第七章 アミー 1(6)~(10)
(6)別働艦隊
「銀河系においては、既に新帝国の統治が長らく安定せり。故に、蜂起への参加要求に対しても、直ちにこれを政府に報告し、さらには自ら謝絶の旨を回答せる種族が多数存在せり。驚くべきことに、他の種族もまた情報知識の普及から、その全てが蜂起反対の呼び掛けを虚偽と見破りたる上で、声明に参加せり。故に、サタンによる謝罪は空振りに終わり、
「然し他方で銀河系には、アンドロメダ銀河とは別種の困難な問題も発生せり。〝旧皇帝領〟に送還されしセラフィエル等は、〝中核領域〟に残されし官房系、即ち組織管理を司るケルビエル等と同じ軍事種族ながらも、野戦能力を強化し続けたる、戦場型の軍事種族なりき。彼女達の分離体・分離個体が運用せる別働艦隊は、融合体本体が正常に回復して投降を命じたる後もこれに服さず、独自の判断において進撃を継続せり」
「さらに〝旧皇帝領〟は、〝中核領域〟と比べれば狭小にして星間文明の密度が高く、同星域の混乱はさらに顕在化せり。事件宙域においては複数の違法航行船舶が同艦隊と遭遇し、幸いにも略奪の価値なしとして追撃を免れたるも、命
「かかる憶測に基づく風聞の第一の犠牲者は、旧皇帝領復興開発長官のバールゼブルなりき。その発信者達は、旧帝国系種族の蜂起という推測においては真実に到達せるも、その終結理由につきては夢にも予想し得ざりしが故に、全く異なる結末を空想したるが如し。即ち、〝大戦〟中二度の戦いで中枢種族を撃破し、小規模ながらも新帝国中最高の
「この風聞が広まりし直後には、その戦闘記録とされる映像も流出し、噂を信ずる者は皆
「然し次の瞬間、彼女達の前方に投影されし映像画面には、敵艦隊が何等の戦闘も交えずに降伏せる旨が表示され、これを祝福するが如く全ての腕を差し出すストラスの傍らで、喜びに尻尾を振りつつ飛び、駆け回るグラシャラボラスと、彼女を追い駆けたる末に捕えてすがりつき、ふざけて共に床を転げ回るバールゼブルの姿が鮮明に映し出されたり。恐るべき戦闘あるいは殺戮の場面を期待したる視聴者達は皆、
「然しながら、この画像は他の理事種族の動員までは説明し得ざりしが故に、無責任なる噂は新たなる
「即ち、彼女はまず我及びヴォラクの協力を得て、融合体の一部複製・移植技術を応用し、既に強大なる星域防衛能力を有するアモンに対し、アスタロトの如き機動艦隊の建造・運用能力を与えると共に、自らもまた同様の軍事的能力を獲得せり。〝外周星域〟の資源に加えて最新鋭の軍事技術をも獲得せる彼女は、今や隣接星域となりし帝国政府の所在地、〝中央星域〟を守るアモンと軍事同盟を結ぶことによりて、〝旧皇帝領〟のバールゼブルを制圧すると共に、アンドロメダ銀河に在るかつての上司アスモデウスの影響力を排除し、現皇帝サタンを管理下に収めるという陰謀なり」
「作者にとりては残念ながら、この噂もまた
「即ち、そもそも天才的にして脳天気、もとい楽天的なる〝金色の種族〟(笑)〔他の理事種族のものと思われる笑い声、以下同じ〕と、堅実にして愚直、もとい実直なる〝褐色の種族〟(笑)の混成種族アドラメレクが、かくも多大なる費用と危険や犠牲を伴う闇の計画に、その恵まれし才能を浪費するが如きは、彼女を知る種族には到底考え得ざる与太話なり。また、彼女に輪をかけて馬鹿正直、もとい誠実なるアモン(笑)がかかる陰謀に加担するとは乳児、もとい童女の如く純真なるグラシャラボラス(笑)にさえ信じ得ざる物語なり。さらに基本的な問題として、我及びヴォラクの社会秩序に対する
「以上の流言は結局、星域内外の騒動を説明し得ざりしも、発信者の手を離れて次々と脚色が加わりしかの如く、遂には時空間をも超越し(笑)、アンドロメダ銀河において臨時政府長官を務めるアスモデウスをも襲いたり」
