第17話 summer time bluse
「まぁ、きれい」
赤い頭巾の少女は、美しい花畑を眺めながらため息をついた。ピノキオが教えてくれたっとり、森を抜けると美しい花畑が広がっていた。少女は水の精霊からもらった籠と火の精霊からもらった松明を木の陰に置いて、しばらくきれいな花を眺めていたが、そのうちにどうしてもその花を手にとってみたくなり、一本の白い花を摘み取った。
「人というものは、どうしてこうも変わらないのかしらね」
不意に誰かが少女に話しかける。あたりを見回すも姿は見えない。
「草花には草花のこの世界の役割というものがあるのよ。そしてそれを食べる虫や小さな動物たちにも同じように役割があるの。あなたたちは私たちの命の上にいきているのよ。それがどういうことか、わかって?」
「だ、誰なの。私はただ、お花がきれいだったから、どうしても欲しくなって……、それがいけないことなの? きれいなものを、きれいだと思っちゃいけないの。それを欲しがるのはいけないことなの?」
赤い頭巾の少女は、摘み取った花を見えない誰かに差し出した。
「ほら、見て。こんなにきれいなのよ」
「冬に枯れ、春に咲き、夏に栄え、秋に実り、そしてまた冬に枯れる。でも、あなたは実る前に摘み取ってしまった。その花は美しいけど、ただ美しいだけで、もう、この世界からはみ出してしまったわ」
「はみだすって……、それはどういうことなの。私がこの花を摘み取ったことで、世界の何が変わるというの」
「一人はすべて、すべては一人」
その声は次第に遠のいていった。
「待って、教えて頂戴、あなたは誰なの。この世界には他にも誰かいるの。お願い。私知りたいの」
「答えはすべて、あなたの中にあるわ。あなたの世界なのだから」
いくら少女が叫んでも、もう誰も答える者はいなかった。しかたがないので、少女はまたきれいな花を探し始めた。
「今度は赤い花がいいわ。それとも黄色い花がいいかしら」
夏の日差しに花々が力いっぱいに美しさを競っているようだった。その中から一番きれいな花を探そうと、少女は夢中になっていたが、美しい赤い花を見つけたときに、その葉に小さな虫がついていることに気付いた。
「まぁ、私今までぜんぜん気付かなかったわ」
少女が注意深くあたりを見渡すと、小さな虫たちが葉を食べ、蜜を吸い、大きな蟲が小さな虫を捕食し、蟲の亡骸は、より小さな虫によって分解されていた。
「私、以外の、命……」
ひらひらと舞う蝶々が少女の目の前で蜘蛛の巣に掛かり、身動きができなくなってしまった。それをグロテスクな模様をした大きな蜘蛛が捕食しようとしている。少女は思わず手を伸ばして蝶々を救い出そうとした。次の瞬間、強いめまいが少女を襲い、危うく卒倒しそうになったが、どうにか膝を突いて倒れることだけは回避した。
「誰なの、誰の声なの……、知っている声。でも、思い出せない」
少女の頭の中で誰かの声がする。
「いけないことなの、そうすることは、いけないことなの?」
少女は頭をかきむしり、思い出すことを辞めようと努力した。赤い頭巾が解けて落ち、金色の美しい髪の毛が少女の白く、細い指に絡まりつく。
苦痛に顔をゆがめながら、きれいな蝶々がグロテスクな蜘蛛に捕食される光景を、少女はじっと見つめていた。
生きるためにすること
この世界に生きること
この世界にある命
この世界にいる私
私の命
「私は……生きているの?」
強烈な吐き気が少女を襲う。少女は耐え切れなくなり、その場に倒れこみ、もがき、苦しみ、のた打ち回った。少女は懸命に松明と籠を置いた木のところまで這うようにして歩き、水を飲んだ。口に含まれた水は、口の中の嫌なものを洗い流し、喉を通って胃に落ちると、すっと体が楽になった。
「春に咲き、夏に栄え、秋に実り、冬に枯れる。そして命はめぐるのね」
「でも、人はそれを拒んだのよ」
また、あの声だ。しかし、今度はおぼろげに人の影が見えた。それはまるで陽炎のようであった。
「あなたは……」
「私は季節を司る者。私は名乗ることを許されない者。だから、もう、逝かなければならない。季節は巡る。あなたたちがここに現れたときから、そう定まっているの」
陽炎はゆらゆらとゆれながら、その形を少しずつ小さくしていった。
「消えてしまうの? 私がここにきたから? いえ、違うわね。さっき『あなたたち』っていっていたわよね?」
陽炎はさらに小さくなって行く。
「待って頂戴、行かないで、教えて! わたしのほかに誰かいるの? 私は……、私はいったい何者なの?」
「もう夏は終わるわ。もう秋がすぐそこまできているわ。それまでの間、あなたはあなたのブルース(憂鬱)をみつめていなさい。そしてここからすぐに立ち去るのよ。さもないと……」
陽炎は完全に姿を消してしまった。
少女は陽炎の忠告に従い、その場を立ち去ろうとしたが、赤い頭巾を落としてしまったことに気付き、花畑に頭巾を取りに戻った。少女が赤い頭巾を探していると、誰かが声をかけてきた。
「お嬢さん、探し物はこれかね」
そこには、大きな眼、大きな耳、大きな口をした大きな獣が立っていた。
「狼さん、ありがとう。それは私の頭巾です」
赤い頭巾の少女は、狼と出会った。
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