第七章 アミー 1(1)~(5)

(旧皇帝領副長官による公表)


〝救国伯〟アミーは、〝大戦〟後の二大事件に関する情報公開の直後、その概要を説明せり。彼女は日頃より、自らの分離個体が双子姉妹ヴォラクのものと混同されがちなことにつき不満を抱きたるが、今回は持前もちまえ稚気ちきを発揮して、冒頭からその対策を講じたるが如し。



1 内乱未遂事件



(1) 融合体の蜂起


「〝大戦〟終結後における〝中枢種族残党による内乱未遂事件〟及び〝先帝種族分離体の保護事件〟に関する機密情報の公開に伴い、我、旧皇帝領の技術部門副長官アミーは、新帝国の理事種族を代表して、各種報道媒体を通じ、ここにその概要を公表するものなり……おっと(誤ってヴォラクを示す目印を使用せることに、ただ今気づきたるかの如く驚き、髪飾りの位置を左から右に付け替える)……アミーなり〔背後にて、他の理事種族達のものとおぼしき笑い声〕」


「両事件の経過に関しては従来、国家安全保障及び政治・社会的影響への配慮から非公開の部分が存在し、かねてより星間社会ではこれにつき、様々なる推論あるいは憶測がされしところなり。然しこのたび、帝国周辺における軍事的脅威の著しき低減が確認され、また現在進展しつつある民主化のさらなる促進のためにも、公益上の重要事実は可及的速やかに公開し、星間文明の発展に寄与せしむべしとの配慮から、機密指定の解除が決定せられたり。なお、この配信版は、各種の言語表現・伝達内容につき、太陽系第三惑星〝地球〟の人類向けに配慮がなされしものなり」


「〝内乱未遂事件〟に関しては従来、以下の如き公式説明がされ来たれり。即ち、〝大戦〟において敗れたる旧帝国中枢種族の残党が、かつて支配せるアンドロメダ銀河先住種族のうち、ごく一部の好戦主義者達を扇動し、内乱を生ぜしめんとはかりたるも、その他の旧帝国系及び先住の種族を含む多数の種族の協力によりて、未然に摘発されしものとの説明なり」


「然しこの時実際には、新帝国は二大銀河の双方において深刻なる脅威に直面せり。即ち、〝大戦〟終結後に拘束されて行政処分を受け、あるいは軍事裁判を待ちつつ戦災復旧事業に従事せる、旧中枢種族を中心とする上級種族の融合体もまた、一斉に蜂起を開始したるなり」


「新帝国の精密攻撃技術、及び政治交渉と人道的配慮を重視せる作戦によりて、彼女達の多くは損害少なくして終戦を迎えたるが故に、残存兵器は膨大な量にのぼれり。各種族は武装解除後も自己防衛に必要なる最小限度の軍備保有を認められ、また少数の責任ある地位の種族には、しばらくの間新帝国の非常事態に備える予備戦力として、解体予定兵器の一時保管が委託せられたり」


「然し、これらの兵器は性能面において新帝国のものに及ばず、分散されて即時の一体的運用も困難なりしが故に、軍事的脅威とは看做みなされざりき。また指揮系統上も、四大中枢種族のうち親衛軍総司令官〝剣の王〟及び軍需省長官〝炎の王〟は滅亡し、情報省長官〝啓示の王〟及び民需省長官〝慈愛の王〟は降伏後に新帝国への帰順を誓約して、傘下の行政機構も解体せられたり。故に〝事件〟の発生に至るまで、旧帝国残党からの攻撃は、主として二大銀河外の如く文明密度の希薄な宙域に逃亡せる、分離体あるいは分離個体群による破壊工作等、非正規戦的形態のものが想定せられたり」


「〝内乱未遂事件〟の黒幕は、〝大戦〟において滅びたる〝剣の王〟の種族系列に属する、親衛軍提督ザドキエルの分離体及び分離個体群なりき。彼女達は潜伏先のアンドロメダ銀河〝中間領域〟において拘束せられたり。周知の如く、かつて同地には旧帝国逃亡政権に対し抗戦を継続せる、抵抗運動や新帝国遠征艦隊の拠点群が存在せり。現在は軍事施設が撤去され、各種族による共同開発が成果を挙げつつあるも、当時においては遺棄設備等も残存せる、未開発領域なりき。故に、かかる摘発劇が行われるとも驚く者は少なかりき」


