第4話 意思をもって、話す

 藤原さんは、自分の意思で話し始めた。

「あの、それで、今、妹さんは……」


「ん。俺が大学3年の時に亡くなったよ。交通事故で」

 恥ずかしいことに、大の男が涙声だった。


 妹は、彩夏は、俺とは違う大学に進み、地方で独り暮らしを始めていた。

 俺が大学3年の夏休みの頃だったか、彩夏から手紙が届いた。

 当時は、携帯もメールもなかった。


「お兄ちゃん。

お元気ですか? 私は、元気です。

部活でアーチェーリー始めました。大会で優勝できたんだよ。

それからね。私、彼氏ができたんだよ。

お兄ちゃんみたいに、私の事ちゃんと守ってくれる人だよ。

私より1つ上の先輩だから、お兄ちゃんと同い年だね。

今度、紹介するね。

首藤 隆司(しゅとう たかし)さんって言って、テニス部のキャプテンなんだよ。

今度、夏の大会が終わったら、ママと成人式の着物、約束しているから、帰るようにするね。

じゃあね。

                                 彩夏」


 俺もやれやれと手紙をみて安心しきっていた。

 もう、へなちょこボディガードもいらなくなって、自分の青春をいっぱい楽しんでいる彩夏の事が嬉しいのと同時にちょっとだけ寂しかった。

 俺の手を離れたんだね。

 俺の大事な妹を粗末にすんなよ。首藤とやら……。

 彩夏からの手紙を机の引き出しに、そっとしまいこみ、夏の暑さが終わり秋に差し掛かかり始めた季節。

 その日は、家のリビングでゴロゴロしていて、よく彩夏に怒られて起こされたなと思っていた時だった。

 家の電話が鳴り響き、お袋が慌てて電話にでた。

 ずいぶん、長い間、電話をしているようだが、電話口からは、

「もしもーし」

 声が漏れている。

 なんだ? 胸が締め付けられる。

 お袋は呆然と立ち尽くしている。

 俺はお袋から受話器を奪い、

「もしもし。笹塚ですが」

「あっ。あの、救急病院です。笹塚彩夏さんが、交通事故にあわれて、そのぉ救急車で運び込まれて、それで、それで、先ほど、亡くなりました」

「はっ。おたく、何の嫌がらせ電話ですか。彩夏がそんな」

「いえ、あの、その。本当に病院です」

 どんな態度になっていたのか、わからない。

 病院の場所を聞くと、俺は車のキーを持って、お袋を無理やり車に詰め込んだ。

 スピードをだして、暴走していたのに違いないが、病院へたどり着くことができた。

「笹塚ですっ。彩夏は……」

 病室の前には、数人の学生がいた。

 お袋と病室に入ると、ベッドに横たわった彩夏がいた。

 ゆすって起こせば、起きあがり、

「おにーちゃん」

 って、言いそうだった。

 お袋は、彩夏の頬をそっと撫で、

「彩ちゃん。起きなくちゃ、ママと着物見に行くんでしょ。支度、しなさいってば、ね? 彩ちゃん。水色がいいんでしょ? パパもね。彩ちゃんには、うーんとかわいいの着せてやれって」

 泣き崩れるお袋に俺はどうしてやることもできなかった。

 自分のいる場所、現実の場所なのか、夢の中での場所なのか、見分けられない状態で、病室をでた。

 一人の男子学生が俺に声をかけてきた、

「僕、首藤 隆司です。彩夏さんとお付き合いさせていただいていました」

 今の俺には、そんなことどうでも良かった。

 首藤は、そのまま話し続けた。

「今日、彩ちゃん。練習試合が終わって、優勝したから、みんなでご飯食べようって、この近くのファミレスに行こうとしてたんです。俺たち、テニス部も合流しようかって、俺が迎えにいくから待っててねと言ったんだけど、彩ちゃん、『近いからいつもの先輩のバイクに乗せてもらうから大丈夫。ファミレスで会おうね』って、近いからって油断して、メットつけなくて、それでカーブを曲がりきれずにいたバイクからすっ飛ばされるように落ちて……。俺っ、俺っ。彩夏ちゃんが乗った救急車を追っかけて病院へ」

 首藤君の言葉は、自分とは関わりのないニュース番組を聞いているかのようだった。

 ふらふらと病院のロビーへ歩いていくと、親父が来ていた。

「彩夏は? 嘘なんだろ? けがしてる程度なんだろ?」

 親父は、俺の両手を掴んで、必死に食い入るように見つめていた。

 俺は、首を横に振った。

 揺れ動いて正体なく歩く親父を病室へ連れて行った。

 憔悴しきったお袋の横に崩れ落ち、泣き叫んでいた。

 悲痛な叫びだった。

 俺も叫びたかった。嘘だと、悪夢なんだと。

 だけど、叫べば、そこで彩夏がいないことを認めるようで、できなかった。

 俺の中では、彩夏が、

「ねー。おにーちゃん。学校行こう」

 って、手を引っ張ってきそうだった。

 俺は、彩夏から教えてもらった、人に喜んでもらえるイベント、大事にしたかった。

 だから、

 と、話すと女性二人のすすり泣く声が聞こえて、現実に返った。

「あっ、あの。ごめん。泣かすわけじゃなくてさ。その仕事につく、きっかけというか意気込みというか」

 しどろもどろの口調になっていた。


 沼田は、

「笹塚部長って、なんか、いつもしかめっ面してて怖いと思ってましたけど、そうじゃなくて妹思いで、家族思いなんですね」

「しかめっ面って、おい。そりゃひどいじゃないか」

女子高生は、あっ、いや、藤原さんは、

「すごい。きゅんきゅん、きますねー。ガチ。ヤバイです。あのぉ。ごめんなさい。あたし、もう一度、面接やり直してください。この会社で笹塚さんと沼田さんにいっぱい教えてもらいたいです。そういうマジな大人って今まで会ったことなくて……その、なんていえばいいのか、わかんないけど。頑張りたいです」

 俺と沼田は、顔を見合わせて、クスリと笑った。

「じゃ、次回は、入社式でね。会いましょう。時間は、追って知らせます。それまでに、何か1つFestivalの企画を考えておいてください。今日は、長時間、お疲れ様でした」

俺は、藤原さんに連絡事項を伝えると、彼女はキョトンとして

「はっ、はい。よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げていた。涙の顔だったけど、瞳に意志の火が燈っていた。

 彼女が、自分の意志で企画書を俺の元に持ってくるようになるのは、それほど遠い未来ではないだろう。

 今日という、1つのFestivalを乗り越えたのだから。


Festival.

fin.

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