嘘2

 目覚めて最初に飛鳥の頬に触れた、柔らかくて暖かい。

 もう、愛を知らない少女ではなくなった。髪を撫でる……愛しさが込み上げてくる。

「おはよう、亜樹」

 寝ぼけ眼で微笑む彼女にドキッとした、それでも軽いキスをすれば向こうが頬を赤くする。

「好きだよ、飛鳥ちゃん」

 言えば言うほど感情がなくなりそうで嫌だった。本当に彼女が好きなのに、全てを隠し通すために伝えてることが辛い。

 キッチンに向かい、朝食の準備を整えた──これからが始まりなんだから腹ごしらえはしっかりとしないとな。

「今日はショッピング行かないか?」

 俺の顔をじっと見つめて、困った顔をしている。

 なにか不味いことでも言ったか……もしかして、外出たくないとか?

 いや、あの父親はいないんだから恐れる理由はないはずだが。

「……私、お金持ってないから」

「俺が出すから、詳しく言うと親父だけど」

「居候なのに、そこまでされたら私ダメになっちゃ──」

 強く彼女を抱き締めた、そんな風に思ったことない……居候なんかじゃない。自分の人生は物やお金を与えてもらうこと、それが当たり前だと勘違いしていたものと気づかされた。

「それ以上言ったら許さない、俺が一度だってそんなこと飛鳥に言ったか?」

 嘘で塗り固めた気持ちのせいで伝わらないのかとも思った。

 だけど、小さく頭を横に振る飛鳥を見て、伝わっているのならいい。

 前髪をよけ、額に優しく口づける……そして、もう一度強く、強く抱き締めた。


 日用品から服まで色々揃えていく中で飛鳥の好みを知っていく。

 これが好きなんだ、意外だな。こっちは選ばないのか、気をつけよう……ただ、二人で買い物をするだけなのに幸せを感じる。

 この幸せは今だけなんだって自分に言い聞かせないと、勘違いしてしまいそうだ……これが俺の幸せなんだと。

 服を選んでいたら、横に飛鳥がやってきた……予想していた展開なのに戸惑った。

「どうした?」

「変なお兄さんがついてくる」

 彼女の振り返った方向を見れば、ヤツの姿がある。この距離でも冷や汗が止まらない。

「ちょっと話してくるから、ここで待ってて」

 頷く飛鳥を確認してから、平静を装ってヤツの元へ行くしかない。あぁ、吐き気がする。

 最初に口を開いたのは、ヤツだった。

「亜樹くん、上手くいってるかい?」

「はい、上手くやらせてもらってます。あと、飛鳥の親父さんの件ありがとうございました」

 疑問符を浮かべるヤツは、ふと思い出したあとに苦笑いをした。

「あれはやりすぎだなぁ、今までで処理が二番目に時間かかったよ」

「二番目…っすか」

 一番目を俺も知っているがために二番目とあえて言われたことが辛かった。

 黙って俯いていたら、ヤツが頭を撫でてきた──昔から悲しい時にしてくれる仕草。

「俺にかかれば、そのことで罪と罰を被らない限りはどうにでもできる」

 やはり、俺以外の人間の様々な問題を解決してきているだけある。

 言葉の意味をちゃんと理解してるつもりでも、ヤツならそれさえもどうにでもしそうで怖い。

「今日は、何の用ですか?」

 穏やかな笑顔が企んでいると自白していた。ヤツは、なにか企んでいる時にこういう人の良さそうな笑顔をする。

「飛鳥に逢わせてくれないか?」

 こういう人間だった、自分のしたいようにする。したくないことや不利益なことは一切しない、大人なのか子どもなのかどっちなんだ?

「約束と違う、どうする気だ?」

「なにも?ただ、挨拶するだけさ」

 悪魔のようにニヤッと笑う、気味が悪い。

 何を考えている?──嘘臭い、絶対なんか言う気だ。

 こんなタイミングで自分のことを明かすとは思えない、それだけに怖くて仕方ない。


 飛鳥の元へヤツと一緒に戻ると、不思議そうな顔をしている。

 分かってる、俺がなぜこの人と一緒にいるか分からないからだろう。

「飛鳥ちゃん、この人が橘」

 男爵のように頭を下げるヤツを見るなり、不審そうな顔をした彼女。

 俺から聞いた内容と一致しないからだろうな……でも、それは本当であり嘘でもあるからだ。

「初めまして、橘玲音です。君が飛鳥さんか、想像通りのお嬢さんだ」

「想像通り?」

 言われた本人より先に聞き返してしまった、ヤツの想像がどんなか気になったから。

 飛鳥が不安そうな顔で俺を見るから、微笑んでみせると少し安心していた。変な人だけど、飛鳥には絶対優しい人だから大丈夫。

「白いワンピースが似合うお嬢さん」

「橘さん、意味が分かりません」

 ヤツがスーツであろうと関係ない、脛を軽く蹴る。見た目は若くとも年齢には勝てないらしく、痛がるヤツをいい気味だと心の中で笑った。

「大丈夫ですか?」

 痛がるヤツを優しく気遣う飛鳥。

 こんなのは少しくらい痛い目見た方がいい、いつか後ろから刺されるよりはマシだ。

 痛みから立ち直ると、飛鳥の手を取り微笑んだ。

「優しいね、飛鳥くんは」

 飛鳥の名前を強調して言いながら、俺を見るのをやめてくれ。

 助けてもらってることには感謝してるが、優しくする理由はないからいいだろ?

「純粋無垢で猫のように可愛らしい──そうだ、白いワンピースをプレゼントしよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る