kiss7

 朝目覚めると、お母さんからメールが入っていた。


“どこにいるの、お父さんが怒っています。”


 怖くて肩を抱いて震えていたら、亜樹が抱き締めてくれた。

「──どうした?」

「おかあ……さんから、メール来てた」

 携帯を受け取り、画面を見た亜樹は驚いていた。

 全てを話しているからこそ、亜樹を巻き込みたくない。言わなければよかった、こんなことまで助けてもらう訳にはいかない。

「俺も一緒に行く、守りたい」

 強い意志を持った目に何も言えなくなって、手を引かれるまま携帯だけを持って部屋を出た。

 タクシーをつかまえてから、行き先だけを伝えて黙りこむ彼。考え事をしている時はいつも黙りこむみたいだ。

「亜樹、殴られるかもよ?」

 頷く彼に不安が募ってくる。

 あの父親が一発殴って済むはずがない。

「殴られに行くんだ──もう、関わられないように」

「そんなこと出来ないよ、私だって殴られ続けた……けど何も変わらなかった」

「俺なら可能に出来る、してみせる」

 手を握られた……力が込められた、少し痛い。亜樹の手は血が燃えるように熱かった、怒りなのか気迫なのか。


「ただいま戻りました」

 亜樹が扉を開けて、声をかけるとお父さんがやってきた。

 血がついた拳……お母さんを殴ったんだと分かる。

「お前、誰だ?」

「あんたに名乗る気もねぇし、もう会うこともねぇから」

 亜樹の言葉を聞いて、お父さんが拳をぶつけた。彼は微動だにせず、拳をくらう。

 口の中を切ったので、血を吐き出した。

「軽いな……おっさん、守るもんなんかねぇだろ?」

「っるせぇな、殺すぞ」

 お父さんはずっと亜樹を殴り続けた。私は涙を流して立ち尽くすことしか出来なかった。

 亜樹が倒れた瞬間、お父さんがニヤリと笑い私の腕をつかんできた。殺される……どうしよう、手が、身体が、全身の震えが止まらない。

「この時をまってたんだよ、おっさん」

 お父さんの腕をつかみ、立ち上がる彼は逆光で顔が見えないけど──多分笑っている。

「そんな体で何が出来んだよ?」

「バカだろ、音が聞こえなかったのか?」

 フラフラの体で私に耳打ちした。

「裏口から逃げる」

 自分の家じゃないのに、亜樹は難なく裏口を見つけた。

 じっと息を潜めて待ち続けた……数分後大きな音がした。玄関を入っていったのは警察の集団、お父さんは捕まった。

 私達は人混みに紛れて逃げていく──その中で腕をつかまれて、車の中に放り込まれた。

「ボロボロじゃないか、亜樹」

「いいだろ、早く発進しろ」

 知らない男の人が車の中に私達を放り込む。

 亜樹と会話しているこの救世主は誰?運転している女性は何者なの?

「飛鳥も大丈夫か?」

「わ、たしのは、亜樹の血で」

 大丈夫ですと伝えたいのに、安心して涙が落ちてきた。拭っても拭っても、溢れてくる涙を止められない。

「ゴメン、もっと安全な方法を考えればよかった」

 抱き締められると、ますます涙が溢れた……暖かい。亜樹が死んでしまいそうなほど、お父さんはずっと殴っていた。

 亜樹の頬にキスをした、私では治せない傷に何度も。

「口も切ってんだけどなぁ」

 軽く叩いたら、笑ってくれた。私から抱き締め返すと、クスクスと笑いだした。

「生きてんよ──だから、笑ってくれ」

「バカ、いちゃつくな……俺がいんだぞ」

 二人がクスクス笑っていると助手席から聞いたことがある声、というか漣の声に似てる。

 でも、漣はこの町にはいないから違うはずだ。

「この人は、漣の双子の兄貴で明《あきら》」

「二卵性だからあんま似てないッしょ?」

 ニカッと笑う明さんは、漣とは違い可愛らしい。そして、亜樹とどんな経緯で仲良くなったのか……漣はお兄ちゃんがいるなんて言ってなかった。

「全部、部屋に着いたら話すから」

「許してやってくれよな?」

 真面目な顔をしている二人に圧倒されて、ただ頷くことしかできない。

 漣と全然似てない、亜樹の方が似てるかも?

