第六章 ヴォラク 3

3 理事種族の対応



(1)抵抗運動への共感


「言うまでもなく、これらの要望に最も熱烈に反応せし者は、〝正義公〟アスタロトなりき。彼女は中枢種族の摘発に加え、抵抗運動の救援と先住種族の解放のためにも、艦隊の進発準備を急がせたり。さらに彼女はサタンに対し、他の理事種族にも遠征参加を要請すべく進言し、承認せられたり」


「アモンの本体もまた従来の消極的政策を転換し、大規模分離体による遠征艦隊への参加を希望せり。彼女はその恒星動力砲の中継衛星群を、統一力場障壁による反射技術を用いてさらに強化し、高重力暗黒天体ブラックホールの両極から生じる強力な収束電磁噴流をも動力源と為し得べく改良せり。また彼女は、超空間航行及び回廊形成の技術を応用し、衛星展開速度の向上及び出力の増大を実現せり。これにより彼女は、旧帝国側が同種の兵器を先制使用せる場合においても、その照射動力エネルギーの目標到達前に自らの中継衛星を投入して噴流を反射・散乱散乱せしむると共に、敵衛星自体をも蒸散せしめ得る防衛能力を獲得せり」


「両名に続きてアドラメレクも、遠征への参加を決定せり。彼女は新型砲の射程以遠に逃走せる襲撃者の本拠地を攻撃し得るべく、その〝砲身〟たる超空間回廊を通過して動力消費を節約したる後、自力航行して敵艦を追尾する超空間誘導弾を開発せり。この誘導弾の特徴は、抵抗運動への支援にも活用されし外周星域の技術、分離型駆動機関を複数装備せることなり。これらの機関はバールゼブルの自動機械アバドンの技術をも導入し、状況に応じて弾体から分離したる後、有機的に連携して偵察機、探知妨害装置、おとり弾頭、子弾頭、あるいは戦果観測機としての機能も果たすべく設計せられたり」


「アンドロメダ戦役において、以上の新型砲及び誘導弾は、遠征艦隊及び抵抗運動の重要拠点を防備すべく、サタン・アモン・アドラメレクの分離体からなる後方艦隊に配備せられたり。また戦闘が激化せる場合には、艦隊総司令官アスタロトの分離体及びその哨戒・通信用アバドンの誘導に従いて、彼我及び第三者の被害を最小化すべく、敵艦隊の指揮系統を集中的に攻撃するよう予定せられたり。然しながら幸いにも、両者が実戦で使用される機会は遂に到来せず、僅かにその超空間回廊が、終戦直前に同胞・指導種族を人質として自殺攻撃を強要されし先住種族の、無事送還に活用せられたり」


「もとより我等、新帝国の理事種族は、かかる兵器が極めて危険なる殺傷力を有し、濫用の許されざる強制力としても機能し得ることを否定するものに非ず。アモンは罪なき兵士達の小艦隊を敵前線司令部の上空に出現せしめると同時に、彼女達に同伴せる中継衛星を通じ、次の如く放送せり。即ち、『戦争は間もなく終結せん。勇敢なる帰還兵またはその縁者に危害が及びたる場合、彼女達を惜しみて返したる天国の門は直ちに高出力天体と直結され、汝等を喜びて歓迎する地獄の門とならん』と。然しまた我等は、かかる用法が決して逃亡政権の如く非人道的な目的を有するものには非ざりしことを、強調するものなり。放送の効果によりて、部隊の生還が祝福されると共に責任者達は拘束され、基地は直ちに戦闘態勢を解除せり。また戦後、この技術は恒星動力の伝送網に応用され、両銀河の復興と発展に貢献せり」


「意外なことに、ベールもまた抵抗運動に同情的な見解を表明せり。その背景には、次の如き過去の経緯が存在せり。かつて地球とは中心星域を挟みて反対側の、開発途上星域と外周星域の境界宙域において、とある種族が極めて不可解なる技術革新を重ね、進路上の種族を征服しつつ外周星域方面に侵攻する事件が発生せり。当時の文明開発長官サタン及び副長官アスモデウス並びにアモンは、分離体を現地に急派せり。然し、彼女達よりも先に侵攻艦隊を捕捉せし者は、視察のため偶然に同宙域を訪れたるラジエル分離体の護衛、ゴモリーの艦隊なりき。侵攻艦隊は彼女による追撃と制止を免れ得ざることを知るや、ベールの姉妹種族のひとつが居住せる惑星に対して、自らの惑星破壊用誘導弾を全て発射せり。彼女は追跡を断念し、誘導弾の迎撃を選択せり。後に、外周星域に駐留せる帝国政府派遣軍から、侵攻艦隊の殲滅が発表せられたり」


