第七章 アミー 1(6)~(10)

(6)別働艦隊


「銀河系においては、既に新帝国の統治が長らく安定せり。故に、蜂起への参加要求に対しても、直ちにこれを政府に報告し、さらには自ら謝絶の旨を回答せる種族が多数存在せり。驚くべきことに、他の種族もまた情報知識の普及から、その全てが蜂起反対の呼び掛けを虚偽と見破りたる上で、声明に参加せり。故に、サタンによる謝罪は空振りに終わり、かえって彼女は意見表明の機会提供への感謝を受領せり」


「然し他方で銀河系には、アンドロメダ銀河とは別種の困難な問題も発生せり。〝旧皇帝領〟に送還されしセラフィエル等は、〝中核領域〟に残されし官房系、即ち組織管理を司るケルビエル等と同じ軍事種族ながらも、野戦能力を強化し続けたる、戦場型の軍事種族なりき。彼女達の分離体・分離個体が運用せる別働艦隊は、融合体本体が正常に回復して投降を命じたる後もこれに服さず、独自の判断において進撃を継続せり」


「さらに〝旧皇帝領〟は、〝中核領域〟と比べれば狭小にして星間文明の密度が高く、同星域の混乱はさらに顕在化せり。事件宙域においては複数の違法航行船舶が同艦隊と遭遇し、幸いにも略奪の価値なしとして追撃を免れたるも、命辛々からがらに脱出せり。また同星域周辺においてアスタロトの機動艦隊や、アモンの本土防衛艦隊及び結晶衛星群、さらには多数の超空間誘導弾の如き物体を随伴せる銀河系外周星域艦隊の遊弋ゆうよくまでも探知・目撃及び伝聞せる種族による想像は、〝中核領域〟におけるよりも一段と過激化したるが如し」


「かかる憶測に基づく風聞の第一の犠牲者は、旧皇帝領復興開発長官のバールゼブルなりき。その発信者達は、旧帝国系種族の蜂起という推測においては真実に到達せるも、その終結理由につきては夢にも予想し得ざりしが故に、全く異なる結末を空想したるが如し。即ち、〝大戦〟中二度の戦いで中枢種族を撃破し、小規模ながらも新帝国中最高の戦闘効率キル・レシオを誇る彼女の艦隊が、科学長官ストラスの力を借りてさらに強力なる新兵器を投入し、此度こたびもまた他種族に先んじて蜂起軍を瞬時に掃滅そうめつしたるというものなり」


「この風聞が広まりし直後には、その戦闘記録とされる映像も流出し、噂を信ずる者は皆ことごとく色めき立ちたり。彼女達は競いてこれを入手したる後、固唾かたずを呑みて画面に見入りたらん。その映像には確かに、最新鋭哨戒艦の戦闘指揮所とおぼしき室内における、巨大な蜜蜂の如きバールゼブルと、有翼の愛玩犬の如きグラシャラボラスの姿が登場せり。またその背後には、ちらちらと神秘的な微光を放つ、巨大な翠玉エメラルドの如きストラスの分離個体……単一個体種族たる彼女の場合、正確には個体規模の分離体……を透明容器に格納し、多数の操作腕と歩行脚を有する動力服が佇立ちょりつせり」


「然し次の瞬間、彼女達の前方に投影されし映像画面には、敵艦隊が何等の戦闘も交えずに降伏せる旨が表示され、これを祝福するが如く全ての腕を差し出すストラスの傍らで、喜びに尻尾を振りつつ飛び、駆け回るグラシャラボラスと、彼女を追い駆けたる末に捕えてすがりつき、ふざけて共に床を転げ回るバールゼブルの姿が鮮明に映し出されたり。恐るべき戦闘あるいは殺戮の場面を期待したる視聴者達は皆、呆気あっけに取られたらん(笑)。後に旧皇帝領政府からは、従事種族間の紛争のため一時中断せる惑星修復作業が、無事に再開されし旨の発表が行われ、各種の報道媒体においても、万事平常に戻りたる現地の映像が放映せられたり」


