kiss4
ホールケーキを半分にして食べたあと、私と亜樹は同じベッドで一緒に寝ていた。
目がうまく開けられない、泣きすぎた。あんなに泣くなんて、今思い出したらあの時以来だ。
「──もう、会えないなんて」
自分が悪かったって思うなと亜樹に言われた。だけど、漣が抱いてくれてた感情を素直に受け取ることが出来なかった、そんな私が嫌いになりそうだった。
「亜樹、私はあなたさえも巻き込んでしまった」
謝ってもこの人は、笑って許してくれる…だからズルいのは私なんだ。
携帯を見ると浩兎からメールが来ていた。
今日は午後から浩兎に会う予定だったことに気づいた。ベットから急いで抜け出る──14時30分、1時間半の遅刻だった。
「……どうした?」
寝ぼけ眼を擦りながら、尋ねてくる亜樹に早口で説明をすると驚いた顔をして慌てだした。
「浩の約束は破ったらいけない」
「なんで知ってるの?」
私が言ったのとほぼ同時に私の携帯の着メロが鳴り出した。
二人で顔を見合わせたあと、亜樹が通話ボタンを押して私の耳元に携帯を当てる。
「──もしもし?」
「おい、今どこだ?」
私が亜樹から許可を得てから答えようと思い、見てみると顔の前でバツマークを出していた。
「……さぁ?」
適当に返事する私に、怒りが込み上げたらしく怖い低い声が聞こえる。
「飛鳥、そこに誰かいるだろ?」
「いない」
「……そこにこれから行くから待ってろ」
一方的に電話を切られた、本気で怒ってる。亜樹の顔を見ると、青ざめていた──この部屋から早く出なきゃ。
荷物をまとめている時に、部屋のチャイムが鳴った。
「俺が出てくる。飛鳥ちゃんは、あっちの部屋に隠れて」
「でも、亜樹は?」
「大丈夫……でも、浩兎が上がってきたらゴメン」
苦笑して私を部屋に案内して、優しく額にキスをした。私は真っ赤になってしまっていただろう。
ドアを閉められた、不安とさっきのキスでドキドキしている。
「──よぉ、亜樹がなんでいるんだ?お前、飛鳥に手ぇ出したのか?」
「飛鳥ちゃんならいない……ここは、親父のアトリエ」
「俺の質問に答えてねぇよな?」
亜樹が追い詰められてる……助けなきゃ。
そう思って部屋のドアを開けたら、浩兎の前に出て──平手打ちをしていた。
「あ……すか?」
「なんで?」
二人が疑問の声をあげて、数秒たって何を自分が起こしたのか理解できた。
「ごめんなさい」
「いや、俺こそゴメン。押しかけるつもりはなかった……だけど、お前が死ぬんじゃないかと思って」
浩兎がとても心配してくれていたことが、胸に沁みた。亜樹に会いに行くとは伝えられないけど、友達のところって伝えておけば浩兎が怒ることもなかったのに。
「あのさ……部屋ん中入らね?」
亜樹の一言で、リビングに三人共入った。
「浩は何飲む~?」
「コーヒーをブラックで、飛鳥はオレンジジュース。」
ゆっくりと準備をし始める彼を浩兎と眺めながら、会話を進める。
「昨日、家には帰らなかったのか?」
黙り込むと、亜樹がキッチンからリビングにやって来て代わりに話してくれる。
「……俺と向こうの部屋で寝た」
「もちろん、何もなかったろうな?」
「あ、当たり前だろ。俺を何だと思ってんだよ」
笑って聞いてくる亜樹にため息をしたあと、浩兎は小さな声で批判をした。
「お前みたいな軽い男が何言ってるんだよ。暇さえあれば、女と遊んでばかりのくせに」
「だから、今までの女との縁は全部切ってきたんだ。俺は飛鳥だけを見ている、見つめ続ける」
「……あの遊び人がこんなになるとはな」
浩兎が珍しく驚いている。もしかして、それほどすごいこと起きてるの?