「事件後に開催されし関係種族の会合において、派遣軍司令官ガルガリエルは発展途上種族の管理不行届につきサタン、侵攻艦隊の捕捉失敗につきゴモリーを非難し、同宙域の外周星域編入及び派遣軍による管理を主張せり。アスモデウスはサタンに対し、ガルガリエルが支配領域拡大のため、途上・外周種族間の紛争誘発を謀りたる可能性を指摘せるも、侵攻種族の母星もまた、事件直後に原因不明の反物質兵器暴発事故によりて壊滅し、真相は結局闇に葬られたるが如し」


「然しこの時ラジエルは、〝他の上級種族〟による途上文明への違法干渉の疑いと、その枢密院への報告の可能性を示唆してサタンを擁護し、ガルガリエルを牽制せり。ゴモリーもまた、次の如く毅然きぜんたる論陣を張りて、自らの選択の正当性を主張せり。即ち、『外周種族といえども帝国臣民たる以上、酸素・炭素系種族なるや否やを問わず、自らの安全を求むる権利を有することは当然なり。その正当なる利益を保護し、無益なる紛争を予防して帝国の安寧に貢献し得たるは、いずれは消さるべき実行犯種族の討滅に先んじるよりも、我にとりては誇るべき功績なり』と。彼女はその正義感から、外周種族の権利の尊重を表明すると共に、ラジエルの推測を支持し、ガルガリエルの政治的非難に一矢を報いたり。ベールはこの事件以来、アドラメレク以外の中心種族に対しては抱くことまれなる深き信頼を、ゴモリーに対しても示すに至れり。本来は戦争を好まざる彼女が、サタンからの補給艦隊の派遣依頼に応じたる件につきては、アドラメレクの進言に加えて、かかる事情も影響せしことは疑いのなきところなり」


「ゴモリーの艦隊は強力なる戦略兵器を有せざりしも、その艦艇の優秀なる機動性及び防御力から、一部が強行偵察用として〝銀河系襲撃〟に動員され、うち少数が外周星域にも出現せり。ベールはその合法的なる戦闘様式及び優美なる艦形から直ちに所有者を識別し、大いに悲しみたり。然し、彼女が損傷艦艇より救出せしゴモリーの分離体からの積極的なる情報提供から、襲撃艦隊は〝剣の王〟の督戦部隊、あるいは〝啓示の王〟の政治監視員によりて、無謀あるいは非人道的なる任務を強要されし場合が多きことが判明せり。この情報は速やかに本土防衛司令官アモンに通知され、科学省長官ストラスのもとで対抗技術が研究せられたり。彼女達の努力は、各種の迎撃手段による督戦艦艇狙撃戦術、後には超空間通信の妨害による監視報告遮断戦術へと結実し、襲撃艦隊の撃退のみならず、部隊の離反・投降あるいは亡命の飛躍的増大による救命率の向上にも貢献せり」


「然し新帝国は、理事種族の抵抗種族への情愛のみにて対アンドロメダ銀河政策を決定することあたわざりき。拙速なる反撃はいたずらに犠牲を増大せしめる危険を伴い、また戦後における先住種族及び旧帝国種族の処遇につきては、なお様々なる不確定要因が残存せり。かかる状況下において、まず先住種族の処遇と軍事作戦の結果に関する懸念を払拭ふっしょくせしは、アドラメレク・アスタロト及びストラスの分離体からなる情勢分析班なりき」



(2)アンドロメダ銀河の情勢


「異種族心理分析の第一人者アドラメレクは、予てより先住種族を代表して交渉し得る統一政府の不存在に頭を悩ませたり。然し彼女は先遣艦隊を通じ、抵抗運動内のマルコシアス及び他の先住種族の詳細に関する情報を入手・分析したる後、心中において欣喜雀躍きんきじゃくやくせり」