「然しながら、この画像は他の理事種族の動員までは説明し得ざりしが故に、無責任なる噂は新たなる生贄いけにえとして、アドラメレクを要求せり。その噂とは、〝銀河系戦争〟と〝アンドロメダ戦役〟での貢献によりて名声を高めたる彼女が、アモンと共に〝旧皇帝領〟に侵攻したるというものなりき。これは気の毒にも彼女を、次の如き陰謀の立案者の如く見立てしものなり」


「即ち、彼女はまず我及びヴォラクの協力を得て、融合体の一部複製・移植技術を応用し、既に強大なる星域防衛能力を有するアモンに対し、アスタロトの如き機動艦隊の建造・運用能力を与えると共に、自らもまた同様の軍事的能力を獲得せり。〝外周星域〟の資源に加えて最新鋭の軍事技術をも獲得せる彼女は、今や隣接星域となりし帝国政府の所在地、〝中央星域〟を守るアモンと軍事同盟を結ぶことによりて、〝旧皇帝領〟のバールゼブルを制圧すると共に、アンドロメダ銀河に在るかつての上司アスモデウスの影響力を排除し、現皇帝サタンを管理下に収めるという陰謀なり」


「作者にとりては残念ながら、この噂もまたたちまち雲散霧消せり。その理由とは言うまでもなく、実際の戦闘が一向に起こらざりし事実なれども、まずそれ以前の大問題が存在せり」


「即ち、そもそも天才的にして脳天気、もとい楽天的なる〝金色の種族〟(笑)〔他の理事種族のものと思われる笑い声、以下同じ〕と、堅実にして愚直、もとい実直なる〝褐色の種族〟(笑)の混成種族アドラメレクが、かくも多大なる費用と危険や犠牲を伴う闇の計画に、その恵まれし才能を浪費するが如きは、彼女を知る種族には到底考え得ざる与太話なり。また、彼女に輪をかけて馬鹿正直、もとい誠実なるアモン(笑)がかかる陰謀に加担するとは乳児、もとい童女の如く純真なるグラシャラボラス(笑)にさえ信じ得ざる物語なり。さらに基本的な問題として、我及びヴォラクの社会秩序に対する真摯しんし極まる尊重の念が(爆笑)想起されざりしことは極めて遺憾な事実なれども、この噂話の主人公はアドラメレクなりしが故に、我等もまたこれに承服せざるを得ず」


「以上の流言は結局、星域内外の騒動を説明し得ざりしも、発信者の手を離れて次々と脚色が加わりしかの如く、遂には時空間をも超越し(笑)、アンドロメダ銀河において臨時政府長官を務めるアスモデウスをも襲いたり」


「これによれば蜂起種族は、あろうことか偶然同地を視察中のサタン、及び我が姉妹たる同政府副長官ヴォラクの殺害に成功せり。これを知りたる第一継承順位者〝熱情王〟アスモデウスは、怒りと悲しみの余り完全に常軌じょうき逸脱いつだつせり。彼女は、サタンの反対にも関わらずヴォラクに製造せしめたる新帝国の最終兵器にして、生存理事種族全員の承認なくば使用し得ざるものと定められし因果律いんがりつ干渉兵器、所謂いわゆる〝時間兵器〟を独断で起動せり。そして彼女は歴史の改変も恐れることなく、全ての融合体を一種族、また一種族と蜂起の以前に遡りて抹殺したるなり」


「当然のことながらこの空想も、蜂起種族の健在が判明すると同時に破綻せり。そもそも歴史が改変されし場合、他者がそれを知ることは不可能ならん(笑)。また〝内乱未遂事件〟摘発の重要なる時期に、サタン及びヴォラクが共に中核領域を視察することもあり得ざらん。そして何よりも我は今ここに、以上のバールゼブル・アドラメレク及びアスモデウスに関する不埒ふらち極まる映像及び流言飛語りゅうげんひごの数々は、実際には我自身が同星域における情報管制のために制作・頒布はんぷしたることを告白し、関係全種族への謝罪を行うものなり」


