。
最後に尋ねた孤児院の院長が親切な人で、知り合いの孤児院にも連絡を取ってくれたりしたのだが、そういった特徴を持つ人はいなかった。
「まあ、手がかりがないわけでもないですが~……それはあくまで最終手段ですし~。というか、その手段だけは絶対に使いたくないです~」
ミリーにとって最後の手段とは負けを意味していた。
だからこそ、こうやって地道に兄の行方を捜しているのである。
いつか自分たち兄妹を捨てたことを後悔させるために……。
「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの?迷子?なら俺たちが送ってあげようか?」
一人でブランコに座っているミリーにそんな声がかかる。
顔を上げると、そこにはいかにもチンピラと言わんばかりのアホ面が数人、並んでいた。
ミリーはため息をつきつつ立ち上がると、チンピラに向けて一言
「ナンパはお断りです~」
そう言って立ち去ろうとするミリーだが、男の一人がその手をつかんで離さない。
眉間に皺を寄せながら男を見ると、その顔を近づけて脅してきているようだった。
「いいじゃねぇかよ、ちょっとくら……いだだだだだだ!」
しかし次の瞬間に男は苦痛に顔を歪ませ、そのまま地面に倒れこむ。
後ろにいた男たちが何事かと見ていると、そこにはミリーに腕を捻り上げられているチンピラの姿があった。
「これでも軍人なのです~……人は見かけによらないのですよ~」
日ごろからARMsの整備や重たい工具を取り扱っているミリーにとっては、この程度なんということもなかった。
それに、いかに整備係とはいっても、基礎的な体術は習わされるのである。
これから少しづつではあるが、訓練の方にも出るようにメリナダに言われていた。
だが、それを言ったのは不味かった。
「ちっ!」
中の一人が盛大に舌打ちしたかと思ったら、ポケットからナイフを取り出し、ミリーに突っ込んできた。
それを見たミリーの脳裏に、先の戦いで感じた恐怖が思い出される。
あ、まずい……と思いながらも、足がすくんでしまい動けなくなってしまった。
覚悟をして目を閉じる。
「…………」
しかし、すでに刺されているはずなのに、一向に痛みは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには紅い髪をした口の悪い先輩が立っていた。
その足元にはナイフで襲い掛かってきた男が伸されていて、白目を剥いて倒れていた。
「ミリーさん!」
呼ばれたほうを見ると、リグレッタが自分に向かって駆け寄ってきていた。
「リグレッタさん!?それに先輩もどうしてこんなところにいるです~!」
「話はあとだミリ助……先にこいつらを…………」
そういって拳を構えるアルスだが、それよりも早く、チンピラ達は仲間を置いて逃げ去ってゆく。
アルスは拳を下ろすと同時に振り向くと、ミリーが抑えている男を足蹴にして同じように失神させた。そして
「ったく、テメェはこんな時間までどこほっつき歩いてんだよ。誰にも行き先言わないわ連絡付かねぇわ隊長はお前を探しているわで大変だったんだぞ?おまけに見つけたと思ったらこの様だ……」
「……心配かけたです……ごめんなさいです…………」
本当に申し訳なさそうにそう言って、そんなミリーに『無事ならいいんだよ……』とアルスはバツが悪そうに顔を逸らした。
そんな二人を見ていたリグレッタもホッと胸をなでおろし、帰ろう……そう言おうとした時だった。
「ぎやぁぁぁあああああ!」
「おばふっ!」
「なんだてみょぐふっ!」
先程逃げたのチンピラ達の悲鳴が聞こえてきたのだ。
「なんだぁ?」
チンピラ達が逃げて行った方向を三人で見ると、建物の陰から思いもよらぬ人物が顔を出す。
「こんな所で何をしてるでござるか、三人とも?」
チンピラを引きずって現れたのは、箱の住人もとい、箱の中身ロウ・レグルスであった。
どうりで箱が空なわけである。
「は?ロウ先輩こそ、こんなところで何してんだよ……」
「拙者は仕事の帰りでござるよ。拙者達の部隊の直属の上司に報告と連絡をしてきたのでござる」
直属の上司が誰かは知っていたアルス達であったが、この町にいるとは思わず絶句した。
それを聞いて、アルスはあることを思い出す。
それは、時々基地のどこを探してもロウが見つからない時があって、気が付いたら帰ってきている事がしばしばあったのだ。
「まさか……時々基地から消えたようにいなくなるのは…………」
「アルスの思っている通りでござるな」
それを聞いて、アルスはロウが見つからないときはすぐに諦めることを覚えたのであった。
その横でリグレッタは当然のように、思ったことを口にする。
「でも、それって隊長のお仕事なんじゃ……」
