第三戦 ウォーゲーム~戦律の再来~
敵の襲来に緊急出動をしたカグヤ達は、戦場となっている隣町の防衛戦に向かっていた。
どうやら、前線での戦闘を囮にして、防衛網の手薄になった隣町が襲われたということだそうだ。
「敵の総数は?被害の方はどうなっていますの?」
「敵は一個師団相当と思われます。現在のところ、町への被害の報告はありませんが、防衛戦に在中している部隊数を考えますと、そう長くは持たないかと思われます」
「ありがとうございますわ、ブラウンさん。サリーさん、目標までは全速力でどれほど時間がかかります?」
「えっとねぇ……一時間って所」
「一時間……」
思ったより時間がかかることに歯噛みするカグヤ。
静まり返る艦橋で、カグヤは静かに拳を握る。
(このままでは間に合わない……どうすれば…………)
するとそこに、緊急暗号通信がカグヤ達のコクーンに入る。
「これは……!?」
そこには、作戦概要と師団長名義の命令書が入っていた。
◇◇◇◇
それより少し前、アルス達422部隊は最悪のものを目にしていた。
リグレッタが立案した作戦、その要である敵航行母艦を捕らえたのである。
航行母艦とは、複数隻のコクーンを一度に輸送、展開する大規模作戦において用いられる大型輸送強襲艦のことである。
問題は、その敵航行輸送艦がすっぽり隠れられるほどの窪地が、防衛戦の近くにあったということである。
「ほんとに隠れてやがった……」
『これは大戦の中期に作られたものだそうです。当時は敵の防衛戦がこの向こうにあったそうで、それを攻め落とすために作られたみたいですね』
「これほどの窪地を放置していたとは、司令部の怠慢でござるな」
『ここを掘った後の土砂は、ほかに回されて無くなってしまって、埋め直すのが難しくなってそのまま放置せざるをえなかったみたいです』
「呆れてものも言えませんね」
『皆さん辛辣ですね…………』
そうリグレッタが締めくくったところで、追加装備を終えたロウとリグレッタがカタパルトに待機する。
それを艦橋から確認したメリナダがカタパルトに動力を送る。
『準備は出来たな?ロウとガレッタはカタパルトで低空射出、敵をかく乱してくれ。アルスはこのコクーンでギリギリまで待機、敵艦に突っ込む際に甲板に向けて射出し、強襲をかけてくれ』
「承知したでござる」
「了解です」
二人は迷い無くそう答えるが、アルスは……
「突っ込むって……何するつもりだ?」
『このコクーンの装甲は知っているだろう?それを活かして敵艦のコクーン収容部に突っ込み、内部から動力炉をレールガンで破壊する』
「ちょっと待て、それ甲板の上にいる俺はどぉなるんだよオイ!?」
『安心しろ、マギカリアクターは壊れても爆発しない』
「ホントだろうな嘘だったら末代まで祟るぞ」
『やめておけ、それはどう転んでもお前が呪われるぞ?』
「どういう意味だ?」
『さて、おしゃべりはここまでだ。行くぞ!』
アルスの事はさておいてと、メリナダの号令でロウとガレッタが先陣を切る。
同時にコクーンも全速力で敵艦に向けて航行を開始した。
◇◇◇◇
避難を終えた町は静まり返り、士官学校の通信室には静寂が訪れていた。
そこにはクリーム色のきれいな髪をした少女が一人、通信室の椅子に腰を預けている。
「ここまでは作戦通り……あとは、お兄ちゃんたちが航行母艦を走行不能にしてくれれば、敵は前倒しで撤退を開始するはず…………」
状況はこうだ。
ここから北東で大規模な戦闘が繰り広げられている。
だがそれは囮だ。
本命はこの防衛戦の拡張にある。
理由は単純で、どうにも出来ない巨大な窪地という致命的な欠陥を抱えたこの防衛線を拡張し、防衛網を磐石にすることだ。
そのために大掛かりな戦闘を仕掛け、その隙にこの町の駐屯部隊が正面の敵防衛線に奇襲を仕掛ける。
あとは、その作戦がうまくいった場合、戦況を一気に好転させる事もできる……というものだ。
一石二鳥……それを狙って進行部隊を大規模に戦線に投入した。