 ばりばりっ。 

(他の理事種族の分離体による大出力圧縮通信と思われる雑音、その解読内容は以下の如し)

「(バールゼブルによると思われる発言。以下同様にして種族名のみを表記)ア~ミ~イ~、やはり流出元は汝なりしか!」

「(グラシャラボラス)我等の友情は既に公知の事実なり!」

「(ベール)アラマア❤」

「(ゴモリー)仲良き事は美しきかな

「(アドラメレク)非常に大胆かつ斬新にして、面白き発想なり!」

「(アモン、不安そうに)汝は勿論もちろん、決して試みざるべし……」

「(アスモデウス)我が錯乱は、本当に必要なりしや?」

「(ヴォラク)融合体の複製実験は完全に失敗なり! 両者は再統合のうえ、過ぎたる諧謔に制裁を!」

「(アモン)ヴォラク、相方の汝は言い得ざるべし」

「(ストラス)酸素系種族、恐るべし! かかる兵器の研究は即刻、全面的に禁止すべし!」

「(マルコシアス)そもそも理論的に不可能……ならんや?」

「(サタン)誰か、誰か事態の収拾を~(泣声)!」

「(アスタロト)親愛なるサタン、はばかりながら今は汝が皇帝なり」

「(サタン)これはしたり! これもまた、社会の複雑化に伴いて資質の向上と分権化が必要なることを証する好例なり!」

「(他の全種族、声を揃えて)同感なり……」



(7) 説得


「現実の別働艦隊への対処に際しては、当初我等は如何いかにせば彼我ひがの犠牲を局限し得べきかにつきて、全員が頭を悩ませたり」


「彼女達の分離体はことごとく、不正演算指示コンピュータウイルスの影響下にあるが如し。然し、有機的身体を有する分離個体には意思を直接操作されし者は少なく、ほとんどの人員につきては自らの信念に基づきて蜂起を継続せる者と、只々ただただ艦隊の指揮系統に従いたる者が混在せるかの如くなりき」


「故に我等はまず、個体群への説得工作を試みたり。サタン及び産業種族出身のアスモデウス、旧皇帝領の情報部門副長官にして共感能力の高きグラシャラボラスが、超空間通信を介して情報を交換しつつ、その任に当たれり。彼女達は中継用の自動機械アバドンを蜂起艦艇に接近せしめ、投降を拒む個体群に対し、短距離の暗号通信によりて次の内容を送信せり」


「即ち、『蜂起部隊の兵士達に告ぐ。旧帝国の残党は遂に汝等〝心ひとつなるもの〟の本体に対しても洗脳の如き乗取りを行い、かつての下級種族と同様に捨て駒と化するのきょでたり。これこそが、これまで本星域を初め多数の宇宙域に荒廃をもたらしたる、旧帝国の闇の統治の真実なり。然し、今や彼女達の治療は成功し、汝等が遊撃戦を展開すべき理由も消滅せり』と」


「また、『汝等は、我等新帝国種族が先帝の築きたる旧帝国の社会秩序を破壊して、汝等歴史ある軍事種族をないがしろにし、非軍事種族を偏重せるものと考えたらん。然し我等は、先帝が全種族の共栄を求めて銀河系を統一せし偉功を否定するものに非ず。ただし、かかる征服活動は、当時の銀河系において統一を達成するための止むを得ざる手段に過ぎず、これによる専制の永続は却って、文明の発展に伴う制度・政策の巨大化と同時に進むべき、分権化の要請に相反すると考えるものなり。さればこそ我等は、平和的・人道的手段による全種族の資質向上を前提として、政治の民主化、経済の自由化、技術水準や職能・来歴・基盤元素による社会的障壁の撤廃等を進め来たれり』」


