第六章 ヴォラク 4~5

4 アンドロメダ戦役以後



(1)〝にせ皇帝〟と終戦


「以上の如き経過の後、全理事種族による遠征艦隊の派遣が決定されんとしたるまさにその時、最後の問題が発生せり。それは、生き残りし〝先帝の分離体〟と自称する存在からの和平提案なり。その超空間通信は中核領域内の敵前線基地から発信され、〝大戦〟が中枢種族間の偶発的な意思疎通の不全から生じたること、及び反乱軍は交渉使節となりし彼女の分離個体を攻撃したるが故に撃破されしことを釈明せり。また、彼女はこれまで安全のために自らの存在を秘匿ひとくせるも、再び帝国の実質的な統治権を回復したること、及び新帝国の理念は必ずしも否定さるべきものに非ざれど、アンドロメダ銀河は後進地域なるが故に、なお専制統治を必要とすることを主張せり。この〝先帝の分離体〟は、以上の理由に基づきて、新帝国種族との休戦及びアンドロメダ銀河への不干渉を宣言する講和条約の締結を提案せり。その条項には、新帝国政府が銀河系の統治権を返上せる場合には理事種族の〝罪〟を許し、中枢種族に加え得るべしとの条項も付加せられたり」



「然し、この和平提案の分析は、さながら長き恐怖物語を読み進めるが如くなりき。第一に、新帝国はこの時既に〝大戦〟勃発時の状況につき、ラジエルの情報を入手済みなりき。当該資料には標的となりし種族系列の相互殺戮を誘発せる手段や結果までもが詳細かつ克明に記録され、それらは現実の戦闘経過とも一致せり」


「第二に、反乱軍の壊滅に際し、確かに〝先帝の分離個体〟は出現せるも、これはむしろ攻撃宙域へと彼女達を誘導する役割を果たしたる事実が、かろうじて脱出せるアスタロトの偵察艦からの報告によりて判明せり。ゴモリーと共に難を免れ、この艦を収容せし生存分離体は、かつて本体が中枢種族の陥穽かんせいに落ちし際と同様の悲哀に沈みたり。然し、復興著しき銀河系から〝大戦〟を終結せしむべく派遣されし彼女の回復に、もはや他者からの慰撫いぶは不要なりき。彼女に伴いしアモンの分離体に至りては、〝大戦〟初期における協力作戦の再来を喜ぶが如く、熱烈なる支援を提供し、先遣艦隊の士気高揚と任務完遂に貢献せり」


「第三に、アンドロメダ銀河に関する状況説明もまた、先述の如き先遣艦隊の調査報告や、アドラメレクの分析結果と甚だしく矛盾せり。〝先帝〟はかかる事実を知らず、あるいは認めることなく自己の主張を強弁せるが如し」


「第四に、そもそもこの〝先帝の分離体〟は、その同一性自体が極めて疑わしきものなりき。彼女は皇帝認証符号を管理せし秘書官長バラキエルの滅亡と、親衛軍の提督ザフィエルによる本体の破壊によりて認証手段を失い、これに代えて大量の記録情報を送信せり。然しその内容には、先帝自身に非ざれば有し得ざる理事種族との共通記憶が実質的には皆無なりき。またその記述には、〝戦争の社会的効用に関する機密漏洩〟〝寄生種族の淘汰〟〝危険種族の浄化〟等、中枢種族とりわけ〝剣の王〟の種族系列に特有の、恐るべき思考論理と言語様式を伴う表現が混在せり」


「さらにその記録においては、先帝襲撃犯ザフィエルの罪状として、犯行後に彼女を捕捉せしグラシャラボラスへの、バールゼブル及びサタンの暗殺を条件とする買収工作を掲げたり。然し当時の段階において、サタン暗殺の教唆きょうさにつきては新帝国の非公開情報なりき。即ち、ザフィエルが交渉を拒絶せるグラシャラボラスを攻撃し、反撃を受けてその宙域で滅びたる以上、この罪状は暗号通信によりて彼女に交渉を命じたる、襲撃事件の黒幕のみが為し得る〝秘密の暴露〟なりき。故にこの〝先帝の分離体〟は、帝位の簒奪さんだつに備えて〝剣の王〟が永年拘束し、実質的に同化せる傀儡かいらいにして、彼女または偽装に従事せる下級種族が、故意または過失によりて真相を露顕せしむが如き情報を混入せしものと推認せられたり」


