第九戦 戦略と戦術の攻防~乱入~

 砦の陥落も時間の問題になっていたころ、422部隊のコクーンはようやく砦を望む山の上に来ていた。

 そこから見える砦での戦闘の様子は、すでに絶望的とも思える状況をアルス達に見せつけてくる。


「ほかの援軍はまだ着いてねぇみたいだな」


「このコクーンの航行速度に追いつけるのは戦艦クラスくらいですから、仕方がないと思います」


 望遠モニターで戦況を各々確認していると、アルスは見つけてしまった。

 流れるような黒髪の、白いARMsに身を包んだ……仇敵の姿を……。

 そんなアルスの様子に気が付いたのか、メリナダが


「どうしたアルス?何かあったのか」


「いや……この最悪の状況をひっくり返すのかと思ってな…………俺は甲板に上がるぞ」


 そう言ってモニターを消して、嬉々として艦橋を後にするアルス。

 その様子に訝しむも、メリナダは現状を優先して指示を出す。


「リグレッタ、戦況分析」


「はい。砦に接近されすぎて、現状の砦の戦力ではこれを押し返すのは不可能です。そのため、コクーンで砦の正面へ躍り出て、敵戦艦の陽動を行うことを進言します。砦より引き離し、残っている対艦兵装の射程圏内に誘導、迎撃し、ほかの援軍が来るまでの時間稼ぎに徹するのが得策です」


「わかった。では、ベレッタ、ロウは出撃準備だ。アルスが先に準備しているはずだ、出撃指示があるまで甲板で待機だ」


「了解しました」


『了解』


 箱を台車に乗せて、ベレッタも艦橋を後にする。

 それを確認して、メリナダがリグレッタとミリーに指示を出す。


「リグレッタは作戦指示を担当しろ、ミリーは火器管制、操舵は私が預かる」


「はい!」


「戦場……戦場……」


「ミリー!聞こえているのか!」


「うぇあはい!聞こえてるです~!」


 ミリーは我に返って、慌てて返事をする。

 その顔には焦りや戸惑いが見て取れ、初めての戦場に恐怖している様子が伺えた。

 一方のリグレッタは、戦場に出るのは初めてではあるのだが、先の経験からかミリーほど取り乱す様子はない。

 だがよく見ると、パネルを操作する手先がわずかに震えているのが見て取れた。


(こいつらのサポートは私の仕事だ。外はガレッタに任せるしかないだろう)


 メリナダは舵輪の前に立ち、艦橋から見える甲板上にいるアルスの下にガレッタと箱が合流するのを確認すると


「これより作戦を開始する。砦の戦況は芳しくない、我々は他方の援軍が到着するまでの戦況の維持にある。援軍の到着予定時刻は一時間後、その間に出来うる限り敵の進行を食い止めるぞ。では、作戦開始だ!」


『『『「「了解!」」』』』


 メリナダの号令と共に、コクーンが動き出す。



◇◇◇◇





 戦艦スレイヴ艦橋で、ブラウンは懐中時計で時間を確認していた。

 作戦開始から二時間、戦況は大詰めを迎えようとしていた。

 外では今もなお頑強な砦を崩そうと、主砲と副砲による絶え間ない攻撃を続けていた。しかし、分厚い鉄の壁と、砦に備え付けられた粒子炉から生成される粒子フィールドがそれを容易にさせてはくれない。

 敵の奇襲が出てきた通路から侵入を試みたが、すでに破壊され塞がれており、地下にあることも相まってそこからの侵入は断念せざるを得なかった。


「敵の援軍が到着するまで、あと40分といったところでしょうか……仕方がありません」


 そう言って通信を開くと、カグヤとレガートに


「団長、カグヤさん。申し訳ありませんが、一度船に戻ってください」


『なにかあったのか?』


「はい、何分時間がおしておりましてな。お二人には砦両側面の攻略に当たっている部隊に合流していただきたいのです。残った部隊の方々には私の方から指示を出しますので」


『わかった。聞こえたか、カグヤ?』


『ええ、すぐに戻りますわ』


「では、準備をしてお待ちしております」


 そして通信を切り、ブラウンは戦況マップを見ながら、内から沸々と何か気持ちの悪いものが這い出てくるような違和感を覚えた。

 それはブラウンが今まで感じたことのないほど不安にさせる感覚で、長年の感が暗に伝えている。


(作戦は順調にしか見えません……ですが、この言い知れない感覚…………急ぎ砦を攻略し、迎撃態勢を整えなければ…………)