「『これは即ち、旧帝国系種族といえども平等に、かかる社会の需要に応じたる貢献を以て評価され、そのために必要な場合には職能の転換や多面化の機会も提供されることを意味せり。またこの政策は、若し汝等が過去の経歴等から不当に遇されし場合、公平なる手続によりて是正を求め得ることを保障せり。我等は旧帝国系の種族といえどもゴモリーの如く、高潔にして有為な種族あることを承知せり。他方で我等は、新帝国の初期加盟種族にも、その優位におごりて堕落する種族が現れ得べきことを懸念せり。故に我等は汝等に対し、新帝国の利益のためにも、汝等が腐敗せる旧体制の憎むべき後継者として討たれることなく、初期加盟種族に優るとも劣らざる新国家への貢献者となりて、正当に評価されるよう切望するものなり』と」


「さらに、『此度こたびの蜂起においては、かつて汝等が指導者に戴きたる〝剣の王〟が、滅亡以前に人格の一部を複製されしことが判明せり。この事実は、彼女が〝大戦〟以前より何物かによりてその精神に干渉を受けたる可能性を示唆しさせり。またこの仮説は、冷徹非情なるも自己と種族系列の保存に関しては現実的かつ合理的な判断を行い来たる彼女が、〝最後の会戦〟にありては不自然なる自殺的攻撃を試みて滅びたる理由をも説明し得るものなり」


りとせば、彼女に続き汝等の本体までをも滅亡の危機に追いやりし殺害種族は、今なお何処いずこかにおいて次なる犯行の機会をうかがいたらん。我等はかかる敵との戦いにおいて、我等自身も同様の手段に頼ることにより、偉大なる先帝が示したる建国の理念を忘れ、旧帝国と同じ闇の陥穽に落ちて過ちを繰り返すことを恐れるものなり。我等は以上の理由から、汝等が戦後処理の完了したる暁には、我等の理解者、批判者及び同胞として、〝全種族のための文明発展〟という理念に基づく民主的新国家の建設に共に邁進まいしんし得るべく、ここに速やかなる投降を要請するものなり』と」


「蜂起種族は前述の如く、いずれも旧帝国の最先進種族なりき。従ってその分離個体群も高き〝知性〟を有し、またそれ故に自らの〝実益〟を忘れることなく、さらにその無制限的な欲求からくる強烈な心理的反応、即ち必ずしも真実の姿と合致せざるものとはいえ、自らの誇りや忠誠に関する強き〝感情〟を抱きたり。故に、それらの要素に対する訴求能力の高きサタン及びアスモデウス・グラシャラボラスが共同で行いし説得は、大いなる効果を発揮したらん』」


「『さらに、別働艦隊の乗員達の多くが心理操作を免れたる分離個体なりしことも、我等にとりては幸いせり。種族融合技術には、単に演算能力を高めて事実認識能力を向上せしむばかりではなく、内部人格同士の交流を深めて社会的意思決定能力を向上せしめる、即ち、社会組織技術を生体情報工学的手段によりて強化せるものという側面も存在せり。従って、その内部人格群の記憶や発言の優先度が上位階層に偏りし場合、集権的組織がその副作用として権威主義的人格を生み出すが如く、いなそれ以上に、集団的意思決定が硬直化・独善化する危険性を伴いたり。現在の融合体心理学においては、中枢種族の政策もまた、この偏りから利己主義化・非人道主義化せしものとみる説が有力なり』」


「『一方、サタン達による説得の対象者達は、分離個体として他種族の個体と協力しつつ復興作業に従事せる期間中、かかる融合体の制約から解放され、中には同一種族と思い得ざるまでに、他の種族への共感と配慮を示す個体も現れるに至れり。融合体本体からの蜂起中止命令への拒絶につきても、かかる〝自由意思〟の発現という側面が存在し、このことは同時に、説得による改心の可能性をも高めたるが如し。以上の如き理由から、別働艦隊の艦艇は次々と投降し、残るは分離体が占拠して要塞化せし可動小惑星を中核とする数個艦隊のみとなりたり。然しこれらの艦隊は、依然として多数の有人星系を破壊し得る戦力を保持しつつ、ついに事件宙域の外縁にまで迫りたり」