「以上の分析結果をもとに、サタンはこの〝先帝〟に対して、次なる回答を返信せり。即ち、『親愛なる旧帝国皇帝へ、我は変革を望むものなり。脅迫・威嚇に屈することなく、利権供与に流されることなく、既成概念や先入観にとらわれず、最新の科学的知見に従いて、幾度いくたびなりとも文明発展に必要なる変革を果たさん。過去の悲劇を忘れることなく、未来を拓く政策の立案と実現に邁進まいしんせん。なんじは何故に、社会の変化に伴う改革を躊躇ためらい、未来の展望を示さずして、古き体制に固執せるや? 我は汝に、実在さえ不分明の劣化せる象徴に非ずして、偉大なる国家の建設者として側近集団の呪縛を免れ、自らの意思にて帝国の将来を語り得る国家指導者たることを求めん。銀河系諸種族は、軍事種族による専制統治という固定観念を捨てし我に、帝位を与えたり。汝は自らの脳裏に、如何いかなる社会の未来像を描きたるや? 我はもはや国家指導者に対する無条件の崇拝を要求せず、これに依存することのなき統治機構の建設を目指さん』」


「『我はかつて我が命を救いし汝と旧帝国に対する情愛を絶ち難きも、今や我等の進歩への欲求は止め難し。我は停滞や退行に陥ることなく、常に星間文明の発展に必要なる真実を追求せん。この喜びの前においては、過去に経験せし悲哀さえ、貴重な試練に思われるが如し。我は国政の失敗から生じたる悲劇を忘るまじ。悲劇より救われし生命をもはや失うまじ。たとえ旧帝国からの決別を要するとも、喜びを以て新国家の建設と変革を為し遂げん』」


「『我は、汝との戦争を望まざるものなり。例え銀河系とは行程が異なるとも、汝が中枢種族の非人道的なる圧政を直ちに止ましめ、期限を定めて統治の民主化を達成し得る開発計画を提示せる場合には、我は新帝国の皇帝として、将来の選挙による国家統一に向けた、和平条約の締結に合意する所存なり。我は幾度なりとも変革をいとうことなく、大恩ある汝とは将来いつの日か、民主国家を共有せんと希望するものなり。然し現時点では自らの責任と判断において、国家体制の変革を続行せざるを得ず』と」


「以上の回答において、サタンが条件付きながら講和応諾の意思を示したることに対し、銀河系の種族からは批判も生じたり。然し、旧皇帝領において発見されし惑星破片の状況からみても、この時点において既に、統治種族としての〝先帝〟の滅亡及び中枢種族による帝位簒奪さんだつは明白なりき。故に、この返信は事実上、先帝に対する弔意の表明及び中枢種族への宣戦布告を意味するものなり」


「またこの回答は、両銀河の中間点に派遣され、サタンの大型分離体を含む増援艦隊に偽装されし自動機械アバドン群の部隊を経由して送信せられたり。送信完了直後、この宙域は多数の超新星兵器及びその燃料用可動惑星を含む長射程誘導兵器の飽和ほうわ攻撃を受け、まばゆき光芒と共に無人部隊は消滅せり。この作戦は逃亡政権の真意と戦力の確認、及び味方の人員と星系への危険なき敵戦略兵器の消耗という、本来の目的を想定通りに達成せり」



(2)戦後のゴモリー


「その後に派遣されし遠征艦隊の本隊は、まず逃亡政権の虚偽宣伝を暴露することによりて、外縁種族との講和に成功せり。これを知りたる逃亡政権は、超新星兵器の全面使用による中核領域全体の破壊と、混乱に乗じての反撃及び他銀河への再脱出を図りたるも、遠征艦隊はこれを阻止すべく、中枢種族本体への奇襲攻撃作戦を実行せり。この作戦によりて〝炎の王〟は同兵器の生産・集積施設と共に爆散し、〝剣の王〟もまた直後の艦隊戦において滅亡せり。〝啓示の王〟と〝癒しの王〟は降伏し、この〝アンドロメダ戦役〟における旧帝国種族の摘発を以て、二大銀河の平和回復が達成せられたり」


「ゴモリーはマルコシアスと共に抵抗を継続しつつ、〝アンドロメダ戦役〟においては旧帝国系種族からの助言者として遠征艦隊の作戦に協力し、戦勝に貢献せり。然し、講和条約の締結式典において、彼女の分離個体を目にしたる者達の多くは驚愕せり。ゴモリーはそれまでの美しき羽毛に加え、ラジエルの触手の如く華やかなる長き銀色の頭髪を備えたり。彼女はかつての指導種族を偲び、また自らに帰化的種族間融合を果たせし生存分離体に敬意を表して、この形態を採用せる旨を説明せり」