「彼女はかく語りき。即ち、『我は感動せり。マルコシアスは個体群種族なるが故に演算能力の限界を有するも、アスタロトの公正さとアモンの実直さ、ベールの慈愛とグラシャラボラスの純真さ、アスモデウスの交渉力とバールゼブルの克己心を兼備せる種族なり。また彼女の隠れたる貢献によりて、アンドロメダ銀河の中核領域は、〝大戦〟以前の銀河系中心星域よりもむしろ、〝サタン以後〟の中央星域に近き政治的成熟度に到達せることが判明せり。先住種族は既に、逃亡政権の公式発表相互間及び実態との矛盾を看破して密かに批判と討論を重ね、将来の統一と民主化に対応し得る社会的素養を示しつつあり。故に我は、マルコシアスが希望する場合には直ちに種族融合化処置を承認して理事種族に迎え入れ、彼女を中心とする先住種族と政府を共有し得るものと判断せり。我等は両銀河からなる二重帝国において、新皇帝の改革計画に基づきて社会の分権化を推進し、最終的には〝全種族のための文明発展〟を体現する民主的新政体を建設することが可能とならん。これはあたかも、銀河系における途上種族支援を通じて構築され、先進種族の失敗によりて実証されし文明理論が、より広大なアンドロメダ銀河における開発の年月と費用の最小化に貢献し、〝大戦〟の罪をあがないて永遠の友好と繁栄をもたらすべく、予定されたる運命の如し。抵抗運動の救援のみならず、軍事的圧制の長期化による社会的後遺症を防ぐためにも、可及的速やかに先住種族を解放し、平和と秩序を回復することが肝要なり』と」


「アドラメレクの社会心理学的主張を支援せしものは、ストラス及びアスタロトの技術的・軍事的分析なり。ストラスは、反乱軍の敗北が謀略的作戦と兵力の劣勢によるものであり、逃亡政権が新たに画期的な軍事技術を獲得したる形跡はなき旨を証言せり。ただし超新星兵器につきては、輻射増大兵器の技術を応用して恒星内部の核融合反応を暴走せしめ、その劇的な寿命の短縮と引換えに同兵器を大量生産する技術の使用が推定せられたり。然しこれは技術の新規性というより、周辺種族の生存や発展を全く意に介さざる点において、中枢種族には典型的なる非人道的技術の採用という問題なりき。彼女は、新帝国の先進技術を以てすれば当該技術の戦局への影響は排除し得べきことに加え、かくも忌まわしき技術の悪用は万難を排しても直ちに止ましむべきことを訴えたり。アスタロトもまた、旧帝国種族の軍事力予測に先住種族の社会的状況を考慮したる結果、ストラスによる技術支援及びアモン・アドラメレクその他の理事種族の遠征参加、そしてゴモリー・マルコシアスの抵抗運動種族による情報提供等の支援あらば、関係種族の被害を可能な限り局限しつつ、逃亡政権を降伏せしめ得るべき旨を報告せり」



(3)逃亡政権種族への配慮


「次なる問題は、旧帝国系種族に関するものなりき。旧帝国の上級種族につきては各種特権の廃止後に、賠償・処罰あるいは矯正のための事業従事処分が予定せられたり。然し、彼女達に随行せる下級種族には、銀河系における出身宙域が壊滅し、アンドロメダ銀河においても侵攻時に荒廃せし占領宙域への移住を強いられ、さらには〝洗脳〟の如く上級種族への忠誠を刷り込まれし者も多かりき。専制主義の復活を防止するためにも、彼女達の処遇には細心の注意を要したり」


「かかる荒廃宙域の再建につきては、旧皇帝領の復興を担当せるバールゼブルが適任者なり。然し同自治領の種族からみれば、逃亡種族はかつて同胞を内戦の惨禍に陥れて逃亡せし者達の配下なるが故に、復興支援につきては強硬なる反対意見も存在せり。然しながら、党派的偏見を免れて同領の復興に尽力せしバールゼブルの治下において、彼女達もまた寛大にして公平なる精神を学びたるが故に、旧皇帝領議会は遠征への参加と同時に、戦後の復興支援をも承認せり。戦後情勢を見据えたるこの決定は逃亡政権陣営にも伝達され、降伏後の円滑なる統治権の委譲に寄与せり」


