第八戦 戦略と戦術の攻防~侵攻~

 戦艦に揺られ、カグヤは作戦指揮所で最後の確認を各隊長たちと取っていた。


「以上で、作戦の最終確認とさせて頂きます。何かご質問はありますかな?」


 そう言って、参謀のブラウンは手が上がらないのを確認し、隊長であるレガートに目配せする。

 レガートはそれを確認すると


「これより作戦名『山の翁』を開始する。各員配置につけ!」


「はっ!」


 と開始命令を出し、隊長各員が指揮所を後にするのを見て最後に


「ブラウン、そちらは任せたぞ」


「かしこまりました。師団長こそ、どうぞお気をつけて」


 そんなやり取りをカグヤは横目で見て、ARMs格納庫に向かっていった。






 カグヤはARMs格納庫で装備の確認をして、ARMsを起動する。


「雪月花、起動!」


 その表情は険しく、今までに無いほどの緊張をカグヤは強いられていた。


「ここを乗り越えなければ、何も成せませんわ……」


 姉の神楽が課した試練とも言うべき一戦は、カグヤが決意した意思を挫くためのものだ。

 しかし、カグヤもここで姉の思惑通りにさせる訳にはいかない。

 継いだ遺志は尊く、気高い……だからこそ、その願いを絶たせる訳にはいかないのである。


「曲げませんわよ……御姉様!」


 ARMs雪月花を身に纏い、カグヤは甲板に上がり、通信機で自身の統括する第二部隊のコクーンに指示を飛ばす。


「まもなく作戦が開始されますわ。先発隊の皆さんは出撃の準備をしてくださいまし。私もすぐそちらに合流しますわ」


『了解、レディ』


 通信士の返答を聞いたカグヤは、カタパルトへ向けて歩を進めた。






 ここはリーバ砦の司令室、そこに一人の士官が大慌てで転がり込んできた。


「司令!南東方面より敵船団を確認しました!」


「よりにもよってこちらに来たか。総員に伝達せよ、第一種戦闘配備!山中の迎撃兵器をすべて起動!」


 司令の言葉により、砦が今、動き出す。






「敵砦、射程内に入りました」


「煙幕弾装填、目標砦上空」


 戦艦スレイヴの艦橋で、ブラウンが指示を出してゆく。

 今か今かと身構える兵士達を他所に、ブラウンはタイミングを見計らう為に正面モニターに映し出されたレーダーを睨みつけていた。

 レーダーには友軍のコクーンと地形、そして砦が映し出されている。

 敵砦からARMs部隊と思われる反応が出てきたところで、その時は訪れる。


「撃ち方始め!先発隊全騎発艦!」


 戦端が開かれる。

 砦上空で炸裂した煙幕が敵、味方双方の視界を奪う。

 そこに敵ARMs部隊の上を行く形で先発隊が煙幕の上方に展開された。

「全艦停止、コクーンは警戒態勢へ移行して下さい。スレイヴは全砲門を開いて迎撃体制に入り、敵ARMs部隊の強襲に備えてください。隊長、カグヤさん」


『なんだ?』


『なんですの?』


「これより先の正面戦闘はこちらが引き受けます。お二人は山中よりの奇襲に備えてください」


 それは、ブラウンが最悪の事態の為に取っている保険であった。

 山中にある砦には迎撃兵器以外にも、網目のように張り巡らされた隠し通路が存在する。

 そこからの奇襲は、砦を攻略する上では必然ではあるのだが、長期戦になる事を免れなくなる。

 そうなれば出先のこちらが不利になる。


「お二人が応戦している間に、第三から第八部隊の方々には山中の隠し通路を塞いでいただきます。それらを塞ぎさえすれば、万事滞りなく作戦を推し進められます。それまでどうか耐えてください」


