第23話 決死圏
「もう死ぬかもしれないと思った瞬間、あー、俺って生きているって実感できるわけよ」
あいつは遠くを見つめながらそう言ってのけた。いや、案外とそれほど遠くないのかもしれないが、身近なものを見て、そんなことを言っているのだとしたら、あいつと自分との距離があまりにも離れてしまっている。そう思いたくなかった。或いはそう、認めたくなかった。
「死に損ないが、えらそうなことをぬかすなよ」
僕は手当てに専念しようとしたが、あいつの言いように少し腹が立ち、そして不安な気持ちにさせられ、嫌味の一つでも言わなければ気が済まなくなった。
「ずいぶんと罰当たりな言い方をするじゃないか。お前さん、最近口が悪くなったよな」
よくもこんな状態で悠長な口のきき方ができるものだと呆れる。思えばアルフレッド・ローゼンベルガーと出会ってからこの方、呆れるようなことばかりだったが、期待を裏切られたことは一度としてなかった。あいつは必ず生きて帰ってきた。
「もしそうだとしたら、きっとそれは身近にいる誰かさんの影響さ」
いつものあいつなら、ここで大きな声を出して笑い飛ばすか、僕の首に丸太のような腕を巻き付けて減らず口の一つでも叩くのだろうが、さすがにその元気はなかった。顔は笑っているように見えたが、意識を保っていること自体が相当な負担のはずだった。『これまでで一番酷い』という状態を毎回、毎回更新している。まるで何かの記録に挑んでいるかのように。そう考えると、ますます腹が立ってきた。
戦いは厳しさを増している。いくら超人的な回復力を持っているからと言って、不死身ではないし、高い回復能力も無限ではない。あいつの基本性能はずば抜けているし、僕の治癒能力も同等のヒーラーに出会うことはまずない。しかし不死身の戦士などいないし、死者を生き返らせるヒーラーもいない。限界はもうすぐそこまで来ている。戦いの度に――生きて帰ることができた度に、そう思ったのだが、次の戦いのときにはさらにその上を行くダメージを負ってしまっている。
「不死身を証明するにはできる限り死に近づかなければならない。俺たちはそれを実践するためにこの星にやってきたわけではないが、本人たちがどう思おうとも、結局物事を決めるのは観測者だからな」
アルフレッド・ローゼンベルガーは無骨な人間であることは間違いないが、決して戦闘馬鹿というタイプではなかった。やや達観した物の見方をし、誰よりも熱く燃え上がるが、誰よりも炎をクールにコントロールできる。
「いい料理を作るためには、火加減が大事なのさ」
あいつが戦闘を料理のレシピみたいに表現することに最初は戸惑いを感じたし、実際、他人が聴いたら不謹慎だと思うに違いなかった。しかし、戦争などというものは不謹慎をどれだけ真面目にやり切れるのか。それこそレシピに忠実に敵を『料理』することを求められるし、名コックはすなわち、名将や英雄と呼ばれるのである。
「なるほど、確かに治療というのも、ある意味料理みたいなものだからな」
戦闘を料理に例えるのと、治療を料理に例えるのと、どちらがより不敬なのかということについては、僕たちは意見が一致していた。さて、今回の料理のテーマは勇敢なる戦士の活造り――我ながら、罰当たりなことだ。
「お前さんの包丁さばきはいつみてもほれぼれするね。世が世なら料理の鉄人として讃えられただろうな。アイアン・シェフ――ディーノ・カンナヴァーロとかな」
外傷は火傷、凍傷、打撲、毒物による皮膚組織の壊死。噛みつかれたり引っ掻かれたりした場所は雑菌によって化膿している。それらの菌は、あらかじめ予防処置がしてあるので、体内に入り込んでも免疫によって致命的なダメージにはならないが、体温は上昇し、普通の人間なら歩くことがままならないだろう。
あいつは「あばらを2~3本もっていかれた」と言っていたが、それは逆で無傷なあばら骨の本数だった。ヒビが入っている程度の物はおそらく24時間で自然治癒するだろうから、それでも治らない骨は右の4番と5番、左の6番と7番だ。しかしそれよりも深刻なのは左腕のダメージだ。前腕の橈骨(とうこつ)と尺骨(しゃっこつ)は粉砕骨折しており、筋肉組織はずたずたにされている。強力な顎をもつ敵に噛み砕かれたのもそうだが、使えなくなった左腕を盾替わりに使うような無茶をしたに違いなかった。