「これによれば蜂起種族は、あろうことか偶然同地を視察中のサタン、及び我が姉妹たる同政府副長官ヴォラクの殺害に成功せり。これを知りたる第一継承順位者〝熱情王〟アスモデウスは、怒りと悲しみの余り完全に
「当然のことながらこの空想も、蜂起種族の健在が判明すると同時に破綻せり。そもそも歴史が改変されし場合、他者がそれを知ることは不可能ならん(笑)。また〝内乱未遂事件〟摘発の重要なる時期に、サタン及びヴォラクが共に中核領域を視察することもあり得ざらん。そして何よりも我は今ここに、以上のバールゼブル・アドラメレク及びアスモデウスに関する
ばりばりっ。
(他の理事種族の分離体による大出力圧縮通信と思われる雑音、その解読内容は以下の如し)
「(バールゼブルによると思われる発言。以下同様にして種族名のみを表記)ア~ミ~イ~、やはり流出元は汝なりしか!」
「(グラシャラボラス)我等の友情は既に公知の事実なり!」
「(ベール)アラマア❤」
「(ゴモリー)仲良き事は美しき
「(アドラメレク)非常に大胆かつ斬新にして、面白き発想なり!」
「(アモン、不安そうに)汝は
「(アスモデウス)我が錯乱は、本当に必要なりしや?」
「(ヴォラク)融合体の複製実験は完全に失敗なり! 両者は再統合のうえ、過ぎたる諧謔に制裁を!」
「(アモン)ヴォラク、相方の汝は言い得ざるべし」
「(ストラス)酸素系種族、恐るべし! かかる兵器の研究は即刻、全面的に禁止すべし!」
「(マルコシアス)そもそも理論的に不可能……ならんや?」
「(サタン)誰か、誰か事態の収拾を~(泣声)!」
「(アスタロト)親愛なるサタン、
「(サタン)これはしたり! これもまた、社会の複雑化に伴いて資質の向上と分権化が必要なることを証する好例なり!」
「(他の全種族、声を揃えて)同感なり……」
(7) 説得
「現実の別働艦隊への対処に際しては、当初我等は
「彼女達の分離体は
「故に我等はまず、個体群への説得工作を試みたり。サタン及び産業種族出身のアスモデウス、旧皇帝領の情報部門副長官にして共感能力の高きグラシャラボラスが、超空間通信を介して情報を交換しつつ、その任に当たれり。彼女達は中継用の
「即ち、『蜂起部隊の兵士達に告ぐ。旧帝国の残党は遂に汝等〝心ひとつなるもの〟の本体に対しても洗脳の如き乗取りを行い、かつての下級種族と同様に捨て駒と化するの
「また、『汝等は、我等新帝国種族が先帝の築きたる旧帝国の社会秩序を破壊して、汝等歴史ある軍事種族を
「『これは即ち、旧帝国系種族といえども平等に、かかる社会の需要に応じたる貢献を以て評価され、そのために必要な場合には職能の転換や多面化の機会も提供されることを意味せり。またこの政策は、若し汝等が過去の経歴等から不当に遇されし場合、公平なる手続によりて是正を求め得ることを保障せり。我等は旧帝国系の種族といえどもゴモリーの如く、高潔にして有為な種族あることを承知せり。他方で我等は、新帝国の初期加盟種族にも、その優位に
「さらに、『
「
「蜂起種族は前述の如く、いずれも旧帝国の最先進種族なりき。従ってその分離個体群も高き〝知性〟を有し、またそれ故に自らの〝実益〟を忘れることなく、さらにその無制限的な欲求からくる強烈な心理的反応、即ち必ずしも真実の姿と合致せざるものとはいえ、自らの誇りや忠誠に関する強き〝感情〟を抱きたり。故に、それらの要素に対する訴求能力の高きサタン及びアスモデウス・グラシャラボラスが共同で行いし説得は、大いなる効果を発揮したらん』」
「『さらに、別働艦隊の乗員達の多くが心理操作を免れたる分離個体なりしことも、我等にとりては幸いせり。種族融合技術には、単に演算能力を高めて事実認識能力を向上せしむばかりではなく、内部人格同士の交流を深めて社会的意思決定能力を向上せしめる、即ち、社会組織技術を生体情報工学的手段によりて強化せるものという側面も存在せり。従って、その内部人格群の記憶や発言の優先度が上位階層に偏りし場合、集権的組織がその副作用として権威主義的人格を生み出すが如く、
