第3話 大事な思い

 俺は、昼間、屋上で思い出していたことを話し始めた。

 それは、二人に対してじゃなくて、自分に対してもう一度振り返る意味で話していたのかもしれない。

「俺はね、『イベント企画』の仕事をしたいって思ったのは、大学の時なんだよ。正確には、俺が高校の時のね、『文化祭』での出来事がきっかけだった。ああ、プライベートの事だけど、俺には1つ下の妹がいたんだよ。俺よか、優秀な妹でさ」

 沼田は、笹塚の横顔をちらりと見ると、薄く涙が見えたような気がしていた。

 いつもの張りのある通る声と違い、小刻みだが震えている声だ。


「もう、20年以上前になる話だよ」


---25年前---

笹塚家。ある日の朝。


「ねー。お兄ちゃん。起きてよ! 学校いくよ」

 いつも、慌ただしく俺の事を起こしに来る妹、彩夏さやか

 正直ありがたくもあり迷惑だった。

「うっせーな。昨日の夜、遅くまで曲づくりで時間喰ってたんだよ。もすこし、寝かせろよ」

「遅刻になるよぉ。ママが心配してるよ」

「いーんだよ。うちに子供は、彩夏だけなんだから、俺はどーでもいーんだって」

「ねー。おにーちゃん」

「もうっ」と小さな声で呟いて俺の部屋を出て行った。

 俺と妹は、年子で学年も1つ違い。

 妹は、学年1、2を争うような子で、俺はどちらかと言えば下から数えた方が早いんじゃねーの。という成績だった。

「そんなじゃ、ろくな大学にいけないわよ」と、親父もお袋も心配していた。だから、家には、笹塚の家は、優秀な妹だけが子供であって、俺ははっきり言えば、彩夏のお荷物状態。

いい歳して、高3にもなって俺はふて腐れていた。

 そして、ちょっとだけぐれていた。

 ま、不良グループと付き合うとかはしてないけど、授業にはでない、さぼる、宿題は未納。

 こんな状態が、約1年以上続いている。

 彩夏が俺と同じ学校に入学してきてからは、もうプレッシャー以外の何物でもない。

 入学してくる前までは、これでも一応、真ん中位の成績だった。

 そもそも、あいつならもっとレベル高いとこ狙えたはずなのに、なんで同じ学校なんだか。なんでも「おにーちゃんが一緒だと守ってくれるから、いいの」

 はんっ。ま、あいつ、兄の俺が言うのもなんだが結構かわいい。だけど……。恐ろしく天然。

 だから、男子からはすぐっ! ターゲットにされる。

 そんなんで、俺はずーっーと、あいつのボディガード。

 セリフ棒読みの同じ役。

「おいっ。妹にてーだすな」

 毎回、同じかい。俺も芸がないな。

 俺は、お昼に近い時間になってやっとモゾモゾ起き出して、学校へ行った。

 学校へ行く理由も、バンドのメンバーと打ち合わせしたいだけで、別に授業なんざどうでも良かった。

 ちょうど昼休みだなと校門をくぐった時だった・・・。面倒なことに、また、彩夏が数人の男子に囲まれている。まったく、友達と行動しなさいって言ってんのに、言うこと聞かねーし。

 はいはい、大根役者登場しますよ。

「おっおにーちゃん」

 だから、彩夏、その、子犬みたいにすがるように尻尾パタパタして、俺の事見るの止めなさい。

おにーちゃん、実は寝起きでとても機嫌悪いんです。ワカリマスカ?

「おいっ。妹に……」

「げっ。今日学校来てないんじゃないのかよ」

 俺は、こう見えてもケンカは強い。

 校内ではベスト3に入るだろう。

「すっすんません」

 顔見て逃げ出しやがった。

 お化けなのかよ、俺は。

「おにーちゃんっ。ありがとっ」

 俺の腕に自分の腕をからめてきて、やめなさいって。いくつになってんだか。

「はいはい。俺は38度の熱があって、遅刻してるんだから」

「え? おにーちゃん。熱あんの? 保健室いく?」

 俺の額に手をあててきて、

「……」

 幼稚園か。おまえは。


 俺が、今日、学校に来た理由は、バンドメンバーとの打ち合わせ。

 そう、もうすぐ、文化祭が近づいている。

 文化祭だけが俺の唯一の場所だった。

 文化祭のことなら、例えどんなつまんない仕事でも積極的にこなした。

 成績通知表も、文化祭の項目だけは輝かしいことが書かれていた。


 バンドメンバーとの演奏は、文化祭の中でも毎年けっこういい位置を占めていた。

けど、今年はちょっと様子が違っていた。

 文化祭実行委員会からバンドメンバー全員が呼び出された。

「正式な部ではないので、参加するには、生徒の出席日数、成績、日頃の行動をみて判断します。これは、学校長が決めたことです。実行委員会は、それを伝えるだけの役目です」