「戦後バールゼブルは、自らの自動機械アバドンによる銀河系外の広大なる領域の探査において、大小マゼラン雲を中心とする複数の宙域に極めて多くの有望なる開発可能星系を発見し、その功績によりて現皇帝から同宙域の優先開発権を承認せられたり。これを受けて旧皇帝領議会は、両銀河における荒廃宙域の再生期間中、戦災を被りしアンドロメダ銀河の先住種族のみならず、故郷を失いし旧帝国系種族とも協力して、これらの新世界の開発を行うものとする法案を、全会一致で可決せり」


「バールゼブルはもはや、親衛軍の提督から自由の守護者に転じたる〝奇跡の種族〟に非ず。旧帝国の牙城から新帝国の希望の地へと変じたる、〝旧皇帝領の奇跡〟の先導者なり。将来外宇宙から我等の新国家を訪れる者は、必ずや彼女達が開拓し、二大銀河と共に平和と繁栄を謳歌おうかする、宝石の如く美しき小銀河群を見出すこととならん」



(4)ゴモリーへの配慮


「残されし問題は抵抗運動内の旧帝国系種族、事実上はゴモリーに対する処遇なりき。彼女の人格の高潔さにつきては疑いの余地無しといえども、いな、正にそれ故にこそ、彼女が伝統的・保守的立場からその軍事力を背景として新帝国の分権化政策に反対せる場合、民主化や自由化への深刻なる脅威となることが予想せられたり。特に、実務面におけるサタンの右腕であり、産業種族としての明敏かつ現実的な政策判断能力で知られるアスモデウスが、政治的理想または彼女への好意のみを理由に、かかる危険を看過かんかすることはあるまじとは、衆目しゅうもくの一致する所なり。然しこれまた予想外にも、彼女は熱烈なる情愛を以てゴモリーに対し、新帝国への協力と理事種族への参加を要請せり」


「その第一の理由とは、マルコシアスの要望なり。彼女はただ新帝国に対し、ゴモリーが理事種族に加入せざる場合、自らもまた政権には加わらざる旨を通告せり。以後のアンドロメダ銀河政策につきて考えれば、正当性はもとより実利の観点からしても、最有力の先住種族からの要望は無視することあたわざらん」


「第二の理由は、アドラメレクの助言なり。彼女はラジエルを単なる技術種族に非ずして、その先進技術を事実上〝商品〟あるいは〝交換手段〟として活用することにより、政治的な地位をも得たる産業種族と見做みなしたり。また、ゴモリーはそのもとで軍事的責務を軽減され、系列種族内における利害調整を行う役割を担いたる、いわば〝官僚化せし軍事種族〟なるものと分析せり。かかる見地に立てば、ゴモリーにとりて既にその忠誠の対象は、軍事力に立脚せる専制統治種族たることを要せず、彼女が求める政治的公正さえ達成し得れば、多様な種族の意見を反映する民主的政府なるとも全く問題はなからん、とアドラメレクは保証せり」


「第三の理由は、近年情報公開されしゴモリーの、アスモデウスの要請に対する回答において判明せり。ゴモリーはその回答において、以下の如くアスモデウスの真意を看破かんぱせり」


「即ち、『親愛なる遠征艦隊の民政部門副司令官にして、アンドロメダ銀河臨時政府の長官となるべきアスモデウスに告ぐ。我ゴモリーは永年旧帝国において中枢種族ラジエルの私兵軍司令官を勤めたるも、今は逆賊の汚名をこうむり、かつての敵に救援を求むる身上なり。また新帝国においては、治安の改善及び民生の発展による軍事活動の比重低下が予測せらるが故に、我が軍事種族として再興を期するとも、過日かじつの如き栄光は望み得ざらん。かかる境涯の我にとりては、完全なる民主化までの期間とはいえ、国政への貢献が可能にして、産業・技術種族への転身も容易となる新帝国理事種族の地位の提供は、一般的に見て極めて魅力的な申し出ならん。然し、我の登用が汝等に対し、いかなる意義を有するやを今一度考えることは、汝が平素から交渉において重視せる〝相互利益〟の観点からも極めて有益な行為ならん』」