(8)最後の戦い


「然しながら、これらの残存艦隊を制止したるものは、いかなる新技術にも超兵器にも非ずして、外周星域種族アドラメレクと我等旧皇帝領種族の協力なり」


「彼女は我等が復旧を担当せる、より条件の過酷なる超新星爆発の前面宙域において使用中の、超大型自動機械アバドンに着目せり。この機械は大出力の統一力場障壁発生装置によりて恒星爆発の衝撃波を反射・偏向すると共に、動力及び物質を回収すべく考案されしものなり。同機械は戦災宙域の一刻も早き復興を図るべく、ストラスの協力を得てその後も改良が重ねられ、遂には機動艦隊の一斉射撃にも対応し得るほどの高性能機種が開発せられたり」


「アドラメレクはバールゼブルに依頼して、これらに外周星域の有する分離型の超光速駆動機関を大量に付属せしめることにより、高速巡航艦を凌ぐ機動能力を発揮する、〝動く城壁〟を構築することに成功せり。我等はこの〝動く城壁〟を多数使用することによりて、別働艦隊の攻撃を阻み、移動を妨げつつ、彼女達の僚艦に偽装せる自動機械アバドンを通じて治療用演算指示ワクチンソフトウエアを分離体に送り込み、次々と常態に復帰せしめたり。我等はまたこれを見て降伏し、あるいは効果なき攻撃の末に燃料が尽きて漂流せる艦艇群をも、次々と回収せり。最後まで残りたる分離体は、遅まきながら演算指示の入力経路を遮断したるものの、遂に指揮下の艦艇と共に、完全に包囲せられたり」


「彼女達に対し、最後の降伏勧告を行う栄誉に浴したるは、我アミーなり。我は、彼女達の攻撃による復興事業への惜しみなき動力エネルギー提供に感謝の意を表すると共に、戦力の逐次ちくじ投入は余剰動力の反射による損傷艦艇の救助作業を妨げる恐れあるが故に、戦闘継続の場合には遠慮なく一斉突撃を敢行するよう助言せり。我はこの勧告が敵軍内の攻撃的な者達を逆上せしめ、必死の攻撃による動力枯渇から事件の解決を早め得るものと期待せり」


「然しこの時サタンは、脅迫によりて戦闘を強要されし分離個体群に危害が及ぶことを心配し、中央星域から我等のもとに可能な限り多数の救助船舶を派遣せり。降伏勧告の直後、力場障壁の向う側に、自らの艦艇を上回る数と総質量の救難艦艇や病院船が実際に出現したる時、彼女達のわずかに残る戦意もことごとくく消散したらん。可動小惑星の分離体が総攻撃を命じたる時、これに従いし艦艇は幸いにも皆無なりき。彼女が近隣の不服従艦に対し攻撃を加えんとせるや、逆に全艦艇が小惑星に攻撃を加えてその表面を溶岩と化し、治療の開始まで彼女を封じ込めたり。この時小惑星から多くの艦艇に向けて発せられし自爆信号もまた、我等の通信妨害によりて完全に阻止せられたり」


「事件解決のために使用されし〝治療用演算指示ワクチンソフトウエア〟や〝動く城壁〟等の手段は、民生技術の転用による戦術変革の好例なり。かかる変革は、軍事技術もまた文明活動の一部分には相違なきものの、文明活動全体の均衡ある発展なくしては十全に発達し得ざることを証明せり。今や旧帝国残党と新帝国種族の技術水準は隔絶し、さながら中世の重騎兵集団が工業時代の消防車両の放水や巨大土木車両の前進、あるいは暴徒鎮圧用の非殺傷兵器にさえも対抗し得ざるが如し」


「〝動く城壁〟の技術はストラスによる追加的改良を経て、バールゼブルから安全保障の主力を担うアスタロト、アモン及びゴモリーにも提供せられたり。同技術は例えば、他星系への侵攻を企てたる艦隊の無血拘束や、奇襲超新星化攻撃への即時対応等、新帝国の人道重視・環境配慮型戦略のさらなる向上に貢献せん。然し、我等は社会の混乱や証拠隠滅を防ぎ、また事件の解決に使用せる技術の内容を秘匿ひとくするためにも、〝内乱未遂事件〟の全容が判明するまでは事件の公表を延期することを決定せり」