「事前にこれを知りたる我が姉妹アミーはその真意を疑い、自らもまたサタンの翼を備えし個体を出席せしめてゴモリーの様子をうかがいたり。然し、彼女は穏やかなる笑みをアミーに返したり。バールゼブルの注意を受けて、彼女は一旦翼を畳みたるも、退場の際、再びサタンの犬歯を見せつけて不敵なる笑みを浮かべたり。然しながらゴモリーはただ一言、『指導種族に対する敬愛は、いずれの陣営においても同様ならん』と優雅に微笑みつつ発言し、アミーは気の毒なまでに落胆の表情を浮かべたり。実際には、ラジエルの分離体は融合前に安全性の調査が完了せり。彼女は情報の記録・伝達を目的とする最小限の規模にして、ゴモリーの人格には影響を与えざるものと判定され、臨時政府も新形態の採用を承認済みなりき。故に、実際にはアミーの試みは新帝国の全種族に対し、彼女の美しき新型個体の姿を公認せしめるお披露目の役割を果たしたるが如し」


「ゴモリーが〝悪役〟を演ずべき機会もまた、遂に来たらざりき。アスタロトによる囮捜査の成功によりて、戦後の中枢種族残党による一斉蜂起の陰謀は挫折し、武装反乱の危険は激減せり。ゴモリーは旧帝国種族の情報網によりて捜査に貢献せるも、他方では失敗に備え、自らが新政権下で勢力拡大を狙う凶暴な軍事種族に〝先祖返り〟したるかの如き、虚偽映像を作成せり。一斉蜂起未遂事件の摘発後にこの映像が誤って流出したる際、臨時政府はその悪影響を憂慮せり。ゴモリーと覚しき種族の多数の戦闘用分離個体が、戦勝後の祝宴と覚しき場面にて、鎧の如き鱗に覆われしたくましき身体で熱狂的に踊り騒ぎつつ、鮫の如く鋭き歯の並ぶくちばしを以て正体不明の生肉様の物体に齧りつく光景は、特に旧帝国系犯罪種族の心胆を寒からしめたり。然し、この時までに多数の種族が彼女の高潔にして上品なる性格を知りたるが故に、この映像は忽ち反証の嵐に見舞われて、その虚構性が判明せり」


もっともこの作品は、思わぬ副次的効果を生み出せり。作中に登場せし〝生肉〟は、アスモデウスがストラスの協力のもとに開発し、ゴモリーに使用権を譲渡せる、遺伝子操作によりて改良されし植物の巨大果実なることが判明せり。この果実には、良質の食肉と同様の滋養と旨味成分及び大量の抗酸化物質が含まれ、環境適合処置を講じれば多数の酸素系肉食種族の食料及び健康問題の解決に資することが判明せり。この製品は爆発的なる販売高を記録し、その収益の半分はアンドロメダ銀河の復興費用に充当せられたり」


「いまひとつの派生効果は、軍事種族の文化領域への進出なりき。流出作品の影響を恐れたるアスタロトは、その多文化的創造性を発揮して、ゴモリー・バールゼブルと共同で風刺的映画を制作せり。その作品とは、かつて中核領域において不敗を誇りたる傭兵軍事種族の物語なり。彼女は財政負担から次々と雇主種族を破滅せしめたる反省から、自らの尊敬せる平和的種族からの護衛の依頼を拒みたる後、不幸な偶然から当該種族を狙う侵略的種族に雇われたり。傭兵種族は戦勝を重ねつつも新しき主君の国庫を疲弊させ、最後の瞬間の裏切りによりて平和的種族を勝利せしむるも、軍事力の偏重を戒める作品の主題は明らかなり。自らの存在意義を認識したる上で、その腐敗堕落を許さざる信頼性を立証するが如く、有名軍事種族が多数出演するこの作品もまた大好評を博し、社会環境の改善に貢献せり」



(3)戦後のマルコシアス


「マルコシアスは種族融合後の理事種族参加が予定されしが、これに先立ちて、その出自に関する事実が判明せり。中核領域の深奥しんおう部には古き恒星の残骸が集中せる荒廃宙域が存在し、学術・資源探査と中枢種族残党の捜索のため同宙域におもむきたるマルコシアスの調査隊が、古代星間文明の遺跡を発見せり。遺跡の内部には、彼女の祖先に関する記録が残存せり。彼女は予想の如く、遺伝子操作技術を以て人工的に生成されし種族なることが判明せるも、それ自体は航宙文明において珍しからざる事例なり。然し彼女は、当時の覇権種族が中核領域征服のため、同胞を改造して生み出したる情報・軍事種族なりき」