それが今の部隊が足りないという状況を生み出している。
そして問題は、なぜ奇襲を仕掛けたはずが、奇襲をされてしまったのか?ということである。
恐らく、大規模戦闘に参加していた敵の一部がこのことに気づき、背後を通る形でここに最接近し、部隊を展開したというところだろう。
彼らの狙いは手薄になったここを攻め落とすことではなく、攻めることで奇襲を仕掛けている部隊に援軍を送らせない事にある。
もし攻め落とすつもりなら、最初から部隊を展開した後、航行母艦も姿を現していたことだろう。
「秘密兵器をつかっても動じなかったのは、出来る限り戦闘そのものを長引かせたかったから……」
元々はこの敵艦を叩いて、その後に敵の撤退に合わせて防衛線を再構築するつもりであったものの、後者はすでに達成してしまっているのである。
アルスの持つ秘密兵器、デュランダルがそれを実現してしまった。
巨大なクレバスを作り上げることで、コクーンの進行を止め、最低限の防衛ラインの確保は成されているのである。
「だから、ここが最後。がんばって……生きて帰ってきて…………お兄ちゃん……」
一番過酷な場所にいる兄を思い、もう今の自分には祈ることしか出来ないと思うと胸を締め付けられたような気持ちに駆られた。
そしてそれ以上に、今自分が何をしたのかよく分かっている彼女は
(ごめんなさい……)
そう、懺悔する事しか出来ないのだった。
『戦律の再来』と呼ばれた彼女、リグレッタは知っているのだ。
この一連の戦いで、どれほどの被害が出るのかを……。
◇◇◇◇
戦いの火蓋が切って落とされた。
鷹のシンボルを刻んだコクーンが敵艦目掛けて猛進し、その周囲に無数の敵ARMsが襲来する。
それとほぼ同時、晴天の霹靂が敵を撃ち抜き、それに隠れるように黒い影が撃ち洩らした敵を叩き落す。
ロウとガレッタのコンビネーションに、次々と落とされてゆく敵ARMs。
そしてまもなく、コクーンは敵艦の間直に迫る。
『行け!アルス!』
「その言葉を待っていたァ!!」
メリナダの合図にアルスはカタパルトで敵艦の上に向かう。
そしてそのままコクーンは敵艦のコクーン収容部に突っ込む……が。
「冗談だろ……」
甲板に着地する直前にアルスが見たのは、コクーン収容部の扉を破りきれずに、中途半端に敵艦に突き刺さったコクーンの姿だった。
『ちっ……一度下がってレールガンで扉を破る!ロウ!ガレッタ!援護を!』
『承知!』
『分かりました』
二人がコクーンの甲板に降り立ち、接近してくる敵に対処する。
そのとき、アルスの背後から重い金属の当たる音が近づいてきた。
「きやがったか……」
音のほうに振り向いたアルスが見たのは、大きな盾が特徴的なカタクラフト型ARMsに身を包んだ中年の兵士だった。
「よもやコクーンでこの船に特攻を仕掛ける馬鹿がいるとは……やってくれたな」
「こんな馬鹿げた作戦、出来ればやりたくなかったけどよ」
「ふん!やり遂せた奴等がよく言うな、小僧」
男は鼻で笑い、盾を構えアルスを睨みつける。そして
「私はリンゼルハイン王国軍、第六師団師団長レガート・バルバトロス。貴様は」
「俺はリベレッタ帝国軍所属、アルス・ヴィアインだ」
同様に名乗りを上げ、アルスはデュランダルを抜きレガートに対峙する。
これから交戦を始めようというところに、アルスに再度通信が入る。
『目的はわかっているな、アルス。今回の目的は掃討じゃない』
「……わぁーってるよ。時間はしっかり稼いでやらぁ…………」
デュランダルを握りなおし、アルスはブースターを起動させる。
「イグニッション!」
「特攻か!その意気や良し!」
それにあわせるようにして、盾を大きく振りかぶり、アルスのデュランダルと激突し、轟音と衝撃波が艦上に響き渡る。
アルスはレガートとそのまま押し合いになるが、ブースターを全開にしたところで目の前の盾はビクともしない。
(冗談だろ、ずり下がるどころかまったく動いてやがらねぇ!)
