第二戦 願いはカタチを変えて

 家族を失った。

 孤児であったアルスにとって、家族を失うのはこれが二度目だ。

 一度目は、物心着く前に母親に捨てられ、二度目は…………


「側にいることすら……出来なかった…………」


 戦場で、殺された。

 敵を獲る事も許されず、アルスは独房の中で一人後悔に沈む。

 後悔の後には怒りが、家族を……テレシアを殺した女への憎悪があふれ出し、止まらなくなる。


「……必ず、殺す…………俺の手で…………」



 ◇◇◇◇



「ヴィアイン伍長の処分についてですが、初陣ということもあり、その処分はメリナダ准将に一任するとの事で本部より連絡がありました。どうしますか?」


 ガレッタの抑揚のない声が作戦室に響く。

 そこには隊長席に腰掛けるメリナダと、正面に構える副隊長のガレッタ、そして箱が鎮座していた。

 報告を聞いたメリナダはその顔を上げ、


「……アルスにはこのまま独房で頭を冷やしてもらうことにする。今ここで何らかの懲罰を与えたところで、戦場で私怨に走る可能性は大いにある。整理する時間が必要だろう…………」


「との事ですが、何か意見はありますか?」


 それは箱に向けられたものだった。

 すると箱から垂れ幕が下がり、そこには


『特に異論は無い』


 と書かれていた。


「なら、それで決まりだ。以降我が隊は補充人員が来るまで基地勤めとなる。ガレッタ、補充人員については何か聞いているか?」


「その件につきましては、人員不足のため新兵教導が終わり次第着任することとなります。砲撃管制、コクーン操舵を担当していただく予定です」


「そうなれば、ガレッタも前線復帰ということになるな…………『ヴァルキリー』の方は私が調整しておこう」


「お願いします、隊長」


『魔女復活おめ(笑)』


――――ガンッ!!


「箱の分際でうるさいですよ?」


 箱が凹んだ…………。



 ◇◇◇◇



 それから一週間後、独房から開放されたアルスは休みをもらい、ある場所に来ていた。


「遅くなっちまったな……テレシア……」


 彼女の眠る場所、多くの墓標が立ち並ぶ軍用墓所に、アルスは来ていた。

 手にはクローバーの花を携え、胸には一つの決意を秘めて……。


「俺が必ず戦争を終わらせる。お前が夢見ていた世界に、俺が変えてやる」


 クローバーの花を墓に供え、胸元のドッグタグを握り締め誓う。


「お兄ちゃん?」


「?」


 声に振りかえると、そこにいたのは


「……リグ?」


「お帰りなさい……お兄ちゃん」


 そこにいたのは、同じ孤児院出身の自分達を兄、姉と慕ってくれていた妹同然の女の子、リグレッタがいた。


「……ただいま。悪ぃ、テレシアのこと…………」


「うん、わかってる」


「…………」


 居た堪れなくなって視線を泳がせていると、リグレッタの服装に気がついた。

「おまえ、その格好…………」


 彼女が着ていたのは士官学校の制服だった。

 それは彼女が、軍人の卵となったことを意味していた。


「うん、私も仕官したの……お姉ちゃんやお兄ちゃんみたいに戦う力があるわけじゃないけど…………」


「何考えてんだ……もしかしたらお前まで…………」


「わたしだって、この戦争を早く終わらせたい。だから、わたしも出来ることをしようって思ったの。お姉ちゃんだって、そうだったから…………」


「……それじゃ駄目だ」


「え?」


 その時、アルスの端末が鳴り響き、アルスは反射的に端末を手に取る。

 相手はメリナダだった。


「アルスだ」


『アルスか、悪いが休日は返上だ。第一次防衛線付近に敵コクーンの中規模船団を視認した。今すぐ戻って来い』


「了解だ」


 そう言って端末を切ると、アルスはリグレッタに


「つうわけだ、リグ。もうすぐ警報がなるだろうが、お前は先に避難しろ」


 そう言ってその場を去ろうとする。


「お兄ちゃん、私は……」


「……俺は賛成してねぇからな」


「…………」


 振り向くことなく、アルスはそう告げて基地へ向かって行った。


「私は……それでも…………」



 ◇◇◇◇

 



