第十一戦 月詠家

「御姉さま、お待たせして申し訳ございませんわ」


 カグヤは姉、カグラから呼び出しを受け、未だ整備中の砦の応接室に来ていた。

 正直に言うと姉に会いたくなかったカグヤだが、軍務である以上呼び出しに応じないわけにはいかなかった。


「まったく、私を待たせるとは」


 そう言ってカグラが立ち上がり、カグヤに近づいてゆく。

 カグヤは身体を強張らせ、緊張の面持ちでカグラを見る。

 そしてカグラは、互いが息も掛かるほどの距離に立ち、次の瞬間……。


「まったくお前というやつはお姉ちゃんに心配ばかりかけてどういうつもりだ可愛いな!」


 とカグヤに抱き着いて撫でまわしまくった。

 そう、カグラは周囲にはひた隠しにしているものの、重度のシスコンである。

 あ~やっぱり……とカグヤは内心で嘆息しつつ、姉を引きはがそうと抵抗を試みる。


「御姉さま離れてくださいまし!誰かに見られたらどうするおつもりですの!?」


「かまうものか!姉妹のスキンシップを邪魔する輩はこの私が排除する!」


 カグラは確かに、カグヤのことを溺愛しているが、大事に思われているゆえにその分人一倍カグヤに厳しい人間の一人でもあった。

 特にカグヤが戦場に出るようになってから、その厳しさは増している。

 つまりは、ここに来てカグヤを甘やかせられなかったことによるカグラのストレスが爆発したわけである。


「排除する前に私を放してくださいませ御姉さま!でないと嫌いになりますわよ!」


 その言葉にカグラがショックを受け、へなへなとその場にへたり込んだ。

 そしてわなわなと肩を震わせ、突然カグヤの肩をバッと掴んだ。


「やはりあの小僧か!お姉ちゃんよりあの小僧がいいのか!?安心しろ!私の可愛い妹を誑かすような輩は私がこの手で血祭りに上げてくれる!そしてお姉ちゃんがすぐに心の穴を埋めてやるからな!」


 それはもはや洗脳ではないだろうかと疑問を抱くカグヤであったが、それよりもカグヤには確かめなければいけない事があった。


「ところで御姉さま」


「どうした、カグヤ?」


「お兄様が居たというのは、本当ですの?」


 そう言った瞬間、カグラはだらしない顔を引き締め、立ち上がると椅子に腰かける。


「そうだな、その話をせねばなるまい。お前も座れ」


 そう促され、カグヤが対面の椅子に腰かけるのを確認すると、カグラはある物を取り出し、目の前のテーブルに置いた。


「これはなんですの?」


「私のギガントARMsの部品だ。手に取って、それの切り口をよく見てみろ」


 カグヤは言われた通り、それを取って観察する。

 切断されたと思しき切り口はとても滑らかで、機械で切断したようなものでも、割れたような跡でもなかった。

 むしろ鏡のように磨かれた、鏡面とも言えるほどであった。


「変な切り口ですわね?」


「そうだ。そんな切り口で金属を切断できる人間を、私は自分以外に一人しか知らない」


 それが兄だと、カグラは断言した。

 その上で、カグヤは顔も覚えていない兄が生きているのだと、実感もないままに納得させられる。

 カグラは更に険しい表情をして、カグヤに告げる。


「あの愚兄が生きていると分かった以上、月詠家次期党首としてお前に言っておかねばならない。我が家の汚点を野放しにはできない、確実に息の根を止めよ。これは家だけの問題ではない。我ら天の都の悲願……神殺しをないがしろにし、神に翻った者への制裁である。これは天命だ、異論は認められない……わかるな?」


「…………」


 カグヤは静かに頷き、カグヤの言葉を待つ。


「あの小僧と行動しているのは分かっている。見つけ次第知らせろ。では、改めて月詠家次期党首、月詠 神楽として、末の子、月詠 輝夜に命ずる。反逆者、月詠 士狼を抹殺せよ!」


「月詠 輝夜、謹んでお受けいたしますわ」


 カグヤはもちろんそんなことはしたくない。

 だが、今のカグヤに天命に逆らうほどの力は、逆らえる力はないのだ。

 歯がゆい思いを表に出すことのないように、必死に抑えた。

 だからこそ、たった一つだけ覚えている、兄との記憶が呼び起こされる。


(大丈夫、兄がなんとかするでござる)


 そう言って、いつもやさしく自分をなだめてくれた兄が、ただ裏切るはずがない。

 カグヤの今後の課題が一つ、増えた瞬間だった。



◇◇◇◇



 カグラとの話を終えた後、カグヤは実家へ連絡を取るためにスレイヴの艦橋を訪れていた。

 なぜいま実家に連絡を入れるのかというと、姉に言われたからである。


(まだ実家に連絡を入れていないだろう?早めにしておけ、お父様が心配している)


