量子変成マギステラ

雨宮 琉已

第一章 終わりのための始まり

第一戦 会敵迷走

―アルバス歴3487年―

 この惑星を二分する戦争が始まって、丁度100年の節目となるこの日に、二人の騎士は出会った。

 この出会いが、今後数千年の永きにわたる因果を紡ぐことになるとは、この時の私には予測出来る筈がない。

 なにせラプラスの悪魔と呼ばれた私の答えを、ことごとく覆してくれたのだから……。



 ◇◇◇◇



―ノルィス・フォレスト峡谷―

 深い谷の幾重にも存在する峡谷は、すでに夜の静けさが支配していた。

 谷底から見上げた星空は、まるで天の川のように煌めいていた。

 しかし、そんな静寂を突き破り、渓谷を高速で駆け抜ける巨大な影が現れる。

 大型陸上装甲艦、コクーンだ。

 行く先の木々をなぎ倒し、岩をも砕きながら渓谷の谷を駆け抜け、闇の続く谷底に轟音を響かせる。

 そのコクーンの甲板が隙間明かりに照らされ、蒼い鷹のシンボルが時折顔を覗かせていた。


「まだ着かねぇのかよ?」


 甲板の上に一人いる少年は、闇の先を見ながら呟き、腰に据えた得物に手をかける。

 闇を見据える少年の瞳は、まるで鷹の眼の様な金色で、乱雑に跳ね回る髪は返り血を浴びたかのような深紅であった。

 彼の名前はアルス・ヴィアイン、数ヵ月前に訓練兵を卒業したばかりの新兵である。


『あと五分程で会敵します。電磁加速カタパルトを起動しますので、アルスは出撃準備をお願いします』


 司令室から通信が来るのと同時に、アルスの目の前の甲板が割れ、そこから電磁カタパルトが起き上がる。

 その根本には、蒼い機械の固まり……この時代の再新兵器、ARMsが2機待機していた。

 一機はアルスの駆る、この艦のシンボルであり主力機『フレスヴェルグ』で、もう一機は……


「おい、何で2機も上がって来てんだ!?先発は俺一人だったはずだらろぉが!」


「えーっと、実は私も一緒に行きます」


「よりにもよってテメェかよ、テレシア」


「そんな嫌がらないでよ~。幼馴染なんだし、仲良く行こうよ~」


 そこに出てきたのは、アルスと同じ孤児院で育った幼馴染みのテレシア・カルナバートであった。

 緑色の瞳に、流れるようなクリーム色のロングヘアーの、活発な少女である。

 2機目のARMs『フィールドアウト』の搭乗者である。

 二人が甲板上であれこれ言い合っていると、インカムから聞き慣れた女艦長の声が聞こえてきた。


『アルス、テレシア、作戦までもう時間がない。早く配置につけ!』


「チッ、了解だ」


「了解です!」


 艦長の声に従い、二人はそれぞれのARMsの前に立つ。

 そして


「量子認証、フレスヴェルグ起動だ!」


「量子認証、フィールドアウト起動して下さい!」


 それぞれのARMsが駆動音を響かせ、認証キーとなっている二人のイヤリングに埋め込まれた宝石が輝きを放つ。


『認証確認。大気中のマギカ粒子の掌握開始……180メガ掌握、フレスヴェルグ着装します』


 そしてフレスヴェルグは幾つかのパーツに分れて、アルス体に装備されてゆく。背中に飛行翼が備え付けられ、腰にはサブウィングとブースターが一体となった『イグニッションブースト』が、両手両足には鎧が備え付けられ、胸部には部隊のシンボルが刻み込まれたプレートが装着された。

