第四戦 ウォーゲーム~決意の戦場~

 アルス達の作戦が成功を収めたころ、奇襲作戦に参加していた部隊に一報が届く。

 それは留守にしていた南東方面の防衛線に、こちらと同様の奇襲に見舞われたとする報告であった。

 しかし、その報告を受けた作戦本部は引き返すようなことはなく、そのまま作戦の続行を決め、じわりじわりと、カグヤ達のいる防衛線を攻め落としつつあった。

 それからしばらくして、カグヤ達にも一報が、師団長レガートより届く。


「本日〇七〇三をもって、作戦を開始する……とのことです」


 ブラウンが読み上げた一報を聞いて、暫定隊長のカグヤは


「総員配置についてくださいまし。わたくしたちの目的は敵コクーンの無力化ですわ。ブラウンさんは対艦戦闘の用意を、サリーは私に同行して町に待機している衛生班に合流、わたくしはその後、飛び交う騎士の対処に当たりますわ」


「了解いたしました」


「あい了解!」


「押し返しますわよ!」


 そうして、三人しかいない小隊メンバーはコクーンに乗り込んだ。



 ◇◇◇◇




 サリーを送り届け、基地のカタパルトから上空に上がったカグヤは、基地正面に展開する戦闘を見て目を細める。


「これは……敵味方の判別がつけられませんわ…………」


 カグヤから見る限り、コクーンはその配置、シンボルから判別がつくものの、ことARMsにいたっては数が多く密集していて、レーダーに表示される敵味方識別信号が役に立っていない。


「ブラウンさん、聞けえますの?」


『はい、こちらに』


「状況を!」


『現在複数のコクーンと航空母艦で対処をしていますが、あまり芳しくありません。相手に戦艦が二隻おりましてな、ARMsに指示を出し、相手のARMs部隊を誘導して主砲の射線を塞いでどうにかなっているという状況です』


 ブラウンからの報告に歯噛みして、カグヤは空を飛び交うARMs達の向こう側、戦艦二隻が射線を確保しようと移動を開始したのを確認した。


「戦艦が移動を開始しましたわ」


「方角は分かりますかな?」


 カグヤは戦艦の形状、土煙の位置、流れを確認し、方角を割り出した。


(北東……なぜ、基地の陰になる山の方に…………)


「北東ですわ。相手の目的は分かりまして?」


 しばらくの沈黙の後、ブラウンは思いついたように


『カグヤさん、今いる位置から反対の……南西を見ていただけますかな?』


「分かりましたわ」


 ブラウンに指示された辺りを、網膜投影を使った望遠システムで確認する。

 そこに映し出されたのは、不自然に立ち上る土煙。

 さらに拡大すると、コクーンの船団がこちらに向けてくるのが見えた。


「まさか、敵の援軍?」


「いえ、恐らくは……」


 ブラウンの言葉を待つより早く、カグヤはそれを確認する。

 紅い旗が見えた。

 黄金の翼に一振りの剣を讃えたそのシンボルは、間違えようがない。


「王国軍!」


『やはり……ではカグヤさん、今から上空のARMsを散らします。その瞬間に叩き落しにかかってください。ほかの待機している者にも同様の指示を出します』


「わかりましたわ」


 カグヤは一度きりのブースターを起動させ、加速した後それを放棄した。

 だんだんと視界にその惨状が入ってくる。

 血に濡れた大地、土ぼこりにまみれ傷ついた地上の兵士たち、空からは絶え間なく敵か味方かわからないARMsが落ちてゆく。


(争いのない世界に……あなたなら…………)


 不意に甦るあの時の光景。

 そして気がついた。


(これが現実だから、だからしょうがないなんて……納得……したくありませんわ)


 だから忘れられなかった、彼女の言葉を。


(助けられないなんて、そんなの嫌ですもの)


 そして浮かび上がる、彼から向けられた憎悪の眼差し。


(でも、それはきっと……)