「然しながら当時、彼女達の逮捕と時を同じくして、同銀河の中央部を占める〝中核領域〟の旧帝国系種族居住域、さらには銀河系中央部の〝旧皇帝領〟といった警戒度の高き宙域においても、蜂起が発生せり。即ち、かつての中枢種族及びその系列下の種族融合体が突如として警備部隊に奇襲攻撃を行い、脱走を図りたるなり。この報に接したる我等新帝国理事種族は、直ちに最高度の防衛態勢に移行せり」



(2)恐るべき事実


「彼女達の軍事行動は、三つの憂慮すべき特徴を備えたり。第一の特徴は、対象宙域の広範性なり。旧帝国系の種族融合体はそのほとんどが治安上の危険を避けるべく、当時なお二つの宇宙領域において広大な範囲を占める荒廃宙域に分散配置せられたり。彼女達は新帝国との講和条約により、自らが使用せし大量破壊兵器によりて滅びたる惑星の再生事業に従事せり。新帝国政府及びアンドロメダ銀河臨時政府・旧皇帝領政府はいずれも、この処置によりて安全性への配慮は十分と判断し、両宙域においても分離体・分離個体による個別的騒乱への対処のみを想定せり」


「然し、彼女達が各所において一斉に蜂起を実行したる際、各星系の警備部隊は満足なる相互協力を為し得ず、時には他所から来襲せる部隊との共同攻撃を受けて混乱状態に陥り、その多くは防衛態勢の立て直しのため、一時撤退を余儀なくせられたり」


「第二の特徴は、使用戦術の高度性なり。彼女達は講和条約が定める武装解除及び分散処置によりて、〝大戦〟時の如き組織的軍事行動は不可能と思われたり。然し、彼女達は予め連絡を取り合いて周到に準備を重ねたるが如く、警備用の簡易型自動機械アバドン等の安全措置を無力化し、保管されし艦艇群を迅速に搬出・活性化して、連携を保ちつつ複数の方面に侵攻せり。彼女達の分離体及び分離個体が搭乗せる艦隊は、巧妙なる戦術を駆使して補給施設や輸送船団を襲撃し、物資を略奪して融合体本体の星域脱出を支援せり」


「さらに、各融合体は旧帝国時代の受信種族別暗号通信を使用して、星域外の下級系列種族にも蜂起への参加あるいは協力を要求せり。彼女達は拒絶時の報復攻撃や過去の戦争犯罪を材料とせる脅迫、成功報酬を提示しての買収・詐術等、相手方の弱点につけ入る手段を多用せるが故に、対象となりし諸種族の著しき動揺が予想せられたり。かかる戦術は自軍の集中による防御及び新帝国軍への直接的打撃よりも、むしろ新帝国の社会的混乱や広域防衛体制の攪乱かくらんを目的とせるが如し。故に、若し他の星域にまで蜂起の影響が及べば、最悪の場合には新帝国の統合と諸種族の安全を損ない、また重要戦犯種族の逃亡を許す結果ともなり得べきことが懸念せられたり」


「第三の特徴は、行動形態の異常性なり。銀河系〝旧皇帝領〟での蜂起における最高位の中枢種族は、〝剣の王〟系列の次席種族にして、軍事省長官を務めし旧中枢種族セラフィエルなり。アンドロメダ銀河〝中核領域〟におけるそれは、〝啓示の王〟系列の次席種族にして、旧帝国では内務省長官の職にありし旧中枢種族ケルビエルなり。先述の如く〝剣の王〟は滅亡し、〝啓示の王〟は〝慈愛の王〟と共に最高位の生存戦犯として、〝帝国本土〟において各々が単独で拘禁せられたり。セラフィエル及びケルビエルもまた、本来ならば隔離拘禁を免れ得ざる地位なりき。然し、彼女達は戦後処理には協力的であり、他の戦犯種族の監督につきて引き続き責任を負うべき者を定める必要からも、回収兵器の管理を含む特別処遇が認められしものなり」