 その姿は、神話に謡われる怪鳥フレスヴェルグを思わせる。

 続いて、フィールドアウトも着装を完了し、堅牢なる重騎士のような等身大の盾と剣を持った、カタクラフトが現れる。


「着装完了だ。さっさと出るぞ!」


「ちょっと、私より先に出ちゃダメだってば!?」


 我先にと、アルスは船頭に向かって歩き出す。

 それを追いかけ、テレシアも重い装備を引きずりながら歩み出す。

 そして二人の行動を見計らったように、警告アラームが黄色いパトランプを伴って響き渡る。


『電磁加速カタパルト、電圧上昇。射出タイミングを譲渡します。』


 二人はARMsの翼を展開し、カタパルトの射出に耐えるための対加速フィールドを自身の周囲に張り巡らせた。


『カルナバード少尉、発進してください』


 呼ばれたテレシアは、神妙な面持ちでARMsの左右にある発射翼を、両サイドのカタパルトに接続する。

 そして、


「テレシア・カルナバード、フィールドアウト出撃します!」


 その声と共に、テレシアの体は瞬間マッハ3まで加速、一瞬のうちに遠い空の彼方へ消えて行った。


『続いてヴィアイン伍長、発進してください』


 自分の番が回ってきたアルスは、嬉々としてテレシアのあとに続く。


「ようやくだ……アルス・ヴィアイン、フレスヴェルグ、出るぞ!」


 音速の戦場へ、怪鳥せんしが飛び立って行った。



 ◇◇◇◇



 そこはノルィス・フォレスト峡谷を望む、聖戦の森と呼ばれるこの戦争における一番の激戦が繰り広げられたと言われる広大な森の中、戦の爪痕に隠れるようにして、リンゼルハイン王国の国旗を掲げたコクーンが駐留している。

 甲板上には、一人の少女が月明かりに照らされ、彼方を望み哀愁に浸っていた。

 蒼く澄んだ瞳に、黒く、膝辺りまで伸ばされた流れる水のような美しい髪、肌は空に浮かぶ満月のように白く透き通っていた。

 さながら、彼女の故郷に伝わるかぐや姫を連想させる。

 否、それこそが彼女の名前であり、今のリンゼルハイン王国でかぐや姫と言えば、誰しもが彼女の姿を連想することだろう。

 何故なら彼女は、この歳で幾つもの武勲を挙げており、その美貌と高貴な家柄も相まって、新聞の一面を飾ったことも一度や二度ではない。

 彼女の名は月詠 カグヤ。

 誰しもが認める、英雄にもっとも近しいつわものである。

 ……そんな彼女に近づく影が一つ、この部隊の隊長、ガラテアだ。


「警戒任務ご苦労様、カグヤ」


 声に気づいて振り返ると、カグヤは少し驚いた様子でガラテアを見た。

「隊長?こんな夜分遅くに、いかがいたしましたの?」


「いやなに、君と話をしたくなってね」


「……口説き文句でしたら結構ですわよ」


 何かに勘づいたのか、カグヤは話しに入る前に釘を刺しておいた。


「それはサリーの専売特許だよね……そうじゃなく、今一度、君の考えを聞こうと思ってね」


わたくしの考え?」


 カグヤはわからない様子で小首を傾げ、ガラテアを見た。


「そう、君の考えだ。君はこの戦争で、一体何を成したいのか……どうなりたいのかって事なんだ」


「ああ、そういうことですの。そうですわね……戦争を早く終わらせること、ですわ」


「いや、違うんだ。そうじゃないんだ……君は、自分自身が何を欲して戦場に立っているのか、理解しているのか?」


「どういうことですの?」


「……そうだな、私なら大事な友人や家族を守りたい。戦場の火の手がその人たちを焼かぬように、私はここにいる。ある者は武勲を挙げ、誉れとしようとしていたり、戦場そのものを望んでいる者もいる。私が聞きたいのは大義名分じゃない、もっと個人的な理由だ。君はどうだい?何を望んでいる?」


 ガラテアが何を言いたいのか、何となくはわかったものの、カグヤにはその答えが出て来ない。


「カグヤ、君は確かに幾つもの戦場で多くの味方を助けてきた。しかしそれは何の為だね?『味方を助けること』は確かに正しい。だが、その中に君自身の命にも替えがたい人は居たか?それとも武勲を挙げ、有名人になるのが望みだったのか?違うだろう。君は与えられた勲章の授与を拒み、私の部隊に帰ってきた。その時は戦いに明け暮れるのが望みなのではないかと思ったが、どうも違う。まるで、目の前の理不尽を許せない、年相応の子供のようだった」


