第7話 あいつは宇宙人4

「いよいよ、始まってしまった」

「終わりの始まりね」

「ああ、そうだ。この世界はもうじき終わる」

 私は悠斗に抱きかかえられながら世界の終末を眺めていた。


「この星が誕生して45億年か46億年か、その歴史の中で人類が栄えたのはほんの一瞬よね」

「宇宙から見たら、何も起きていないに等しいかもしれない」

「でも、私には悠斗がいた」

「ああ、僕には瑞希がいた」

「私でよかったのかしら」

「君じゅやなきゃいけない」

 悠斗は私の顔を覗き込む。悠斗の瞳に私の顔が映りこむ。


 人類は皆 一つになれない

 どんなに平和に暮らしても

 争いは起きてしまう

 自分と違うものを不安に思う

 人間は一番になったつもり

 宇宙は冷ややかに見てるだろう


 私の頭の中に、あの曲が流れる。そう『青の中の一つ』

「もしかしたら違った未来もあったのかしら」

「あったかもしれない。瑞希の中には、今でもそれがある」

 空が真っ赤に燃えているのに、悠斗の声だけははっきりと聞こえる。

 

「でも何もかも手遅れなんでしょう。ずっと空は私たちのことをみていたんだって、私わかるわ」

「そう。空はずっとこの星のことを見ていた」

 悠斗は悲しそうな目で空を見上げた。私も空を見上げる。

 真っ赤な空を。


「空が、怒っている」

 私がそうつぶやくと、悠斗がギュッと抱き寄せてくれた。


「君はとても優しいし、君は僕を信じてくれた。でも僕は君たちの力にはなれなかった」

「ねぇ、悠斗はどこから来たの?」

「君と変わらないさ。あの星空の、どこかの星からやってきた」

「私を探しに?」

「そう、君を探しに」

「そして、出会えた」

「ああ、出会えた」

「でも、もうこれでお別れなの?」

「この世界は終わる。でも、君と僕は出会うことができた」

 次第に悠斗の存在が儚げになってきた。私は不安でたまらない。


「それで……、それで悠斗は行っちゃうの」

「僕は行く。この世界が滅びれば、次の世界に旅立たなければならない」

「私を置いて、行ってしまうの?」

「君を連れてはいけない」

 悠斗の表情はひどく疲れているように見えた。あんなにはっきりと聞こえていた悠斗の声が細くなっていく。ひどく無理をしているのがわかる。


「瑞希、これから新しい世界が始まる。君は探さなければならない。その答えを」

「答え……、新しい世界っていったい何のこと?」

「君を導くものを探すんだ。そしてともに答えを見つけてほしい」

「わからないわ。私、悠斗と一緒にいたい」

「僕はここにはいられない。僕は……」

「わかっているわ。悠斗は宇宙人、そして超能力者で、未来人」

「そう、僕は、この星の人間ではない。特殊な能力を持っていて、この時代の人間でもない」

「悠斗は神様なの? それとも悪魔なの?」

「僕は神でもない。悪魔でもない。僕は……、見つめるもの。見届けるもの。終わりを告げるものだよ」


 人類の狂気は歯止めが効かなかった。

 その刃が自らを滅ぼすその時まで、自分たちがいったいどこからきて、どこに行くのか知ろうとしなかった。

 何人か、そのことに気づいた者もいたが、彼らは迫害され、亡き者とされた。

 私は悠斗にずっと守られていた。

 私は無自覚のまま、今日という日を迎えた。そしてわかった。

 ずっと前から、私はこの日が来ることを知っていた。

 人類は滅び、世界は終わる。


 これまでに、そういうことをいう人たちが何人かいた。

 その人たちは、自らの訴えを言葉や文字や、絵や歌や、踊りに託して多くの人に伝えようと努めたけれど、それはかなわなかった。

 彼らの声は次第に小さくなり、やがて見ることも聞くことも感じることもできなくなったとき、それは突然訪れた。


 恨み、妬み、嫉み、憎しみ、悲しみ。

 負の感情が世界を覆う。

 憐れみ、慈しみ、思いやり、愛し、愛され、与え、分け合い、助け合う心。

 正の感情はかき消されてしまう。


 大地は揺れ、風が吹き荒れ、炎は立ち昇り、水は飲み込んだ。


 世界は人類に牙をむき、人はそれに抗い、やがて空が落ちてきた。


 人類は滅びた。


 私はその様を、ずっと悠斗と眺めていた。

 そしてすべてが終わった時、悠斗は落ちた空をもとに戻してくるといって、私を置いてどこかに行ってしまった。

 永遠の闇が続き、私は眠りについた。

 長い、長い眠りに。


 私は風を頬に感じて、目を覚ました。

 私は広大な大地に横たわっていた。

 空には満点の星が輝いている。


「悠斗が落ちてきた空を、もとに戻してくれたのね」

「さぁ、君は探しに行かなければならい」

 ひときわ輝く星が、瞬きをしながら話しかけてきた。

「闇を見つけ、その中に光を見つけるんだ。君ならできる」

「悠斗……」

「瑞希、君は生まれ変わる」


 悠斗と過ごした日々のことが頭の中でフィルムが逆回転するように流れる。

 現在から過去に向かって。どうしてかわからないけど、頬を涙が伝わる。


「いや、悠斗、私、忘れたくない!」

 もう一度その言葉を言うことはできなかった。

 私の中から、何かが消えた。

 私の心にぽっかりと穴が開いた。

 私は探さなければいけない。

 この穴を埋める何かを。


 空から一枚の赤い布が舞い降りてきて、私の体を包んだ。

 それはどこか懐かしい匂いがした。

 一人でいる不安から私を守ってくれる気がした。


「これだけ派手な色なら、誰か見つけてくれるかもしれないわね。私のことを」

 私はいったい誰なのかという疑問も決して小さくない問題だったが、それすらも凌駕する大いなる疑問が私の探究心を刺激した。

「ここは、どこなのかしら」

 私は探し始めた。


 ここがどこなのか、私が何者なのか。どこからきて、どこに向かうのかを……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る