「奇妙なることに、両者は同兵器を他の融合体に分配したる後、何らの指揮・命令らしき通信も行わず、各融合体は相互の交信によりて戦況の認識のみを共有せるが如し。また彼女達は、装備の制約に比して強大なる戦闘能力を発揮しつつ、さながらバールゼブルの自動機械アバドン群が予め設定されし作戦を実施せるかの如く、不気味なまでに徹底的なる全体最適に向けて行動せり。かつて旧帝国の上級種族は、自らの利益のために手段を選ばぬ権力闘争を展開せし者達にして、かかる実態の故にこそ、仮借かしゃくなき専制統治によらざれば統率し得ざりき。然しこの時、彼女達は戦況に関する情報のみを交換しつつ、ある者は自らおとりとなり、またある者は危険なる突進を敢行かんこうするなど、より全体として多数の種族の脱出を可能とする方面へと進攻せり」


「我及び我が双子姉妹、即ちアンドロメダ銀河臨時政府において同じく情報部門副長官を務めるヴォラクは、以上の三点につきて不審を抱き、彼女達の作戦行動及び通信内容を共同にて詳細に分析せり。その結果、彼女達全員の戦闘・言語様式が、かつて〝アンドロメダ遠征〟の直前に出現せる〝先帝〟分離体の如く、〝剣の王〟のものと極めて酷似することが判明せり。其はあたかも、〝中核領域の戦い〟において我等が艦隊に滅ぼされし〝剣の王〟が〝蘇りし屍ゾンビー〟となりて再生し、融合体の違法複製を繰り返したる末に、大挙して再び襲い来たるが如し」


「我等はさらに、旧帝国の技術水準及び蜂起部隊の兵力規模を考慮し、三人目の姉妹たる科学省長官ストラスも加えて解析を行いたる結果、次の如く恐るべき結論に到達せり。即ち、『彼女達はその量子頭脳に対し不正演算指示コンピュータウイルスによる乗取ハッキングを被りて、予め蜂起命令が刷り込まれし〝剣の王〟の人格の一部、即ち生存の意思なき戦意と戦術のみを上書きされ、いわばその傀儡かいらいと化して軍事活動を展開しつつあるものなり』と」


「然し、他方では幸運にも、我等にはこれに対処し得る時間的な余裕が存せり。即ち、旧帝国の技術的制約から、彼女達の艦艇は銀河内においては超空間跳躍の精度を欠き、その脱出には日時を要せり。また、新帝国の武器回収作戦により、蜂起への参加・協力を求められし下級種族のうち、突然の要求に応じて直ちに行動を為し得る種族はわずかなりき。我等理事種族は直ちに状況を分析し、対策を検討せり。然しながら初期対応においては、いささかの混乱が生じたることを認めざるを得ず」


「〝大戦〟後、我等新帝国の理事種族は銀河系に加えてアンドロメダ銀河等の統治権をも獲得し、大多数の種族からは、〝サタンの平和パックス・サターナ〟のもとで我が世の春を謳歌おうかしつつあると思われたるが如し。然し、我等は中枢種族の如き専制統治を排し、彼女達の如き強権的な政治手法を採用し得ざるが故に、彼女達及びその軍事的支配の後遺症をこうむりたる種族への処遇に関しては、報道・研究機関等の関係者の想像以上に苦慮したる部分が存在せり」


「我等は騒乱の拡大や恐慌パニック状態の発生を案じ、蜂起が発生せる事実の公表を差し止めたり。然し、両星域周辺において理事種族のただならぬ動員を偶然に目撃せる種族の中には、新帝国内の覇権を巡りて愈々いよいよ、理事種族間の抗争が開始されしものと誤解し、不安を抱く者達が少なからず出現せり。〝大戦〟の記憶もいまだ生々しき当時とはいえ、理事種族間の友好関係につきて完全なる信頼を得ることかなわざりしことは、我もまた遺憾とするところなり。然し、この点に関しては後刻、改めて説明を行わん」