「私は……」


 何か適当に答えようとしたものの、ガラテアの真剣な眼差しを受け、それをすることは出来なかった。


「……なにも、言い返せませんわね……」


「そうか……なら、探してみなさい。戦争の中じゃなくてもいい、それを乗り越えた先で君がやりたいことを、夢を見つけるんだ。

戦う理由を、戦場に出る訳を、己じゃない何かに預けるのは止めなさい。でなければ、知らないうちに本当に大事なものを、取りこぼすことになる」


 夢を見つける……今まで考えもしなかったことを言われ、カグヤは満月の浮かぶ夜空を見上げた。


(そう、私にはどうしても、目の前で繰り返される理不尽に納得が出来ないのですわ。夢を見つけるなんて、今の私には……)


 ――その瞬間、電磁加速カタパルト特有のスパーク音が、二人の耳に届いた。


「今のは!?隊長!」


 ガラテアは反射的に非常ベルを叩いて、側にある無線機に怒号を飛ばす。


「総員第一種戦闘配備!敵が来るぞ!!」


 するとすぐに、無線機から初老の男性の声が返ってくる。


『何事ですかな?』


「ミスターブラウンか、ARMsを出す!『雪月花』を先に、私もあとに続く!貴方にはコクーンを頼んだ!」


『了解しました隊長、直ちに準備を』


「そういうわけだ。カグヤ、君は直ぐに出撃を」


「了解しましたわ!」


 カグヤは踵を返すと、甲板に上がってきた黒い塊、雪月花を起動する。


「雪月花、参りますわよ!」


『量子認証確認、固有識別確認、月詠カグヤ専用機、雪月花展開します』


 黒い塊は決められた軌道をなぞり、カグヤの身に纏う武具へと形を変える。

 両腕に細身の小手が、左腰に小太刀、大きな黒翼を抱える背中には身の丈ほどもある太刀が備えられ、細身にしては大きめの甲冑の随所に、仕込まれたクナイが見え隠れしている。

 その姿はまるで、『鬼の姫』そう形容するに相応しい、禍々しくも美しい出で立ちであった。


「月詠カグヤ……雪月花、推して参ります」


 夜空に輝く満月を背に、漆黒の鳥が舞い踊る。



 ◇◇◇◇




 峡谷を抜け聖戦の森に差し掛かった頃、アルスの通信機に前を行くテレシアから通信が入る。


『向こうもこっちに気づいたみたい。アルス、要心してね』


「了解少尉殿、こっちは準備万端だ。いつ始めても構わねぇよ」


 アルスは人口魔剣『デュランダル』をその手に構え、テレシアの飛行している先の空を見る。

 そこには満月が煌々と輝き、そこにある違和感に、アルスは眉をよせる。


「おい、テレシア」


『どうしたの?』


「月を見ろ、なんかいやがるみてぇだ」


『!?アルスは警戒を!あれの相手は私がする』


「おいおい横取りすんじゃねぇよ!見つけたのは俺だろうが!」


 子供のようなことを言うアルスに見かねて、艦長が通信に割って入ってきた。


『アルス、テレシアの言う通りにするんだ。どのみち相手も一人では出てこまい。不意を突かれないよう、十分注意しろ』


「チッ!了解した!」


『船が峡谷を抜けたら後の二人も出す、それまで持ちこたえろ。では、作戦開始だ!』


「『ミッション・スタート!』」


 テレシアは使い捨てのブースターを点火させ、滑空で落ちた速度を補い上昇する。

 アルスはテレシアが飛行していたルートに代わりに入り込み、敵のコクーンを探した。



 ◇◇◇◇



 上昇してからしばらく、テレシアが会敵するのは以外にも早かった。

 盾を構え、初撃が来るのに備える。

 そして敵が眼前に迫り、盾を握る手に力を込めた……だが


(なっ!?攻撃してこなかった?)


