嘘3

 歩き出したヤツについて行くしかない俺と飛鳥は、しまいにはショッピングモールを出て車に乗せられた。

 高そうな洋服店に着く、何度かこの店に来たことがある……それは主に親父とヤツに。

 ヤツは店の者に指示を出すと、俺たちの元へ戻ってきた。

「店にある白のワンピースを集めるよう言ったから、15分くらい店の中を見ていてくれないか」

 “もちろん、彼女をエスコートしてくれよ”と目で訴えかけてくる。

「好きなのあったら買ってくれんだろ?」

「亜樹と飛鳥くんのためならね」

 挑発して言ったつもりなのに、さらっと返されてしまった。

 この笑顔は本物だ、俺達のためならなんでもしてしまう。だから、苦手なんだ……大切な人のためなら利益さえも求めないで動いてしまうところが。

 まず、最初に女性ものを見てみると飛鳥の目が輝いた。可愛らしいデザインのものが好きな飛鳥は楽しいんだろうな。

 こんな平和的展開になるとは思っていなかったから、少しだけ安心した。

「気に入ったのあったら、俺にちょうだい」

 手を差し出すと、困った顔をして首を横に振る飛鳥。

「渡したのって、橘さんが買うんだよね?初めて会った人に服を買ってもらうのは変だよ」

「アイツは──俺達のことを気に入ってるから、買わせてやって」

 苦笑してからまた服を見始めて、取ってきたのは桃色のワンピース。

 そういえば、桃色とか桃の香りとか好きだな……誰かの影響か?

「他には?」

「いらないよ、これだけでいいの」

「……なら、俺もなんか買ってもらおっと」

 男性ものを見に行くのに、飛鳥もついてきた。不思議に思いながらも品定めしていたら、ふいに右腕の袖が引っ張られた──飛鳥だ。

「私が選んでもいい?」

 嬉しい気持ちが溢れる、店の中だけど抱き締めた。今まで遊んできた女の子も服は選んでくれるけど、俺をアクセサリーとして持ち歩くためだけ。

 こんな風に俺の中身も心も汲んでくれたのは、ただ一人……飛鳥だけ。

「ダメ、かな?」

 必死に絞り出した声で尋ねる飛鳥で我に返る。抱き締めていた腕を緩めて向き合う。

「ゴメンゴメン、可愛いこと言うから思わず抱き締めちゃったよ。お願いします、飛鳥に任せます」

 小首を傾げてお願いとしてみると、『喜んで』と返した彼女。こんな些細な瞬間でさえ俺の心を真っ二つにする。

 決めていたみたいにスグに取って戻ってくる。俺も気に入っていたスカイブルーのワイシャツと黒と赤のチェックのネクタイだった。

 確かに俺の好きな色だけど、ヤツも好きな色だから選べなかった。似ている部分を見つければ見つけるほど、自分に暗示をかける……好きじゃないと。

「亜樹の好きな色じゃないか、飛鳥くんはセンスがいい」

 後ろからヤツの声が聞こえる。飛鳥は一瞬だけ強ばったけど、嬉しそうに笑っていた。

 欲しそうな顔をするヤツに子憎たらしい顔で言い放ってやった。

「俺んだからな」

「分かってる、奪わないさ」

 まるで最後に『それだけは』とついてきそうで、言葉が続かない。俺の力ではどうしようもないことが思っている以上にある。

 あの頃は無敵で何一つ怖いものなどないと、それを誇りに思い生きていた。だけどそんなものはハッキリ言って、この世で何の役にも立たない。

 手を軽く叩いてから、飛鳥の背中に手を添えてこう言った。

「飛鳥くん、ワンピースが一通り揃ったらしいから」

 ヤツは心底嬉しそうに笑っていた。

 俺はそれを複雑な気持ちで見つめることしか出来ない。

「俺も行く権利あるよな?」

 飛鳥の安全を第一に考えれば、行くなと言われても行く。まぁ本音を言えば、ワンピース姿の彼女を見たかったから。

「付き合ってる?」

「違い──「当たり前だろ」

 一瞬、言葉が詰まってしまい飛鳥の否定の言葉に俺が被せる形になった。

 この先何が起きるか考えると、大事な一歩が踏み出せない。踏み出せば、考えている以上に飛鳥を悲かなしませることになる。


 沢山集まった中で飛鳥の気に入った一枚の白いワンピースを試着するのを待っている。

「お前は似たくないって思うんだろうけど、昔の俺にそっくり」

「臆病で大切なものを守れなかったあんたと一緒にしないでもらいたい」

 ヤツはこの上なく愛し合っていた恋人と両親によって別れさせられた。それは若い頃の話だが、今でも悔やみ続け、やっと罪滅ぼしができ始めたところだと言っていた。

「あの、着てみたんですが」

 試着室から出てきた飛鳥は、綺麗だった。俺の欲目だと言われても仕方ないけど、でも言葉が出なかった。

「やっぱり白が似合う……なぁ、亜樹?」

 わざとらしく俺に振ってくるから、思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。

 正直、飛鳥の事になると中学生みたいな俺になる……好きなのに素直になれない。

「綺麗だよ、飛鳥ちゃん」

 真っ赤になった彼女がキッと眉をしかめて、俺を見たからドキッとした。

 キザなこと言いすぎたかな、本当のことなんだけど……怒らせた?

「私、知ってるよ。私のこと“ちゃん付け”で呼ぶ時は茶化してるでしょ?」

「彼女の方が一手先を見ているな」

 飛鳥の髪を撫でるヤツに嬉しそうに微笑むから、危うく嫉妬の言葉を発しそうになったが冷静になる。


 とりあえず、会計はヤツに任せて二人で店の外で待っていると数分後にやってきた。

 ヤツは俺の顔を見て、思い切り頷いたから俺も頷く……始まるんだな。

「私から最初のプレゼントだ」

 ヤツが幸せそうに笑って飛鳥の前に丁寧に包装された箱を差し出した。

 不安そうな顔をしていたから、そっと背中を押してやった。

「受け取ってやって、橘も喜ぶから」

 振り返って俺の顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。

 これから何度だって橘がプレゼントをするはずだ……きっと飛鳥はその度に最初と同じ様に嬉しそうに微笑むだろう。

「ありがとうございます、橘さん」

「いえいえ、亜樹の分も私がチョイスして入れて置いたから」

 飛鳥の分だけのはずだったけど、気が変わったのか?

 言っている意味が分からず、飛鳥と顔を見合わせているとヤツが一人で笑い出す。

「部屋に帰って二人で着てくれたら嬉しいな、きっと似合うはずだから」

 似合わなかったらどうするつもりなんだろうと口には出さないが、大丈夫なのか心配にだな。

 何のことか分からないけど、とりあえず家まで車で送ってくれたのでよしとした。

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