軽量級のパワードスーツは完全にダメージを吸収することはできない。あいつの内臓が無事なのは強靭な筋肉の鎧、そして破損と修復を繰り返して強化された骨の強度による。軽量級のパワードスーツの利点は、徹底的に追及された軽量化とより素肌に近い感覚を装着者に伝える機能の充実である。それによって体術を極めた者は道着を着た感覚で戦闘を行うことができる。敵対する相手の殺気のようなものを感じ取ってコンマ数秒の差を積み重ねることで有利に戦うことができる。
一方、重量級のパワードスーツは、高い防御力と直線的な推進力、そしてアタッチメントで様々な武器や防具を装着できるが同時に、それらをフルに使うことで多くのエネルギーを消費するという難点を持つ。行動可能時間内に敵を殲滅できなかった場合、格好の的になってしまう。戦線から離脱する際は、パージしてめくらましや自爆によって脱出を補助する機能は標準でついているが、重量級のパワードスーツは急な加速や停止、重火器使用時の衝撃などによって着用者の体力の消耗も激しい。
アルフレッド・ローゼンベルガーは状況にようってそれらのスーツを使い分けることができるオールマイティな兵士だが、軽量級のスーツを好んで使う。
「スーツが頑丈だと、ついついその防御力に頼って隙ができてしまう。常に命の危険を肌に感じられるこいつのほうが、俺には性にあっているのさ」
僕から言わせれば、あいつは命のやりとりを愉しんでいるのだ。不死身を証明するために、限界ぎりぎりまで死に近づく。死神の鎌が後ろに束ねた髪の毛を数本切り落とす間合いまでは平然と入り込み、死神がまとったマントの生地のしなやかさを頬に感じ、しゃれこうべの目の穴の中に深遠を覗き込み、不適な笑みを浮かべる。
「お前さん、知っているかい? 死神には目玉がないんだぜ。かわりに深い、深い闇があるんだ。俺は一度その闇の中にサバイバルナイフを突っ込んでやったことがあるんだぜ。そしたらどうなったと思う。あの野郎。ナイフごと俺を闇の中に飲み込もうとしやがった。もし一瞬ナイフを放すのが遅かったら、俺はこの世にいなかっただろうな」
あいつとコンビを組んだのは、その死神によってあいつの所属していた部隊が壊滅させられ、あいつただ一人、奇跡的な生還を果たしたあとだった。唯一の生き残りであったアルフレッド・ローゼンベルガーは、それをきっかけに『不死身の戦士』と呼ばれるようになったのだが、同時に『死神憑きのローゼンベルガー』と呼ばれるようにもなった。
あいつが受ける任務はどれも遂行困難なミッションであったから、必然犠牲者も多くなる。アルフレッド・ローザが通り過ぎたあとに死体の山があるのではなく、あいつの向かう先が常に決死圏なのである。
一人で生還したときは、右腕がめちゃくちゃになっていたそうだが、おそらくナイフを握ったまま敵の口の中にそいつをぶち込んだのだろう。刃物で敵に致命的なダメージを与えるのには有効な手段ではあるが、最後の最後でしか使えない方法でもある。今回の左腕のダメージは、そのとき以上にひどい。
コンビを組む際に相方の治療履歴を頭に叩き込んだ。いつどこで、どんな敵と戦い、どんなダメージを負ったのか。どのような治療をし、どのパーツを交換したのか。そして強化したのか。製品の耐久度やメンテナンスに必要な投与剤のリスト。インストールすれば、情報はいつでも引き出せるが、自分なりにインディックスを再構築し、あらゆる外傷、感染症、免疫過剰反応などに対応できるよう治癒パターンを用意しておく。
僕の能力が『神の手』と呼ばれるのは、何も特殊な能力を有しているわけではない。マジックに種も仕掛けもあるように魔法にも理論と経験則があり、すべては科学なのである。
人類が地球から本格的な地球外移民を始めたのは今から200年ほど前のことである。宇宙ステーションや月面基地の建設によって、擬似的な永住が100家族ほどで行われ、同時に火星の開拓が始まった。人はその中で新しい環境に適応し、新たな鉱物資源を得て、人類の科学は飛躍的に進歩した。地球上では不可能だったことが、可能になる。簡単に言えば人類は魔法を手に入れた。
火星や周辺の小惑星から新種の鉱物が発見され、ナノテクノロジーとの組み合わせで見た目に手をかざすだけで傷口を治癒するような技術が開発された。それらの技術は多国籍企業と軍事産業によって軍事用に開発されたものだったが、やがてそれらは共通の目的のために国や企業の枠組みを超えて技術協力を積極的に行うようになった。
