第18話 気まぐれな猫と意地悪な狐

「おい、ピノキオ。何をしているんだ。こんなところで」

 ピノキオは思わず大きな声を出しそうになったが、ぎりぎりのところで我慢した。

「脅かすなよ。ただ覗き見をしているだけさ」

 正直に答えたくはなかったが、ピノキオにはそうするしかなかった。


「俺たちに嘘を言っても無駄だからな。正直なことはいいことだ。なぁ相棒」

「そうとも、いいことだとも。なぁ相棒」

 ピノキオの前には気まぐれの猫と意地悪な狐が肩を組んで立っていた。

「で、何を覗き見しているんだい」

「そうとも、何を覗き見しているのか、言ってみるべきじゃないか」


 ピノキオは二人に声を小さくするようにジェスチャーで指示を出した。二人は顔を見合わせ、二回うなずいてピノキオの要求にこたえた。

「狼がそこにいるんだ。だから大きな声を出しちゃだめだよ」


「なんだって! 狼か!」

「なんとまあ、狼だったのか!」

 二人は小さな声で驚いたが、それでもピノキオが驚くくらい大きな声だったので、ピノキオは慌てて駆け出した。


「見つかったら大変だ! 僕は逃げるよ」

 二人もそれに続いた。

「見つかったら大変だ。我等も逃げるとしよう」

「見つかったら大変だ。逃げるとしよう」


 こうして三人は森の奥へと逃げ込んだ。

「ここまでくれば大丈夫」

「そうとも、ここまでは追って来まい」

「追ってはきていないな」


 ピノキオは何とかして二人と別れたいと考えていた。なぜならピノキオは嘘をついていたからである。しかし、二人に嘘はついていなかった。ピノキオは狼を覗いていたが、同時に赤い頭巾の少女を覗いていた。そして少女の持っていた松明と水の入った瓶を覗いていたのだった。


 ピノキオはどうしてもそれが欲しかったので、狼にその手伝いをさせようと考えたのだった。もちろんそんなことを狼にお願いしても断られるか、逆に奪われるかのどちらかだったので、狼がいるところに少女を誘い込んだのである。


 ピノキオは考えた。


 うまくいけば赤い頭巾の少女は狼に襲われて食べられてしまうだろう。そうしたら、こっそり少女の松明と水を持ち去ってしまえばいい。どうせ狼はお腹いっぱいになれば寝てしまう。その隙を狙えばことは簡単に運ぶ。だけど、この二人に出会ってしまったことは最悪だ。これでは、二人に横取りされかねない。なんとかしなければ。


「君たち、そういえば面白い者を見たよ」

「なんだいその面白いというのは?」

「面白くなかったらただじゃおかないぞ」


 気まぐれな猫と意地悪な狐は、ピノキオに詰め寄った。

「人を見たんだよ」


 気まぐれな猫と意地悪な狐は顔を見合わせ、黙っている。

「人を見たんだよ。森の中で」

「人と言ったか」

「確かに人を見たと言った」


 気まぐれな猫と意地悪な狐は、さらにピノキオににじり寄った。

「人だと。人を見たといったかピノキオ」

「人類は滅びた。それなのにお前は人を見たというのかピノキオ」


 ピノキオは大きく何度もうなずく。気まぐれな猫と意地悪な狐はピノキオの鼻をずっと見ているが何も起きない。


 ピノキオは嘘を言っていたい。

「こいつ、嘘は言っていないようだ」

「確かに嘘ではないようだ。だが、どういうことなのだ。人がこの世界にいるなどと」

「あってはならんことだ」

「確かに、あってはならんことだ」

「さて、どうしたものか」

「うん、どうするべきか」


気まぐれな猫と意地悪な狐は、ピノキオから離れ、どうするべきかを相談し始めた。

「やはり、人にはかかわるべきではないだろう」

「そうだ。人とかかわるとろくなことにならない」

「隠れるか」

「身を隠すか」

「それにどうやら季節が動きだしたようだしな」

「これも人が来たせいなのか」

「そうなのだとしたら、急がねばなるまい」

「もうじき秋が来る。そんな気配がしているしなぁ」


 ピノキオには何のことなのかさっぱりわからなかった。気まぐれな猫と意地悪な狐はピノキオの知らないことをいろいろと知っていた。気まぐれな猫は、気まぐれなので、知っていることを知らないふりをしたり、知らないことを知っているふりをしたりして、ピノキオを困らせた。意地悪な狐は、意地が悪いので、ピノキオが嫌だと思うことは何でもするし、ピノキオが大好きなことはことごとく否定した。


「ねぇ、どうして人がいると季節が動き出すの?」

「別に。人がいなくても季節は動くさ」

 気まぐれな猫が不機嫌そうに答える。

「じゃあ、どうして季節は動き出したの?」


「人が春を見つけるからさ」

 気まぐれな猫は、自慢のひげを整えながら言った。

「そして夏を待ち望み、次には秋を感じる」

 意地悪な狐は腕を組みながら言った。

「最後に冬を迎えるのさ」

 気まぐれな猫と意地悪な狐が声をそろえて言った。


「冬を迎えたら、その次は?」

 ピノキオは首をかしげた。

「また、春を見つけるのさ」

「永遠にそれを繰り返す」


 ピノキオ眼をくるくると回し、ついでに首もくるくると回しながらほうけていた。気まぐれな猫と意地悪な狐は面白がってしばらくはその様子を見ていたが、すぐに飽きてしまい、ピノキオを思いっきり蹴飛ばしてから森の中に姿を消していった。


「あー、よかった。季節なんか僕にはどうでもいいんだ。さて、狼の様子でも見に行こうかな」

 ピノキオは四つん這いで顔を真上に向けたまま走り出した。ピノキオの目には紅葉し始めた木々が映ったが、それが秋の気配だとはまるでわからなかった。

 

 

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