「ここから大詰めです。皆さん、最後まで気を許さぬようにお願いします」



◇◇◇◇



 ブラウンの指示を受け、カグヤは戦艦スレイヴへ向けて帰投を始めた。

 残った部隊員を心配するも、すでに敵の制圧を終えて捕虜を移送するだけなので問題はないはずだ。

 問題があるとすれば、砦の攻略自体が思いのほか進んでいない事だろう。

 ブラウンが自分たちを呼び戻したのも、恐らくそれが原因で間違いない。

 そう思ってカグヤはブースターで空へ上がる。

 すると視界の端に、山から不自然に立ち上る土埃が見え、咄嗟にそちらに視線を移す。


「いけませんわ!ブラウンさん聞こえまして、援軍ですわ!艦より北北西、急いで……」


 そこまで言って、カグヤは言葉を呑んだ。

 カグヤが見つめるその先に、ある者を見つけたからだ。


『カグヤさん、どうされたのですか?』


 通信機越しのブラウンの声に、ハッと我に返る。


「いえ、急ぎ増援をお願いいたしますわ。あれは……」


 土煙から現れた青い鉄の鳥、それを確認してカグヤはブラウンに


「あの方は、私が相手を致しますので」


『カグヤさん、せめて増援を待ってください!お一人では……』


 ブツッと通信を切り、カグヤは一直線に自分に向かってくる相手を見る。

 あの時と変わらない、鬼の形相……赤い髪。

 間違いなく、あの時の少年だった。


(今、その呪縛を解いてあげますわ)


