kiss8

 いつの間にか眠っていたようで、隣で先に起きていた亜樹と目が合った。

「──ゴメン、泣き疲れて寝てた」

 照れた顔で笑う彼は、どこか幼げだった。

「いいよ?」

「そういうと思ったけど、言いたかったから」

 照れ隠しでキッチンに行き、水を飲む彼。追いかけるようにキッチンに入ると、水をかけられた。

 何が起きたのか分からなかった。でも、いたずらっ子みたいに笑う亜樹。

「びしょ濡れ、笑える」

 クスクス笑う彼に冷蔵庫を開けて、ペットボトルの水をかけた…見事命中。

「仕返し……驚い──」

 勢いよく引き寄せられて、キスされた。唇から中へ──今までのキスと違って、深い。甘い味さえしそうなほど、深く奥深くまで飲み込まれそう。

 二人で溶けてしまいそう──濡れた服から体温を感じる、きつく抱き締めた。壊れそうなほど、ギュッと。

 どれくらいの間抱き合っていたのかな?何かに気づいて、慌てて私から離れた亜樹が言った。

「ゴメン、ちょっとだけ離れてほしいです」

 敬語で言われて戸惑ったけど、とりあえずキッチンからリビングに戻った。

 胸の鼓動がまだ収まらない、どうなってしまうか分からなかった。なのに、どうなっても構わない私がいた。

「先に昼ごはん作ろっか、オムライスくらいしか材料的に出来ないけど?」

「手伝ってもいい?」

「ダーメ、俺が狼になっちゃうかも。飛鳥ちゃん先に着替えておいで?」

 茶化して言った亜樹の顔が真っ赤だから、私まで真っ赤になった。

 言われた通り、着替えを借りて寝室に行った。遊び人と呼ばれていた彼が私には全く想像できない、優しくて強くて誠実な亜樹が私の中にあるから。


 着替え終わり、リビングに戻ると亜樹も着替えていた。野菜を切る音と背中が優しい雰囲気を醸し出していた。

「亜樹、今日のご飯なぁに?」

 昔のお父さんを思い出してつい言ってしまった。

 振り返った彼は眼鏡をかけていた、ちょっと大人っぽい。

「メッだぞ、何作るか知ってるのに聞くのは。それと聞き方が可愛すぎるから」

「だって、お父さんに似てたの」

 言ってから気づいた──DVや虐待をする父親と一緒ってスゴく嫌じゃないかって。困らせたと思ったけど、亜樹は笑っていた。

「ついでにお母さんにもなってやろっか?」

 そういうとキッチンの棚から、フリフリのエプロンを取り出してつける。一回転して「いかがですか?」って顔するから、こっちがドキッとした。

「なんか感想言えよ~」

「可愛いです」

「なんだよ、それ~つまんねぇの」

 ふてた顔をして、オムライスを作り始める……可愛いのは本当だよ。だけど、勝手に嬉しくなるのはいけない気がして嘘をついた。

 お母さんもお父さんも大嫌いだった私に幸せな思い出を記憶から掘り起こしてくれた。

 あんなお父さんでも幸せだった優しい時もあった、でもいつから変わってしまった?

「──オムライス出来た、ケチャップつけろよ」

 キッチンから出てきた亜樹が作ってくれたそれは、小さな頃に食べたものに似ていた。お母さんがよくケチャップで名前を書いてくれたのを覚えている。

「ほら、ケチャップ。つけないとだめだぞ?」

「亜樹のもつけていい?」

「いいけど、どうしたの?」

 不思議そうな顔をしていたから、人差し指を立ててナイショってしてあげた。

 キッチンの片付けを軽くしてから戻ってきた亜樹は、驚いた顔をしていた。今までは驚かされてばかりだったから、ちょっと楽しい。

「漣のこともお父さんとのことも……全部、全部ありがとう」

 うつむく彼の横顔は、苦しげだった…涙が溢れていた。なぜ、そんな顔をするのかその答えを訊くことはできない。

「ありがとうなんて大げさだよ。俺は浩と利緒も幸せにするから、必ず」

 頭を撫でてくれる手が少し震えていた気がした……気のせいだよね。

 このあと食べたオムライスは、見た目からは想像できない味で思わず二人で笑った。でも、きちんと残さず食べた。


 ご飯を食べ終わった後も夕方まで眠っていた。二人と一匹は寄り添うように寝ていたから、家族なんだなって思えた。

 二人で作った晩ごはんを食べながら亜樹が提案をした。

「天体観測しよう、なんか今日はよく見えそうな気がする」

「見えそうな気がする?」

 ニコッと笑う亜樹は子どものようで無邪気だった。

「当たる、絶対見える」

 食べ終わった食器を片付けながら、ニヤニヤしている彼はまるで猫のよう。

 毛布をベランダに持って出て、二人くるまって天体望遠鏡を覗く。

 抱き締めたりしてるのに、肩が触れるか触れないかでこんなにドキドキしてる。

 この先何か起きたとしても、それでもきっと変わらない思いだってある。亜樹を好きで、好きで、たまらない気持ちもその一つ。

 今だって夜の月を見ながら亜樹は太陽に似ているって思ったことや、私に光を与えてくれて向日葵のような笑顔をくれること。

 嘘を明かしたあとのキスは、嘘を交わしたときよりも甘く溶けてしまいそうだった。

 全部教えてほしいなんて、わがままは言わないからせめて真実だけを少しずつ明かして。

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