「あ……そういえば、飛鳥がいない間に蓮は出発させたからな」
私は俯くことしか出来なかった。
調度いいタイミングで入ってきた亜樹が優しく私を抱き寄せた。
亜樹と浩兎が会話を進める中で、私は疑問がどんどん浮かんできた。
「──亜樹と浩兎って知り合い?」
「十年ぐらいの長~い友達関係」
「ただの知人」
怒りながら言う浩兎に亜樹が驚いていたけど、そんな表情をしている二人に私は驚いた。
私や漣、桜二といるときには見なかった表情だった……信頼してふざけあっている。
「何だよ……その顔」
「いや、浩兎の昔っからの友達が亜樹なんて意外だったから」
「俺と浩、梨緒でよく遊んでたんだ~」
梨緒……もしかして、亜樹の彼女!?
それなら、私がここにいたら問題なんじゃないかな?
「梨緒は、俺のだから……勘違いすんな」
浩兎のってことは、その人が大切な人。
「今、どこで何してんだろうな……あいつ」
「お前の権力振りかざして探してみせろ」
「浩が自分で探さないと意味ないだろうけどな」
亜樹と浩兎は何か仲良さそう、つまんない。久しぶりに会ったから積もる話もあると思うけど、ほっとけぼりにされると微妙な気分。
「飛鳥、お前この変態の部屋に居る気か?」
突然、話を振られて驚いた……しかも変態って。考えてなかった、亜樹なら話聞いてくれると思って会いに行っただけだったから。
「俺は、飛鳥が居たいだけ居ればいいさ」
「だとよ……どうする?飛鳥の家には、適当に言っといてやる」
亜樹の言葉に胸を打たれた。拒否されたら、どうしようか考えたぐらいだったから。
「わ……私は、私を必要としてくれた亜樹と一緒に居たい」
「分かった」
浩兎が小さな声で答えると、亜樹が笑いかけてくれた。
「飛鳥を頼む。もう、泣かせないでくれ」
「あぁ、当たり前だろ……浩も自分のことしろよ」
亜樹は返事をしない浩兎に痺れを切らして、肩を掴んで言った。
「いい人ぶってる場合じゃないだろ?あいつは、お前のこと待ってるぞ」
「分かってる……だけど、今は会いたくないから。じゃあ、また来る」
浩兎が悲しげに言ってから、亜樹も掴んでいた手を離した。
そして、逃げるように部屋から出ていった。
晩御飯を食べて、もう一度二人で寝室のベッドで寝た。お互いを守るように抱きしめていた。
「“好き”だ……もう、どこにも行かないでくれ」
弱々しい亜樹の声に夢から抜け出る。
髪を撫でられてくすぐったくなり、目を開けた。
「ゴメン、起きた?」
「……うん」
「もしかして、聞いた?」
顔を真っ赤にして尋ねる彼が可愛いから、嘘をついてあげることにした。
「何を?」
「聞いてないならいいんだ」
笑いながら、軽くキスをされた……照れ隠し?
起き上がってリビングに向かう亜樹についていった。
「──寝てるのか?」
子犬を抱き上げて、手渡してきた……寝息が聞こえる。
「寝てるみたい、名前決めたの?」
「決めてなかった」
部屋の中をグルグルと歩きながら、小声で名前を言っていた。
「……飛鳥ってダメ?」
私の横に座って、耳元で言ってきた。見てみるとニカッと笑う。そんな風に笑われたら嫌なんて言えない。
「いいけど、分からなくなっちゃいそう」
「そういえば、そうだよな」
気づいてくれてよかったような、なんかモヤモヤしてる。
「……桃《もも》ってどう?」
「何で?」
「ほっぺが桃色で可愛いから」
恥ずかしいけど本当は、さっき亜樹とキスした時に桃の香りがしたからなんだ。
「確かにいいな、決まりだ……可愛いな」
亜樹は、あっさり私の膝から子犬・桃を抱き上げて嬉しそうに名前を呼ぶ。
思わず笑みがこぼれた──少しの涙と一緒に、それを見つけた彼がキスをしてくれた。
「桃と俺がいる。浩も助けてくれる……だから、不安になる必要なんてないから」
「違う……幸せなの、今までで一番幸せだから」
涙を掬い上げて、もう一度キスをした……お互いに目を閉じて。今までで一番なんだ、この人のおかげで私は幸せなんだ。
君と共有する時間がもっと増えるといいな。
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