(3)マルコシアス達の活躍


「アンドロメダ銀河臨時政府の軍事部門副長官アスタロト及び、顧問官マルコシアス並びにゴモリーは、蜂起に対して強烈なる怒りと危機感を抱きたり。アスタロトは〝大戦〟以前から中枢種族の腐敗を憂い、彼女達からの危害も被りたり。マルコシアスは、母なる銀河を彼女達によりて征服・蹂躙じゅうりんせられたり。ゴモリーは指導種族ラジエルと共に、その意に反して侵略と圧政への協力を余儀なくせられたり。ゴモリー及びマルコシアスは、ラジエルによる逃亡政権からの離反に加わりて、彼女が中枢種族に滅ぼされし後も、アスタロトの遠征艦隊に協力しつつ抵抗運動を継続し、苦難の末に勝利を獲得せり。故に彼女達は、如何いかなる代償を払おうとも忌まわしき悪夢の再来を阻まんものと、悲壮なまでに決然たる意思を以て蜂起軍の鎮圧に進発せり」


「特にゴモリーは旧帝国系軍事種族としての地位及び責任から、アスタロトの任務に協力すべく、必要に応じ〝悪役〟を演じる覚悟さえも抱きて理事種族に加わりし者なり。周知の如くこの時期には、ゴモリーが好戦的種族に〝先祖返り〟したるかの如き動画の流出事件が発生せり。従来この映像は、先住種族の蜂起を防止するための創作映像が、事故により流出せしものと説明せられたり。然し、今回の情報公開においてはこの事件はむしろ、旧帝国系種族の蜂起への参加を牽制して、戦闘の回避を図るためのものなりし事実が判明せり」


「然し残念ながら、というより幸いにも、彼女達の覚悟と決意は徒労に終われり。彼女達の艦隊との接触以前に融合体は次々と〝我に返り〟て降伏し、分離体及び分離個体が搭乗せる艦艇にも戦闘停止命令を発したり。この魔法の如き離れ業を行いたるは、当時種族融合の途上にありしマルコシアスの部分的融合体及び科学省長官ストラス、銀河系外周星域長官ベール達なりき」


「マルコシアスは旧帝国系種族による復旧事業への技術的視察、ストラスは同じく助言のために、分離体・分離個体が両銀河の対象宙域を訪問中なりき。また、ベール及び彼女と姉妹・友好関係にある外周星域・外縁領域種族は、荒廃宙域再生のために超新星爆発からの回収物質を貯蔵・供給する中継施設を提供すべく、領内の可動巨大惑星と共に分離体を派遣中なりき。ストラス及びベール達の分離体は蜂起発生時、脱出に伴う危険及び状況偵察の必要から、惑星と共に現地残留を希望せり。マルコシアスの分離体もまた、旧帝国系種族の偏見と敵意から危害を被る恐れのある彼女達を守るべく、彼女達と共に惑星内部に退避したる後、自らの分離個体群を、施設を管理する新興種族に偽装せしめたり」


「マルコシアスは元来、様々な環境に適応し得る形態変化能力の高き種族なりしが、かかる素質は種族融合後に必要となる、各種の分離個体の形成能力にも見事に反映せられたり。彼女は当初、不本意ながらも、正体を知られることなく略奪物資の搬出に協力せり。然し賢明なる彼女は、不正演算指示コンピュータウイルスが惑星修復用の機材を通じて送り込まれしものと推測し、この機会を反撃のために活用すべく、ストラスと協議せり。その結果、暗号通信によりて連絡を保ちたるストラスの本体が治療用演算指示ワクチンソフトウエアを作成し、これをマルコシアスが略奪機材に秘めて送り込む作戦が実施せられたり」


「この作戦は両銀河において見事なる成功を収め、精神の乗取ハッキングを脱して命拾いをせる融合体群は、彼女達に大いなる感謝を表明せり。かつては銀河系の酸素・炭素系上級種族が独占し、軍事抗争の末に荒廃せしめたる二大銀河の重要領域において、非酸素・炭素系種族とアンドロメダ銀河先住種族が互いに協力し、被害を最小限度に止めつつ平和を回復したることは、まさしく星間文明の発展と調和を示す快挙というべきならん」


「なお、歴史的知識を得る機会に恵まれざりし一部の旧帝国系融合体は、マルコシアスに救われつつも、恐らくは幾分かの畏怖いふと羨望を込めて、次の如き疑問を発したり。即ち、『マルコシアスの活躍は情報・軍事種族として生まれし歴史によるものであり、その理事種族への加入は新帝国にとりても脅威ならんや?』と」