「ああ、それは隊長では階級がいくつか足りないのでござるよ。拙者は一応『准将』でござるからな、十二使徒の館にも比較的簡単に入ることが出来るのでござる」
いや、それは忍び込んでいるだけなのでは……と、誰もが思ったが、口には出さないでおく。
◇◇◇◇
四人揃ってコクーンへ戻ると、そこには般若化したメリナダと、背中に鬼を出現させているガレッタが揃って出迎えた。
メリナダはすぐさまミリーの首根っこを掴まえると、静かに
「……お前はお説教だ…………」
と抗議の声を上げるミリーを黙らせ、コクーンの中へと消えていった。
そしてガレッタはというと、ロウをアイアンクローで締め上げるとこれまたコクーンの中に引きずっていった。
取り残されたアルスとリグレッタは冷や汗を流しながら、二人が消えた先をしばし眺めた後。
「……先に飯にするか」
「……そうですね」
そう言って基地の食堂へ向かって行くのだった。
◇◇◇◇
「そろそろ放してほしいでござる……」
「ああ、すみません。あまりにも握り心地がよかったもので……つい」
アイアンクローを決めていたロウの頭から手を離すと、ガレッタはワキワキと握っていた手を見ながらそう言った。
「その『つい』で拙者お花畑の中を走っていたでござるよ……」
「川じゃなかっただけよかったですね」
「よくないでござる……それはそうと」
ロウはそう言って懐から一枚の手紙を取り出し、ガレッタに差し出す。
「預かり物にござる」
差し出された手紙を見た瞬間、ガレッタはさらに不機嫌な様子でロウを睨みつける。
ガレッタはこれが『誰』からの手紙かわかっていた。
「毎度毎度……あなたからその手紙を受け取らねばならないのが非常に苦痛なのですが…………わかってますか?」
「しかし、無視することも出来ないでござろう?」
「…………」
心理を突かれ、ガレッタは苦虫を噛んだようにしながら手紙をロウから奪い取る。
嘆息して、ガレッタは手紙を開ける。
『拝啓
親愛なる君におかれましては、幾ばくかの平穏をお過ごしであらせられれば幸いです。状況は見ておられる通り、あまり芳しくないのが実情です。事が大きく動き出すその前に、私としましてはあなた様と親友を、かの国に送り出したい思いでいっぱいです。それが出来ぬ弱い私を、どうかお許しください。
今回はかねてよりお願いされておりました、お父君の行方が判明しましたため、お手紙を差し上げましたしだいです。』
その一文を読んで、ガレッタは手紙を握る手に力を籠める。
『現在、あの方は軍師として、
どうか、ご無理なさいませぬよう、お体には十分置きお付けくださいませ。
あなたに忠誠を捧げし者より――』
読み終わった瞬間、ガレッタは手紙をその手で燃やした。
「どうしたでござるか?」
「いえ、あの男が見つかったらしいので、これでビンタの一発はお見舞いできると思いまして……」
顔を上げたガレッタは、仄暗い表情を浮かべて薄ら笑っていた。
「そうでござるか……ガレッタ……」
「心配しないで大丈夫です。怒りに任せて突貫するつもりはさらさらありませんので……今はもう、守るものがありますから…………」
そう、ロウに向かって微笑みを浮かべるガレッタに、胸を撫で下ろすように微笑み返すと
「……そうでござるな…………」
そう言って、そっと肩を抱き寄せた。
◇◇◇◇
長時間に渡り説教されていたミリーは、やっとのことで解放され、リグレッタの待つ宿舎に帰ってきた。
「……ただいまです~」
「ミリーさん、お帰りなさい」
そうして靴も脱がずにベットに倒れこむミリー。
そんな様子を見ていたリグレッタは、その傍らにしゃがみこんで、ミリーの顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「あんにゃろー……いつかギャフンと言わせてやるです~…………」
「……いや、ギャフンて…………」
いつにも増して反抗的なミリーであった。
そしてリグレッタの顔を見て、思い出したように起き上がると、ミリーはカバンの中からある物を取り出した。
「忘れるところだったです~。これ、お土産です~」
そう言ってリグレッタに手渡したのは、鷹を模した可愛らしいキーホルダーであった。
リグレッタは驚きつつ、もらったキーホルダーをまじまじと見た。
「みんなの分もあるですよ~」
「可愛い!ミリーさん、ありがとうございます!」
喜んでくれているリグレッタを見て、ミリーもうれしい気持ちになる。
そして今日一日の事を振り返りながら、ミリーは決意を新たに窓の外をみた。
(……必ず、わたしの兄を見つけてみせるですよ!)
ミリーの捜し物は、まだ始まったばかりだ。
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