kiss6

 二人で晩御飯を作っていたら、インターホンがなった。

「オ~イ、開いてるぞ」

 亜樹が言った瞬間、静かに玄関のドアが開閉された。

 リビングのドアを開けて、迎えようと思ったら止められた。

「しゃがんで──あいつらじゃない」

 言う通りにした。まさか……絶対にそんなことはないはず。あの人に私の居場所は分からない。

 後ろから抱きしめられてしゃがんでいるこの格好の方が問題じゃない?

 扉が開いたけど、訪問者は入って来ない。

「入って来いよ、俺ならいる」

「──亜樹、帰ってきたぞ~」

「お、やじ!?」

 親父って、お父さん!?

 驚きすぎて、お互い倒れ込んでしまった……亜樹が私を押し倒す感じに。

「なんだ、いいところだったのか?」

「違うだろ……親父こそ何だよ、突然帰って来て」

「展覧会が終わって帰ったら、息子がいない……でここに来た」

 お父さんの話している内容も気になるが、とりあえず二人の会話の流れを追いかける。

 思いっきり大きなため息をついて、亜樹が立ち上がりお父さんをドアの方へ向かせた。

「何だよ、やっぱりいいところだったのか~?」

「まぁ、そういうことにしとく」

「母さんが心配してた──あ~あと、橘先生が呼んでたぞ」

 “橘先生”と言われた時、亜樹は不安そうな顔で震えていた。どうしてそんなに震えているの?

「行かない……あいつ、すぐに俺を会長にしようとするから」

「お前にはそれぐらいの権力を振るう価値があったからだろ?」

 権力って…何?会長って何?