「言うまでもなく、彼女にその役割を負わせし者は彼女自身に非ずして、〝中核領域〟の制覇を求めたる偽りの〝英雄〟種族なり。また彼女自身は同種族の滅亡後、永年に渡りその能力を自らの覇権に非ずして、有力種族の均衡による平和維持のために活用し、今回もまた甚大なる被害を生じ得べき蜂起事件によく対処して、見事なる平和的解決をもたらしたり。故に、この批判はむしろ、新帝国設立以前には自らも侵略者たる旧帝国に属せし我等自身に、新時代の星間文明種族が備えるべき資質、特に指導的種族に求められる資質につきて自問することを余儀なくせしめたり」


「然し事件後マルコシアスは、新帝国の全種族が自らの如き苦難を経ずとも発展し得るべく、有益なる遺伝形質とその共有技術を共同にて研究・開発し、各種族の必要性や発展段階に応じて公平に提供する組織の設立を提案し、サタンに裁可せられたり。我等の問いは彼女の英断によりて、一つの明白なる解答を得たるが如し」



(4)系列種族への配慮


「鮮やかに解決されし融合体の蜂起に対し、意外にも複雑かつ繊細なる配慮を要せし問題は、蜂起への参加命令を受信せる、星域外の下級系列種族への対処なりき」


「残念ながらゴモリーの流出映像は、彼女を知る種族達からの反証によりてたちまち効果を失いたり。他方で中枢種族は、かつて傘下の弱小種族に対し、生存の容認と引き換えに敵対種族への危険なる攻撃を強要し、有力なる者達に対しても、友好種族への背信や犯罪行為への加担を誘導したる後に脅迫材料とする等、恐怖政治や分断工作によりて恐るべき動員力を行使せり。マルコシアスは過去の類似事例から、例え蜂起が失敗せるとも後々の情報拡散に伴いて、今回の参加命令への対応の相違が系列種族内の混乱と対立を招来し、以後の統治に支障を来たすことを案じたり。彼女はこれを現皇帝サタンに報告し、サタンは直ちに緊急理事会を招集せり」


「マルコシアスはこの席上においても危機を好機に転ずる作戦を発案し、他の理事種族の賛同を得たり。その内容とは旧帝国の暗号通信を逆用し、かつての下級系列種族から融合体に対して、蜂起中止の共同要請を行わしめるというものなり。この作戦には、蜂起の拡大防止のみならず、旧帝国系種族を過去の呪縛じゅばくから解き放ち、新国家への理解と支持を増進する効果も期待せられたり」


「我等はまた、この要請を募る映像通信において、出演種族への報復の危険を避けるべく、我等自身の分離個体に偽りの発起人種族代表団を演ぜしめたり。彼女達は蜂起への参加要求を受けたる下級種族という設定にて、蜂起種族にも政府当局にも非ざる立場から、平和を願う系列種族自身の意見を形成・集約することが期待せられたり」


「この代表団は各三名ずつ、二組が編成せられたり。一方は〝炎の王〟滅亡の際、奇跡的に脱出せる有力下級種族の生存者を装い、主として報酬を以て蜂起への参加を求められし覇気ある種族を、呼び掛けの対象とせり。他方は従前の指導種族を滅ぼされし後に、系列種族の末席に加えられたる無名の下級種族に扮し、脅迫によりて協力を迫られし温順なる種族の参加をつのりたり」


「要請文は各種族の事情に応じて微修正も認められしが、以下の雛形ひながたが使用せられたり。まず、覇気ある種族向けのものは以下の如し」


「即ち、『栄光ある我等が上級種族よ、汝等が再び新帝国への反撃を試みたるは驚くべき勇断なれど、その成功や我等への恩恵は、残念ながら見込みなきものと考えざるを得ず。何故ならば第一に、我等は汝等より蜂起映像と参加命令を受信せるも、未だ艦隊の脱出を確認し得ず、以後の通信も受領し得ざりき。新帝国の探査・通信技術は極めて高度なるが故に、既に汝等の活動・伝達内容は彼女達の知るところとなり、恐らくは強力なる反撃と妨害を受けて苦戦したらん。また、新帝国軍が優秀なる航宙技術を以て二大銀河と周辺領域を掌握せる現況下においては、例え汝等が血路を開き得るとも捲土重来けんどちょうらいし難く、ましてや我等下級種族の追従、及び脱落時の捜索・救難等は到底望み得ざらん。旧帝国において、かかる言辞げんじは敗北主義の証左しょうさとして処刑の理由となりしが故に、我等の内にはこれを恐れる種族も存すれど、我等は新帝国において、偽りなき建言けんげんこそが真の忠誠なることを学びたり』」