 不甲斐ない彼自身に向けられたものでもあったのだと、ようやく気がついた。

 そして自分が、彼をそんな顔にさせてしまったことが、とても苦しかったのだと。


「笑顔で、いてほしかったから!」


 敵も味方も関係ない、ただ笑っていてほしいと、カグヤ自身も願っていたのだと己の意思を明確に形にしてゆく。

 そのとき、ARMsが群がる空に、穴が開いた。


「月詠カグヤ……推してまいりますわ!」


 血に染まらぬ白い鳥が、戦場を舞う。



 ◇◇◇◇




 レガートはARMsを身に纏い、正面にいる敵戦艦を睨みつける。


 その右側では王国軍が帝国軍の奇襲本隊と奮戦しており、それをみたレガートは


「よくぞ今までもってくれた……こちらは我々に任せろ!」


 音声通信はまだこの距離では出来ないため、その言葉を聞いているものは傍に控える騎士達のみだ。

 その言葉を決意の変わりに、レガートと騎士たちはカタパルトで空へと上がる。

 そして程なく、射程に入ったARMs部隊に敵戦艦から砲撃が開始される。


「怯むな!当たりはせん!我々は高度を落とし敵戦艦に乗り込む!コクーンは敵砲撃を回避しつつ奴等の退路を塞げ!」


「「「「「了解」」」」」



 ◇◇◇◇




「ARMsで突っ込んでくる馬鹿がいるとは驚きだ!早々に片付けて戦線に復帰するぞ」


 戦艦アスタロトの艦橋で、帝国軍第四師団師団長ソヴールはあざ笑っていた。

 この作戦を立案し、方々に圧力をかけこの作戦を強行したのがこのソヴールだ。

 帝国内でそれなりの地位にいるソヴールは、この作戦を成功させ戦局を一気に塗り替え、英雄として歴史に名を残そうとする野心の塊のような男だった。


(上は防衛ばかりで攻勢に打って出ようとはしない。ならばここを皮切りに敵防衛線を一気に突き崩し、嫌でも攻め入いらねばならない状況にしてしまえば……)


 正面に展開する敵の一団が瑣末ごとのように、ソヴールは命令を下す。


「全砲門開け、標準敵ARMs。うるさい小蝿などすべて叩き落してしまえ!」


 それを合図に、副官が打ち方始めと号令を出した。


「クククッ……このアスタロトを落とせると思うなよ……」



 ◇◇◇◇




「私が黒い方に先行する、第一小隊は私に続け!残りは追ってもう一方の戦艦に向かえ!」


「「「「「了解」」」」」


 レガートはブースターで加速し、それを廃棄した後に後方の部隊と別れ、目標へ向かう。

 黒い塊が眼前に迫り、レガートは盾を構える。


「これより敵戦艦二隻を制圧する!」



  ◇◇◇◇



「何故だ……何故落とせんのだ!」


 一向に落ちる気配のないARMsに、苛立ちを隠そうとはせずソヴールは副官に当たるように叫んだ。


「本艦は対ARMs拡散砲弾を積んでおりません!撤甲弾だけでは……」


「なぜ積んでおらんのだ!」


「対ARMs拡散砲弾は皇帝陛下の承認が必要な、多額の費用を必要とするものでして……その承認が間に合わず…………」


「クッ……」


 行き場のない怒りに、ソヴールは拳を正面の小型モニターに叩きつけ


「掃討機銃で叩き落せ!一匹たりとも取り付かせるな!」


「はっ!」



 ◇◇◇◇



 敵戦艦が間直に迫った辺りで、銃弾の雨に見舞われたレガートは小隊を背に地に足をつけていた。

 頑強な盾は降り注ぐ銃弾を尽く弾き返し、見事徒歩で、小隊と共に敵戦艦の足元にたどり着く。


「わたしは艦橋へ向かう。お前たちは分かれて動力部の停止と制圧、艦砲の無力化を図ってくれ」


「了解」


「では、行動開始!」


 指示を出した後、レガート達は敵戦艦に乗り込み、各々の目標に向かって動き出した。



 ◇◇◇◇



 一騎も落とすこと叶わず、ARMsをいとも簡単に取り付かせてしまったソヴールは混乱していた。


(馬鹿な……あの機銃はARMsの量子フィールドをやすやすと貫くほどの威力があったはずだ…………フィールドを貫いた後とはいえ、鉄の盾で防ぎきれるはずが……)


「師団長!侵入した敵がこちらに向かっています、指示を!」


「今すぐ我が隊所属のARMsを呼び戻せ!それまでなんとしても艦橋へはたどり着かせるな!」


 ソヴールに引くという考えはなかった。


「無理です!山陰に入った影響で通信圏外です!」


「クッ!手配した援軍はどうなっている!」


「援軍は望めません!先ほど、奇襲にあい援軍を出す余力は無いと連絡が……」


「なんだと……」


 いや、引くことは出来なくなった。

 戦艦を失っただけであれば、ここで引いても作戦に支障はなかった。

 しかし、強引に進めた侵攻作戦で撤退し、味方に多大な犠牲を出したとあれば、最悪……自身が軍法会議にかけられる可能性もあったからだ。

 すでに前線では、今回の作戦に参加した味方の三分の一に損害が出ており、敵の抵抗も激しく、ARMsとコクーンだけでは敵の基地を落とすのは難しい状況になっている。

 つまり、この戦艦を放棄することも、援軍を望んで押し切ることも出来なくなったのだ。


「グヌヌ……なんとしても侵入者を排除しろ!刺し違えてでもだ!」


 その指示に副官と艦橋のクルーに動揺が走り、艦橋を沈黙が支配する。

 そして誰一人動き出そうとしない状況に、ソヴールの怒りは爆発した。


「なにをしている!私の命に従えないとでも言うのか!これは『命令』だ!命令に従えないというのならこの場で処罰する!」


 そう叫んでソヴールは懐から拳銃を取り出し、銃口を副官に向け、引き金を引いた。


「グフッ」


 凶弾に倒れこむ副官。


「……あなたは、なんという…………」


 そんな副官を見下ろし、ソヴールは他の者たちに告げる。


「さあ行け!こいつの様になりたくなければ……」


 その瞬間、艦橋の扉が吹き飛び、中にARMsを身に纏った大柄の男が入って来た。


「抵抗はするな!おとなしく投降しろ!」


 レガートは艦橋に入るなりそう告げると、その異様な空気に辺りを見回した。

 そして、地面に倒れこむ一人の女性と、拳銃を手に持ったソヴールの姿が目に入った。

 それを見て、頭に血が上っていくのが自分にも分かった。


「貴様……部下を撃ったのか…………!」


 レガートはソヴールを睨みつけ、それに怯んだソヴールは銃口をレガートへと向け


「殺してやるぅ!死ね!死ね!死ねぇ!」


 残った銃弾をすべてレガートに向けて打ち込んだ。

 しかし


「拳銃ごときではフィールドを貫くには足りんな!」


 すべての銃弾はARMsに届くことはなく、掌握した量子フィールドで塞き止められた。

 そしてレガートは盾に隠された剣を抜き、そのままソヴールを切り裂いた。


「ぎゃやぁぁぁぁああああああ!」


 断末魔と共に床に倒れ、ソヴールは助けを求めるように弱々しく手をのばす。

 しかし、声を上げるよりも早くレガートの剣がその胸に突き刺さり、ソヴールは絶命した。

 ソヴールの死を確認したレガートは、静かに、艦橋のクルー達に告げた。


「身の安全は保障する。彼女の治療を手伝ってくれ」



 ◇◇◇◇



 多くのARMsが飛び交う中、カグヤは敵を一騎、また一騎と、その遅れを取り戻すかのように落としていっていた。

 しかし、ただの一人として命を奪うことはなく、ARMsを無力化して回るという、誰の目から見ても無茶な戦い方をしていた。


『カグヤさん、そのような戦い方では危険です。自身の命を最優先に、このままでは隊長に続きあなたまで失ってしまいます!』


「大丈夫ですわ!」


『カグヤさん!』


 あの穏やかなブラウンが声を荒げるほどに、カグヤは危険な戦いをしていた。

 だれも殺したくないというようなものではなく、誰も殺さない……そう思わせるような戦い方だった。


(もう……決して…………)


 カグヤは胸の内に秘めるものを吐き出すように、舞い、刀を振るう。

 そんな様子のカグヤに、ブラウンは


『戻ってくださいカグヤさん。今のあなたは戦場に立つべきではありません』


 そう言われたカグヤは、我慢できずに叫んだ。


「戻りませんわ!」


『!?』


「もう誰にもいなくなってほしくない」


 あの場所で隊長を失った。


「誰も死なせない!」


 あの場所で、自分を助けてくれたテレシアを死なせてしまった。


「もう誰の笑顔も奪わせない!」


 心の中のテレシアが、最後に見せてくれた笑顔が、どうしても思い出せない。


「失わせない!」


 テレシアと笑っていたであろう彼を、憎しみに染めてしまった。


「……だから!」


(これは、わたくしの願いで、私の……私だけの目標!)


「この戦いは……わたくしが終わらせますわ…………!」


 そう宣言すると、カグヤは掌握するマギカ粒子をさらに増やす。

 容量限界に達したリアクターから青白い光が漏れ出し、スラスターの出力が目に見えて上昇した。

 そしてカグヤは戦場を縦横無尽に飛び回り、敵ARMsを無力化してゆく。

 翼を叩き切り、武器を破壊し、峰打ちで意識を奪う。

 そうしているうちに、敵にマークされ多くの敵がカグヤに向かってきた。


「すべてを叩き落すまで……」


 それらもすべて、同じようにして落としてゆく。


「まだ取り戻せるものがある限り……」


 自身の肉が切られようと、それが変わることはなった。


「クッ!……私を止められると思わないでくださいまし!」


 茨の道を進み始めたカグヤを止められるものは、誰もいなかった。



 ◇◇◇◇



 敵戦艦が二隻とも沈黙し、すべての敵ARMsとコクーンを制圧した頃には、もう夕暮れに星が見え始める程になっていた。

 空には三日月が浮かび、静寂の戻った基地にカグヤは徒歩で帰投していた。

 最大出力で稼動し続けたARMs雪月花は、すすけて傷だらけになっており、スラスターにいたってはモーターが焼き切れただのお荷物と化している。

 カグヤ自身も全身傷だらけで、よく命があったと言われんばかりの姿になってしまっている。


「カグヤさん」


「カグヤっち!?」


 帰投したカグヤを、仲間のブラウンとサニーが迎える。


「お二人とも……わたくし、やり遂げましたわよ…………」


 そう言って、二人を見て安心したのかカグヤは身体から力が抜けてゆくのが分かった。

 倒れそうになるカグヤを、ブラウンがすかさず受け止め、その場にしゃがみ込んで


「よくぞ生きて戻られました……今は、ゆっくり身体を休めてください」


「えぇ……そう……しますわ…………」


 自分は今笑えているだろうか?……そう沈みゆく意識の中、カグヤは預かったお守りを握り締めた。

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