kiss3

 泣き顔を久しぶりのメイクで隠した、上手く隠しきれたかな?

 学校へ行くと、中は静かで彼なんて居ないだろうなと思わせた。

 自分の教室に入ってみても、いなかった。今までも会ったことなかったのだから、居るはずもないかと諦め始めていた。

「──誰かお探しですか?」

 探している本人の声がして、振り返ると思わず抱きしめていた。

 やっと振り絞った声で言ったのは、浩兎にも言えなかった一言。

「助けて……亜樹」

 私の言葉を受け取り、そっと優しく抱きしめてくれた。亜樹の優しさに触れて、涙がどんどん溢れてくる。

「──もう大丈夫?」

「大丈夫だけど、亜樹は何でいたの?」

 尋ねた私の顔を見て、ニカッと嬉しそうに笑って答えてくれた。

「飛鳥が呼んでるような気がしたから……って本当はちょっとした仕事があったからだけどな」

 何も聞かない代わりに、亜樹は色んなことを話してくれる。

 彼が“好き”だと思う人は、きっと素敵な人だと思う。

「──亜樹、キスして。抱きしめて……お願い」

 亜樹は突然、私を引き離した。

 驚いた顔を亜樹もそして、私もしていた。

「それは絶対にダメだ。こういう勢いに任せてするのは、あとで後悔する」

「……ごめんなさい」

 今すぐこの場から逃げたくなった。

 逃げるようにして、教室のドアを開けて廊下に出ようとすると……後ろから腕を掴まれた。

「……ゴメン、番犬くんとなんかあったんだろ?」

 何もかも分かってるような顔をしていた。もう一度抱きしめる、さっきよりも強く。

「漣に告白されて、キスされた。でも、私は“好き”か分からなかった──逃げたの」

 私の話をあいづちを打って、聞いてくれた。

 話終わった後、少しの沈黙があった。だけど亜樹が先に口を開いた。

「……キスしてもいい?」

「もう出来ないよ」

 亜樹が怖いよ、私は嫌われたくないよ。拒否する私に、優しくキスしてくれた。

「涙ってしょっぱい。甘いキスしたいなぁ」

「もしかして、誘ってる?」

「いんや。」

 否定したかと思ったら、もう一度キスをされたけど……すぐに唇は離れた。

 甘い味と香りがする──もしかして、飴?