 そう思ってカグヤは旋回し、地上に降り立つ……彼を迎え撃つために。



◇◇◇◇



『お兄ちゃんはその人の相手をお願いします。今、コクーンの進路を塞がれるわけにはいかないので、妨害をしてください』


「言われるまでもねぇ……あいつは俺の獲物だ!」


 リグレッタの指示に歓喜して、アルスは意気揚々と地面に降り立った彼女にターゲットを定める。

 デュランダルを構え、その勢いのまま切りつける。

 だが、上手くいなされ、振り払われたデュランダルのせいで着陸を余儀なくされる。

 アルスは静かに立ち上がると、相手を見て


「その武器諸共、首を撥ねるつもりだったんだがなぁ……!」


「それは残念ですわね……ようやく、相まみえましたわ」


「そりゃこっちのセリフだ」


「あら、相思相愛ですのね」


「テメェと相思相愛とか反吐が出る」


 そうしてしばらく、お互いに武器を構えたまま睨み合う。

 風が土埃を運び、互いの姿が徐々に覆い隠されてゆく。


「名前を伺ってもよろしくて?私はカグヤ、月詠カグヤですわ」


「アルスだ。テメェが殺した女の義弟だ……よく覚えとけ…………!」


 互いの姿が完全に見えなくなった瞬間、二つの刃が空を切る。

 そして激突、アルスのデュランダルとカグヤの刀が打ち合った衝撃で土埃が晴れ、互いの姿をその視界に写す。

 憎悪に呑まれた視線と、決意に満ちた視線が交錯し、また距離をとる。

 アルスはすかさず追撃を入れにかかるが、カグヤはいとも簡単に剣の軌道をそらし、アルスの背後をとる。

 そのことに気づき、アルスは急いで体勢を整えるが、カグヤはそれを待っているかのように悠然と切っ先をアルスに向けているだけだった。


「なめてんのか……テメェ!」


 そのことに怒りをあらわにするアルスに、カグヤは目を伏せ静かにこう言った。


「お話を……させてくださいまし……アルスさん、あなたと…………」


「気安く呼ぶんじゃねぇ!テメェと話すことなんざ」


「お願いしますわ!私は……!」


『刀を下ろして何をしている?』


 空から声がした。

 二人はその声につられ、空を見る。

 が、次の瞬間、二人はすさまじい衝撃波に吹き飛ばされてしまう。




◇◇◇◇



 よもや……とブラウンは最悪の事態に陥ったことを自覚した。

 突如として戦艦スレイヴの前に現れた一隻のコクーンが、目前の成功を一瞬のうちに破綻させたのである。

 カグヤの知らせがなければ、今頃は撤退行動に移っていたことだろう。

 すでに主砲は破壊され、徐々に押し返され始めていた。

 砦の動きも、コクーンに合わせて変わってきている。

 戦艦を沈めるという一連の動きから、戦艦の周囲をかき乱し押し返すという動きに変わってきているのである。


(これは後の援軍に合わせた時間稼ぎですか……であれば、増援を望めないこちらは引けば背水の陣、切り抜けるには……一刻も早い制圧と、すぐに訪れる敵への対処……)


ブラウンがそう試案していると、帰投したレガートが艦橋に上がってきた。


「状況はどうなっている?」


「最悪の状況です。一隻のコクーン……それも、戦闘能力が戦艦並みの機動能力はそのままという化け物が現れました。しかも、これから上空から攻め入ろうという時に敵の騎士にカグヤさんが釘付けにされています」


「撤退はできないのか?」


「それも考えましたが、あれが現れた時点でいつ援軍が到着してもおかしくない状況です。仮にいま撤退したとして、援軍がそのまま追撃にかかるでしょう。逃げおおせるのは不可能に近いかと思われます。今とれる最善の策としましては、このまま急ぎ砦を制圧し、砦を利用して援軍を迎え撃つこと、それとこれはお勧めできませんが……」


「降伏……か」


「そのとおりです」


 レガートは顎に手を当て、思案する。

 そして意を決したように


「……撤退も降伏も無しだ、進撃要塞アガートラームを使用する」


「了解いたしました。制圧に許された時間はあまり残されておりません、急ぎ準備をお願いします」


 レガートは艦橋を出る間際に、


「十分で終わらせる。だが砦の機能の半分は削れると思っておけ」


 そう宣言して甲板へと降りて行った。


「致し方ありませんな」


 ブラウンは誰に語り掛けるわけでもなく、そう言って目を伏せた。



◇◇◇◇



「何をしているミリー!副砲を狙え!」


「わかってるですやってるです狙ってるです~!」


 絶えず動き回るコクーン艦橋で、メリナダは絶えず舵を切り敵の砲撃を避けつつ、ミリーに指示を飛ばしていた。

 ミリーは半べそかきながらも火器管制をこなしている。

 そしてリグレッタは


「ロウさん、内部の状況を」


『まだ中までは入られてはいないでござる』


『ですが、とりついた敵ARMsに押し切られるのも時間の問題です。何分、戦力が削られすぎて反攻に打って出るには難しいでしょう』


「ガレッタさん、了解です」


 砦に援軍として送ったガレッタとロウに指示を出していた。

 今の状況を分析し、戦艦を押し返し始めている今なら反撃の目がある。

 しかしそれをするにはこちらの戦力が足りない。


「お二人はマヒしている砦の火器の奪還と復旧をお願いします」


『『了解』でござる』


 リグレッタは揺られながら、警戒していた。

 もし相手が自分なら、今ここでとっておきを使うだろう。

 こちらで言えばアルスがそれにあたるが、相手がそれほどの戦力を持参してきているとしたら、それは今もなおそのアルスと戦闘している可能性が高かった。

 進行状況からみて、正面、戦艦を囮に左右に重要戦力を配置して、奇襲来襲に合わせて山間部に設置された対艦、対空兵装の無効化を行い、孤立した砦に戦力を一挙に集中させ、攻め落とす。