人類にとって共通の敵に対抗するため、人類歴史上はじめて地球人はひとつにまとまったのである。共通の敵の出現は当初、さまざまな憶測が流れ、国や多国籍企業、或いは宗教や政治思想、社会思想に基づいた陰謀ではないかと思われたが、研究が進むにつれ、敵に対して人類が互いにけん制し会っている場合ではないことがわかってきた。
人類にとっての共通の敵――それは有史以来、常に人の傍らにいて人の行く末を眺めていた存在。彼らは友人であり、時に恋人よりも愛おしい存在であり、時に敬愛に値し、時に人々を和ませる。大型のものは、百獣の王と呼ばれ、畏敬の念を持ってあがめられ、また「強さ」「勇猛さ」の象徴とされるものもいた。
戦闘能力におけるしなやかさ、俊敏さ、狡猾さ。人類が文明を築く過程において、時に人を食う獣として恐れられ乱獲がされたこともある。
ネコ目(食肉目)- ネコ亜目- ネコ科- ネコ亜科- ネコ属- ヤマネコ種- イエネコ亜種が、人類の敵になったのは30年ほど前のことである。地球を離れ宇宙で人と暮らすようになったとき、人は当然のように、または実験の意味でネコを同行させた。人類が宇宙という新しい環境に適応していったように、ネコもまた宇宙の中で適応していった。いや、或いは現在のネコの姿が本来の姿であって、地球という、ネコにとって暮らしにくい土地で生き残るために、ネコは人類と共存する道を選んだのかもしれない。
そう考えれば、ライオンやトラ、ヒョウやジャガーは、人にへつらうことなく己の我を通した存在なのかもしれない。元来ネコは凶暴性を有しており、人に対する警戒心が強い生き物である。
犬は人につき、猫は家につく。
ネコは地球という家につき、その環境が宇宙に変わったのであれば、人類より宇宙空間に適応したネコは、もはや人に媚を売る必要はなくなった。機を見るに敏――かくしてネコは人類に牙を向け、虎視眈々と爪を磨ぎ、狡猾に人類にとって代わって、覇者になろうとしたのである。
奴らは人類が培ったテクノロジーを巧みに利用し、能力の強化を図った。或いは図らずしもその機会を得た。ほんのいたずら心で、飼い主が最愛のペットにナノテクノロジーを使った心肺機能や治癒能力の強化を行い、それぞれの個体が交配を繰り返すことで、人類の脅威足りうる怪物が生まれるまで、おそらく100年ほどの歳月がかかったことが、遺伝子レベルの解析で明らかになっている。
宇宙にでても、人の営みは変わらない。
強化を施された飼い猫たちが、飼い主の目を盗んで交尾をし、望まれることなく生まれた子猫たちは人に捨てられる。宇宙にまできて捨てられた猫たちを哀れに思い、人以外には施してはいけないような強化を行い、過酷な環境でも生き残れる「ちから」を与え、結果、野に野獣を放つがごとき愚行によって、人類は飼う側から、狩られる側へと逆もどりしたのである。
「別に誰かのツケを俺が払おうというわけではないさ。ただ――」
アルフレッド・ローゼンベルガーはいつも一枚の写真を携帯している。そこには年老いたビーグル犬が映っていた。
「相棒の仇を打ちたいだけなんだよ。ただ、それだけのことさ」
愛犬ジョバンニが宇宙猫に狩られたのは、あいつが火星に赴任して1年後のことである。当時、あいつは市街地に潜伏する小型の宇宙猫を駆除する任務に就いていた。数年前までは町の消防組織がこれにあたっていたが、宇宙猫の狂暴化は日に日に増しており、軍隊の出動となったのだが、時すでに遅し。圧倒的な運動能力と、狡猾な狩りのノウハウは、人の手に負えないレベルに達し、密林でゲリラと互角以上にやりあえる「エキスパート」でなければ対処しえないほどに宇宙猫は厄介な存在になっていた。
宇宙猫の学習能力は、人の想像をはるかに上回り、これまでペットとして飼っていた猫が、実際人類をどのように見下していたかを考えると、背筋が凍る思いである。地球にいる猫は今のところネコのままである。或いはネコの皮をかぶった猫のままであるといったほうが適切なのかもしれないが、飼い猫に対して、様々な検疫がなされるようになったのは言うまでもない。
エキスパートだったあいつは、軍の期待通りに確実に成果を上げていった。しかし、敵はそんなあいつをターゲットとして日常的に襲うようになったのである。そしてついに留守宅を襲撃し、10年連れ添った愛犬を惨殺したのであった。
「獣は捕食をする。しかし奴らは怨恨で他の生き物を惨殺する。これはもう戦争だ。奴らは俺に宣戦布告をしてきたんだ。絶対に負けるわけにはいかないんだよ」