「『率直に表現すれば、汝等は我に〝悪役〟の演技を期待したらん。アスタロトを総司令官とする遠征艦隊の派遣提案に際し、規模においては彼女に次ぐ機動戦力を有する二大自治領の長官、バールゼブル及びベールは、心ならずもえて旧帝国上級種族に対する苛烈かれつなる処断を主張し、アスタロトに向かい得る憎悪と敵意を分散あるいは牽制せり。同様に、汝等は戦後の占領政策に対する旧帝国種族及び先住種族の反発に備え、臨時政府において軍事部門の副長官となる〝正義公〟アスタロトの軍事的・政治的及び心理的負担を軽減すべく、我に同様の役割を求めたらん。指導種族ラジエルの恩恵によりて、我は中枢種族の犯罪行為に対する直接的な関与を免れたり。然しながら、旧帝国の恐怖と利己心・闘争心に基づく政治行動様式を中央政府において長らく見聞し、汝等の誰よりも知悉ちしつせる我こそが、かかる〝憎まれ役〟に最適任なることは、我自身からみても明らかなり』」


「『光栄にも、汝は我を〝旧帝国種族中最も愛すべき種族〟と称賛せり。我に対する情愛及び自由意思の尊重を理由として、他に選択の余地を有せざる我に対し、重ねて理事種族たることの意義を説き、新政権の〝操り人形〟に非ざる自発的参加を要請せり。然し、汝の情愛は我にのみ向けられしものに非ず。然し、汝の情愛は我にのみ向けられしものに非ず。その情愛はまず、旧帝国の如く残忍なる統治手法を認め得ざるアスタロトに対して向けられしものならん。また今なお銀河系において汝とアスタロトの能力を必要とし、かつて外周星域への移動に際しては、汝が影武者となりてまで守りたる、新皇帝に対しても向けられしものならん。は即ち、アミーとヴォラクが生命を救われ、義憤の諧謔かいぎゃくへの昇華を学びたる、ストラスに対して抱く情愛と同様のものなり。彼女達はストラスが遠征参加を志願したる際、これを止め得ざりき。然し、戦後は占領地副長官としての危険から彼女を守るべく、汝と交渉して、直ちに彼女を科学省長官に復帰せしめ、ヴォラクを後任とする旨を確約せしめたり』」


「『そもそも汝等新帝国の種族は、個々の種族や個体等、〝個〟の尊厳を究極の政治的価値とせり。科学・技術即ち〝社会的な事実認識〟の発達は、経済・社会生活即ち〝社会的な現実活動〟の豊富化・広域化と共に複雑化・加速化をもたらし、特に知的労働の比重増大を招来せり。これらの変化は、政治即ち〝社会的な意思決定〟が、従来の如く一部の為政者のみにては運営不可能となり、より多数者の思慮なくしては社会の維持さえ立ち行かざる状況になりゆくことを意味せり。故に汝等は、個々の意思・欲求に一段と深く根ざす知的創意を最大限に発揚し、政策形成・実現能力を向上せしむべく、政治・経済・社会における権限と責任を分与することを決定したらん』」


「『かかる進歩は、かつてほとんどの文明が経験せし過程なれども、天体間の懸隔けんかく及び種族間の技術格差はこれを退行せしめ、軍事種族による専制支配をもたらせり。然し、星間文明の発展による生活水準の向上と種族間格差の縮小は、制度・政策の巨大化と並び、再び〝個〟の尊重による分権化を許し、かつ求めたり』」


「『極論すれば、汝等の最高の価値とは〝自己愛〟ならん。〝個〟の尊厳とは、あらゆる〝個〟の活動が、究極的には自己愛にることを正直に認めたる上で、その情愛を相互の利益、即ち〝同胞愛〟へと向けることにより、生命存続に必要な車の両輪の如き個体保存と種族保存を最大限に両立せんとする、最も現実的にして最も理想主義的な、最強の政治理念なり。これは自身と全く無関係な者への愛情の奇妙さや、母から子への情愛の尊さを思えば自明のことならん』」


「『我はかつて、帝国のため危険なる戦闘に赴く軍事種族こそが統治の任に相応ふさわしき選良エリートと考え、その庇護ひご下において私益を追求する産業・技術・途上種族への絶対的支配は当然と見做みなせり。然し、軍事種族もまた自らの利益・満足を求むるが故に帝国に奉仕せる側面を有し、他の種族といえども社会貢献を通じて利益を追求することが可能かつ必要となりしことは、もはや明らかなり。帝国統一の完成による軍事需要の減少と経済水準の向上は、かつて多くの優秀なる文明指導者が〝軍産複合体〟の危険を指摘せるが如く、中枢種族の手に余る権益の入手による堕落や、一部産業種族との癒着による腐敗、傘下種族の支持獲得のための拡張主義をもたらせり。そしてかかる傾向は遂に、人為的な戦争惹起による利権獲得や、人道的な資質向上政策への妨害という、いわば〝自作自演マッチポンプ〟や〝木乃伊ミイラ取りが木乃伊ミイラ〟の如き惨状を招きたるなり』」