 とのことで、通信設備の貸し出しをお願いしに来たわけである。

 艦橋には師団長レガートと、参謀のブラウンが今回の戦闘の報告をどのように本国にするか話し合いをしている最中であった。


「おや、カグヤさん。お姉さまとのお話はよろしかったのですかな?」


「ええ、先程無事に終わりましたわ」


「それはなによりです」


 そう言ってブラウンは会釈をすると、その隣にいたレガートが腕を組んだまま険しい顔のレガートが、今度はゲッソリとした表情に変わったのが分かった。


「団長、どうしましたの?」


「いや、まだいるのか?……月詠は?」


「ええ、補修が終わるまでもうしばらく掛かるそうですし、それまではここに居るそうですわよ?」


 それを聞いたレガートの顔から血の気が引いていくのがわかる。

 そこまでいやがらなくても……と、カグヤもブラウンも思ったが、それも無理らしからぬことだろう。

 カグラの第三師団が迎撃したと報告のあった敵の援軍は全滅……誰一人生き残っていなかったのだから。


「なぜ月詠は、あそこまで非道になれるのだ?いくら敵と言っても限度があるだろう……」


「それは、私たちの故郷である天都は、神に与することを良しとしていないからですわね。神に与するかの国は、すべて情けをかける余地のない仇敵……御姉さまは殲滅対象としてしか見ていませんもの…………」