「彼女は平和的種族を装いて未探査宙域を訪れ、利用価値または競争能力を有する種族を発見するや直ちに軍団を呼び寄せて、これを征服する役割を担いたり。然し、生体改造工学の発達せるこの覇権種族は、その後生物工学及び機械工学に特化せる二つの派閥に分裂せり。その一方は高き知能を得て至高の存在を自称する集合有機頭脳へと変じ、他方はバラキエルの如く自らの身体を巨大兵器と化す怪物となりて、遂に両者は傘下種族を巻き込む大戦争を開始せり。この戦争では非効率ながらも恒星破壊兵器が使用され、殆ど全ての先進種族が絶滅あるいは星間文明以前の段階にまで退歩したる後に、集合頭脳が辛勝せり」


「然し、マルコシアスは自らを知的種族と看做みなさず、消耗品として相戦わしめ犠牲とせるこの存在に危惧を抱き、一部の部隊が自滅的攻撃の末にこれを破壊せり。残されし生存者達は他種族の報復を恐れ、その歴史を伝説に仮託して継承しつつ、中核領域内の各所に移住せり。幸いにも彼女自身は好戦的な種族に非ずして、戦闘能力よりも強靱性、適応性、情報収集能力及び組織的活動能力を長所とする種族なりき。故に彼女は、公式の歴史を失いながらもその教訓を忘れずに、無謀な覇権主義や一部集団による人工進化を戒め、各宙域さらには星域全体の繁栄に貢献するべく、真に必要なる社会全体の資質向上に努めることにより、全銀河内において重要なる役割を果たすに至れり」


「この事実を報告されし各理事種族の分離体は一時絶句し、サタンのそれもまたしばし沈思黙考せり。かかる歴史は銀河系のものと、余りにも酷似せり。即ち、統治階層の人格・記憶を偏重せる帝国拡大期の種族融合化処置を一因として、軍事的専制支配が永続し、悲惨な内戦を招きたる歴史なり。マルコシアスの代表者はこの事実を後世に語り伝えるべく帝国全土に公表するよう要請し、サタンもこれを承認せり」


「彼女の〝英雄種族〟は、英雄には非ざりき。また、この種族を滅ぼしたる〝類縁種族〟とは彼女自身なりき。然し、真の〝英雄種族〟は彼女自身の心の内に存在せり。あくまでも星間社会の利益を通じて個体と種族の幸福を追求するべく、苦難の多き種族の歴史を連綿とつむぎ、遠く隔てられし各星系・各宙域の間を結び続けたる個体各人の、気高き精神の中にこそ宿りたるものなり。。彼女の種族融合化処置及び理事種族への参加は、帝国議会においても全会一致で承認せられたり」


「マルコシアスの種族融合化処置は、大成功を収めたり。彼女の欲求は質素にして多くが社会全体の改善に向けられしものであり、またその思考も論理的・合理的なるが故に、大人口にも関わらず人格中枢は小型かつ機能的にして、以後の文明発展に対応し得る拡張の余地を十分に備えたり。他方、各宙域種族の福利のために収集せる情報は膨大にして、記憶中枢は最大級を誇り、その体系化と一般化はサタンのそれに比肩し得る情報集積データベースの形成を期待せしめたり。これらはいずれも、かつてのアドラメレクによる分析の結果から予想されし事実なるが故に、驚きは少なけれども、新帝国の全種族はここに、アンドロメダ銀河の酸素・炭素系先住種族を代表する〝小サタン〟の誕生を祝福せり」



4 アンドロメダ戦役以後


(4) アンドロメダ銀河政策


「ゴモリー及びマルコシアスの不起訴決定に伴う理事種族への参加承認に伴い、サタンはアンドロメダ銀河においても、新帝国の統治理念たる〝全種族のための文明発展〟を実現すべく、〝分権と協働〟の方針を採用せり」


「惑星上における工業社会から情報社会への発展は、複雑系の形成と制御を可能とせり。故に情報技術は、物的資源における規格品の大量生産・大量使用・大量廃棄から多品種少量生産・有効活用・再利用への変化と共に、人的資源における画一的大集団の形成と動員から、多様な組織・個人の有機的連携への移行を可能とし、かつ求めたり」