(9)アスモデウスの努力


「事件において噂の対象となりしアスモデウスの名誉のために述べれば、彼女は情熱的にして精力的なるも、決して直情的で強欲な種族には非ず。むしろ彼女はその不器用さを、地道な改善への努力によりて補い来たる種族なり」


「彼女の祖先は乾燥著しき惑星で進化したる蜥蜴とかげ類似の生物にして、その強靭なる表皮と有毒の歯牙しがを武器として捕食を免れ、水資源を確保する努力の過程において文明を得たる種族なり。彼女は旧帝国への加盟時には、その身体の強健性から軍事種族に認定せられたり。然し彼女は代謝率・出生率及び攻撃性が低く、またその長き寿命と高き知性から、相互扶助を通じて複数世代にわたる幸福と繁栄を求める文化を有する種族なりき」


「彼女は闘争心の不足から戦闘種族には不適格とされ、後方支援業務に転任せり。彼女は補給・整備・建設や医療の任務を通じて関係種族の活動に貢献しつつ、進歩の階梯かいていを上昇せり。然し、鋭敏な経営感覚を有する彼女は既にこの時、旧帝国の拡大と繁栄を支えたる軍事的競争政策が、銀河系という環境的限界への到達によりて、危険なる過当競争と過剰破壊による〝外部不経済〟の状態に陥りつつあることを見抜きたらん。彼女は後に自らの言語で、当時の旧帝国社会の様相を〝おぞましき卵喰らい〟の状況と表現せり」


「彼女は軍事種族としての経験を活かし、生体情報工学による文明発展支援を業務とする、産業種族に転身せり。当初彼女は先進種族〝歴史あるもの〟を顧客とし、他星系への植民段階たる〝適応自在なるもの〟の他惑星適応形態や、惑星移動段階たる〝星を動かすもの〟の広域適応形態、さらには種族融合段階たる〝心ひとつなるもの〟の各種分離個体を設計・提供し、その優秀なる業績から産業種族初の種族融合体へと昇格せり。然し、個々の上級種族を対象とする事業は彼女達の抗争に巻き込まれる危険をも招来し、彼女は複数の活動拠点において脅迫あるいは破壊工作を被りたり」


「彼女は再び方針を転換し、帝国の未来を担う発展途上種族への教育・医療支援活動や、最先進種族の人格形成に影響する種族融合化措置等の政府計画事業に重心を移行せり。彼女はこれを契機として科学長官ストラス及び文明開発長官サタンを知り、後者の副長官となりて帝国の実情を認識すると共に、上司の理念に共感し、新帝国の設立に加わりて現在に至るものなり」


「彼女がサタンと共に実施せる文明支援施策の効果によりて、〝大戦〟においては多くの中心・途上星域種族が中枢種族間の相互殺戮への関与を免れ、新帝国に参加することを得たり。即ち、彼女こそは正に、サタンが追求せる〝全種族のための文明発展〟への最も大いなる民生上の貢献によりて、現在の地位を得たる種族なり」


「彼女は現在、旧帝国系軍事種族に対し、産業経営種族への転身を援助する計画を実施しつつあり。また、これと平行してサタンは行政・技術種族、グラシャラボラスは産業労働種族への移行を支援する計画を実施中なり。サタンにおける惑星滅亡の危機からの復興や、グラシャラボラスにおける好戦的種族からの脱却と同様に、彼女の数々の失敗と努力を重ねたる成功の歴史は、旧帝国系の軍事種族に対し、挫けることのなき希望と、繁栄に向かう方策の好例を示すものとならん」


「さらに述べれば、アスモデウスは覇権を求める種族にも非ず。我思うに、彼女の本質は政治においてもあくまで産業種族にして、需要と供給との仲介マッチングを身上とせるが如し」


