第七章 アミー 2


2 先帝保護事件



(1)〝悪魔〟


「〝融合体蜂起事件〟及びその二つの解決手段と同様に、〝先帝保護事件〟及びそれに関する三つの重要事実につきても、新帝国政府は公表を留保せり。我等は従来、〝大戦〟初期における地球内戦の終息後に初めて、中枢種族〝慈愛の王〟が地球に秘匿せし〝先帝〟分離体の存在が推認され、〝大戦〟後に人類政府の仲介によりて分離体の保護とサタンへの帰化的種族間融合が実現したるものと説明せり」


「然し第一に、我等は既に内戦勃発直後において、地球における分離体の存在を推認せり。第二に、当該分離体が行いし種族間融合は、実質的にはかつての同胞との再統合なりき。第三に、当初は中枢種族〝剣の王〟に利用され、分離体の奪取を図りたる二つの種族が、先帝保護に際しては人類を支援して、多大なる貢献を果たしたり。我はこれより以上の事実につきて、可能な限り時系列に従いつつ説明を行うものなり」


「現皇帝サタンは、愛情深き種族なり。彼女は文明開発省に在職の当時、担当宙域の一部が十分に発展を遂げて中心星域へ移管されし後も、自ら育みたる種族を案じ、若しその一つが星間紛争に巻き込まれ、危機に陥りたるが如き場合には、自ら後見種族となりて、その保護を図れり。然しまた彼女は、汝等太陽系第三惑星〝地球〟の人類に対し、特別に深き親愛の念を抱くものなり」


「その第一の理由は、汝等が彼女と同じく、樹上生活を営む雑食性動物から進化せる種族なるが故に、彼女が自らの進化・進歩の過程を参考として、汝等による文明の獲得と発展を支援せしが故なり」


「第二の理由は、汝等は、彼女がその側近アスモデウス、アスタロト及びアモンと共に、彼女自身が考案せる段階的な秘密観察支援方式によりて文明の発展を助け、最も成功を収めし種族なるが故なり」


「さらに、従来は語られざりし三番目の理由として、汝等は彼女が帝国の国家体制をしたる設定の伝承説話によりて発展を支援し、大いなる成果を収めたる種族なりし事情が存在せり。この伝承説話とは〝神話〟即ち、超自然的な人格または法則への対応が好悪の結果を導くとの体系的想定によりて、一定の社会規範を普及し、また社会活動を促進する、発展途上種族への文明支援手法なり」


「かかる伝承説話は、自然科学的に証明が不可能という意味においては〝空想〟に分類すべき知的活動なり。通常、知的生命活動なかんずく文明活動は、客観的な事実の認識によらざれば継続は困難と思われん。然し意外にも〝空想〟もまた、文明活動の中で重要な役割を担い来たれり」


「例えば、科学者・技術者による社会的な事実認識の分野において、仮説を導き法則・理論等の事実に至る推論と、純然たる空想の間には連続的なる部分が存在し、最終的に両者を分かつものは、以後の追試や他種の実験・観測との照合による確認、さらには発生機序メカニズムの科学的解明なり」


「また、制度・政策等の社会的な意思決定においても、法律と共に効率・公正を図るべく用いられる権利・義務・法人格等の〝法律概念〟や、貨幣制度が一定規格の金属片・紙片・電子情報等に与える〝貨幣としての価値〟は、空想そのものなり」


勿論もちろん、社会において個人や組織が営む経済・社会活動、即ち社会的な現実行動においても、事前予測の基礎になる推論と、空想との境界には曖昧な領域が存在せり」


「さらに、経済・社会活動のうち文化的な活動においても、空想は不可欠なり。経済・社会活動の中には、生命維持に直接的には必要ならざるも、知的生命活動にとりては必然的かつ有益なる、文化的活動が存在せり。即ち、感覚的な刺激に基づく芸術や、意思決定に至る過程を楽しむ知的遊戯ゲーム、身体運動を主体とせる運動競技スポーツなり。空想は、それら文化活動の創作・実施においても欠くべからざる要素なり」


「〝文化〟と言えば、高度な技術を有する知的生命活動様式、即ち〝文明〟に対し、これを持たざる原始的な活動様式をさす場合も存せり。然し、ここにおける〝文化〟とは、かかる活動の時代より営まれ続けし基本的・根源的な活動様式という意味にして、決して非文明性を意味するものに非ず」


「この、直接的には必須ならざるも、必然的にして有益なる文化活動は、文明時代においても重要なる地位を占め、文明活動の一分野を構成するものなり。高度技術が生み出す新文化が人々に娯楽や教養を提供しつつ、関連技術の開発を通じて他の実用技術の発達に貢献し、また企業活動の目的や文化行政の対象ともなり、さらにはその文化が形成・普及する社会的価値観が制度や政策、ひいては次なる技術革新にも影響する等の波及効果に鑑みれば、その大いなる意義は明らかなり。即ち文化活動とは、経済・社会活動の中でも実利活動の両輪たる産業活動・行政活動と並び、または重なりて存在する、第三の車輪とも称すべき文明活動の一大領域なり」