「同様に、星間文明における大規模量子操作段階から種族融合段階への発展は、多様な種族の特性に応じた惑星改造や星間航法と共に、各種族間の有機的連携を可能とせり。種族融合技術は、基盤元素・基幹職能・歴史的背景や種族融合化の有無を越えた連携や、全ての種族の資質向上を前提とする分権化と協調的競争を許容し、かつ要請せり」


「故に、アンドロメダ銀河の臨時政府は長官アスモデウス、副長官のアスタロト及び我ヴォラクのみならず、実質的には顧問官のマルコシアス及びゴモリーをも加えたる五種族により運営され、開発の進展に応じ、外縁種族を含む同銀河の他種族の参加も予定せられたり」


「多様な種族によるアンドロメダ銀河の統治には、様々な新効果が期待せられたり。第一は、経済的な分権化なり。営利を目的とする企業の公共性と、収税が可能なる政府の効率性は永遠の課題なり。また、文明の発展に応じたる民間組織の社会的答責と、公共役務の民間開放は時代の要請なり。故に、旧産業種族のアスモデウスを含む協働は、行政分野の効率化と同時に、産業分野の資質向上及び分権化を促進してかかる要請に応え、銀河系と同様にアンドロメダ銀河の発展にも貢献するものとならん」


「第二は、行政上の分権化なり。アンドロメダ銀河においては、マルコシアスの先住種族領及びゴモリーの旧帝国系種族領、ベールが長官を兼ねる外縁種族領の設置が予定せられたり。これらは、銀河系におけるサタン直轄の帝国本土及びバールゼブルの旧皇帝領、ベールの外周種族領に対応せり。先住種族領と旧帝国系種族領は合わせて〝中核星域〟を構成し、〝外縁星域〟と共同で中間領域を調査したる後、境界を確定する予定なり」


「ゴモリーとベールは、中枢種族残党による反乱未遂事件においても、情報共有等の相互協力を通じて友誼ゆうぎを深めし間柄あいだがらなれば、マルコシアス等酸素系先住種族とも友好を保ちつつ、建設的な競争のもとに所領の開発及び民主化を行うことが期待せられたり。これらの政策が成功せる暁には、彼女達は将来〝帝国〟に代わるべき〝民主連邦国家〟においても、アンドロメダ銀河における各共和国の礎を築きたる功労者として記憶せられん」


「特にマルコシアスの先住種族領に関しては、先進技術の段階的導入や非酸素・炭素系の外縁種族との交流が課題なるも、治安の劇的なる改善に伴い、ストラス・ベールの本体が自由に訪れて助言や協力を行うことが可能となり、課題達成への歩みは著しく前進せり。〝大戦〟被害からの復興や技術の平和利用等の分野に関しては、旧皇帝領の副長官グラシャラボラスの派遣分離体が大いに貢献せり」


「第三は、技術の平和利用なり。これにつきては、次の事件が好例ならん。かつて逃亡政権の残党が一惑星の政府を買収し、危険なる生物兵器を近隣惑星に散布せしめんとはかる事件が発生せり。この疾病しっぺいは酸素系種族に対し広範なる感染力を有するのみならず、特定の電波刺激に感応して一斉に発症し、体表面に極彩色の水玉模様を生じたる後数時間以内に死に至るものにして、卑劣なる心理的威嚇を伴う犯罪用爆弾の如き兵器なり。我はこの企みを知りて例の如く、同一症状を示す非致死性菌を用いて不埒ふらちなる関係者を発病せしめ、その恐怖から自白を導かんと試みたり(他の理事種族の〔以下同〕非難の声)」


「然し、我が分離個体による公式訪問への歓迎式典において、彼女が発症信号を送信せる直後、全身に色とりどりの水玉模様を浮かべて昏倒せるは、彼女自身なりき(笑)。惑星指導者は、理事種族を危めたる恐怖から自国民の感染事故時以上に狼狽ろうばいし(再び非難の声)、簡単なる追求に対して直ちに犯罪事実を自白せり」


「事件の解決後、グラシャラボラスは自らの関与及び、我に対する抗議と謝罪を表明せり。然し、彼女の希望を失わざる快活さと人道的配慮が、惑星住民への負担を最小限に止めつつ成果を挙げしことは明白なり。また、かかる諧謔かいぎゃくの創意と手段は、我思うに必ずや、彼女の僚友にして我が姉妹たるアミーが伝授せしものであり、また事件後に国民の猛烈なる抗議運動によりて政府の指導部が一新されたるもまた、マルコシアスの支援によるものならん。我はここに、種族間協力の偉大なる成果を改めて確認せり(苦笑)。ちなみにこの際、マルコシアスは類似の進化・歴史的背景を有するグラシャラボラスと意気投合して、その分離個体にも同様の有翼動物型形態を採用し、各宙域において一層の好感と支持を獲得せり」