 とっさに敵の姿を追うと、すれ違った背後に敵の姿はなく、かわりに羽が空を斬る音が上の方から聞こえてくる。


「一瞬で上がった!?」


 テレシアは上を見ることなく軌道を変えながら、敵の姿を求めて上を見た。

 その瞬間に黒い影と銀色の刃が視界の端を掠めて行く。

 影を追って振り返り、そこにようやくその姿を捉えることが出来た。


「なかなかやりますわね?」


 声は遠くに、そう話かける声が聞こえた。


「貴方こそ!」


 影の主が北叟笑んだのが、何となく分かった。


(ちょっと、厳しいかな……)


 返す言葉とは裏腹に、テレシアは言い知れぬ不安に呑まれないように、たった今引き抜いた剣を力一杯握りしめた。



 ◇◇◇◇



「始まりやがったみてぇだな……」


 遠くに聞こえる金属のぶつかり合う音に、アルスは一種の興奮を覚えていた。

 本物の戦場に立った緊張なのか、はたまた喜びなのか、アルスは確かに自分の心臓が高鳴るのがわかる。

 そのとき、こちらに接近してくる白い鳥が見えた。


「ようやくお出ましか……待ちくたびれたぞ!」


 アルスは充填式加速装置イグニッション・ブースターを作動させ、一気に接近する。


「先手必勝!」


 デュランダルを振り抜き様に叩き付ける。


「させぬっ!」


 しかし、その一撃は往なされ、打ち合った剣の重みに意識を持っていかれる。


「チッ!」


「軽いな……それに掌握した量子が零れているぞ」


「うるせぇぞ!」


「狙いも振り抜きも甘い、よく見ておけ、剣とはこう振るうのだ!」


 刹那に振り抜かれた剣は、マギカ量子の嵐を纏い、それを受け止めたデュランダルとアルスを吹き飛ばす。


「クソッタレが!」


 アルスはなんとか姿勢を取り戻し、再びデュランダルを振り抜いた。

 充填式加速装置を再度点火、急上昇の後その勢いのまま宙返り、デュランダルを振りかぶる。


「切り裂けぇぇぇえええええ!!」


「なに!」


 振りぬかれた剣は相手を押し切り、大きくバランスを崩すことに成功する。

 だが同時に、無茶な体制で充填式加速装置を起動させたアルスもバランスを崩し、二人絡み合うようにして森の中へと落ちていった。



 ◇◇◇◇



 その頃、アルスの墜落を確認したコクーン艦橋は騒ぎになっていた。


「急げ!直ちにアルス及びテレシアの援護に向かうぞ!」


 ヒステリック気味に艦長、メリナダは操舵士で副艦長のガレッタに指示を飛ばす。


「……落ち着いてください隊長、前線には私と彼で向かいます。隊長は撤退の準備をお願いします。行きますよ『箱』」


 彼女は見た目の通り、抑揚の無い声音で艦長を嗜め、隣に置いてある箱をトントンと叩いた。

 すると艦橋に置かれた箱から垂れ幕が下がり、そこには『了解』と書かれている。


「そういうわけです。構いませんね?艦長」


「……わかった」


 渋々ガレッタの案を呑み、乗り出していた身体を元に戻す。


「ではガレッタ、及び箱は直ちに出撃、アルスとテレシアに合流せよ!そしてコクーンが渓谷を抜け次第両名を連れ帰還、戦線を離脱する!」


 ガレッタは敬礼をし、急いで艦橋を後にする。


「頼んだぞ……」


 それから一分と経たずに、翡翠色をしたガレッタ専用機と『箱』が撃ち出されるのが艦橋から見えた。



 ◇◇◇◇



 戦況は膠着していた。

 カグヤが相手にしているカタクラフト型はビクともせず、どんな攻撃もその盾で防いで見せていた。


(隊長も森に落ちた、これ以上時間を掛ける訳にはいかなくなりましたわ……)