 バイクを飛ばし、三十分程で第一次防衛線、第65補給基地にアルスはたどり着いた。

 基地にたどり着いたアルスの横に、怪鳥のシンボルが刻まれたコクーンが停船し、コンテナ部分が開き、メリナダがそこから叫んだ。


「乗れ!着替えは途中で済ませろ!」


 アルスはその声に従い、バイクごとコクーンに乗船する。


「どぉなってんだ!前線が張ってんのに防衛ラインギリギリまで中隊規模の敵がなんで来てんだよ!」


「わからん、だがこのままではここの防衛ラインは突破される」


「おいおい、冗談だろ」


「冗談であるものか!今現在この基地にいる部隊はわたし達を含めて六部隊しかいない。隣の基地から増援を送ってもらうにも一時間は掛かる」


「その間ここを死守しろってか……とんでもねぇな」


「敵の数はコクーン十八隻、そこから考えても騎士の数は五十近く……万事休すだ」


「それでも…………叩き潰すだけだ」


 後ろにはリグのいる街がある。

 今ここで引くわけにはいかない。

 もう、失わないためにも…………。


「フレスヴェルグで出る……問題ねぇよな」


「そのために呼び戻した。行け!アルス!」


「了解!」



 ◇◇◇◇




 カグヤは前線基地まで戻ってきて、隊長不在の中、隊長代理として隊の指揮を執っていた。

 その日も部隊長室で執務を終えると、ポケットから徐にお守りを取り出す。

 あの日に託されたお守りは血で汚れていて、それが遺品であることを物語っていた。


「約束を果たすのは、まだまだ先のことになりそうですわねぇ」


 彼女の友達というのはきっと、あの場に駆けつけた彼のことだろう。

 彼に向けられた憎悪の視線が、今でも思い起こされる。

 約束を果たすにしろ、誤解を解くにしろ、今は彼を探す時間さえない。


「それどころか、あの隊長を討ち果たした可能性すらある……」


 あれ以降隊長の行方は分かっていない。

 彼に討ち果たされたのか、それとも捕虜となってしまったのか。

 ミスターブラウンの見解では、およそ前者が可能性が高いだろうとの事だったが、前線が聖戦の森から後退したことで、そのことを確認することが困難になっている。


「今はただ、時期を待つしかありませんわね……」


 そうしてカグヤは思考をめぐらせていると、隊長室の扉がノックされた。


「どうぞ、お入りくださいな」


「失礼します」


 扉を開けて現れたのは、白髪の壮年男性、落ち着いた雰囲気を常に漂わせる、歴戦の戦術家であるブラウン・シュガーであった。


「お疲れ様ですカグヤさん。調子はどうですかな?」


「ええ、悪くはありませんわ。ただ……」


「ただ?」


 カグヤの視線はブラウンの手元を向いていた。


「それは何ですの?」


「書類ですが?」


 そこに持たれていたのは書類の山、先ほどやり終えたものよりも多い気がした。


「……なぜこれほどまでに書類が多いんですの!?基地に戻ってからというもの机に縛り付けられ書類の山と格闘すること一週間……一向に書類が減る気配がないのですけれど!」


 カグヤはブラウンに食って掛かる勢いで立ち上がり、半狂乱で書類の山を指差した。

 その様子を見たブラウンは苦笑いを浮かべ


「申し訳ありません。私の方で処理できる書類でしたら既に片付けておいたのですが、隊長が溜め込んだ書類の量がなにぶん、想像を超えておりまして……今の分でようやく三分の一の処理が終わったところです…………」