「『第二に、新帝国は旧帝国上級種族のゴモリーを理事種族に登用し、故郷を失いし下級種族にも小銀河群の共同開発を承認せる等、外周・先住種族ばかりか仇敵なりし我等をも信頼して、公平なる待遇を提供せり。我等は自らの未来のため、また他の同胞種族の信用を維持するため、そして何より、かつては旧帝国にも存したる道義の名においても、彼女達を裏切ることを得ず』」


「『第三に、旧帝国時代末期、我等は反乱防止のために、上級種族の逐次ちくじ的命令なくしては満足なる作戦行動を為し得ざるよう、汝等自身によりて操り人形の如く組織せられたり。また汝等が我等の一部に命じたる単独破壊工作もまた、かつて我等を恐れさせ、〝剣の王〟と共に滅びたる粛清しゅくせい部隊の如き種族のみがよく為し得るものにして、現在の我等が試みるとも単なる自殺行為に終わらん。故に、誠に遺憾ながら我等は汝等の命令に従うことを得ず、然しまた、今なお我等が有する指導種族への敬愛を以て、新帝国とその統治下における平和と繁栄への復帰を上申するものなり』と」


「この架空集団の個体群にはマルコシアスに加え、アドラメレクとバールゼブルが扮装せり。マルコシアスの〝変身〟能力はここでも遺憾なく発揮され、宇宙船内の重力制御環境用の翼を有する、天使の如く美しく威厳ある有力下級種族の姿を再現せり。また周知の如く、アドラメレクはゴモリーに理事種族の資質を認め、バールゼブルは小銀河群の共同開発を求めたる当の種族なり。これらの隠れたる事実もまた、あるいは彼女達の演技に幾許いくばくかの説得力を加えたらん」


「他方、温順なる種族向けのものは次の如くなり。即ち、『偉大なる我等が上級種族よ、我等はかつて汝等の統治下にありしが、軍事的には劣弱にして無名の種族なりき。然し、誠に遺憾ながら、我等は同様の地位にある他の同胞種族と共に、此度こたびの命令には従い得ざる旨を表明せざるを得ず。その第一の理由とは、戦力の欠如なり。我等は旧帝国においては、弱小種族として〝淘汰〟の対象とされ、今回と同様に懲罰の威嚇いかくを以て戦時の〝消耗品〟とされし下級種族のひとつなり。然しまた、新帝国の平和政策のもとで不得手ふえてなる職能より免れ、星間社会への貢献を果たして評価を獲得し得る、産業・技術あるいは行政種族に転身しつつある種族のひとつなり。故に現在の我等にとりて、かかる命令の実行役は全く不適任なるものと言わざるを得ず』」


「『第二の理由は、情報の不足なり。旧帝国は当初〝銀河系全種族の共栄〟という理想を掲げたるも、後には軍事種族の野放図なる膨張から自滅を招来せり。これに対して新帝国は〝全種族のための文明発展〟という理念のもとに、合理的なる文明発展政策を実施して経済・社会を再建し、我等旧帝国系の下級種族に対しても戦前以上の繁栄をもたらしつつあり。然るに汝等は、今回の蜂起に際してそれに優る何等の大義名分も示し得ず、ただ買収や脅迫、詐術を以て我等の動員を図れり。今後我等は汝等に対し、傘下種族の判断及び心情も尊重することによる、正当性のあかしを希望するものなり』」