 カグヤは再び太刀を振りかぶり突撃をかけるも、相手はバランスを崩す様子も見せず、その巨大な盾で弾き返してみせた。


「馬鹿みたいに硬いですわね……滑空距離も残っていませんし、そろそろ決着を着けさせていただきますわ!」


 量子をさらに掌握し、太刀へと纏わせる。

 そしてカグヤは進行方向にある切り立った巨大な岩を見る。

 聖戦の森に幾つも存在するそれらは、かつての激戦の爪痕であった。

 狙うのは一撃、ARMsでは決して防ぎ様の無い圧倒的な質量による一撃を、そのカタクラフトに浴びせる。


「裂空一閃!」


 カグヤは太刀を振りぬき、先に見える巨大な岩の先端を切り落とす。

「これで終わりですわ!」


 そう思った。

 だが次の瞬間、今まで守勢に回っていたカタクラフトは転進、カグヤに向かってものすごい勢いで迫ってきた。


「何を考えて……!?」


 次の瞬間、カタクラフトの操縦者の顔が視界に入る。

 決死の形相にカグヤは目を奪われ、次に聞こえてきた言葉に、カグヤは反応することが出来なかった。


「危ない!」


 声と同時に盾に体ごと吹き飛ばされるカグヤ。

 その目に入ったのは、安堵するカタクラフト操縦者と、それが巨大な岩に潰され、森へと引きずり込まれて行く光景だった。


「嘘……ですわ…………」


 そう思うのも当然だろう。

 何せ有り得ないものを見せ付けられたのだから……。


「私は今、目の前の岩だけではなく、頭上の岩をも切ってしまっていた……」


 そう、自業自得だったのである。

 本当ならば、その岩に押しつぶされていたのは自分自身だった。

 なのに……そのままにしていれば良かったものを彼女は…………。


「私は……助けられた…………!?」


 その答えに行き着いた瞬間、カグヤは土埃も晴れぬ岩の落下地点に急いだ。



 ◇◇◇◇



 地響きが森に響き渡った。


「なんだ!」


 相手の隊長と森の中で戦闘を続けていたアルスは、その方角を見る。

 同様にその方角を見る相手の隊長は、思わず口にする。


「カグヤ……」


 それは仲間の名前だろうか、そう考えていると、テレシアが空に居ない事に気がついた。


(まさか!?)


 思わず駆け出すアルスだが、相手がそう易々と通してくれる訳も無かった。


「行かせはしない!」


「チッ!」


(こんな所で止まってるわけには行かねぇんだ!テレシアが……)


――――バチッ!