「あ、笑った」

「私の好きな飴だから」

「俺も好きだよ、飛鳥ちゃん」

 真面目な顔をして亜樹が言うから、私は告白されたみたいにドキッとしてしまった。

「今から海行こう」

 亜樹の提案に私もうなづくと、二人で歩いた。

 手を繋いで何気ない会話をして海へ向かった


「──着いた」

「意外と近いな~」

 手を繋いだまま浜まで走っていく亜樹。

 水際まで来て手を離されたと思ったら、靴と靴下を脱いで先に行ってしまった。私も慌てて追いかけるけど、海の中は冷たくて寒い。

「飛鳥ちゃん、こっちおいで?」

「うん」

 水に入った寒さのため、反応が鈍い私を冷たい海の中に放り投げた。

「馬鹿だろ……俺が甘い顔したからって、大丈夫?」

 そう言って、手を差し延べてくれたから握るふりして……私は亜樹を押し倒した。

 押し倒したのは、私のはずなのに眼を反らしたくなるくらい真剣な顔で見られて……顔を赤く染め上げた。

 恥ずかしいと思っていたら亜樹が抱き寄せてくれた。その時、彼が男の人であると実感させられた。

 体が芯まで冷えているから、亜樹の体温が伝わりやすい。

「俺は泣かせないから──だから、飛鳥は笑っていて」

「あ……き」

 そっと頬を触り、ギュッときつく抱きしめてくれた。

 寒いはずなのに、こうしている時間が幸せに感じられた。

「早く上がろっか?寒くて死にそう」

 抱き上げると、少し照れたように笑って手を引いてくれた。

 二人で色んなことを話した、夕焼けが沈むまで。

 漣や浩兎、桜二の話……そして家族の話。全てを受け止め、優しく包み込んでくれる。


 辺りが暗くなり、私と亜樹は寄り添ってずっと座っていた。

「飛鳥ちゃん、帰ろっか?」

 私の答えを知ってるくせに、何で聞くの?思いっきり首を横に振ると、苦笑いした。

「やっぱり嫌かぁ……なら、俺ん家来る?」

「そんなの亜樹のご両親に悪いよ」

「いないよ?俺ん家、ず~っといないから」

 私はこの人の一言にいつも頭をフリーズさせられている気がする。

 申し訳ない気持ちで俯いていると、前を歩いていた亜樹がこちらを向いて……ニカッと笑った。

「寂しいって思ったことないから。年に二回は会えるから、大丈~夫」

「年に二回?」

 私の疑問に答えずに、手を握って歩きはじめる。潮風の寒さに身震いしたあと、亜樹は小さなくしゃみをした。

 数十分歩くと着いた場所は、セレブが住んでそうなマンションの一部屋だった。

「ここが俺の部屋」

「……家族皆で住んでるの?」

「なわけない。俺が一人暮らししてるだけ、どうぞ」

 手を引いて、部屋に入れてくれた。

「ちょっとリビングに上がっといて、紅茶入れるから」

 言われた通り、廊下を真っ直ぐに進んでリビングへ入った。

 部屋には、必要最低限の家具や家電しかなかった……本当に人が暮らしてるの?

「お待ちどうさんって、ボーッとしてどうったの?」

「……亜樹ってここで本当に暮らしてる?」

 紅茶を一口飲んでから、カップをテーブルに置いた──動揺してる。

 バレちゃったか……という顔をして、仕方なく話しはじめた。

「ここ、俺の秘密基地。だから、あんまり人の気配感じないだろ?」

「うん、でも…私が来てよかったの?」

「あったり前。だって、飛鳥ちゃんは俺の大事な人だし」

 大事な……人?私が誰かの大事な人になれるなんて思ってもみなかった。

 亜樹の言葉は、いつも私に魔法をかけてくれる──幸せを与えてくれる。

「……あり、がとう。」

「えっ、泣いちゃった?」

 困った顔をして、私の顔を覗き込んできた。

 そう、私は泣いているんだ──人に大事って言われたのは初めてだった。

「そっか、そっか……嬉しかったか。俺、嘘言ってるかもしれないぞ?」

「私は、信じる。亜樹しかいないの──だって、誰も私なんかに見向きもしない。」

 家族は私を真の意味で必要としてくれたことなんてない。あの家にいるには、漣がいないと無理だった……もう二度と帰りたくない。

「辛かったな。でも、もう大丈夫だから……俺が飛鳥を必要としてる。」

 もう、この人なしでは生きられなくなってしまいそうだ。

 ふと、亜樹は何かを思い立ったように……私を抱き寄せた。

「俺、ちょっと出てくる……今日中には絶対帰ってくる」

「分かった、待ってる」

 亜樹が帰って来るまで、ずっと待って居ようと思った。


 知らないうちに眠ってしまったみたい…眼を開けると、誰かが隣で寝ていた。

「──あ、き?」

 ボヤッとした視界を眼を擦って、しっかりさせると……隣にいたのは亜樹と子犬だった。

 どうしたんだろ、この子犬?

「あ……おはよう、体中痛いだろ?」

「うん、おはよう。その子犬どうしたの?」

「これ?……まぁ、同居祝い?」

 子犬を抱き上げて私に渡してくれる。甘えるような声を出したけど、寝つづける子犬。

「こいつの誕生日いつだか当てて?」

「今日?」

「ハズレ~。なんと……4月13日なんだ」

 呼吸が止まりそうになった、私の誕生日と一緒だ。

「同じ、なんだね」

「そうだな、俺の愛情で飛鳥とこいつも幸せにしてやるよ」

 まるで、プロポーズじゃない。

 何でそんなに簡単に私を幸せにさせていくのだろう。

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