「『恐るべきことに、は全く理想や信条の問題には非ず。産業構造・労働内容の変化や生活水準の向上に伴いて必然的に要求される、制度・政策や人的資源の形態変化という、至極しごく単純な技術論の問題なり。かかる事実を否定する文明は、あたかも地動説の否定論者が永遠に宇宙技術を開発すること能わざるが如く、決して発展を持続せしむこと能わざらん。……これは旧主に背きて汝等を愛したる、我に対する罰ならんや? 我はかつて最も軽侮けいぶせし理念に文明存続ヘの唯一の希望を託する、甘美なる悪夢より目覚むることを得ず』」


「『新皇帝サタンは、臣民より〝光輝帝〟ルシファーの別名を与えられし者なり。然し、全ての統治は光のみならず影の側面をも有するものなり。全知全能の存在に非ざる限り、いかなる政府といえども全ての者を救い得ざる場合があることを、彼女もまた知る者の一人ならん。環境の変化に応じて自在に活動を制御し得る知性は、生命活動の動因たる欲求の無制限性として現れん。故に、知性は決して完全なる満足を得ることかなわず、たゆまぬ向上を求める無限の可能性と共に、技術の悪用・誤用から自滅さえも招き得る無限の危険性を有せり』」


「『然し彼女は、生体情報工学の活用による資質向上と相互理解、及び民主化を始めとする社会の分権化によりて、かかる犠牲や負担・危険を旧帝国時代よりも遙かに減少せしめることに成功せり。即ち諸種族・個体群の〝自己愛〟を社会的にして現実的、かつ有効なる〝相互愛〟へと昇華することにより、〝利己主義〟にも〝全体主義〟にも陥ることなき〝個人主義〟を基本理念として、〝最大多数の最大幸福〟及び〝持続可能なる文明発展〟を実現し得る社会を建設しつつあり』」


「『汝もまた、大は種族融合化の支援から小は個体群種族の教育・医療までをも提供せる、生体情報産業種族なり。その高度なる知性から、当事者のみならず銀河系全体の利益にも資する事業の創出によりて星間社会の信望を獲得し、発展を遂げたる種族なり。また、ストラスによる種族融合事業への参加を通じてその友好種族サタンを知り、彼女の副長官となりて以降は、その誠実にして真摯しんしなる人柄を慕いて支え続けし者なり。故に汝は今回の申出においても、我に対する不利益情報の提供という国内からの批判を回避しつつ、取引の公正を確保して後日の紛争を防ぐべく、我が曇りなき状況認識と瑕疵かしなき自由意思のもとに決定をなし得るよう、友好種族を通じて先の如き情報を提供したらん。……果たして我は、かつての汝等に対する敵対的な善意の報いとして、友好的な悪意の罠に陥りつつあらんや? 然し、既に知恵の実を食したる我は、現時点における汝等理事種族の人格及び政策に、最良の信頼性を認めざるを得ず』」


「『以上の理由から、我は新帝国の重要政策につきて審査権・拒否権を有する理事種族への参加申請を決定し、承認されし場合には旧帝国系種族を代表して、アンドロメダ銀河における治安対策等の分野に関し、臨時政府への誠意ある協力を約するものなり。然しまた同時に、新帝国の政治理念を尊重し、より民主的な政府が樹立されるまでの間、同銀河の旧帝国系種族・先住種族の権利を擁護し、これらが不当に侵害される場合には、合法的な権限と責任において、躊躇ちゅうちょなくその是正を求めることを誓約するものなり』と」


「彼女は〝悪役〟を引き受けながらもその良心を失うことなく、また党利党略に走ることなく、様々な背景を有する新帝国種族全体の福利のために、対アンドロメダ銀河政策に関与することを誓えり。新帝国の銀河系側種族はここに、最強にして最良の政治的好敵手ライバルを獲得せり」

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