 今がその瞬間であるのは間違いなかった。

 あとは、アルスが相手をしているのが敵の本命であることを願うのみである。

 もしもここに……いや、あの戦艦に本命が燻っていたとしたら…………。


「砦は落とされる」


 そう口にした瞬間、砦から砲撃のそれよりも大きな音が響いてきた。


「今の音は!」


 そしてリグレッタが予想していた最も最悪の事態が動き出す。

 それは本命がこちらにいることでも、砦が落とされることでもない。


「お兄ちゃんが戻らない……そして今の爆発。一番最悪の事態……ロウさん!ガレッタさん!」



◇◇◇◇



『ロウさん!ガレッタさん!急いで戻ってください!』


「そうは言うでござるが……」


「よもや、これほどの戦力をまだ温存していたとは思いませんでした」


 ロウとガレッタの睨みつける先に、巨大な腕を携えた大男が立ちふさがる。


「ほう、この距離で進撃要塞アガートラームの衝撃に耐えるか……いつもなら名乗りを上げるのだがな、如何せん時間がない」


 そして大男……レガートは鬼気迫る様相で告げる。


「悪いが、振り払わせてもらう」


 そう宣言して、レガートは進撃要塞と呼ばれた巨大な右腕を振り上げ、周囲のマギカ粒子が進撃要塞に吸い込まれていく。

 それを見たロウはガレッタを庇う様に前に出ると


「下がるでござるガレッタ!」


「すみません。次だけで構いません、耐えてください。あとは私が」


「頼むでござるよ!」


 ガレッタは大人しく下がり、何やら唱え始める。

 その瞬間、レガートは進撃要塞を振り下ろす。

 すさまじい衝撃波がロウを襲う。

 ロウはその衝撃波を量子フィールドで受け止めるが、周りはそうではなかった。

 レガートを中心に要塞の天井をめくり上がらせ、吹き飛ばしてゆく。

 迎撃に出てきた兵士も早々に吹き飛ばされ、瓦礫と共に宙を舞う。

 そんな中、ロウとガレッタも例外ではなく、共に宙を舞っていた。


「規格外にもほどがあるでござるな」


「撤退しますよ、つかまってください」


「わかったでござる」


 ガレッタはロウが捕まったのを確認すると、粒子結晶を埋め込んだ杖を振るう。


「ストーム・アッパー」


 二人を包むように風が巻き起こり、砦の外へと二人を運んでゆく。

 それをレガートは気づいていたが


「逃げたか……、構わん。今はここを……」


 レガートは二人を歯牙にもかけず、目の前の巨大な敵に標的を絞る。

 進撃要塞アガートラームのチャージが終わると、すぐさま腕を振り上げる。

 その時


――――ドゴォォォオオオ!


 と、カグヤが戦闘している辺りで土煙が立ち上る。


「何があった」



◇◇◇◇



 時は戻り、アルスとカグヤが空の声を聴いた瞬間までさかのぼる。


『刀を下ろして何をしている』


 轟音と共に、アルスとカグヤを寸断するように、巨大な剣が二人の間に突き刺さる。


「なんだぁこりゃ……」


 土煙の晴れ、巨大な影が二人を覆う。

 アルスが見上げた先に、その影の主が姿を現す。

 鋼鉄の巨人、全身を深紅の装甲に覆われたそれは、アルスでも知っている戦術兵器。


「ギガントARMs……だと……!」


 一体どうやって、どこから、とアルスは考えを巡らせるが、直前まで音もなく、気付いた時は空にその姿があった。

 どう考えてもおかしな話であった。


「その声は……御姉さま……!」


 カグヤの呟きを聞いたアルスは、一つの結論に至る。


「こいつ……俺をだましやがったな……」


 そんなアルスの怒りに気が付くことなく、カグヤは目の前に現れた恐怖に釘づけにされる。

 カグヤは失念していた。

 この作戦の立案者である姉が、あの序列騎士ラウンダー第三位鬼姫が作戦が終了するまで大人しく待っているわけがない。

 試作兵器の光学迷彩まで引っ張り出して、付いてきていたのだろう。

 そう、最初から…………。


『さて、聞かせてもらおうか。敵を目の前にして、刀を下ろす理由を……』


「…………っ!」


 言えない、言えるわけがない。

 敵との約束を果たすためなどと、そんなことを口にすれば、この姉はこの第六師団を巻き込んで、戦場を蹂躙し始めるだろう。

 折角掴んだチャンスを目の前に、カグヤは歯噛みして拳を握りしめた。

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