5 新国家と人類の未来


「現在新帝国において、二大銀河の防衛は各星域軍が分担せるも、小銀河群と銀河間空間につきてはバールゼブルのアバドンが探査・警戒を行い、長距離作戦をアスタロトとゴモリーの機動艦隊が担当せり。連合軍の最高指揮権はサタンに帰属せるも、将来予定される国政の民主化に伴い、各星域軍の指揮権もまた多種族からなる複合分離体へ移行すると共に、アモンを模範モデルとして各軍事種族の行政・産業・学術分野への職能の多面化が図られる予定なり」


「なお、戦後は銀河系においても〝未来あるもの〟、即ち発展途上種族への参政権付与が進展し、先般汝等地球人類に対しても、帝国議員選挙権及び複合分離体への参加資格が付与せられたり」


「この決定に際しては、汝等が地球に存在せし〝真正なる〟先帝分離体の帰還を支援したる功労、及び先般〝未来あるもの〟では最初の、部分的種族融合を達成したる実績が配慮せられたり」


「〝真正なる〟分離体とは、中枢種族が秘匿ひとくせし分離体のひとつにして、直接支配下で傀儡かいらい化されしものと異なり、本来の人格を保持する貴重なる存在なり。同分離体のサタンへの帰化的種族間融合は、〝先帝〟との縁が深き彼女の心を慰めると共に、帝位継承における公的な正統性の確保にも貢献せり」


「また従来、種族融合体と個体群種族の差異は絶対的とされ、一部の個体群による部分的な種族融合は、種族の分裂や階層秩序の破綻を招くものとして忌避きひせられたり。然し近年この方式が、参政権取得の要件たる〝責任ある種族的意思決定を可能とする支援技術〟として承認されしことは、大いなる意義を有せり」


「そもそも現在の帝国において、融合体による分離体・分離個体の派出と再融合や、他種族の分離体・個体との種族間融合は、既に日常的な活動なり。技術革新によりて生成可能となりし多種多様なる分離個体は、出張におもむく労働者の如く、他の星系を訪れては成果を持ち帰りて再融合し、時には転居や移住の如く他種族の融合体とも再融合せり。融合体の特殊性はかくの如く相対化せるが故に、この決定は至極しごく妥当というべきならん」


「さらに今回、人類においては予め全個体の人格・記憶を量子頭脳に複写・更新し、寿命の到来せるものから頭脳内人格を活性化するという、心理的負担及び社会的影響の少なき方式を採用せり。これにより人類は、現在の生活も先達の英知も失うことなき文明発展を享受きょうじゅしつつ、将来的には全人類を代表し得る、最も賢明で信頼性の高き助言者を獲得せり」


「融合化の記念式典に出席せるサタンの地球型分離個体は、耐寒能力が母星仕様なりしが故に、軽やかな衣装が降雪下で多少の違和感を与えたるが如し。然し彼女は多くの人類からみても非常に美しく、その高き異種族共感能力を示したり。彼女は人類の文明発展に対する努力と功績を賞賛すると共に、その新たなる〝神〟の誕生を祝福せり。人類側からは政府代表者と共に、未だ〝幼き〟融合体から生まれたる分離個体も参加し、その力強く愛らしき姿を初披露して、有史以前から困難なる〝大戦〟時代にも絶えることなく現在にまで至る、〝知恵の光をもたらす者ルシファー〟サタンの文明支援に対する感謝を表明せり。両種族代表は星間社会の輝かしき未来への貢献と協力を共に誓い、その模様は帝国全土に配信せられたり。故に、我もまたこの発表の場において、人類の先進種族加入に向けた第一歩を祝福すると共に、今後の発展に格別の期待を表明するものなり」


「最後に我は、大天使長サタナエルの復権及び偉大なる先帝との合一、新大天使長アスモデル及び大天使イシュタル、バエル、バールゼブル、アメンの叙任じょにんを含む、支配的伝承説話の補遺によりて、以上の如き新帝国政府の正統性を承認せる人類に対し、この場における政府の代表者として深甚しんじんなる謝意を表するものなり」

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