普段、そういう話はしない男だが、死の淵をさまようようなとき、あいつは自分がなぜ戦っているのかを自分に言い聞かせるように昔話をする。僕はあいつの呪詛を聞きながら治療を施す。これはもう悪魔の儀式と言ってもいいだろう。
「すべてを終わらせる。それまでは死ねない」
アルフレッド・ローゼンベルガーはそれっきり黙ってしまった。これでようやく治療に専念できる。僕は小さくため息をついて、患者の神経組織、筋肉組織の再生を始めた。電脳化された僕の脳内では、複数のモニターが展開し、メディカルナノ粒子から送られてくる映像をチェックしながら的確に破損、欠損した組織の再生をNMM(ナノメディカルマシーン)に指示をする。
施術そのものはNMMが行うが、総合的な判断や手順は人間が行う。もちろんすべて機械に任せることも可能だが、あいつの身体は特注品の見本市のようなものである。もっとも効率的に回復させられるのは僕を置いて他にはいなかった。僕が軍の衛生兵――メディックを始めてから失敗をしたことがなかった。戦場から生きて帰ってきた相方を施術中に失ったことはなかった。その事実をさして『神の手』と呼ばれることに、いささか違和感を持っていた。
現場で直接治療をすることができれば、もっと生還率は上がるはずだ。そう考えて、メディックからヒーラーへと所属を変えた。メディックとヒーラーは衛生兵であることには変わりがないが、病院付衛生兵をメディック、戦場で傷ついた兵に応急処置を施すのはヒーラーとして区別するようになっている。ヒーラーは通常、部隊に一定の割合で配備されるが、僕はあいつ専属のヒーラーである。これはボクサーとトレーナーの関係に近い。トレーナーは戦場に行くまでの間、最強の戦士としてリングに上がれるよう体調管理をする。どのリングに上がるのかも綿密に打ち合わせる。そして戦場に赴けば、リングサイドで指示を送り、インターバルの間はダメージの回復と疾患部分の応急処置を行う。
「帰ってきてくれさえすれば」という状況ではメディックと変わらないが、戦闘を間近で見ることで、より適切な手当てをすることができる。戦闘中は簡易メディカルポッドの中で待機している。このポットは宇宙猫の嗅覚、聴覚、視覚に察知されない特別なコーティングが施されている。もちろん、発見されれば、逃げるしかない。ポットそのものが破壊されることはないが、中の人間は無事では済まない。
敵を職滅したアルフレッド・ローゼンベルガーを簡易メディカルポッドに収容してから3時間が過ぎていた。命にかかわるようなダメージはすでに治癒している。ここまでくれば、あとはベースに戻って治療をすればいい。味方に救援信号を送り、収容されるのを待つだけだ。
「だいたい終わったぞ。まったく、最近無茶が過ぎるんじゃないか。アルフレッド」
あいつは簡易メディカルポッドの施術台から半身を起こして自分の左腕を眺めた。左腕はNMM集中治療装置によって組織の回復施術が行われている。神経や筋肉質の重要なポイントはすでに僕の手で回復させている。腕を普通に動かせるようになるまでは、20時間以上必要だろうし、戦闘可能な状態までは3日以上はかかる。
あいつはどのくらいで治るのかをすぐに聴きたがるので、僕は少しばかり意地悪な答え方をした。
「今回のダメ―ジはかなり深刻だぞ。はい、これで元通りというわけにはいかないかもしれない」
「そりゃ、そうだ。元通りじゃ物足りねぇ。更なる強化が必要だ」
あいつは傷ついた左腕を眺めながらそうつぶやいた。
「馬鹿なことを! これ以上強化するなら、左腕だけではすまないぞ。そうやって体中いじくりまわして、お前はいつまでこんなことを続けるつもりなんだ!」
僕はあいつの鼻先に顔を突き合わせて本気で怒った。
「こいつは俺の戦争だ。勝つまでは止めないし、負けるまで終わらない」
「負けるまでって……、なぁ、アルフレッド。少し休まないか。戦闘と回復を繰り返すだけの毎日じゃ、体はともかく心が持たない。お前は気づいていないかもしれないが、僕にはわかるんだよ。最近のお前からは死の匂いがする。死神に取り憑かれているぞ」
あいつは笑って言い返した。
「おいおい、ヒーラーには死神をサーチする能力もあるのかい? 心配するな。相棒。俺は死ぬつもりもないし、死と引き換えに何かを成し遂げようなんて思ってもいない。ディーノ、必ずお前さんの元に帰ってくるさ」