残りの書類の量を思い出し、冷や汗を流した。


「三分の……、一。単純計算でもあと二週間……無茶苦茶ですわ…………」


 ポフっと、カグヤは力なく椅子に座りなおし、頭を抱えた。

 絶望的な様子のカグヤに、ブラウンはフォローをいれる。


「まぁ、次の隊長が着任されるまでの辛抱ですので……」


「……本当ですの?」


 半泣きのカグヤの様子は、歳相応の少女を思わせた。

 その様子を見たブラウンは心なしか安堵すると共に、現状まともにフォローすることが出来ない自分に、苛立ちを募らせる。


「ええ、たぶん……ですが……」


「普段頼りがいのある方が言うと、不安も倍増しですわね!?」


 カグヤが再び悲鳴を上げながら立ち上がったとき、聞きなれたサイレンの音が鳴り響く。


「これは!」


「どうやら、敵が動き出したようですな」


 サイレンに嬉々とした表情を見せるカグヤに、ブラウンは半眼を開いて


「大変失礼ですがカグヤさん、これで書類から解放されるなどと……考えてはおられませんよね?」


「な……なにを仰いますの!?そんなわけありませんわ!」


 まあいいでしょうと、ブラウンは踵を返し一度咳き込んだ。


「では、私は先にコクーンに搭乗し、出撃準備をいたしますのでこれにて失礼いたします」


「了解しましたわ。では、わたくしは雪月花を受け取り次第合流しますので、あの変態をつれて先に戦列に加わっててくださいな」


「了解です、では……」


 そうしてブラウンが隊長室を出たのを確認すると、カグヤは窓の外に視線を向ける。

 そして手に握っていたお守りに視線を落とすと、あの時の事を思い出す。


「……あなたは争いの無い世界なんて、本当にあると思いまして…………?」


 戦士にしては優しすぎる、今は亡き彼女へ向けられた言葉は、虚空へ消え去った。



 ◇◇◇◇



 コクーンの甲板上でARMs『フレスヴェルグ』を身に纏い、アルスは数キロ先に構える敵コクーンの一団を睨みつけていた。


「おいおい……防衛戦じゃなくて、これじゃただの殿じゃねぇか」


『それを言うな。少なくとも近隣住民の避難が完了するまで持たせるぞ』


「わぁーってるよ。で、作戦はあるのか?」


『あるにはあるが……これを作戦と呼ぶにはいささか語弊があるかもしれないな』


 数瞬の沈黙の後、通信機の向こうからメリナダの諦めたような溜息が聞こえた気がした。


『かくコクーンは均等配置で展開、騎士は一騎でも多く敵ARMsを地面に叩き落せ!殺す必要は無い、敵を落として進軍速度を落とせればそれでいい。いいな!』


「了解だ!」


 アルスの掛け声と共に、甲板上に箱と副隊長のガレッタが上がってきた。


「副隊長に……箱?」


「ああ、そういえば紹介がまだでしたね。この箱はロウ・レグルス准将、彼の住処兼出撃用コンテナです」


「ちょっと待て、人がはいってんのか?しかも住処とか言わなかったか!?」


「はい、住処です」


 突込みどころ満載の箱……もといロウ・レグルス准将は、一言も発することは無く、代わりに垂れ幕が箱から垂れ下がる。


『よろしくね』


「は、はぁ……よろしくお願いします…………」


「そういうわけです。全員配置についてください、一番射出は准将、二番は私が、最後はアルスです。よろしいですね?」


「チッ……俺が最後かよ……」


「あなたを先に出したら、また暴走しかねませんので」


「わかったよ……」


 そして甲板に射出カタパルトが起き上がり、箱がコンベアーで運ばれ、何の脈略も無く射出された。


「おい……今の大丈夫か、Gとか合図とか……」


「………………今のは不味いかもしれませんね」


「ってオイ!」


「次は私ですね。ガレッタ・ウィングラダー、『ヴァルキリー』殲滅します」


 ガレッタは先ほどのやり取りを気にする様子は無く、飛びったって行った。


「……ちょっとは気にしろよ…………」


『何をしているアルス!お前も早く行け!』


「へいへい、わぁーったよ。アルス・ヴィアイン、『フレスヴェルグ』出るぞ!」


 最後にアルスが飛び立ったのを確認したメリナダは、コクーンの管制システムを立ち上げ、眼前の敵を睨みつける。

 そして、


「ここで戻って来い……アルス。憎しみの檻から……」


 未だにテレシアの死に雁字搦めのアルスへ向けて、届くことの無い言の葉を送る。



 ◇◇◇◇



 ここは避難で慌しい街の中、防衛線からは程なく離れてはいるものの、戦闘の余波は確実に届く距離に存在している。

 そんな街の中、人の流れに逆らって突き進む一人の少女がいた。

 アルスと墓地で避難するように言われていた、リグレッタという少女だった。


「急がなきゃ!防衛線が決壊する前に!」


 リグレッタはある場所に向かっていた。

 それは自身が通う士官養成学校の校舎であった。

 そこには軍事設備はもちろんのこと、兵装ARMsからコクーンまで揃っている。


(あそこなら、前線の人たちにコンタクトが取れる!)