「『第三の理由は、情愛の不在なり。かつてアドラメレクは、ベール等の銀河系外周種族を救うべく、自ら危険を冒して中枢種族ガルガリエルへの攻撃作戦を実施せり。ゴモリーもまた先住種族マルコシアスを見捨てることなく、劣勢下においても共に抵抗運動を継続せり。ベールとマルコシアスはこれらに応え、従前以上に親密なる彼女達の友好種族となりたり。然し汝等旧帝国の最上級種族は、悲しむべくは彼女達ばかりか自系列の個体群種族とさえ、遂にかかる関係を育むことを得ざりき。そして今また生じつつある両陣営の衝突は、我等のみならず旧帝国系種族全体に、必ずや多大なる被害をもたらすこととならん』」


「『以上の理由から、我等は英邁えいまいなる汝等に対し、ここに誠に僭越せんえつながら、新帝国への投降を請願するものなり。また、かかる我等の切なる願いが寛大にも容れられし場合は、以後の裁判において、我等の新たな情愛の基礎たり得べき、下級種族の意見に対する配慮の事実を証言することを誓わん』と」


「この架空集団の三個体は、白き毛皮に覆われし愛らしき小動物の如き形態であり、要請文の内容とも相俟あいまちて、視聴種族の同情と共感の念を誘いたり」


「然し彼女達のうち二名は、サタンの宇宙進出以前の冬季形態とマルコシアスの寒冷地適応形態の姿を合成し、両種族が一名ずつ俳優を提供して演じたるものなり。この配役には、対象種族が融合体から命令を受け、あるいはそれに従わざりし事実が判明したる場合、彼女達を現皇帝及びアンドロメダ銀河最有力種族の同盟者と為すことによりて、権威主義的な他の同胞種族による非難から保護する効果が期待せられたり。彼女達は映像内においてその正体を明かさざるも、軍事種族の融合体を頂点に戴く旧帝国の位階序列からみれば、確かに下級の種族なることは嘘偽りのなき事実なり(笑)」


「残る一名の出演俳優は、通信及び暗号技術面において作戦に貢献せるヴォラクが派遣せしものなり。彼女は両名とは対照的に、終始堂々たる態度で快活なる表情を示したるが故に、生真面目なアスタロトは真相の発覚を案じたるも、その不安は杞憂きゆうに終われり。この特徴は自然なる個体差を演出し、過剰な悲壮感を抑制することによりて、映像の真実味を一段と増進せり。また、彼女のつぶらに輝く瞳は変身個体にも引き継がれ、その愛らしさは他の二名と比べても全く遜色そんしょくなきが故に、我は我が双子姉妹の名演技にも是非、好意的評価を求めたきところなり(笑)」



(5)解決


「対象種族のほとんどはこれらの呼び掛けに賛同し、蜂起中止の共同要請に参加せり。またその要請は、融合体治療作戦の開始時に合わせて送信せられたり。故に作戦成功の後、常態に復したる〝心ひとつなるもの〟達は彼女達に対し、命令の送信は〝事故〟によるものと説明し、要請の受諾と進言への感謝を返信せり」


「然し我等は作戦終了直後に、その真相を彼女達が自ら知る前に、守秘を要請しつつ個別に通知し、虚偽映像につきて謝罪と協力への感謝を伝達せり。何となれば、国家の安全上緊急の必要性を伴う、反乱阻止のためといえども、偽りを以て多数の種族を動員することは、民主主義上極めて危険な手段にして、危機終息後にはその悪用・誤用の有無を検証し、事後なりとても関係種族の許諾を得ることが政府の責務なるが故なり。また今回は、真実を直ちに告知せるとも作戦目的を損なうことなく、加えて要請の根拠たる事実には偽りのなきことを説明する必要もありしが故なり」


「幸いにもアンドロメダ銀河においては、かつての遺留兵器回収作戦と同様に、今回の作戦につきても、大多数の種族から積極的なる支持・賛同を獲得せり。また我等はこの作戦に関し、帝国議会においても正式報告を行い、承認の議決を得たり。然し我等は批判的意見につきても真摯しんしに対応し、今後の施策の改善に反映せしむべく努力を継続する所存なり」


