第6話 あいつは宇宙人3

 それからしばらく平穏な日々が続いた。

 この平穏というのは、受験生の私にはあまり似つかわしくないのかもしれないが、あいつとの関係も進むこともなく、疎遠になることもなく、いつもと変わらない日常の中で、大学受験と高校の卒業を迎えた。

 私は志望校に合格し、都内の大学に通うことになった。悠斗もまた、都内の大学に合格し、別々の学生生活が始まった。すっかり接点がなくなってしまうかと思ったが、二人とも天文学サークルに所属し1~2ヶ月に1度は合同のイベントで顔を合わせていたし、ときどき、星を見にドライブに行ったりしていた。


「子供のころはただ単に夜の星ってきれいだなって思って眺めていたけど、知れば知るほど星の世界って不思議よね」

「星を眺めていると、人類の存在なんてなんてちっぽけなんだって思えるとか?」

「そうね。それよりも、いつか教えてくれるんでしょう? あなたがどの星から来たのか」

「そんな話もあったね。でも、星を眺めていると、そんなことどうでもよくなるんじゃない?」

「星を眺めているときはどうでもよく思えるけれど、そうでないときは、やっぱり気になるわ」

「僕のこと、そんなに知りたい?」

「わかんない。知りたいような、知りたくないような」

「僕は瑞希のことならなんでも知っているよ」

「なにそれ? 天体観測規模のストーカーってわけ?」

「まぁ、当たらずとも遠からずってところかな」

「ずいぶんと大きく出たわね」

「これでもだいぶ、遠慮してるんだぜ」

「誇大妄想ね」

「いや、謙遜さ」


 いつかきっと悠斗は本当のことを話してくれるだろう。

 でも、きっとそのときは、すべてが終わるときに違いない。


 くるべき終わり。

 どんなものにも必ず終わりが来る。

 生命は誕生した瞬間に死という運命を背負っている。

 これに抗おうとして、生命はさまざまな進化を遂げてきた。

 いわば死の存在が生により多様性を持たせた


 そんな答えにたどり着くような会話をあいつとは何度となくした。

 なぜ、二人でこんな話をよくするのか。

 それは、テレビやネットで流れる最近のニュースが、きっかけになることが多い。

 いつからなのか。正直感覚が麻痺してきているのかもしれないけれど、中学生の頃までは、日本は平和な国だと誰もが思っていたのだと思う。


 いつからなのか。

 あまり考えたくないのだけれど、それはあいつが転向してきたのを機に、世の中はどんどん悪い方向に向かっているような気がする。

 それまで普通に生活していた人が、ある日を境に薬物に手を出して、破滅的な行動をとる。

 私は危うくその事件に巻き込まれそうになった。

 明らかに人為的或いは重大な過失による電車や飛行機の大きな事故。

 政治家・官僚・財界人の金にまみれた醜態

 現政権の打倒を掲げ、テロリズムに走るカルト宗教団体

 私が通いっていた予備校の生徒が刃物を振り回して講師一人を含む死者6名、負傷者11名を出した犯人は、その場で自決。

 警察の調べで、このカルト宗教に入信していたことが後でわかったが、宗教団体は犯行の関与を全面的に否定。

 しかし、その後同様の事件が横浜市、名古屋市、大阪市で発生し、警察は東京にある本部を強制捜査に踏み切ったが、そこで信者と衝突し、警察による発砲事件まで発展した。

 発砲した警察官は、娘がこのカルト宗教に入信し、脱退させるのに苦心をしていたことがマスコミにリークされると、発砲に正当性はなかったのではないかという疑惑が取り出された。


 このような事件は日本に限らず、世界各地で発生している。


 人生に絶望し、自暴自棄になり理由なく他者を傷つけるという犯罪は何も今に始まったことではない。

 ゼロ年代以降、世界的に経済格差が進み、富を持つものと持たざるものの間で、隷属関係とも言える身分格差が顕著化した時代においては、そのような犯罪例を挙げるのは枚挙に暇がない。世の中が少しずつ歪を増し、悪い方向へ向っているのだとの認識は、多かれ少なかれ誰もが共有していた感覚かもしれない。