 亜樹は、本当はどんな人なの?私は亜樹のことを本当はよく知らない。

「……親父、それ以上話せば縁切るぞ」

「わぁ~、パパはショック。彼女の方がパパより大事かぁ?」

「あぁ、権力なんてもう欲しくない。誰かをまた傷つけるだけだろ?」

 誰かを傷つけたことのある君の苦い横顔。

 私も漣を思い出すとこんな顔をしているのか。

「分からんな~お前がそこまで権力から逃げる理由が。権力なんて選ばれた人間にしか与えられないのに」

「いいだろ、俺には俺の道があるんだ。そんじゃあな、親父」

 お父さんを見送り戻ってきた亜樹の顔は、青かった。手を取り、握ると冷たい……ギュッと力をこめる。

「亜樹、私は平気だよ?」

 私の目を見て、抱き締められた。震えていた亜樹の体が徐々に止まっていく。

「飛鳥は強いなぁ、俺はまた何も」

「いっぱいしてくれた──私に、愛をくれたよ」

 亜樹の涙声につられて、涙がこぼれた……本当のことだったから。

 私に愛を、幸せをくれた──居場所をくれた。何も出来てないなんて言わないで。

「……飛鳥ちゃん」

 涙を服の袖で拭き取ってくれて、髪を撫でてキスをしてくれた。

 優しく長い……亜樹の悲しみが伝わってきそう。いっそ、私に全部渡して、亜樹にはずっと笑っていてほしいから。

 温もりから抜け出せずにいると、チャイムが鳴った。

「来たぞ~、開けろ」

 玄関に向かうと、もう浩兎が上がっていた。

 亜樹にお土産を渡してから、桜二を促す。

「ちわ、初めまして」

 挨拶を亜樹にしたら俯いた桜二、緊張しているのかな?可愛い。

 亜樹はボーッと眺めてから、真剣な顔になった。

「ちょっと、話したい」

 桜二の肩を外へ出るよう仕向け、二人で外へ出ていった。

 浩兎と目があったので、どうしようかと悩んでいた。

「まぁ、俺らでセッティングしときゃ戻ってくるだろ。」

 亜樹の真剣な顔が浮かんでは消えを繰り返す……桜二が心配で仕方ない。

 早く戻ってきて──いつもの笑顔で笑って。


 戻ってきた二人は、仲良くなっていた。桜二は人見知りの激しい男の子だから、亜樹とは難しいかなと思っていたんだけど。

「お前らそんな仲良くなって、気持ち悪いぞ。」

 浩兎の言葉に思わず頷いてしまった。

 腕組んでニヤニヤ笑う二人が不自然すぎて、こちらまで笑ってしまいそう。

「そんなことない……俺らはマブダチだもんな、桜二?」

「マブダチに時代を感じるけど、そんな感じかな。」

 二人の息の合った会話に驚きを隠せない食事会の始まりだった。

 順調にご飯を食べ終わって、のんびり過ごしていた。

「もう、帰らないか……遅いし」

 浩兎は眠っていたので、反応が薄かった。

「あぁ」

 その返事には、本当の心が見えなくてどこかそっけない。

 二人はあまり仲がよくない気がする、私や漣がいるから一緒にいるけど二人ではいないと思う。

 だから、余計二人の会話が冷たく他人のように感じられたのかも。

 桜二が浩兎に冷たいのか、浩兎が桜二を嫌いなのか分からなかった。

「もう、帰っちゃうの?」

 つい出てしまった本音をどこかに隠したくて、亜樹の方を向いた。

 苦笑して頭を撫でてくれた、言ってはいけなかったんだと理解した。

「また遊びにこいよ、桜二」

「ぜひとも……飛鳥、またな」

 手を振り玄関で見送り、二人きりに戻った。さっきまでの騒がしさはなんだったんだろう。

「実はさ、大事なことが分かったんだ」

 声のトーンが明らかに低くなった。手をそっと握り、瞳を見つめる。

「──桜二は、梨緒だった」

 梨緒って……浩兎の大切な人?桜二は男の子じゃないの?

 どうなってるのか理解が出来なかった。

「飛鳥には伝えていいって言われたから、驚いたよな?」

「うん……でも、亜樹はなんで分かったの?」

「いや、ホクロとか顔の感じが似てたから。元々ハスキーな声だったけど、まさかの再会だった」

 幼なじみだからこそな気がして、少し寂しくなったと同時に気づいていない振りをしている浩兎が気持ち悪かった。

 何が真実でどうすることが答えなのか分からない。

「多分、浩は気づいてないと思う。似てるけどここにはいない、いるはずがないと思っているから気づけない」

「どうして大切な人が近くにいても気づかないの?」

 桜二の──梨緒の女の子の心を思えば思うほど、苦しくなった。

 大切な人を見ているのに、見失っている浩兎も辛い。

「大切な人ほど、近くて遠い存在なんだよ」

「そんなの幸せじゃないよ、神様は不公平だ」

「そんな中から見つけ出すから、それを運命と呼ぶんじゃないか?」

 亜樹には何が見えているんだろう──私は運命を信じられなかった。だけど今、亜樹に言われたら何もかも信じてしまいそうな自分がいた。

 真っ直ぐに見つめれば、視線を返してくれる彼。

「ゴメン、浩を思うと辛いよな」

 亜樹の方がずっと辛いはずだ、幼なじみのすれ違いに気づいても何も出来ないのだから。

「私達は何があっても二人の味方でいようね」

「もっちろん、当たり前だ。俺は飛鳥ちゃんのことだって、何があっても味方だからな」

 茶化すように笑う彼、私の言葉で少しでも元気が出たならよかった。

 色んな一面が見えるたびにどんどん魅かれてく、止まらない。という気持ちが加速度を増していく。

「亜樹……あなただけは嘘をつかないよね?」

「飛鳥ちゃんがここに初めて来た時に言ったよね」


 “あったり前。だって、飛鳥ちゃんは俺の大事な人だし。”


 いつだって私を幸せにしてくれる、信じさせてくれる。神様なんていない……いなくたっていい。

「ありがとう……ごめんなさい」

 うつむいて謝ると、彼は抱き締めてくれた。ちょっと強いチカラで溢れそうな心。

 大事にしてくれた──弱い心も抱き締めてくれた。

「逆のが嬉しかったな」

「ごめんなさい、ありがとう……大好き」

 目をみて伝えたら、肩に顔を埋められた。吐息がくすぐったくて、甘ったるい。

「……ズルい、可愛すぎる」

 真っ赤な顔をした亜樹と見つめ合った、近づく距離に言葉がでない。

 唇を重ねて、ずっと重ね続けたら全部許される気がした。だけど、それは気がしただけだった。

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