「げっ」

 俺らの中でまともな成績、出席、日頃の行動。

 どれもできてる奴なんざいない。

 ちっくしょー。校長めっ。

 文化祭まであと、2か月。

 その間に無遅刻無欠席。

 成績は平均点以上。

 遅刻等の場合には、医師の診断書必要。

 うわーぁ。蕁麻疹でそう。

 メンバー5人は、そこでくじけてるわけにもいかず、ひたすら守るしかない。

 だって、今回で学祭は、俺たちにとっては最後だから……。


 彩夏は、俺の教室まで来て、

「おにーちゃん。大丈夫?」

 余計なお世話だ。それよりもクラスの男子がおまえを襲おうとしてるの、気づかねーのか。

 今、ここでケンカはできねーんだよ。子羊ちゃん。

「あー。彩夏ちゃん。おにーさん具合悪そうだから、俺らが教室まで送ってあげるよ」

「あっ彩夏。あの、俺が送ってあげるから、同級生に迷惑かけちゃ悪いから、なっ」

「いやぁ。いいんだよ。笹塚くんっ。具合悪いんだろう? なぁ」

 殴りかかるふりをしてくるクラスメイト。

 俺がケンカできないの知ってて彩夏にちょっかいだしてくる。俺に落ち度があれば文化祭の参加は認められないのを、みんな知っているからだ。

「あっ。あの、私、お兄ちゃんと帰ります。すみません」

「そぉぉお? 遠慮しなくていーよ」

 仕方なく、俺は彩夏の腕をひっぱり教室をでた。

「おにいちゃん。ごめんね」

 もっと早く気づけっ!

「でもさ。明日から、一緒に学校行かれるね。文化祭まで……」

 ああ。こいつのいい子ペースにあわせんの……。勘弁してよ。

 小学生の集団登校みたいじゃないか。

 班長さんは、俺か?

 翌日から、文化祭前日まで、規則正しい生活を強いられた。

 拷問に近かったな。

 でも、Festivalをやめたくないから。俺は必死だった。


文化祭前日。


 ようやくここまでこぎつけた。

 最終調整をして、明日の本番を頑張るだけだ。

 文化祭前日ということもあって、夜遅くなっていた。

 体育館近くで練習していた俺たちは、そろそろ帰るかと支度しはじめた。

「あれっ? おにーちゃん。いっしょに帰ろう?」

「うわっ。なんで、こんな時間までいるんだよっ」

「え? あ? まってたの……練習しながら……」

「練習?」漢字間違えてませんよね?

「あっ。うん。なんでもない。帰ろう、お兄ちゃん」

 よーく彩夏の顔をみると少し汗ばんでいる。

「おまえ。どした、熱でもあんじゃねーのか?」

「ううん。ないよ。早く帰ろう」

 何、やってんだか。

「ねー。おにーちゃん。文化祭終われば、もう、あたしとは学校いかないの?」

「たりめーだろ。登校班は解散っ」

「つまんないなぁ」

 アナタハ、ヨウチエンですか?


 俺たちの高校の文化祭は、毎年評価が高く、近隣の学校からも偵察隊がくるほどだった。

 バンドも何組もでている。

 俺たちはくじ引きで一番最後になってしまった。

 実は、一番最後って、だんだんみんなが帰り支度を始めてしまう時間で、あまり人気のない順番だった。

 それでも、この2か月の俺たちの血のにじむような努力を無駄にはできない。


文化祭当日。


 俺たち、バンドの演奏で事実上、文化祭も終わる。

 体育館で準備を始めた……?

 れ? いっぱい人がいる?

 扉の方をみると、彩夏の同級生が、

「まだ、文化祭は終わってません。ぜひ、見ていってください」

 会場に残るように誘導してくれていた。

 今まで実行委員会がそんなことしてくれたことないのに?

 え? なんでだ? もしかして彩夏の仕業か?

 でも、さっきから彩夏はいねーな。


 俺たちは、演奏を始めた。

「今日は、たーくさん。きてくれてありがとー頑張って演奏すんねー」

リーダーの舌足らずな挨拶ではじまった。


 ドラムロールと俺のベースが走り出す。

 奏でる音は、最初で最後だから、一番美しい音でだしたかった。


 しばらくすると、男子生徒の、

「うぉぉぉ」

 というどよめきが起こった。

 なんだ?

 スポットライトがクルクルと移動して。

 彩夏だ。それから2年の女子ほぼ全員?

 みんなお揃いのトレーナーにミニスカの衣装をきて、俺たちバンドの前で踊り始めた。

「あっ」

「練習してたの……なんでもない。」

 バンドの演奏と彩夏たちの踊りで、会場はめちゃくちゃ盛り上がった。

 この学校の歴史に残るぐらいだった。

 彩夏。ごめんな。にーちゃん。おまえのこと、うっとうしいなんて言って。

 守るの面倒だなんて思って。

 俺の事、一生懸命考えてくれていて。


 最高のFestivalだった。


 俺にとって、人生の中で一番大切なFestivalは、この文化祭。

 決して忘れないよ。


 高校を卒業後、俺はなんとか大学と名のつくところへと進学した。

 ほんとだったら、大学に進むどこじゃなかったけれど、あのFestival以降、俺は必死になって勉強し、大学に進めるぐらいになった。

 俺にとっては、未だに学園生活と呼べるのは、彩夏と過ごした高校時代だ。


「それでね。僕は、大学に行って、妹が俺にしてくれたように人に喜んでもらえるイベント企画をしたいと思って、この会社に入ったんだよ」

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