「『一方、サタン達による説得の対象者達は、分離個体として他種族の個体と協力しつつ復興作業に従事せる期間中、かかる融合体の制約から解放され、中には同一種族と思い得ざるまでに、他の種族への共感と配慮を示す個体も現れるに至れり。融合体本体からの蜂起中止命令への拒絶につきても、かかる〝自由意思〟の発現という側面が存在し、このことは同時に、説得による改心の可能性をも高めたるが如し。以上の如き理由から、別働艦隊の艦艇は次々と投降し、残るは分離体が占拠して要塞化せし可動小惑星を中核とする数個艦隊のみとなりたり。然しこれらの艦隊は、依然として多数の有人星系を破壊し得る戦力を保持しつつ、
(8)最後の戦い
「然しながら、これらの残存艦隊を制止したるものは、いかなる新技術にも超兵器にも非ずして、外周星域種族アドラメレクと我等旧皇帝領種族の協力なり」
「彼女は我等が復旧を担当せる、より条件の過酷なる超新星爆発の前面宙域において使用中の、超大型
「アドラメレクはバールゼブルに依頼して、これらに外周星域の有する分離型の超光速駆動機関を大量に付属せしめることにより、高速巡航艦を凌ぐ機動能力を発揮する、〝動く城壁〟を構築することに成功せり。我等はこの〝動く城壁〟を多数使用することによりて、別働艦隊の攻撃を阻み、移動を妨げつつ、彼女達の僚艦に偽装せる
「彼女達に対し、最後の降伏勧告を行う栄誉に浴したるは、我アミーなり。我は、彼女達の攻撃による復興事業への惜しみなき
「然しこの時サタンは、脅迫によりて戦闘を強要されし分離個体群に危害が及ぶことを心配し、中央星域から我等のもとに可能な限り多数の救助船舶を派遣せり。降伏勧告の直後、力場障壁の向う側に、自らの艦艇を上回る数と総質量の救難艦艇や病院船が実際に出現したる時、彼女達の
「事件解決のために使用されし〝
「〝動く城壁〟の技術はストラスによる追加的改良を経て、バールゼブルから安全保障の主力を担うアスタロト、アモン及びゴモリーにも提供せられたり。同技術は例えば、他星系への侵攻を企てたる艦隊の無血拘束や、奇襲超新星化攻撃への即時対応等、新帝国の人道重視・環境配慮型戦略のさらなる向上に貢献せん。然し、我等は社会の混乱や証拠隠滅を防ぎ、また事件の解決に使用せる技術の内容を
(9)アスモデウスの努力
「事件において噂の対象となりしアスモデウスの名誉のために述べれば、彼女は情熱的にして精力的なるも、決して直情的で強欲な種族には非ず。
「彼女の祖先は乾燥著しき惑星で進化したる
「彼女は闘争心の不足から戦闘種族には不適格とされ、後方支援業務に転任せり。彼女は補給・整備・建設や医療の任務を通じて関係種族の活動に貢献しつつ、進歩の
「彼女は軍事種族としての経験を活かし、生体情報工学による文明発展支援を業務とする、産業種族に転身せり。当初彼女は先進種族〝歴史あるもの〟を顧客とし、他星系への植民段階たる〝適応自在なるもの〟の他惑星適応形態や、惑星移動段階たる〝星を動かすもの〟の広域適応形態、さらには種族融合段階たる〝心ひとつなるもの〟の各種分離個体を設計・提供し、その優秀なる業績から産業種族初の種族融合体へと昇格せり。然し、個々の上級種族を対象とする事業は彼女達の抗争に巻き込まれる危険をも招来し、彼女は複数の活動拠点において脅迫あるいは破壊工作を被りたり」
「彼女は再び方針を転換し、帝国の未来を担う発展途上種族への教育・医療支援活動や、最先進種族の人格形成に影響する種族融合化措置等の政府計画事業に重心を移行せり。彼女はこれを契機として科学長官ストラス及び文明開発長官サタンを知り、後者の副長官となりて帝国の実情を認識すると共に、上司の理念に共感し、新帝国の設立に加わりて現在に至るものなり」