 それを聞いて、レガートは難しい顔をすると咳払いをして話題を逸らすように


「ところで、何か用があったのだろう?」


「ええ、実家に連絡を入れるように言われたもので、通信設備をお貸しいただけないかと思いましたの」


「ああ、そんなことか。構わんぞ、そこの端末を使うといい」


 カグヤは一言礼を言うと、艦橋の隅に設置された端末に向かい、実家に通信を繋げる。

 程なくして最初に出たのは、母親の葛葉であった。


『はい、月詠です……あら?カグヤ、久しぶりね。元気にしてる?』


「お久しぶりですわ、お母様。私はこの通り、元気にしていますわ」


 葛葉はとてもうれしそうに微笑んで、通信機越しに見る娘の顔をまじまじと見た。


「そう、あまり無理をしては駄目よ?あなたはほかの子たちに比べて、体が弱いのだから……」


「心配しすぎですわよ、それに私が虚弱だったのはずいぶん幼い頃のことではありませんの。今は何も心配いりませんわよ」


 そう言ってカグヤは精一杯の笑顔で答える。

 しかしそれを見た葛葉は一瞬でカグヤが無理をしているのを見抜いていた。


「……カグヤ、本当に無理してない?あなたがそうやって作り笑顔をしているときは、いつも何か抱えているときだったもの…………」


 ハッ、やってしまった……と、カグヤは内心焦りを覚える。


「ええ、本当に何もありませんわ」


「そう、ならいいけど……お母さんに相談できることがあったら、言いなさい。きっと力になってあげるから」


「ありがとう、お母様」


 その言葉だけで、カグヤは少しだけ肩が軽くなったように思えた。

 そうしていると、モニターの向こう側に白と黒の流れるような髪をした二人に気が付いた。

 そこにいたのは、カグヤの二番目と三番目の姉、双子の黒葉と白祢であった。

 こっちに気が付いたようで、二人で近づいてくるのが見える。


『おー、カグヤ久しぶりー!』


 とは黒葉。


『カグヤ……元気そうでいい……』


 とは白祢である。

 因みに髪が白い方が黒葉で、黒い方が白祢である。

 二人が割って入ってきたため、葛葉は『変わるわね』と二人に席を譲り立ち上がる。


「御姉さま方もお元気そうで、お変わりなさそうで安心しましたわ」


『元気だけど退屈で暇なしだよー。警備がこんなに退屈なんて盲点だよー』


『運動不足……』


「言葉が矛盾してましてよ黒葉御姉さま」


 二人はカグヤと違い、出向せずに天都で巫女の社の警備、護衛の任についている。

 月詠家の問題児であるため、父親が外に出す許可を出さなかったのが大きい。

 学生時代から嵐のように暴れまわっていたこの二人は、周囲からも要注意人物として認識されている。


『そだ、姉ババは元気してんの?』


「ええ、側にはいないですけれど、呼んだらすぐに来れるところにいますわ……神楽御姉さまに代わりましょうか?」


 そういった瞬間、二人の顔から血の気が引き涙目になりながら懇願された。


『いややめて抹殺される!』


『……処刑人エグゼキューター召喚不可…………!』


 また何かしたのだろうかこの二人は……と思いながら、カグヤは本題を切り出す。


「わかりましたわ……ところで、御父様はご在宅でしょうか?いらっしゃるのでしたら、代わっていただけると助かるのですけれど」


『あいあい、ちと待っててねー』


『引き摺り出す……』


 お願いしますわ……とカグヤはモニターから二人が消えるのを確認すると、しばらくして甚平を身にまとった父親、月詠家現当主、月詠 影永が顔を出した。

 その表情は天都御三家の一当主にふさわしい貫録を見せていた。


「ご無沙汰しております、御父様」


 カグヤがそう挨拶をすると、影永は顔を伏せ、次の瞬間……


『元気そうで何よりだ……父は寂しくて死にそうなので早く帰ってきてくれ』


 血の涙を流して顔面崩壊を起こしていた。

 少し離れただけでこの有様だ。

 この家で、カグヤに一番甘いのがこの父親であり、大体は母親に最後絞められる。


「馬鹿なこと言ってないで顔を拭いてくださいまし、怖いですわ」


『ぬ、すまん。寂しさのあまりつい本音が漏れてしまったようだ』


 葛葉があらかじめ用意していたタオルで顔を拭き、影永はモニターに向き直る。


「ご報告ですわ、お兄様の所在が分かりましたわ」


 それを聞き、影永は目を閉じ、溜息をつくようにそうか……と言葉を呑みこんだ。

 十五年前にある事件と共に、失踪した兄・士狼の行方が今になって判明したとしらされ、複雑だと言わんばかりに影永の視線が泳いでいる。


(……やっぱり、何かありますのね)


 父親の様子をみて、カグヤは兄がただ寝返ったわけではないと確信した。

 だからこそ、カグヤは聞かずにはいられなかった。


「何がありましたの……」


『……言えん』


「納得できませんわ!家の中で私だけ何も知らされていないんですのよ!やっぱりなにか事情が……!」


『それ以上は言うな!!』


「……!?」


 突然怒鳴られ、カグヤは怯んで言葉を呑みこんでしまう。

 あの自分に甘い父親が、これほどの大声で怒鳴ったところを見たことがなかった。


『いいか、いかな理由があろうとアイツは反逆者だ。肝に銘じておけ』


「……わかりましたわ」


 そして、カグヤは諦めて近況を報告した後、通信を切り席を立つ。

 すると、それを見ていたブラウンが話しかけてきた。


「カグヤさん、お久しぶりにご家族とはいかがでしたかな?」


「ああ、ブラウンさん。皆さん元気そうでしたわ」


「その割には、浮かない様子ですが……」


 ブラウンはその表情の裏を読み取り、カグヤに問いかける。

 そんなブラウンを見て、カグヤは自分の家族ぐらいに心配性なのではないかと、ほほえましく思えてしまう。


「いえ、大丈夫ですわよ……ありがとうございますわ。そろそろ仕事に戻りますわね」


「かしこまりました。今回は大部分を団長が担ってくださったこともあり、そこまでお疲れでないかもしれませんが、どうぞご自愛ください」


 ええ……と言って、カグヤは艦橋を後にする。



◇◇◇◇


 カグヤが一通り仕事を終えた頃には、空には月が昇り、満天の星空が広がっていた。


(……同じ空…………)


 あの時、テレシアに助けられたあの日のことを思い出していた。

 そしてあの時から、いろいろなことがあった。

 いろいろなことを考えた。

 目標を見つけて、やるべきことを定めて、これから歩む道が少しずつ定まってゆく。

 そんな中で上手くいかなくて、思い通りいかなくて歯がゆい思いばかりしている。


「こんなところでどうしたんだよ、カグヤっち」


 カグヤが声に振り向いた先にはサリーがいた。

 ものすごく疲れた様子で、目の下にクマを作っていたことから、ずっと仕事にかかりっきりだったのだろう。

 

「あら、サリーさん。遅くまでご苦労様ですわ」


「サンキューカグヤっち。んで、一人で黄昏てどうしたんだよ?」


「ちょっと考え事ですわ」


「考え事ねぇ……抱え込みすぎなんじゃないの?俺は衛生兵だから難しいかもしんないけどさ、ブラウンの爺さんとか団長とかに相談したら、なんか妙案くれるかもしんないぜ?」


 サリーにしてはまともな事を言っているなと感心しつつ、今の彼の様子に相談できる状態ではないと悟り、カグヤはお礼の代わりに


「そうですわね……考えておきますわ。サリーさんもお休みになった方がよろしいですわよ?」


 そう言って休むように促すと、サリーは弱弱しく頷いた。


「そうさせてもらうわ。けが人が多くてかなわねぇったら……じゃな、カグヤっち」


 そしてサリーが去ったあと、カグヤも床に就くべく自身の部屋へ向かう。

 カグヤが去ったあと、そこに小さな光るものが、その後を追いかけていった。

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