もしあいつが怪我をしていなかったら思いっきりぶん殴ってやろうと思ったが、ヒーラーが患者を鉄拳制裁するなど、笑い話にもならない。そのとき、通信機から連絡が入る。
「こちらベース204所属、コンラート少尉。付近の安全を確認次第、お二人を回収します」
「了解。こちらヒーラーのディーノ中尉。アルフレッド大尉の応急処置は済んでいるが、ベースに戻ってすぐに治療をしたい。迅速な対応を求む」
回収船は6基の簡易メディカルポッドを収容できるが、最近ではフルに収容して帰還することは少ない。生還できなかったものは、別の便で収容されることになる。そちらはいつも満席だ。
「終わりのない戦いだと、お前さんは思っているのかもしれないが、そんなことはねぇよ」
「今のところ、終わりは見えてないじゃないか。戦況は悪化するばかりだ。あいつらの進化に、俺たち人間はついていけない」
「あれは、進化なんかじゃねぇよ。野生に戻っただけさ。俺たち人類が狩られる側になったのは、何も今に始まったことじゃないさ」
「そりゃあ、そうだが、じゃあ、アルフレッド。お前はどうけじめをつけるつもりなんだ」
あいつは簡易メディカルポッドから火星の空を眺めながら行った。
「そうだな。気が済むまでってところかな。だから、ディーノ、それまでは付き合ってくれよ」
「ペテンにもなってない気がするが、それなら僕にだって一言、言わせてもらえないか」
「なんだよ。相棒」
「どこに行ってもいいが、晩飯までには帰ってこいよ」
「ふん! おふくろにもそんなこと、言われたことないわ」
「待つ側の気持ちというのは、そういうものだ!」
「そうか。わかった。これからは、そうするよ」
僕たちは回収船に収容された
「少尉、どのくらいでベースに着く?」
「このまま、まっすぐベースに戻ります。中尉殿」
「まっすぐって、他の連中は……」
コンラート少尉は首を横に振った。この日の作戦でベースに戻ったのは、僕らだけだった。
宇宙猫との戦いは続く。
火星の覇権をかけて、長い戦いが続くだろう。かつて人類は、地球上で獣に狩られる側だった。長い時を経て文明を築き、環境を変え、人類は地上の王となった。いつか火星も人類のものとなるだろう。そう信じて僕らは戦う。おそらく僕らはエピローグを見ることはないだろう。アルフレッドは全身のスペックアップを志願し、僕もそれに合わせてより強力な回復能力を身に付けた。
人体の改造をどこまで認めるのか、地球では賛否両論が上がっているらしいが、環境への適応を止めることはできない。宇宙猫に対抗すべき天敵として宇宙犬の実用化が軍の研究所では始まっている。もう降りることはできない。気が済むまでやるしかないのである。
僕らはまた戦場へと赴く。あれから3年。体が一回り大きくなったアルフレッド・ローゼンベルガーは、さながら伝説の巨神兵のようだったが、相変わらず憎まれ口を叩いている。
「体がでかくなったのはいいが、あちこち頭をぶつけるようになった。早いところこのサイズにあった社会になってもらいたいものだ」
僕は視覚、嗅覚、聴覚を強化され、ナノシールドを発生させ、一時的に対象の防御力を上げる能力を身に付けた。さらに、NMMを治癒だけではなく、相手の細胞組織を破壊する手段として使えるよう強化された。戦闘可能なヒーラーというわけである。
「よくできた科学は魔法と区別がつかないというが、まるでファンタジーの世界だな。やっている本人は大まじめなのに、滑稽なことにしかならないというのは、いつの時代も変わらないようだ」
しかし、もっと劇的に変わったことがある。それは移動手段だ。物体を電子レベルに分解し、再構築するという技術が正式に採用され、任意の空間への転送が可能となった。今はまだ帰還の時だけしか使えないが、技術が進めば、いつどこにでも行きたい場所に人も装備も転送することが可能となる。これによって生還率は格段にあがるだろう。
「よし、そろそろ行くぞ、相棒」
アルフレッドは大きくなった体に合わせて新調された軽量級のパワードスーツに身を包み、火星の大地に躍動した。僕もそれに続く。背後から低い姿勢で一匹の獣が近寄ってくる。
「ジョバンニ! ついてこい!」
あいつの合図で武装をした大型犬が駆け出す。対宇宙猫用に試験的に宇宙犬が導入された。アルフレッドと同じく戦闘用に強化されている大型のアンドロイド犬である。
「ワオーン」
人類の愚行に、終わりはない。
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