 少し笑えてきたら亜樹にキスされた。唇から鉄の、血の味がした。

 ──全部飲み込めば、同じ罰を受けられるよね?


 部屋に着いたら、まず最初に救急箱を取り出して亜樹を手当てする。

「痛い、マジで滲みる。」

「亜樹がもっと頭を使えば回避出来たくせに、飛鳥のこととなると」

 明さんがため息をついた、申し訳ない気持ちで一杯だった。

 巻き込みたくないって気持ちがどんどん空回りして関係ない人まで巻き込んでしまう。

「ごめんなさい、大変なことに巻き込んでしまって」

「いいんだよ、亜樹の大切な人なら俺だって大事な人だ」

 頭を撫で回された、その仕草が漣にそっくりだった。双子だからなのかな、色んな気持ちが溢れてくる。

「明さんは亜樹となんで仲良しなの?」

「義兄だからだよ、漣と俺の両親って離婚したからさ」

 明さんはお母さんで、漣がお父さんについていった。お母さんが再婚して、連れ子だった亜樹と兄弟になった。

「漣は、何も話してくれなかったよ」

「飛鳥にだけは話せなかったんだろ、多分」

 黙ってしまった。漣の言えなかった秘密なのに、打ち明けてくれたことが嬉しかった──歪んでいる。

「亜樹と漣は知らないもの同士だから気にしないでくれな?」

 微笑む明さんに大きく頷くと、ギュッと二人に抱き締められた。私も抱き締め返した、甘い香りがした……二人の香水の混ざった香り。

「好きだよ、大好きだよ」

 震えるような声が出た……でも、本当にだから。力を込めれば、同じ分力を込めてくれた。

「飛鳥、泣かないでくれ」

「泣いてないよ、亜樹の方が泣いてるよ?」

 体を引き離すと、ポロポロと泣いている彼がいた。明さんも驚いていて、慌てていた。

「ゴメン、安心して涙出てきた」

「いつもとは逆だね?」

 照れた顔を隠すように抱きついてきた亜樹が可愛かった。私の方が甘えん坊さんかと思ってたけど、彼もなのかも。

「安心したらしいし、俺帰るからな」

 立ち上がり、部屋を出ていこうとした明さんが名残惜しい気がしてならなかった。面影を重ねてるとかではなく、純粋に二人が話してる姿を見ていたいんだと思う。

「これって橘も関わってるのか?」

 亜樹が自分から聞くなんて意外だった。震えている手をそっと握ってみると、冷たい水のようだった。

「あぁ、手ぇ回してくれたみたいだぞ。アイツなりに心配してくれてるみたい…だな。」

 薄ら笑いを浮かべた、そんな笑い方しないで。明さんはニカッと笑う方が似合うよ。

 亜樹は言葉を失って──また、涙がこぼれていた。

「兄貴を頼むよ。飛鳥、明って呼んでくれないか?」

「……明、漣は幸せだったのかなぁ。」

「幸せだったよ、誰よりも幸せだったよ。」

 私の問いに力強く答えて、部屋を出ていった。顔は見えなかったけど、明も泣いていた。

 亜樹の涙を拭いてあげた、力を入れないように優しく。ちっさな子みたいに片目をつむるから、可愛くてよしよししてしまった。

「多分、そんな日来ないと思うけど……私も亜樹に何か起きたら絶対に救いだすから」

 一瞬だけ悲しげに微笑んだ気がした、しただけだった。

「救いたくないくらい嫌いになってたら──なんてな」

 言葉が思いつかなかった。救いたくないくらい嫌いにって、どういう意味?

「ゴメン、意地悪言ったよな」

 いつもの笑顔で抱き締められた。

 亜樹を嫌いになった私は──考えると怖い、そんな日来ないで。

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