「さっさと動きやがれ!」
「諦めろ、その程度では私を抜くことは敵わんぞッ!」
デュランダルを弾かれ、ブースターを停止させると、左手でレガートの盾を掴み
「点火!」
右側のブースターを起動させ、一気に背後に回り込む。
(あの重い盾を持ったままじゃ身体を回すのに時間がかかる。これなら盾を打ち抜く必要はねぇ!)
そう思った瞬間、アルスは信じられないものを見た。
(盾を放しやがった!?)
それだけではない、そのままこちらに振り返ったかと思うと、アルスが振り抜いたデュランダルを両手で挟んで止めたのだ。
「やるな小僧!」
「それはこっちの台詞だ……今の防ぐかよ普通…………」
そうしていると、アルスの周りにARMsを着込んだ騎士たちが集まり始めた。
(早くしやがれ、そう長くは持たねぇぞ……)
◇◇◇◇
メリナダ達はようやくの事で扉をぶち破り、艦内にコクーンを滑り込ませる。
「よし!レールガン射出まで後三十秒だ!急げ!」
『退路を確保します。ロウはコクーンを』
『御意』
アルスから返信が無い事が気がかりではあったが、ARMsフレスヴェルグから信号が来ているということはまだ戦っているということだ。
メリナダは急いでレールガンの標準を定め、弾道補正、各種計器に異常が無いかチェックしてゆく。
『艦長、防衛線に張っていた敵がこちらに合流し始めているようです』
「こっちは終わった。後は……アルス!」
◇◇◇◇
『アルス!やれ!!』
通信機からのその声を聞いて、混戦中だったアルスはニィっと凶悪な笑みを浮かべる。
それに気がついたレガートは、部下とともに距離をとる。
「何を笑っている……」
「いや、やっと全力を出せると思ってよぉ!」
アルスを取り巻いていたマギカ粒子が急速にその濃度を上げてゆく。
高濃度の粒子がリアクターに吸い込まれ、金色の光がARMsの各所から漏れ出していた。
「総員構え!」
その様子を見たレガートは、ただ事ではないと盾を手に前に出る。
(何だこいつは……リアクターの許容量を遥かに越えたマギカ粒子を…………)
「各員私を援護せよ!いいか!私より前に出るんじゃないぞ!!」
それを見たアルスは、デュランダルを構え、ブースターを点火し……上空へ上がる。
「なに!?突っ込んでこないだと!」
「狙いはテメェじゃないんだよ!デュランダル!!」
たった一撃だけ、先ほどの大地を裂くほどの威力はないが、たった一撃、一瞬であれば単体でデュランダルの最高出力を出すことが出来る。
そしてそれを何に使うのかといわれれば……レールガンの弾道確保だ。
「そォォこぉだぁぁああああああ!」
デュランダルから放たれた斬撃が甲板を打ち抜き、内部装甲を吹き飛ばし、ようやくレールガンが動力部に届くだけの道が出来上がった。
「確保したぞ!ぶっ壊せ!」
『レールガン、射出!』
中に潜り込んだコクーンのレールガンからスパークとともに射出された鉄の塊は、残された内部装甲を貫き、逸れることなく動力部に到達した。
次の瞬間、母艦から光が消え失せ、沈黙する。
「師団長!動力が……」
「…………頃合か……」
苦虫を噛み潰したように歯噛みすると、レガートは空を飛び去ってゆくアルスと、土煙を上げ走り去って行くコクーンを睨みつけた。
「アルスか……覚えておこう。総員退艦準備!母艦は放棄する!」
◇◇◇◇
『無事か、アルス?』
作戦を完遂させ、戦線を完全に離脱した辺りでメリナダから通信が入る。
「ああ、無事だ。……だが、ありゃ一回が限度だ。二度も打てねぇ」
『だろうな……コクーンに戻れ、もう大丈夫だ』
「了解だ……っと、その前にリグはいるか?」
『はい、まだいますよ』
「あんまし無茶すんじゃねぇよ……ったく」
『……はい』
『大丈夫だ。彼女の事は私のほうで問題ないようにしておく』
「頼む」
『ああ、まかせておけ』
ようやく終わったのだと、アルスはコクーンに向けて進路をとった。
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