 そう思ったのと同時に、頭の中で何かが弾けた。


「……退け」


 先ほどまで量子掌握に四苦八苦していたのが嘘のように、アルスは周囲のマギカ粒子を掌握してゆく。

 それは相手の量子領域をも飲み込み、さらに肥大化させ、高密度と化したマギカ粒子が淡い光を放つまでになる。


「退けよ!」


 振りぬいたデュランダルは髪のように軽く、応戦してくる相手の剣を次々と払いのける。


「なんなのだこの量子領域は!?」


「邪魔だっつってんだろォが!」


 アルスは全力でデュランダルを振り下ろし、それは相手の剣と共に、その身体を引き裂いた。


「ぐぅぅぅううう!」


 倒れこんだ相手を一瞥すると、アルスは岩の落ちた方角に向かって駆けて行った。



 ◇◇◇◇



 既に遅かった。

 彼女の元へ駆けつけた時には、その身体の半分近くが瓦礫に押しつぶされ、息も絶え絶えにカグヤの顔を見ていた。

 既に意識を失っていてもおかしくない程の重症であるにもかかわらず、彼女はカグヤを見てその目を輝かせた。


「……あ…………」


 カグヤはその様子を見て、ただただ不思議でならなかった。


「どうして……私を助けましたの?」


 それはそうだろう、敵であるはずのカグヤを、その身を挺して助けたのだ。


「敵ですのに……助ける意味なんてありませんでしょう…………?」


 どうしようもなく、苛立ちが募る。


「私を助けなければ、あなたはこんなことにならずにすんだでしょう!?」


 抑えきれない


「答えてくださいまし!」


 涙が……溢れてきた。


「……やっぱり、優しい……ですね…………」


「!?」


 彼女は笑っていた。

 泣いているカグヤを見て、微笑んでいたのだ。


「何を言ってますの……」


「……私の知ってる……カグヤさんだ…………」


「どうして、私の名を……!」


「お願いがあるの…………」


「答えてくださいまし!私はあなたと何所かで!?」


「お願い…………これを、私の友達に…………」


 彼女が差し出してきたのは、小さなお守り。

 血の滲んだそれをカグヤは受け取り、その手を強く握り締めた。

 それに応えるように、握り返される手に力はなく、彼女に残された時間が僅かであることを物語っている。

 それは二人とも分かっていた。

 だから、一番大切なことを、最後に言いたかった。


「助けてくれて、ありがとう…………」


「みんなが笑顔になれる場所……に、あなた…………なら…………」


 それを最後に、テレシアは息を引き取った。

 彼女を見取り、その手を胸の上に返すと、カグヤは涙を拭って立ち上がる。


「あなたの願い、私が引き継ぎますわ…………だから、安心してお眠りくださいまし…………」


「テレシア!」


「!?」


 突如、カグヤの後ろから聞きなれない声が聞こえた。

 振り向くとそこには、テレシアの亡骸を見て絶句している少年兵……アルスが、そこにいた。

 アルスの視線が流れ、その瞳がカグヤを捉える。

 その視線がテレシアとカグヤを何度か往復した後…………アルスは激昂した。


「テメェが…………テレシアを……、……ぶっ殺してやる!」


「待って下さいまし!話を!」


「殺す殺す殺すころすコロス殺す!」


 カグヤが白旗を上げる間もなく、アルスはデュランダルを振りかざし襲い掛かる。

 それを間一髪のところで受け流し、カグヤは剣を抜いた。


「落ち着いてくださいな!私の話を聞いて…………」


「ウルセェ!」


 その時、カグヤの通信機からブラウンの声が聞こえてきた。


『カグヤさん、敵にこちらの位置がばれました』


「ブラウンさん、申し訳ありませんけれど、今それどころでは!」


『隊長とも連絡が取れません、今すぐ撤退を進言いたします』


「隊長が!?まさか!」


『急いでください!このままでは隊が全滅しかねません!』


「くっ……分かりましたわ。今すぐ撤退を……!」


「逃がすかよ!」


 振り下ろされるデュランダルを退け、カグヤは緊急用ブースターを点火して逃走を図る。

 カグヤを逃がすまいと、アルスもイグニッションブースターを使い空へ上がる。


「殺してやる!今ここで!!」


(話をしている時間も、彼を止める手段も、今は無い…………)


 だから今は、この場を生き延びる事を選んだ。

 カグヤは脇に備え付けられた飛行阻害飛散爆弾を、追って来るアルス目掛けて投射した。


「はっ!」


「なんだ!?」


 爆弾はアルスの眼前で炸裂し、辺り一帯の大気を乱す。

 それと同時にアルスはバランスを崩し、再び地上へと落とされた。


「ふさけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 アルスが落ちるのを確認すると、カグヤは


「いつか必ず……渡しに行きますわ…………」


 手に握られたお守りを握り締め、部隊のコクーンへ向けて飛び去っていった。



「ふざけんじゃねぇ!もう一度飛んで…………!」


『そこまでです、ヴィアイン伍長』


「!?」


 アルスの通信機からガレッタの声が聞こえてきた。


『撤退命令です。箱がテレシア少尉の戦死を確認しました。少尉の遺体を収容後、隊は第二次防衛圏まで撤退します』


「まだだ!あいつの敵を討たねぇでもどれるか!」


『ヴィアイン伍長、これは命令です』


「俺は行く!」


『聞き分けろアルス!』


 メリナダまでもが通信機越しに声を荒げ始めた頃、フレスヴェルグのイグニッションブースターがフルチャージになったのを確認したアルスは、ただ復讐のために再び空へ上がる。


『ヴィアイン伍長!』


『アルス、もどれ!』


「もどらねぇ……敵を取るまでは!」


『……もういい、アルスを命令違反で拘束しろ』


 そう聞こえたと思った瞬間、アルスの視界に箱の残骸が落ちていくのが見えた。

 アレはそうだ……いつも艦橋にあった箱…………ロウ・レグルス准将の住処だ。

 次の瞬間に走る黒い光、それを捉えるよりも早く、アルスは闇の輝きに飲まれ、意識を失った。

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