「〝神話〟と称される伝承説話もまたかかる文化活動の一環であり、知性がもたらす無制限的欲求を空想によりて昇華・制御することにより、人々の安心と満足及び社会性を向上せしめ、また芸術・教育・福祉活動等、他の文化及び経済・行政活動の基礎を提供する効用を有せり。その活動は過去幾多の初期文明の発展に寄与せしが故に、帝国の文明支援手段としても有望視され、ことに帝国の統治をかたどりし伝承説話は、将来における帝国との公式接触にも好ましき影響を与えるものと期待せられたり」


「当初サタンは旧来の伝承説話に加え、より明確なる善悪二元論に基づく説話を導入し、人類の社会性を増進せしめんと図れり。この時、我が前身種族ウォフマナフの分離体は、科学省から研究及び視察のために派遣され、地球に滞在中なりき。彼女は自身とアスモデウスの名称が、対象地域の言語における善神・悪神の名称に酷似せることを発見し、生来せいらい稚気ちきを発揮して、両名にその役割を演ぜしむべくサタンに提案せり。両名は各々自らの名を持つ役を熱演し、この計画は成功裡に終わりたり。然し、愛する人類のさらなる発展を求める一方、悪役となりし副長官を気の毒に思いたるサタンは、次の地域においては先帝をせる善神と、自らの名を有する悪魔とが対立する設定を採用せり。この計画はさらなる大成功を収め、説話は支配的地位を獲得せり」


「この説話における悪魔と長官の名称一致の問題は、後世の文学等による悪印象の緩和措置や、公式接触の時点における情報開示によりて解消されるものと期待せられたり。然し〝大戦〟の不幸なる経緯から、その符合が中枢種族の工作員による政治宣伝に利用され、地球における内戦の一因となりしことは誠に遺憾なる事実なり。ウォフマナフの種族複製後、その後継種族たる我アミー及びヴォラクもまた、政治宣伝の悪影響を除去すべく天使アスモデルの創作等の改善策を試みたるが、残念ながら当時は失敗に終われり」


「然しながら、かかる説話の意義は先述の如く、人々に精神的な安息や慰撫を与え、博愛・謙譲・勤勉等の社会的美徳を普及し、また他の様々なる文明活動の基盤を提供することにあり。汝等はサタンの提供せる〝知恵の果実〟、即ち科学・技術や制度・政策に加え、以上の如き文化的支援をも活用して、自らの創意を発揮し、試行錯誤を経つつも見事に優良なる資質を開花せしめたり。我等は汝等が、かくも偉大なる文明発展を成し遂げたる事実に対し、賛嘆と喜びの念を禁じ得ざるものなり」


「勿論〝神話〟に基づく活動はその性質上、科学の発達や社会・価値観等の変化に伴いて、解釈の変更や政治との分離を求められる場合も存せり。我等もまた、汝等が新帝国の成立を受けて実施せる支配的伝承説話の補遺に対して、謝意を表したり」


「然し、我等はただ中枢種族による政治宣伝の悪影響を中和ためにのみ、神話の解釈変更を歓迎せしものにして、他種の解釈や説話に基づく活動を制約するが如き政策は一切採用し得ざるなり。また、教義の科学的修正や政教分離を求められるとも、説話が超自然的存在を前提とし、またそれによる活動が他の活動と生産的競争を行いて文明発展に貢献し得る限り、〝神話〟に基づく文化活動はなお継続が可能ならん」


「我等理事種族は、かかる伝承説話が狂信・妄信及びその誘導による科学・技術の否定や、説話本来の趣旨を損なう反社会的行為、例えば詐欺的事業、政治的策謀、差別・迫害等に悪用されざる限り、今後もそれらに基づく諸活動を抑圧する意図はなきことを、ここにあらためて宣明するものなり」



(2)〝聖霊ホーリー・スピリット


「〝先帝〟を傀儡かいらい化せる中枢種族が、サタンの文明開発計画にも干渉を加え、〝未来あるもの〟即ち先進種族の発展を歪めて軍事種族の育成を図りし事実が判明したる時、彼女はこれを止ましむべく、中心星域に赴きて公開請願を行いたり。然し一部の中枢種族は、責任の所在を巡る抗争を奇禍きかとして他の〝歴史あるもの〟即ち先進種族をも淘汰すべく、〝大戦〟の始まりとなる〝銀河系内戦〟を勃発せしめたり。帝国の無政府状態化及び先帝の消息不明を知りたる彼女は、止むなく新王朝の設立を宣言し、バールゼブルとアスタロトに中心星域の平和回復を命じる一方、自らは状況説明と協力依頼のため、アスモデウスとアモンを伴いて開発途上星域に帰還せり」


「サタンは帰還後、両名と共に各星系へ分離体を派遣せるも、この際は特に〝地を統べるもの〟、即ち惑星統一段階に到りて間もなき、汝等人類の安全を案じたり。然し、当時の帝国情勢は全く予断を許さざりき。中枢種族は皇帝領周辺において乱戦状態に陥りたるが、その他の中心星域においても、この機に乗じて分離独立や勢力拡大を目論む種族が続出せり。途上星域においても、開戦以前より潜伏せる彼女達の工作員が星間紛争を誘発し、同地を抗争に巻き込む恐れが存在せり。然しサタンは、若し自らが叛徒として討たれし場合には関係種族にるいが及び、特定種族への保護はその種族を関係種族とする危険を伴うが故に、地球自体には高度な防衛措置を講じ得りき」