「即ち彼女は、上級種族に悪用されざる文明発展や技術の善き担い手を求める途上種族及びストラスのために、それを可能とする技術官僚テクノクラート種族、〝知恵の光をもたらす者ルシファー〟サタンを補佐せり。また厳格なる階層社会や堅牢なる外骨格の故に、共感の醸成や感情表現を苦手とするバールゼブルと他の旧皇帝領種族には、感情的な交流を悪用せずして相互理解に役立てる際の手本となる、〝純真侯〟グラシャラボラスを紹介せり。加えて、中央政府の差別的政策に悩みたるベール達外周種族に対しては、自らも混血の種族にして種族間融和政策の第一人者、〝美麗公〟アドラメレクを派遣せり。さらに、中枢種族による専制統治の崩壊によりて混乱せる中心星域種族のためには、種族の形式的な属性にこだわらず公正なる秩序回復を為し得る艦隊総司令官、〝正義公〟アスタロトの就任を支援せり」


「例えて言うなれば、彼女は権力的な行政機構を形作る金字塔ピラミッドの頂点というよりは、多様な星域や種族を結ぶ網の目ネットワーク結び目ノードの如き存在を目指したらん。この網の目はあたかも球面上に広がるが如く、結び目のみを見ればそれが中心なれど、他にも同様の結び目が存在し、各々が対等の関係にして、一個が損なわれるとも網の目全体の機能は失われざるなり。かかる組織形態は、国家機構においても学ぶべきところを有せり」


「勿論、ほとんどの組織体は階層性を有し、特に政府は社会全体に及ぶ意思決定とその実現を目的とせるが故に、職階制度は不可欠なり。然し、文明の発展に伴う制度・政策の巨大化と分権化の潮流は、帝国組織全体に渡る金字塔ピラミッドの傾斜の緩和、即ち専制的・集権的組織から民主的・分権的組織への移行を要請せり。それは、必要とあらば膨大なる数の種族や個体を動員し得るが、その場合でもより迅速かつ適正に、各分野・各階層において事前点検・事後改善を行い得る組織なり。即ち、耳目や手足が行う認識・作業労働を自動機械に委ね得る分、人的資源をより良き政策の立案と実施に振り向けて、いわば多数の脳・神経系細胞を有する一個の頭脳を形成し得る組織なり。またそれ故に、かかる細胞に粗略な扱いは許されず、人的資源の資質・待遇の向上、及び活用が不可欠とならん」


「既に新帝国は憲法によりて、各星域及び種族・個体の自治と平等、全ての種族への文明発展支援、政治・経済的自由及び収奪の禁止等を保障せり。さらに現在、選挙によりて最高決定権者が交代する、民主制国家への移行もまた準備せられつつあり。かかる国家においては、貴族制度の如く永続的な、現行の位階・公職制度は撤廃され、民間の産業・技術種族との対等なる協働も求められん。今後行政を指導する政治の分野において、新時代の〝全種族による文明発展〟を促進するに際しては、人道的な手段による資質向上の実務にけ、強権行使に頼ることなく文明の維持・発展に貢献し得る、アスモデウスの如き種族の重要性はさらに高まるべし」



(10)アドラメレクの寛容


「アドラメレクもまた、私心なき種族なり。彼女を動かすものは権勢欲に非ずして、混血種族たる彼女が自ら成就じょうじゅせる、〝異種族間の融和〟がもたらす福利を、他の全種族にもまた分け与えんと欲する、社会的使命感と自己実現の欲求ならん。即ち、アスモデウスが経済的手法を活用して種族間の政治的対立を相対化する種族なりとせば、アドラメレクは技術的・文化的創意によりて種族間の生物学的・社会的障壁を超克する種族なり」


「星間社会の文明発展は、事実上〝酸素・炭素系〟〝軍事〟〝融合体〟種族を意味する中枢種族の専制支配から、かかる画一的な区分に隔てられることなく、種族間複合体を含む様々な種族や個体が共に社会に参画さんかくし、その貢献に応じて評価される、自由にして民主的な統治への移行を要請せり。即ち、彼女がその地位と評価を向上せしめたるは、彼女自身がそれを求めたるが故に非ず。旧帝国の失敗が招きたる〝大戦〟の悲劇と、その克服による国家の拡大再編成を経て、時代がようやく彼女に追いつきたるものというべし」