 それでも、このような状況は異常であると指摘する専門家も少なくは無かった。ただ、その議論の帰結としては『高度に発達したネットワークが、情報や価値観の伝播を高速化、加速化し、理想論よりも現実論、平和的思想よりも武力を背景とする力学が好まれ、それを強く主張する政治家や思想化が大きな影響力を持つようになった』と分析するに至るケースが多かった。或いはそのような状況を利用――もっと言えば悪用をするような反社会的組織やグローバル企業の陰謀論まで飛躍して思考停止に陥るかである。


 私は――私とあいつにとっては、そんなことはどうでもいいことだった。

 悠斗は、物事の本質がどこにあるかについて、私にわかる言葉で導いてくれた。決して答えを教えてはくれない。だけど、私が一生懸命に悠斗の言葉に耳を傾け、自分なりの答えを導き出そうとしているとき、あいつの目はとても優しくて、私はそれを見るのが好きだった。


「悪魔っていると思う?」

 それは悪魔祓いと称してカルト宗教からの脱会をしようとした元信者を集団で惨殺したというニュースが話題にたっていた時のことだった。

「神様の存在を肯定するための材料としての悪魔はいるかもしれないけれど、そうでない神様と同様に実際に存在するって考えるほうが難しいわ」

「エクソシストって知っている?」

「悪魔祓い……昔の映画?」

「そうだね。実際に悪魔祓いはバチカン主導で行われていて、大筋としては映画のようなことが世界各地で行われているって話、信じる?」

「聴いたことはあるけれど、それって精神疾患との区別が難しいわよね」

「そう。だから教会はそう医学的な手続きもきちんと経た上で、悪魔祓いをするらしい。僕もこの目で見たわけではないけれど、悪魔の仕業としか思えないような事象というのは、いろいろとあるらしいよ」

『悪魔の仕業というと、首がまわったり、変な声を出したり?」

「当たらずも遠からず。憑依された人間の知らない言語で話したり、遠くで起きたことをさも、見てきたように説明したり、見たいなことさ」

「でもだからといって、悪魔というものの存在を証明するには物足りないわね」

「人類は観測できる物質的なものの存在をすべて証明しえたわけじゃないだろう?」

「究極的にはそうかもしれないけれど、それとこれとを一緒にするには、無理があるように思えるわ」

「じゃぁ、これはどう?」


 あいつは少し間を置いて、こんなことを言い出した。

「神様や悪魔は実は地球外生命体。人間は猿にその地球外生命体が寄生していまや遺伝子レベルで融合している。だからこそ、人間だけが神を持ち、人間だけが悪魔を恐れる」

「前半の遺伝子レベルで融合ということと、人間だけが神を持つというのは、ちょっと飛躍しすぎていないかしら?」

 私は思ったままを口にするだけだった。あいつには何の遠慮もしない。

「エクソシストはね、取り付いた悪魔の名前を聞き出して、それで取りつかれた人から悪魔を追い出すのだそうだよ。それってつまり、遺伝子レベルで融合したもとの地球外生命体の名前なんだよ。ウイルスが何かがわかれば、それをターゲットにした薬剤が投入されるように、エクソシストたちは寄生した地球外生命体を特定することによって、そいつの自我を崩壊させるわけさ」

「つまり神とは、その地球外生命体の自我が、神格化された存在であって、悪魔は、その逆というわけね」

「そう。神とは二つの生命体の自我が理性によって共存した場合に稀に神格化されるキャラクターになる。しかし、ほとんどの場合は、それがうまくゆかずに、原始的な本能だけが表に出て、より攻撃的で排他的なキャラクターになる。悪魔憑きの現象である超常現象的な――たとえば、遠く離れた場所の遠く昔のことを知っていたり、別の文化圏の言葉を話せたり、読めたりするのは、地球外生命体の特殊な能力の発露なのさ」

「そう考えれば辻褄が合うというだけでそれを信じる根拠はどこにもないといっていいほどに薄いわね」 


 私は頭では理解していても口ではあいつのいうことを否定する。それは地球人全体の平均的な反応を私が代弁しているようなものである。私はあいつの、悠斗の言っていることをすべて信じてしまっている。その反面、地球人として、そう感じるのかを素直に回答することを義務付けられているという感覚を拭い去れないでいた。


 そして、きっとそれには従うべきなのだ。あいつに嘘は通用しない。



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