『了解した』


『了解ですわ』


 ブラウンの意図を理解したレガートとカグヤの返事を聞き、ブラウンは通信のチャンネルを変えると


「サリーさん、聞こえますか?」


『聞こえてるぜブラウン参謀!』


「これから忙しくなります。受け入れ準備をお願いします」


『了解だぜ!』


 そして最後に友軍の全チャンネルに向けて、ブラウンは宣言する。


「私の全身全霊を持って、この戦いを勝利へ導きましょう!」


 それは、彼の経験と実績が裏付ける確かな言葉である。

 何故なら彼は……リンゼルハイン王国を幾度と無く窮地に陥れた生きた伝説。


「我が『戦律』の名にかけて!」


 元リベレッタ帝国元帥にして懐刀、今は神の国を裏切りし『堕ちた戦律』としてリベレッタ帝国に牙を向く。

 その彼が、その名を持って宣言したのだ。

 戦場が今、調律される。






「敵、上方に煙幕を展開。敵の位置特定できません!」


「迎撃兵器を自動迎撃に切り替えろ。ARMs部隊は高度を下げ、煙幕を脱出、爆撃兵装をもって敵艦にヒットアンドアウェイ、ARMs間の戦闘は極力避けよ」


 リーバ砦では出鼻を挫かれたこともあり、混乱の様相を呈していた。


「危険すぎます!煙幕が山間部に溜まり込んでいる状況では、煙幕を切り抜けた瞬間に狙い撃ちされます!」


「対ARMs機銃に気をつければ砲弾なぞ当たりもせん!機銃も量子フィールドを抜いても豆鉄砲程度にしかならん!」


「ですが……」


「いいからやるのだ!やらねば砦が落とされるぞ!」


「り、了解です!」


 状況を打破しようと、指令室は混乱の様相を呈していた。

 それも仕方のないことではあった。

 そもそもこの砦は守りを主に置いていない、敵を攻撃し、殲滅を視野に入れた殲滅戦を得意としている。そのため観測、探査レーダーを漏れなく設置し、常に優位に立つことを前提としている。

 だからこそ、そのレーダー網を掻い潜り現れた一個師団に混乱させられているのだ。


「なんとしても、増援到着まで持たせるのだ!」


 攻め落とされるわけにはいかないのだ。

 ここを落とされれば、山向こうに広がるのは物流の要所であるロスレイ……国内経済に著しい打撃を与えるのはめにみえている。

 物が豊富であったがゆえに、この砦は守りを捨て、攻めに攻める戦法へと変えたことが、今裏目に出てしまっていた。





「煙幕を切らさないよう注意してください。まもなく奇襲が来るでしょう、後発の部隊を発艦させ、煙幕の中に入り込み正面の敵を誘い込んでください」


 ブラウンが戦況の移り変わりに合わせて指示を出してゆく。

 正面に展開する敵部隊はブラウンの狙い通り二手に分かれ、一部が誘われるように煙幕の中へと引き返した。

 そのタイミングで、左右の山から敵が姿を現す。


「隊長、カグヤさん、そちらはお任せします」


『了解だ』


『了解ですわ』


 二人が奇襲部隊を相手にしている隙に、ブラウンは敵の懐深く入り込むため艦を前方へ押し出す。


「前方に展開中の部隊はブースターを使用して煙幕上方へ離脱してください。離脱確認後、主砲斉射と同時に全速前進、狙いは対艦兵装およびレーダー基地です」


「前方部隊の離脱を確認しました」


 ナビゲーターの報告を確認し、レーダーマップを一瞥した後、ブラウンは意を決して


「主砲斉射!全速前進!投射グレネードの用意を。これより作戦を第二段階へ移行します。順次敵兵器群の無力化を図ってください」


 ブラウンの指示に合わせて、主砲が火を噴き煙幕を吹き飛ばす。

 そのまま戦艦スレイヴは投射グレネードと副砲で敵対艦兵装を次々に破壊してゆく。優秀な砲手により、ブラウンの思惑通りに事が進んでゆく。

 そう、その時は誰しもが思っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る