「然しながら彼女は、自ら悪役を演じてまでも汝等を星間社会の名誉ある一員と為すべく、その育成に尽力したる種族にして、最も汝等を愛し、また汝等に愛されるべく望みたる種族なり。故に、途上星域を離れて次の訪問地たる銀河系外周星域に到着したる後、観測衛星を通じて地球内戦の勃発を知りたる彼女は、これを防ぎ得ざりしことをいたく悔やみ、心を痛めたり」


「この内戦は、サタンによる訪問以降、新帝国支持に傾きたる世論と地球政府に対して批判的な者達が、〝悪魔狩り〟を標榜ひょうぼうして遠隔地から次々と政府管理下の核兵器を暴発させ、あるいは核反応炉を暴走せしめたることを契機として勃発せり。現在の常識からみれば、かかる破壊活動は中枢種族の工作員が有する遠隔素粒子操作兵器にのみ可能なることは明白なり。然し当時の地球は大混乱に陥り、各地で半ば暴徒化せる人々が、軍隊や治安組織から流出せる武器により凄惨なる戦闘と殺戮を開始せり」


「当時アモンは、中心星域において平和回復作戦に従事せるアスタロトと同様に、自らの分離体をサタンの護衛兼外周星域への軍事顧問として同行せしめたり。彼女の本体は開発途上星域に留まりて、〝海を渡るもの〟即ち恒星間を航行し得る途上種族の協力を確保し、中心星域種族の進出を警戒する作戦に従事せり。然し、この作戦のためアモンが配置せる監視拠点からも、さらなる凶報が届きたり。即ち、未確認の二つの〝海を渡るもの〟の艦隊が、太陽系に対して中心・外周星域の両方面から地球を挟撃きょうげきすべく侵攻したるなり」


「かかる危機的状況のもとで、人類が直面せる内憂外患ないゆうがいかんの解決に貢献せし者はストラスなりき。彼女はサタンに遅れて異なる経路で外周星域方面に向かいつつ、秘かに分離体を展開して途上星域の詳細なる情報を収集せり。その結果、二つの種族を侵攻せしめたる黒幕は〝剣の王〟の分離体と判明せり。この分離体は文明開発省の現地職員を脅迫・買収し、あるいは殺害後に自らの偽装個体を配置せり。これにより分離体は報告を偽造しつつ、〝河を越えるもの〟、即ち惑星間航行段階にある両種族の出生率や文化、技術を操作して攻撃的軍事種族に改造し、さらには恒星間侵攻艦隊までも建造せしめたるものなり」


「この分離体は〝大戦〟の勃発を受けて、以前から地球に潜伏せる〝慈愛の王〟分離体に対し、暗号通信を以て侵攻艦隊の派遣を通告すると共に、彼女の降伏と地球に秘匿せる〝先帝〟分離体の引渡しを要求せり。これに対して〝慈愛の王〟分離体は〝先帝〟分離体の存在を否認しつつ、自らを複数に分割し脱出を図りたるも、同様に分かれたる〝剣の王〟の武装分離体に捕捉・攻撃せられたり。ストラスは彼女達の通信を傍受・解読し、位置を特定して、アモンに通報せり」


「アモンは彼女達を拘束すべく艦艇を派遣せるも〝慈愛の王〟分離体は既に全滅し、〝剣の王〟分離体もまた降伏を拒みて戦闘を継続せしが故に、ことごとく破壊せられたり。地球上には〝慈愛の王〟分離体の残余が隠れたるも、アモン艦隊が到着せるや逃亡を試みたり。彼女は自らの脱出のため、遠隔操作によりて地球上の核兵器を次々と暴走せしめつつ外惑星方面に逃走せり。然し、これを見破りしアモン艦隊は彼女を追跡・発見して破壊し、地球内戦は徐々に終息せり」


「地球に接近中なりし二種族の艦隊に同行せる、〝剣の王〟分離体の残余は作戦の失敗を知り、機密保持のため両艦隊の指揮要員の抹殺を図りたり。然し彼女達は、間一髪で到着が間に合いしアモンの艦艇によりて、いずれも撃破せられたり」


「両艦隊はアモンの勧告によりて地球侵攻を中止したる後、〝剣の王〟から与えられし情報を彼女に提供せり。この情報によれば、〝慈愛の王〟が地球に〝先帝〟分離体を秘匿せしことは確実なりき。また、〝慈愛の王〟分離体の撃破宙域において彼女とおぼしき残骸は発見されざりしが故に、彼女は依然として少数の〝慈愛の王〟分離個体群と共に、地球に潜伏せる可能性が示唆せられたり。この分離体は、かつてサタンが地球において普及せる神話の内容にちなみて、〝聖霊〟と呼称せられたり」


「外周星域から急ぎ戻りたるサタンの分離体及び、その護衛として彼女に随行せるアスタロトの孫分離体は、危機の回避を知りてアモンと共に安堵あんどせり。若し単一の中枢種族が、〝先帝〟及び人類を傀儡かいらいまたは人質と為せる後に周辺宙域の支配権を奪取し、あるいは星間戦争を誘発後、その混乱に乗じて逃走を図りたるが如き場合、我等は交渉及び作戦上、極めて困難な選択を迫られしところなり。最悪の場合、我等はさながら〝死の天使〟の如き役割を強いられ、甚大なる派生被害を生じたる上に、第二の弑逆者しいぎゃくしゃと呼ばれる恐れさえ存在せり。汝等を初め発展途上種族を深く愛し、また先帝から大恩を受けし彼女達にとりて、かかる結果が堪え難きものとなることは、言を要せざる事実なり」


「然し幸いにも、二つの中枢種族の分離体は共倒れの如く壊滅し、関係諸惑星も戦災を免れて、地球政府は正式に新帝国への参加を決定せり。旧帝国系の武装組織は残存せるも、破壊工作は事実上後を絶ち、以後の調査によりて〝先帝〟分離体の健在も推定せられたり」


「〝聖霊〟を拘束せる〝慈愛の王〟の生存個体群は少数となりて、その影響力は著しく衰えたるが、彼女はなおも沈黙を守り、〝大戦〟の帰趨きすうと新帝国の実態を見極めんとせるが如し。サタンもまたさらなる調査を行いつつ、〝先帝〟本体の安否不明及び地球の安全に対する配慮から、当面の間は〝先帝〟分離体に関する事実の公表を見合わせ、性急なる強制措置は実施せざる旨を決定せり」


「自らを捜索する新帝国の実力と正当性を測りたき〝先帝〟の分離体と、〝大戦〟の終結までは彼女の存在を秘めたきサタン、そしてなお旧帝国の勝利と自らの救出に望みをつなぐ〝慈愛の王〟の分離個体群という三者の利害は一致して、地球上では暫くの間〝奇妙なる平和〟が到来せり」



(3)対話


「〝大戦〟終結の直後から、事態は急速に進展せり。〝銀河系内戦〟の平定後、逃亡政権からの〝銀河系襲撃〟を経て、〝アンドロメダ戦役〟による同政権降伏までの間に、サタンは地球における〝先帝〟の分離体の現存を確認せり。幸いにも、〝慈愛の王〟は種族融合体に対する心理操作技術への関心を有さず、専ら将来の帝位争奪戦に備えて安全なる場所に〝先帝〟分離体を秘匿ひとくすることに努力を傾注せしが故に、分離体は旧来の人格を保持せるものと推定せられたり」


「サタンは、本土防衛長官アモンを初めとする理事種族の分離体を通じ、既に活動を停止せる地球上の旧帝国系武装組織に投降を呼び掛けたり。アモンは武装組織との交渉及び投降者受入れの機会に際し、〝慈愛の王〟の分離個体群に悟られることなく、組織内の協力者を介して小型の超空間通信装置を送達し、遂に〝先帝〟分離体と直接の連絡経路を確保することに成功せり。分離体は以後の対応を決定するに当たり、かつて本体が情報を遮断され、中枢種族に利用されたる苦き経験に鑑み、新帝国の状況に関して各理事種族から、直接かつ個別的に説明を受けることを要求し、サタンもまたこれを了承せり」


「〝先帝〟分離体は第一に、理事種族の中でも親衛軍に所属しながら複数の中枢種族を滅ぼし、皇帝領の荒廃にも関与せるバールゼブル、グラシャラボラス及び我に対し、自らの行為に関する釈明を求めたり」


「我等は彼女に対し、戦闘犠牲者につきては哀惜あいせきの念に堪えざるも、〝皇帝領の戦い〟が残存宙域と他星域及び我等自身を守るために止むを得ざりしものであり、かつてバールゼブルが中枢種族の詐術にかかりて行いし〝汚れたる任務〟とは対照的な正当性を有する旨を主張せり」


「また我等は爾後じご、自ら希望して旧皇帝領復興の任に就き、同地を戦前にも増して繁栄せしめつつある旨を回答せり。さらにその教訓から、〝アンドロメダ戦役〟においては新戦術を採用し、かかる悲劇の反復を回避したる上で、戦後は旧帝国系及び先住の種族も含む多数種族の協力のもとに、希望と意欲を以て被害宙域の復興と繁栄を目指し、さらには銀河外宙域の調査・開発をも行いつつある事実を説明せり」


「我等はこの交信において、旧皇帝領の諸種族がもはや戦前の如き専制統治と軍事抗争の道具には非ずして、自ら民主的・平和的かつ建設的な統治を為し得る種族群に発展を遂げたることを、誇りを以て〝先帝〟分離体に報告せり」


「分離体は第二に、正規軍または私兵軍の軍事種族なりしアスタロト、アモン及びゴモリーに対し、彼女達自身の存在意義を脅かし得る、新帝国の平和政策に関する意見を求めたり」


「アモンは、軍事的統治も含めたる一大〝業種〟の利益集団が、文明発展に伴う需要の変化にも関わらず、違法・不当な策までろうして旧来と同様の収益を得続けんとせば、かえって文明諸要素の劣化を招き、〝大戦〟の如き惨禍をもたらす旨を指摘せり」


「ゴモリーは、その陥穽かんせいに落ちたる旧帝国において、アスタロトは甚大なる損傷を被り、アモンは姉妹種族と相討つ悲劇に見舞われ、自らもまた指導種族を失いし旨を語れり。加えて彼女は、新帝国がかかる悲劇を根絶すべく、先進的なる技術開発・産業転換・人的資源の育成及び分権化政策を行いつつある旨を解説せり」


「アスタロトは彼女達とは異なるも、自らの心に正直に、敬愛するサタンと星間社会に貢献し得る自らの役割を、失うことへの恐れを告白せり。然しまた彼女は、かかる職能への固執こしつが幾多の種族の受難を招く悲しみの方が遥かに堪え難きが故に、国家の強制力は自由と公正を守るべき必要最小限度においてのみ存すべし、とする信条を語れり。彼女は最後に、かような理念の実現を可能とすべく、新しき文明の未来を示したるサタンへの信頼を表明せり」


「彼女達はいずれも軍事活動を通じて発展したる種族なれど、決して役割の自己目的化に陥ることなし。彼女達は星間文明の新たなる可能性を信じ、軍事的専制統治からの脱却を訴えると共に、その平和的再統合の鍵を握る〝先帝〟に対し、新帝国への速やかなる〝帰還〟を要請せり」


「分離体は第三に、〝大戦〟において巻き添えにも近き苦難や危険を被りしベール及びストラス、そして再びアモンに対して、新帝国の正当性に関する見解を求めたり」


「これに対して、ベールは旧帝国における非酸素・炭素系種族への差別及び迫害、ストラスは科学技術の独占及び悪用、アモンは中枢種族の腐敗及び抗争につきて説明せり」


「また彼女達は、サタン、アドラメレク、ヴォラク及び我アミー等、新帝国同胞との交流を通じてその克服への希望を抱き、〝大戦〟の苦難を経たる後、今やその実現を喜びつつある旨を彼女に伝達せり」


「彼女達は、〝大戦〟が自らへの危難を招来せしことを認めたるも、そもそもそれらは旧帝国の諸問題に起因せしものなると共に、新帝国の創設は二大銀河の種族に、それらをつぐないて余りある福利と希望をもたらせる旨を証言せり。彼女達は、以後同様の過ちを繰り返さざるためにも、新国家による文明発展政策をさらに推進せしむべきことを訴えたり」


「分離体は最後にサタンに対し、以後の自らの処遇につきて協議すべく通信を求めたり」


「この交信においてサタンは、かつて〝先帝〟種族が当時遂行中の〝外周星域戦争〟における敗勢を覆すべく行いたる、帝国最初の種族融合に言及せり。彼女は、これに反対の党派が政争に敗れて友好種族サタン等の惑星に亡命したる後、勝利の余勢を駆りし推進派が他の全個体も強制的に融合したる経過につきて、詳細なる事実を交えて語れり。また彼女はその結果、〝先帝〟種族の意思決定が極めて専制的となりしことにつき、深き遺憾の念を示したり」


「この発言を聞きたる分離体は、驚愕せり。かかる強制融合の事実は、以後の種族融合において部分的処置を認めざる一因ともなりし種族的秘密にして、〝剣の王〟が中枢種族の指導者として他の種族から〝先帝〟分離体を接収し、それらの種族や分離体と共に滅びたる後は、自らのみが知る筈の事実なればなり」


「サタンがかような秘密を知りたる理由とは、実際には以下の如し。即ち、〝先帝〟種族の融合達成後も、多数の分離体及び分離個体が、遭難等を装いて母星を脱出せり。彼女達は、先に移住せる同胞を頼りて密かにサタンの母星へと大量亡命を果たし、各界の指導者として歓迎せられたり。亡命成功の背景につきては〝先帝〟種族の統治階層が反対者を排除すべく、あるいは逆に同胞の意思を尊重し、しくは自らの政策が失敗せる場合の保険として、脱出を黙認したるとの仮説が存在せるも、その滅亡によりて真相は遂に不明となりたり」


「当時の亡命者達は、〝外周星域戦争〟における勝利の代償に、自らの本体が悪しき先例となりて、帝国全体が過剰な権力集中状態に陥りたる事態を憂慮せり。さらに、側近団たる中枢種族が本体を傀儡化せしことにより、帝国の統治が硬直化・無責任化せる事態を案じたり。加えて彼女達は、母星外の分離体までもが中枢種族によりて人質の如く囚われ、安全や地位の獲得、さらには帝位争奪のための手段とされつつあることを嘆きたり」


「彼女達は、自らの存在が発覚して利用されることを懸念し、他方では途上種族の文明発展が統治の困難を緩和する一助となることを期待して、サタンの文明開発省への加入と、途上星域への移住を支持せり」


「サタンが非凡なる情熱を以て開発事業に尽力し、成功を収めたる背景には、その生来の心優しさに加え、その内に宿りし〝先帝〟人格群の不屈の意志もまた存したらん。サタンは我等三姉妹やアモン・アドラメレクに先立つ種族間融合体または混血種族、あるいは両者の中間的存在にして、それを知る者は彼女の融合化を実施せるストラスのみなりき。この秘密は、今般の情報公開に至るまで良く保持せられたるものと言うべし」



(4)合一


「一個人の人格において、様々なる知識や欲求は時間の経過に従いて整理され、以後の経験によりて新しきものが加わり行けり。これと同様に種族融合体においても、類似の記憶や意見を有する人格は長き歳月を経て一体となり、新しき経験を得て帰還せる分離体や分離個体がそれを補う傾向が存在せり」


「然し逆説的にも、サタン及び〝先帝〟の人格は高邁こうまいなる社会的理想を共有しながら、性格においては温順と峻厳しゅんげんという対照的な側面を有するが故に、サタン内部における〝先帝〟の人格群は、分離体の人格群と同様、ほとんど建国時と変わりなく保たれたるが如し」


「本来のサタン及び両〝先帝〟の人格群は古き時代の記憶を交換しつつ、戦後の調査によりて確認されし融合体本体の滅亡をいたみたり。〝先帝〟分離体は、中枢種族の干渉が人類に多大なる被害をもたらせしことにつき、遺憾の意を表したり。然しサタンは、〝慈愛の王〟分離体の撃破以降は武装勢力の活動が鎮まりしが如く、分離体が状況の許す限り人類の善性発揮を導かんと努めたることに感謝を表明せり。両者の協議は以後迅速に進展し、分離体は帰還を決定せり。かくして、〝聖霊〟即ち〝先帝〟分離体のサタンに対する帰化的な種族間融合は、実質的にはサタンの内に在る同胞との再統合として実現せり」


「汝等の多くは、〝先帝〟種族の喪失を悲しみたらん。然し、彼女は汝等の文明を育みしサタンの内において、また奇しきえにしから地球に潜みし分離体として、常に汝等人類を見守り来たれり。そして今や、彼女はその最良のしんなることがあかしされ、またしろともなりたる〝知恵の光をもたらす者ルシファー〟サタンと全き一体となりて、新国家の公式的正統性を体現せり。人類の部分的種族融合を祝する先般の式典においても、彼女はサタンの代表分離個体を通じて、本来のサタンと並びて汝等の発展を祝福し、汝等と共に星間社会の未来に対する貢献と協力を誓いたるなり」


「理事種族の中で〝先帝〟の帰還を最も喜びたる者は、アスタロトならん。生真面目なる彼女は、自らが中枢種族から〝反逆公〟と呼ばれしことにつき、政治的中傷と知りつつも耐え難き思いを抱きたらん。また、彼女は専制と不公正を憎みたるも、他方では自由と正義が無政府状態からは得られず、公正なる政府のもとでのみ実現し得ることを認識せり。故に彼女は、最初の銀河系統一を達成し、中枢種族による実権の剥奪までは公正なる統治を追及し、また自らの提督就任を裁可してその一端を担わせし〝先帝〟を常に敬愛せり」


「彼女はサタンと融合せる〝先帝〟の人格群に対して、その帰還を歓迎すると共に、あらためて〝全種族のための文明発展〟の実現に向けた努力を誓約せり。他の理事種族もまた、かつて心ならずも政治的配慮から旧帝国上級種族への厳罰を主張せしバールゼブル及びベールを含め、中枢種族の傀儡化を免れたる分離体の解放及び、サタンとの合一による国家再統合の完成を祝福せり」


「なお、早くも一部の学術・報道機関には、新帝国による全ての功績を〝先帝〟本体の賢慮によるものとする見解が出現せり。即ち、〝先帝〟は当初から旧帝国の崩壊を予見し、国政を民主化すると共に、その妨げとなる皇帝の権威を消滅せしむべく、本体の滅亡を覚悟の上で、人格群の一部を最も温順なる忠臣サタンのもとに送り、改革を準備せしめたるというものなり」


「この仮説は〝先帝〟の覇気やサタン自身の資質をいささか過小評価し、また真実なるともその公表は〝先帝〟の遺志に反する恐れを伴わん。然し他方で、民主国家においては国民の資質向上を前提として、社会的意思決定に資する事実は最大限に公開し、より良き政策の実現に役立てるべきなり。また種族間交流が急速に進展せる現在の星間社会においては、たとえ事実を隠蔽せるとも、いずれ真相は明らかとならん。故に、我等理事種族は学問と報道の自由を尊重して本件に関する研究・取材を規制せず、また同仮説の真実性が証明され、かつその公表が国政の民主化や公共の安全等に反せざる場合には、その結果を公認するとの方針を決定せり」



(5)〝死神〟と〝けだもの


「〝先帝〟分離体の保護に際しては、彼女を指導者にいただく旧帝国系武装組織の協力が不可欠なりき。然し当時、なお同組織において彼女を監視せる〝慈愛の王〟の分離個体群と、その影響下にある人類の一部過激派が、実力を以てその妨害を図る恐れが存在せり」


「地球政府は人類が自らの意思と責任において、かかる妨害を排除し、分離体の意思を尊重しつつ保護すべく、保護作戦の全体を人類自らの主導によりて実施することを提案せり。驚くべきことに、彼女達はそれに際し、かつて地球に侵攻を試みたる二つの強力なる軍事種族に対しても協力を依頼せり」


「両種族の星系は地球において固有の名称を有せざるが故に、それらが観測される天球領域から、銀河系中心方向の種族は〝射手座人サジタリアン〟、外周方向の種族は〝牡牛座人トーラン〟と命名せられたり。この命名法は、地球において〝空想科学小説〟と称される啓発的文学領域の、有名なる一作品において発案されしものなり」


「〝射手座人サジタリアン〟は人間大の蟷螂カマキリ、〝牡牛座人トーラン〟は子象の如く巨大なる蟹に類似せる種族なり。地球侵攻の当時、彼女達は〝剣の王〟の干渉により遺伝形質や技術・文化を操作され、また情報の独占と統制を伴う恐怖政治に陥りて、中枢種族の基準では〝模範的〟なる軍事種族、即ち恐るべき好戦性と冷酷性、そして高度な知性を兼備せる戦闘種族へと変貌しつつありき」


「〝射手座人サジタリアン〟は成育の過程で数十名の子供達のうち数名しか残らず、場合によりてはその親、多くの場合は比較的弱き男親も犠牲となるほどの過酷なる淘汰を受け、星系外進出のための戦士として育成せられたり。〝牡牛座人トーラン〟は生涯に数度の自然的性転換を行い、平時には多くが単独でも定期的に産卵する女性、環境悪化時には多くが凶暴なる男性となりて軍事的な勢力拡大を推進し、その複雑なる生体機構から性転換の制御も困難という種族へと、改造せられたり」


「彼女達による侵略の危機を経験したる後、その実態を知りたる汝等人類は、彼女達への恐怖と嫌悪を込めて、〝死神リーパー〟及び〝ビースト〟の仇名あだなで呼称せり。然し、〝剣の王〟によりて自らの発展段階以上の軍事技術を与えられし彼女達は、侵略活動の挫折によりて、治下の星系における人口爆発と内戦による自滅の危機に直面せり」


「〝大戦〟時の困難なる状況下において両種族への対処に悩みたるアモンに対し、人道的見地から彼女達への救援計画を提案せし者は、未だ内戦の傷もえざりし人類の政府なりき。創意と先見性に恵まれし人類は、かかる種族が存在せる場合の対処をも予想する〝空想科学小説〟を既に創作せり」


「同政府はこれらを参考に、両種族の承諾と新帝国の技術支援を得て、無害なる寄生遺伝情報体ウイルスを媒体とせる遺伝子治療を実施し、彼女達の体質改善に成功せり。〝射手座人サジタリアン〟の一回の産卵数は、解禁されし避妊を実施せざる場合でも平均二個未満に低下し、彼女達は過去の自種族の文化の非人道性を認識する苦痛に耐えてこれを克服せり。〝牡牛座人トーラン〟は、温厚にして定期的産卵を要せざる両性具有あるいは〝中性〟の体質を獲得し、その穏やかで堅実なる情愛を人類に対して表現せり」


「地球政府は次に、自ら体得せる新帝国の社会工学に基づきて、文明発展に対応せる分権的な政体及び政策の雛形を作成し、両種族に提案せり。同政府はまた、かかる統治を実現せしむべく、個人の尊厳を最高の価値とし、自由・民主・平和主義的手段によりて社会的利害を調整し得る人材を育成すべく、効果的・実践的な教育技法をも提供せり。この救援計画は大成功を収め、両種族は最小限度の負担において社会の安定化と持続的発展への移行を達成せり。両種族は人類に感謝の意を表明し、三種族はこれを契機として、親密なる友好関係を構築せり。〝先帝〟保護作戦における両種族への支援要請は、彼女達の能力を平和目的に発揮せしめつつ、かかる協力関係を一段と強化する意義を有せり」


「両種族の支援を受けて、保護作戦もまた予想以上の成功を収めたり。作戦地域となりし中米の密林において、人類からなる救出部隊を武装勢力過激派の兵士達が襲撃せんとしたる瞬間、光学迷彩を施せし第三の部隊が樹上から音もなく彼女達を捕捉せり」


「〝射手座人サジタリアン〟達は大鎌の如き強化戦闘肢を一閃させて襲撃隊員達の電磁銃を両断すると共に、作業肢を以て彼女達を優しく、然し力強く拘束せり。器用さを併せ持つ戦闘肢は自爆用爆弾の回路をも切断し、携帯翻訳機は〝戦闘を止め、平和への希望を持ち、降伏されよ〟と呼び掛けたり。作戦地域周辺に展開せる〝慈愛の王〟の地球型分離個体群もまた、指揮命令・自爆信号用の通信を逆探知・妨害され、次々と拘束または撃破せられたり。この模様を作戦本部から見守りたる人類側責任者及び理事種族の観察員達は、〝射手座人(サジタリアン)〟がもはや〝死神〟には非ずして、人類の心強き友好種族となりたることを確認せり」


「一方、〝先帝〟分離体直近の護衛部隊は、前方に敷設せる対人地雷が次々と爆発したる後、巨大なる多脚の〝怪物〟達が迷彩を解除して出現し、戦車の如く地を響かせて迫り来る光景に驚愕せり。〝牡牛座人トーラン〟達の装甲宇宙服は正面及び側面が力場によりて強化され、電磁銃による攻撃をも悉くね返したり。攻撃隊員ほど狂信的ならざる彼女達は速やかに降伏し、指示に従い武器を捨てて地面に横たわりたるも、直後に到着せる救出部隊が彼女達に覆い被さりしまま動かざる〝怪物〟達にあわてて取り付き、救助活動を開始せる光景に困惑せり」


「〝牡牛座人トーラン〟の宇宙服は設計通り地雷の爆発にも耐えたるも、衝撃によりて多くの兵士達の温度調節装置が故障せり。然し、彼女達の交戦法規によれば組み敷かれざる敵兵は未降伏とされ、同僚達に攻撃される恐れが存在せり。故に高温高圧の惑星に居住せる彼女達は撤退することなく、予想以上の地球の〝酷寒〟のために半ば意識を失い、生命の危機に陥りつつも、地球人捕虜達を守るべく拘束を継続せり。幸いにも、負傷者達は全員が治療を受けて完全に回復し、後に地球と母星のみならず、新帝国の政府からも表彰せられたり。〝牡牛座人(トーラン)〟の兵士達もまた、自らの危険を顧みず自種族の勇敢にして誠実なる資質を実証せり」


「当時は作戦の詳細は公開されざりしも、以後のさらなる種族間協力や一部事実の報道によりて三種族間の友好は一段と進展せり。人類は再び、その有名なる〝空想科学小説〟作品における命名法に習いて、鈴虫の鳴声の如く美しき音声言語を特徴とする〝射手座人サジタリアン〟に〝歌い手シンガー〟、多数の歩行脚と作業肢を使用せる洗練されし補助的言語を有する〝牡牛座人トーラン〟に〝踊り手ダンサー〟の愛称を与えたり。両種族はこれに応えて、多様かつ繊細な言語を活用する人類に対し、各自の言語で〝語り手トーカー〟の愛称を与えて答礼せり。三種族は協力して周辺宙域の開発に貢献し、その親しみ易き愛称は、宙域内の他の種族からも親愛の情を以て使用されるに至れり」



(6)〝三位一体さんみいったい


「三種族間における人道的価値観の共有及び友好協力関係の進展は、我等理事種族を含む先進諸種族に、大いなる感銘を与えたり。周知の如く、現在〝射手座人サジタリアン〟及び〝牡牛座人トーラン〟は人類に続き部分的種族融合を承認され、漸進ぜんしん的なる完全融合化の途上にあり。彼女達は汝等と同様に、帝国議員選挙権及び他星域における共同開発への参加資格に加え、多種族からなる複合分離体への参加資格も付与せられたり。新帝国政府は、この資格に基づきて汝等三種族の部分的融合体が各々分離体を派出し、オリオン腕内側宙域における文明開発の中心たり得る複合分離体、通称〝三種族複合体〟、あるいは〝三位一体トリニティー〟を形成することを承認せり」


「また従来、三種族の後見種族には星域防衛の必要からアスタロト及びアモンが任命されしが、既に本土防衛長官としてその任にあるアモンに代わりてサタン及びアスモデウスが加入し、〝三種族複合体〟にも顧問団を派遣して、汝等に行政・産業分野も含む本格的支援を提供することが決定せられたり」


「彼女達はさらに、汝等の宙域開発を支援すべく、様々な温度・気圧・重力・輻射や化学的条件に対応せる、可能な限り多種類の異星環境適応個体及び分離個体の形成技術を供与せり。旧帝国の時代には、他星系における環境改造と適応の実績が少なき種族に対し、かかる技術を提供することは異例の措置なりき。然し、今や〝未来あるもの〟を新たなる中核に加え発展を遂げつつある新帝国において、上級軍事種族による先進技術の独占は終焉しゅうえんを迎えたり」


「汝等は、知的種族に対して実に様々なる〝変身能力〟を与え得る先進技術に驚きたらん。また、かかる技術が悪用・誤用されて犯罪や事故の原因となり、あるいは逆に利用者が余りの快適さ故に復帰を拒む等の、弊害を案ずる見解もあらん。然し、創意にあふれる汝等人類は既に、様々なる科学的予測や〝空想科学小説〟において、新たな技術がもたらし得べき問題を考察し、現実の世界においてもその解決に成功せり。今回の技術移転に関しては、我等もまたその副作用を除去すべく、同時に各種の制度的・技術的安全対策を提供せり。故に我等は、賢明なる汝等が必ずや、自身と星間社会のさらなる発展のためにこの技術を活用し得るものと確信せり」


「近年この確信を実証するが如く、人類を含む〝三種族複合体〟は初期事業の一環として、同技術による自らの基本的分離個体の開発に成功せり。この個体は〝射手座人サジタリアン〟の敏捷性及び〝牡牛座人トーラン〟の強健性、人類の繊細なる感覚及び意思疎通能力を兼備しつつ、各自の母星を含む様々なる惑星、さらには限定的ながら母星近傍の宇宙空間にも適応し得る、優秀なる基本形態なり」


「この個体の開発はまた、〝三種族複合体〟の各種族に対し、部分的種族融合の達成に続きてまた一つ、先進種族としての要件を贈与せり。この形態は地球においては〝大海老ロブスター〟の愛称で親しまれたるが、周知の如くこの名称も、有名な〝空想科学小説〟の連作シリーズに因みしものなり。従来、我等は汝等三種族及び〝先帝〟分離体の安全をおもんばかりて、〝先帝保護事件〟の詳細部分を公開すること能わざれども、かかる人類の一大関心事につきて今回、ようやく真実の公開を為し得たることを大いなる喜びとするものなり」

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