「アンドロメダ銀河における共同要請への参加種族に対し、謝罪と感謝を伝えし者は、言うまでもなくアンドロメダ銀河臨時政府の軍事部門副長官、〝正義公〟アスタロトなりき。彼女は何等の演技も要することなく、自由と公正を愛する性格のままに、善き指導者の手本を示したり。彼女は、旧帝国において上級種族の抗争の具とされ続けたる傘下種族の労苦を慰め、彼女達が初めて重要なる政治的意見を表明し得たることを祝福すると共に、以後はより高度な文明に相応ふさわしき発展支援が提供される旨を通知せり」


「然しまた彼女は、〝御人好おひとよし公〟には非ず。中枢種族の策謀による悲劇を数多く経験せる彼女は、かかる犯罪を再び許すことなきよう、旧帝国系種族内にゴモリー、先住種族内にマルコシアスが有する情報網の助けを得て、蜂起に積極的協力を図りたる少数の種族を摘発し、行政処分及び刑事訴追を実施せり」


「然しながら彼女は同時に、知的活動に伴う責任の軽重が、認識・決定・行動から結果に至るまでの全過程における、多種多様な要素の〝相乗積〟によりて決定さるべきことを正しく認識せり。故に彼女は、対象種族に自主的・社会的判断の経験が乏しく、被害も局限されし今回の事件においては、蜂起の発生を許したるアンドロメダ銀河の治安責任者、即ち彼女自身の過失をも勘案かんあんしたる上で、処分または起訴を行いたり」


「これによりて対象種族は重罰を免れ、罰金・没収等の経済的制裁及び保護観察処分のみが科されたり。アスタロトはまた彼女達に対し、自由には公正を損なわざるべき義務が伴う旨を説諭し、新国家においては社会的利益と調和し、さらにはそれを増進する合法的手段によりて私的利益を追求し得るが如き、資質の向上が求められる旨を教示せり。彼女はまた、かかる向上を実現すべく、臨時政府による旧帝国系種族への教育事業の実施を提案し、長官アスモデウスもまたこれを承認せり」


「この教育事業に協力せし者達は、ストラス・ベール及びゴモリーなりき。かつてストラスはその技術、ベールはその資源、ゴモリーはその武力を、その意に反して中枢種族に利用せられたり。然しまた彼女達は、自らの努力及びサタン・アドラメレク・マルコシアス等、友好種族との協力によりてかかる状況からの脱出に成功し、現在は新帝国の理事種族として活躍せり。故に彼女達は、帝国の軍事的拡大や上級種族の繁栄に寄与し得れば、如何なる不正や蛮行も免罪するが如き専制支配体制からの、〝乳離れ〟の促進に最も相応しき種族なりき」


「蜂起事件への参加・協力者で処分の軽減を希望する者は、ストラス達の指導のもとで、教育課程を受講せり。彼女達の多くは小規模の分離体や分離・自然個体として仮想現実ヴァーチャル・リアリティ内に投入され、〝大戦〟における被害者の労苦や、その後の再建と発展の喜びを追体験せり。仮想現実の内容は二重処罰や洗脳行為とならぬよう苦痛が緩和され、事実と証明し得る、厳選された感覚記録のみが提供せられたり」


「ストラス達は、処分対象以外の旧帝国系種族とも戦時記録の分析や戦災地の視察等を共同で行い、交流を深めたり。特にゴモリーは、アンドロメダ銀河における旧帝国系種族の代表として、戦後賠償や先住種族との友好的共存、新帝国型の文明支援方針につきても、後進の種族への指導を実施せり。彼女はまた旧帝国系種族と、かつて彼女達が不当に遇したる非酸素・炭素系種族との対等なる友好関係の構築に努力し、旧帝国系の独自技術と、ストラスの先進技術や外周星域・外縁領域の資源の取引を仲介せり。ストラス・ベールの分離体もまた、事件後は治安が劇的に改善せる〝中核領域〟を頻繁に訪問し、旧帝国系種族と個体規模における経済・文化交流を展開せり」


「他方において、これら旧帝国系種族への支援と均衡を保つべく、サタン及びアスモデウスは先住種族のマルコシアスに対し、既に実施中のストラス及びベールによる技術支援・文化交流に加え、行政・産業面における本格的支援を開始せり。かくして〝中枢種族残党による内乱未遂事件〟の陰で生じたる重大危機は解決し、両銀河内における各種族の友好及び協力はさらに進展せり」

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