「我が彼女による反逆の噂を流布したる際、とある情報産業種族が彼女の融合体に対し、噂に関する彼女の見解を求めたり。彼女は、以下の如く回答せり」


「即ち、『現皇帝サタンは帝政廃止の決定に際し、我等全ての理事種族に対してかく語れり。〝技術革新による社会変化の潮流は、不可抗的かつ不可逆的な過程なり。故に、技術を正しく用いて福利を享受するに相応ふさわしき、資質の向上に失敗せる者達を多数生み出して放置すれば、必ずや文明は衰亡せん。また、かかる向上を成し遂げたる者達に対し、然るべき責任と権限を分与して活用し得ざれば、やはり文明は衰亡せん。高度文明の発展に際し、人的資質の向上及び分権化はあらがい得ざる要請なり。我は新帝国種族が、民主化に十分なる資質の向上を達成せるものと確信せり。故に我は文明の存続と発展のために、必要とあらば我自ら最悪の皇帝を演じて滅ぼされるとも、我が治世において必ずや軍事的専制体制を廃絶する所存なり〟と』」


「『旧帝国の崩壊や新帝国の復興状況に鑑みれば、もはやその理論にさらなる検証は不要にして、万一サタンに代わり他の種族が推戴されるとも、同じ選択を為さざるを得ざらん。然し、我は不真面目な種族にして、彼女の如き覚悟までは抱き得ざれば、むしろ同等の努力を以て、彼女あるいはその不運なる後継者をかかる選択より免れしむべく、側面からの支援に全力を尽くすことを選ばん』と」


「また、そもそも彼女は当時反乱を企てるまでもなく、既に多数の新帝国種族が、民主化後の国家指導者の有力候補として挙げし種族なり。故に先述の如く、我が流布せし噂には蜂起の真相に関する報道・取材を回避する以上の効果はなく、彼女への実害は皆無にして、この点もまた我が彼女を噂の対象に選びたる理由の一つなり。我は将来行われるべき選挙に向けて、発展段階の如何いかんを問わず、彼女の如く種族間融和・文明育成能力の高き種族が多く輩出されるよう期待するものなり」


ちなみに、アドラメレクの功績の多くが、最初に彼女の星域間任務を成功に導きたるベール及び外周星域種族に対する深き情愛から生まれたることは、否定し得ざるが如し。〝アンドロメダ戦役〟や〝融合体蜂起事件〟における彼女の数々の貢献につきても、彼女がベールの願うゴモリーとの友好や事業宙域の安全をかなえんと欲せしことが、何よりも大いなる動因となりたらん。現在、ベールと彼女が正副長官を兼任せるアンドロメダ銀河〝外縁領域〟の非酸素・炭素系先住種族と、ゴモリーが指導せる旧帝国系種族の間において、急速に交流が進展しつつあることもまた、かかる背景のもとで理解すべきなり」


「然しまた、前述の如き彼女の性格から、今やアドラメレクは中央星域種族と外周星域種族のみならず、新帝国の初期加盟種族と旧帝国系の後発加盟種族、〝歴史あるもの〟即ち先進種族と〝未来あるもの〟即ち発展途上種族、さらには銀河系種族とアンドロメダ銀河種族をも結ぶ、異文化間の架け橋の役割を果たしつつあり」


「もっとも一部の種族内には、新国家の発展による社会の均質化と開拓地フロンティアの消滅によりて、彼女の如き種族は将来無聊ぶりょうをかこつこととならんとの予想も存在せり。然し新国家には今後も、アンドロメダ銀河〝中間領域〟の開発に伴う異文化接触等、星域間交流の進展に伴う文化摩擦の問題は発生せん。また、経済取引の活発化に伴う格差の発生と拡大、種族融合体の増加による社会構造変化等の課題も次々と到来せん。さらに加えて小銀河群の開発、さらには局部銀河群外の探査に伴う他文明との接触も予想されるところなり。少なくとも当分の間、アドラメレクは多忙を極めることとならん(微笑)」」

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