 校舎にたどり着いたリグティアは、自身の持ってる端末をメインコンピュータに接続し、端末から複数のモニターとキーボードを展開するとその前に立った。


「ここに確か……あった!…………大丈夫、まだ巻き返せる!」


 彼女がなぜそこまでのことが出来るのか、それはリグレッタが『戦律の再来』と呼ばれる、天才戦術家であったからである。

 そして何より、今その戦場に立っているのが、家族であるアルスであるからにほかならなかった。


「待ってて、お兄ちゃん!」



 ◇◇◇◇



 防衛線の外側での戦闘は予想外の混迷を見せていた。

 それはアルスたちリベレッタ帝国軍の奮戦と、敵が予想しない戦力がこの場に存在していたからだろう。

 それはアルスが所属する部隊、422特別作戦遂行編成隊……通称『フレスヴェルグの片翼』と呼ばれる、天才と豪傑の結集した部隊の存在が一番に大きい。

 しかし、そのフレスヴェルグの片翼も全盛期に比べるとその力も衰え、隊員の入れ替わりもあり、この状況を打開するには至っていなかった。

 何故なら、今この部隊には不足しているものがある。

 それは……経験豊かな戦術家の存在だ。


「クソッ……斬っても斬っても、もちっとも減った気がしねぇ…………」


 アルスは戦闘開始から十機近いARMsを撃墜したが、敵全体の数が減ったようには感じない。

 先に出たガレッタ、ロウもアルスが落とした以上の敵を落としてはいるものの、敵コクーンが運んできた戦力は予想を遥かに超えていた。

 前方では未だにガレッタの広範囲雷爆撃が次々と雷を生み出し、大気を震わせながら敵を落としてゆく。

 さらにその先、別ブロックの敵に対し、ロウが黒い影を伸ばしながら捉えることの出来ないほどの一撃を持って墜としていった。


「やっぱすげぇな……先輩方は」


 アルスは二人の活躍を見て、改めて自分のいる場所がどれほどのものなのかを痛感した。

 それはきっと、テレシアも例外ではなかったはずだ。


「…………『不落城砦の神子』……か。そんな風に呼ばれてたな、テレシアは……」


 彼女の二つ名を思い浮かべ、テレシアがただやられたわけではないのは分かっている。


「汚い方法をつかわねぇと、あいつを殺すなんてできっこねぇ……だから」


 手に握るデュランダルにエネルギーを集中させ、迫り来る敵を睨みつける。

 デュランダルを振り上げ、アルスは


「だから絶対に……あいつは、あいつだけは俺が殺す!」


 咆哮をあげ、アルスはデュランダルを振りぬく。

 デュランダルの限定機能『中距離斬閃』が敵を切り裂き、血を撒き散らしながら敵が落ちてゆく。


 「俺が――――戦争を終わらせる!」



 ◇◇◇◇



 メリナダは一人、コクーンを走らせ邁進していた。

 迫り来る敵のコクーン。

 敵は主砲をこちらに向けて撃ってくる。

 だが、その一撃は僅かな傷をつけただけで、いとも簡単に弾かれてしまった。


「15インチ砲でこの船の装甲を抜けると思うな!」


 フレスヴェルグの片翼が所有するコクーンは、ARMs技師である艦長、メリナダの手によって既に戦艦と呼べるまでに強化されていた。


「次はこちらから行くぞ!」


 つまりは、搭載されている主砲もまた敵とは比べ物にならないほどのものが積まれている。

 メリナダは舵を切り、主砲の狙いを敵コクーンの動力部に狙いを定める。

 旋回する砲塔は、先ほどまで騎士を射出するために使われていたレールカタパルトだった。

 レールカタパルトは形態を変化させ、砲弾を射出するための形態、正真正銘のレールガンへと変形した。


「発射!」


 レールガンが火を噴き、砲弾は音速を超え敵コクーンに一撃で航行不能なダメージを与える。

 煙りを上げるコクーンの側面を通り過ぎた頃、メリナダのコクーンに通信が入る。


『聞こえますか?応答してください!現状を打開する為に協力してください!』


「何だこれは!?どこの誰だ!」


 メリナダは通信チャンネルを謎の通信に合わせると、声を上げた。


「何者だ貴様は!所属と名を名乗れ!」


『私は……、…………私は、第二防衛線士官養成学校中等部二年、リグレッタ・ベルレントです!』


「ふむ、私は帝国軍422部隊隊長、メリナダ・クロウツェンだ。学生が戦場のコクーンの通信に割り込むことがどういうことか理解しているか?」


『はい、第三級軍機違反に相当することは理解しています!』


「ならば……」


『ですが、メリナダ隊長にはこの状況を打開する方法があるのですか?』


「私の隊は特別作戦遂行部隊だ。守りきるのは不可能な状況ではあるが、諸君らの避難する時間は稼ぎきる」


『私にはあります』


「ほう……」


『作戦プランを送ります。どうか、検証なさってください』




 ◇◇◇◇



 ピピピ――ピピピッ!


「通信だと?」


「422部隊に告ぐ、作戦変更だ。座標L32-S246へ集合しろ」


「おいおい、今戦線を崩したら町まで一直線だぞ?なに考えてやがる……」


 アルスは怪訝に思いながらも、指示された座標をマップで確認すると、ニヤリと頬を吊り上げた。


「アレを使えってわけか……ホント、どうしようもねぇ状況ってわけか」


 指示された座標は戦闘領域の端、両軍のコクーンが対峙する戦線の中央を一望できる岩場の影であった。

 アルスは高度を落とすと、戦場を飛び交うARMsの下を、目標めがけて一気に飛びぬけていった。



 ◇◇◇◇




「今更ですが、来るのはアルス一人でよかったのではありませんか?」


 防衛戦の最中に呼び出されたガレッタは、静かに抗議をする。

 その横には、アルスがはじめて見るロウの姿もあった。

 漆黒の髪に、青い瞳、口元は布で覆われていて分からないが、その服装からして敵国の人間であることは分かった。

 どういった経緯で寝返ったのかは分からないが、箱の中で生活するなど、姿を隠すようにして生活していることからも、何か事情があるのだろう。

 そのロウが初めて声を上げる。


「そうでござるな。いったい何をするつもりなのか教えてほしいでござる」


(え?ござる?ござるって言ったのか!?)


 アルスがカルチャーショックを受けていると、鷹の紋章が刻まれたコクーンが三人の傍で停船する。


『三人とも早く乗れ!アルスは甲板に上がれ、あれを使う』


「わぁーったよ」


 アルスは一足先に、コクーンに乗り込んでいった。

 残されたガレッタは、疑問を口にした。


「アレとは、デュランダルの本来の機能を使うということですか?」


「で、ござろうな。戦闘が長引けば戦線離脱も難しくなるでござるし……最後の手段というやつでござる」


 たしなめる様にロウはそう言うが、ガレッタは不満があるらしく、ロウの頬をつねった。


「痛いでござるよ……」


「あなたはまたあっけらかんと……あれは友軍にすら秘密の実験中のシステムですよ?こんなところで出して上からなんと言われるか……」


「出さなければ、後ろの町の住人も、士官学校にいる我等の後輩たちも終わりでござる。兵士不足の昨今、果たしてどちらが優先されるでござろうな?」


「ですが、デュランダルが兵士に行き渡るようになれば、戦況は激変します」


「しかし、それはアルスほどの量子掌握量でなければ扱えぬでござるよ、あれはそういう持ち主を選ぶものでござる」


 頬をようやく開放されたロウは頬をさすりながら

「さあ、いくでござるよ」と、ガレッタより先にコクーンに乗り込んでゆく。

 後に続いてガレッタも、溜息を漏らしながらコクーンに乗り込んでいった。



 ◇◇◇◇




『各員配置についたな?では作戦を説明する、リグレッタ』


 は?……とアルスは思った。

 なにせ信じられない名前がメリナダの口から飛び出したのだ。


『はい、では時間もないので早速説明に……』


 リグレッタの声を聞いたアルスは


「おいなんでリグがそこにいんだよ!」


『うるさいぞアルス、説明を聞け。あと彼女はコクーンには乗ってない』


『えっと、とりあえず説明します』


 アルスが納得のいかないまま話が進んでゆく。


「…………チッ」



 ◇◇◇◇




『……というのが作戦概要になります』


『そういうことだ。それでは作戦を開始する!』


「了解だ!」


『了解です!』


『了解』


『承知したでござる』


 全員の返事を聞いた後、メリナダは一呼吸おいて、


『アルス!量子掌握は済んでいるな?デュランダルを撃て!!』


「わーってるよ!!」


 甲板の上でデュランダルを空高く掲げ、掌握した高濃度マギカ粒子を纏うアルスが声を上げる。

 狙うのは敵艦……ではなく、戦場の境目である。


『間違っても味方に当てるなよ!』


「分かったってんだろ!集中させろ!」


 アルスのいる位置から見える戦場は、防戦一方の撤退戦に入ろうとしていた。

 敵のコクーンは進軍を始め、味方側のコクーンは動けるARMsを引きつれ、後退を始めている。

 今この状況で攻め込もうとしている友軍は、自分たちだけだろう。

 だからこそ、アルスはデュランダルを握る手に力を込め、誓う。


(この戦争を終わらせる……この力を使って…………)


「量子充填完了!いくぞ!!」


 アルスの声を通信機越しに聞いていた面々の身体に力が入る。

 そして……


「量子兵装開放!断絶剣……デュランダル・セイバー!!」


 天地を裂くように振り抜かれるデュランダル。

 それと同時にイグニッション・ブースターを背後に最大出力で噴射し、その衝撃に備える。

 デュランダルは刀身から変質したマギカ粒子を噴出させ、砲撃にも似た斬撃が戦場を二分する。

 斬撃は大地を抉り、前進を始めていた敵艦はその進行を止める。

 その反動で地揺れが起こり、それが収まったころには、舞い上がった砂埃で見えなくなっていた戦場に大きな爪あとを確認することができた。

 戦場を横断するように、巨大なクレバスが現れたのである。


「……これが、デュランダル…………」


「神話の体現……聖戦の丘の英雄譚を見せ付けられているようでござるな…………」


 そこに甲板に上がってきたガレッタとロウは、その一撃の恐ろしさにそれぞれそう口にした。


「おいおい、実験したときより威力上がってんじゃねぇか……反動も半端じゃねぇぞ…………」


 振りぬいたデュランダルを支えていたアルスは、ARMsを装着していたにもかかわらず、その反動に耐え切れず膝を突いてしまっていた。


『それが今のデュランダルの最高出力だ、よく覚えておけ。では、ロウ、ガレッタ、進行方向の敵は任せたぞ。アルスは目標に着くまで待機だ』


「あとは拙者達に任せるでござる。アルス、よくやったでござるな」


 アルスの肩に手を置き、ロウはそう言ってカタパルトに向かって行く。


「相手が混乱しているこの隙に行きましょう。あの子の予測通りなら、出来れば力は温存しておきたいですし」


「そうでござるな……」


 あの子というのは、士官学校の通信システムからこちらの暗号通信に割り込んできたリグレッタという少女のことである。

 アルスの知り合いであることと、士官学校では天才と言われている事以外何の情報もない少女ではあるが、隊長であるメリナダが彼女を買ったということは、それだけの価値があるということだろう。


「想定されているのは最悪とは言いがたいですが、あの子は敵が簡単に引くと思っている節もあります。私は信用出来かねますが」


「拙者には分からぬでござるが、恐らく見ているのがこの戦場だけではないのでござろう」


「どういうことですか?」


「複数の戦場を見据え、戦況を分析し、作戦を立案する……准将に上がるときに耳にタコが出来るほど聞かされたでござるな、そういえば……」


「それを士官候補生がやっているというのですか?参謀の仕事ではありませんか!?」


「それが、『戦律の再来』と呼ばれる所以でござろうな……準備が出来たようでござるな、いくでござるよ」


「分かりました」


 ロウとガレッタは、ようやく立ち上がったカタパルトから、それぞれ大空に飛び立って行った。



 ◇◇◇◇




「いるか?リグ」


『どうしたの?お兄ちゃん』


「いや……」


 全速で航行するコクーンの甲板にへたり込んでいるアルスは、通信機越しにリグレッタを呼び出したものの、言葉に詰まってしまった。


「まさかお前が、こんなことする度胸があるなんて思わなくてよ……」


『私も、まさかお兄ちゃんが「フレスヴェルグの片翼」に所属してるなんて思わなかったよ?』


「これでも俺はエースなんだよ。まだ新人だけどな……」


『ねぇ、お兄ちゃん……』


「なんだ?」


『お姉ちゃんも、一緒だったんだよね……?』


「……ああ」


 やはり……と、来るであろうと思っていた質問を聞いたアルスは、静かに目を閉じ、テレシアがなくなった日のことを思い出す。


「あの時、俺があいつの傍にいれば……」


 怒りがこみ上げてくる。

 どうしようもなく、行き場のない怒りがアルスという器を満たしてゆく。


『言わなくてもいいよ、傍にいたお兄ちゃんのほうが、何倍も辛いだろうし……』


「大丈夫だ……俺があいつの遺志を継ぐ…………」


『えっ?』


「この力を使って、勝って勝って勝って……俺がこの戦争を終わらせてやるからよ…………!」


 その手にあるデュランダルを強く握り締め、はるか空を睨みつける。


『お兄ちゃん……』


 リグレッタのアルスを呼ぶ声に不安が混じる。

 その声がアルスに届くことはなく、継いだ願いが歪んでいく事を、彼は気づくことは出来ない。

 憎しみに囚われた彼の心には…………。

 

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