「彼女がサタンと共に実施せる文明支援施策の効果によりて、〝大戦〟においては多くの中心・途上星域種族が中枢種族間の相互殺戮への関与を免れ、新帝国に参加することを得たり。即ち、彼女こそは正に、サタンが追求せる〝全種族のための文明発展〟への最も大いなる民生上の貢献によりて、現在の地位を得たる種族なり」
「彼女は現在、旧帝国系軍事種族に対し、産業経営種族への転身を援助する計画を実施しつつあり。また、これと平行してサタンは行政・技術種族、グラシャラボラスは産業労働種族への移行を支援する計画を実施中なり。サタンにおける惑星滅亡の危機からの復興や、グラシャラボラスにおける好戦的種族からの脱却と同様に、彼女の数々の失敗と努力を重ねたる成功の歴史は、旧帝国系の軍事種族に対し、挫けることのなき希望と、繁栄に向かう方策の好例を示すものとならん」
「さらに述べれば、アスモデウスは覇権を求める種族にも非ず。我思うに、彼女の本質は政治においてもあくまで産業種族にして、需要と供給との
「即ち彼女は、上級種族に悪用されざる文明発展や技術の善き担い手を求める途上種族及びストラスのために、それを可能とする
「例えて言うなれば、彼女は権力的な行政機構を形作る
「勿論、
「既に新帝国は憲法によりて、各星域及び種族・個体の自治と平等、全ての種族への文明発展支援、政治・経済的自由及び収奪の禁止等を保障せり。さらに現在、選挙によりて最高決定権者が交代する、民主制国家への移行もまた準備せられつつあり。かかる国家においては、貴族制度の如く永続的な、現行の位階・公職制度は撤廃され、民間の産業・技術種族との対等なる協働も求められん。今後行政を指導する政治の分野において、新時代の〝全種族による文明発展〟を促進するに際しては、人道的な手段による資質向上の実務に
(10)アドラメレクの寛容
「アドラメレクもまた、私心なき種族なり。彼女を動かすものは権勢欲に非ずして、混血種族たる彼女が自ら
「星間社会の文明発展は、事実上〝酸素・炭素系〟〝軍事〟〝融合体〟種族を意味する中枢種族の専制支配から、かかる画一的な区分に隔てられることなく、種族間複合体を含む様々な種族や個体が共に社会に
「我が彼女による反逆の噂を流布したる際、とある情報産業種族が彼女の融合体に対し、噂に関する彼女の見解を求めたり。彼女は、以下の如く回答せり」
「即ち、『現皇帝サタンは帝政廃止の決定に際し、我等全ての理事種族に対してかく語れり。〝技術革新による社会変化の潮流は、不可抗的かつ不可逆的な過程なり。故に、技術を正しく用いて福利を享受するに
「『旧帝国の崩壊や新帝国の復興状況に鑑みれば、もはやその理論にさらなる検証は不要にして、万一サタンに代わり他の種族が推戴されるとも、同じ選択を為さざるを得ざらん。然し、我は不真面目な種族にして、彼女の如き覚悟までは抱き得ざれば、
「また、そもそも彼女は当時反乱を企てるまでもなく、既に多数の新帝国種族が、民主化後の国家指導者の有力候補として挙げし種族なり。故に先述の如く、我が流布せし噂には蜂起の真相に関する報道・取材を回避する以上の効果はなく、彼女への実害は皆無にして、この点もまた我が彼女を噂の対象に選びたる理由の一つなり。我は将来行われるべき選挙に向けて、発展段階の
「
「然しまた、前述の如き彼女の性格から、今やアドラメレクは中央星域種族と外周星域種族のみならず、新帝国の初期加盟種族と旧帝国系の後発加盟種族、〝歴史あるもの〟即ち先進種族と〝未来あるもの〟即ち発展途上種族、さらには銀河系種族とアンドロメダ銀河種族をも結ぶ、異文化間の架け橋の役割を果たしつつあり」
「もっとも一部の種族内には、新国家の発展による社会の均質化と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます